A. 深海底とプレートテクトニクス
地球表面は、十数枚のプレートと呼ばれる岩盤で覆われていて、これらはだいたい年間数センチの割合で複雑に運動をしています。このプレートは、地球内部から次々と形成されてそれが移動し、また、プレート同士がぶつかり合うと、いずれか一方がまた地球内部へと沈み込んでいきます。このプレート運動によって、大陸に溝が出来たり(地溝帯)、大陸が移動したりするわけです。これらの地質変動をプレートの運動によって説明する理論のことを、プレートテクトニクスと呼びます。
プレート同士の境界には、「発散的プレート境界」と「収束的プレート境界」の二つがあります。前者は、地球内部から地球表面に向かって上昇してくるマントル対流によって、新しいプレートが作られ、地球表面に到達すると、それらは互いに逆の方向へとプレートが拡大していく所です。海洋構造的に言えば、これが海嶺・海底山脈に当たるわけです。後者は、移動してきた重い方のプレートが、軽い方のプレートの下へ沈み込んでいく所です。軽い方というのは大陸プレートで、重い方は海洋プレートに相当します。海洋プレートは、上に莫大な量の海水が存在するため、大陸プレートよりも重く、これが沈み込む所に、いわゆる海溝やトラフが形成されるわけです。例えば、日本列島には、ユーラシアプレート、太平洋プレート、北米プレート、フィリピン海プレートという4つのプレートがひしめき合っていまして、太平洋プレートが日本の東海上、フィリピン海プレートが南西海上にそれぞれ沈み込み、日本海溝・千島海溝などを形成しています。このため日本列島は、プレート境界型の海洋地震の多発地帯でもあるわけです。
・主な発散的プレート境界(海嶺や海膨と呼ばれる場所)
東太平洋海膨(East Pacific Rise;EPR)
大西洋中央海嶺(Mid-Atlantic Ridge;MAR)
中央インド洋海嶺(Central Indian Ridge;CIR)
A. 一般生態系と化学合成生態系
一般に、生態系が成立するためには、太陽光などのエネルギーから有機物を作り出す(独立栄養)基礎生産者(primary producer)、生産者が作り出した有機物を利用(従属栄養)する消費者、これらの死骸などを分解して利用する分解者の三役がいて、この間に食物連鎖が存在し、生物間での物質・エネルギー循環が確立する事が必要です。ここで、陸上あるいは浅海での生態系では、この基礎生産者に相当するのが緑色植物に代表される光合成独立栄養生物です。しかし光の届かない深海底では、太陽光のエネルギーを用いて光合成を行う事ができません。そこで、上述したような深海底の場所では、光合成に代わる独立栄養システムとして、化学合成というメカニズムを備え持った化学合成独立栄養生物が生息しており、これが基礎生産者の役割を果たしています。
化学合成独立栄養生物の代表として、一般に化学合成細菌(chemosynthetic bacteria)と称される硫黄酸化細菌や、メタン酸化細菌などがあげられます。ここで「硫黄細菌」といった場合には、化学合成細菌ではなく、光合成細菌なので注意して下さい。
B 化学合成細菌
CO2から有機物を作る(炭酸同化)するためには、大きなエネルギーを必要とします。光合成では、そのエネルギーを太陽光などの光エネルギーとして獲得しますが、化学合成では、硫化水素(H2S)やメタン(CH4)などを材料として、これらの化合物を酸化させた時に生じる化学エネルギーから獲得します。よって、光がなくても有機物を生産できるというわけです。以下にその代表的な化学合成細菌と、その反応を紹介します。
硫黄酸化細菌(チオバチルス属など)
2 H2S + O2 → 2 S + 2 H2O + Chemical E
2 S + 3 O2 + 2 H2O → 2 H2SO4 + Chemical E
6 CO2 + 12 H2O + Chemical E → C6H12O6 + 6 H2O + 6 O2
A 微生物共生系
以上の事をふまえると、深海の熱水噴出孔や、冷水湧出帯から沸き出す熱水、あるいは冷水というものは、大量の硫化水素やメタンなどを含んでおり、これらの無機化合物を材料にして、化学合成というエネルギー獲得システムを用いて、有機物を生産する事のできる化学合成細菌が、深海域での基礎生産者であることが分かりました。では、そこに生息するハオリムシ類や、シロウリガイ類といった消費者は、どのようにして生命を維持しているのか。ここで登場するのが、微生物共生系の話になります。
ハオリムシは、管の内部の大部分を占める内臓塊(栄養体)に、またシロウリガイは、特に鰓の部分に、多数の硫黄酸化細菌を共生させていることが、この方面の研究で分かっているようです。ハオリムシやシロウリガイは、それぞれ、鰓を使って海水中の硫化水素や二酸化炭素など、化学合成の材料となる物質を、硫黄酸化細菌に提供し、その代わりに硫黄酸化細菌が化学合成で作り出した有機物を利用することで、生命を維持しているということらしいです。また、これらの微生物共生系を持たない生物は、ハオリムシやシロウリガイ自体、あるいはバクテリアマットなどを餌としているようです。
B 硫化水素に対する適応戦略
硫化水素(H2S)は、非常に毒性が強いことで有名です。通常、我々を含む酸素呼吸をするものは、呼吸色素として、血液中にヘモグロビンやエリスロクルオリンなどを持っています。硫化水素の毒性は、呼吸色素阻害と、酵素活性阻害に分けられますが、前者は、酸素を運搬するヘモグロビンの分子内に、硫化水素が酸素を奪って結合し、オキシヘモグロビンの代わりに、スルフヘモグロビンを形成するため、酸欠状態に陥るというわけです。後者は、細胞内の電子伝達系に存在する呼吸に関係する酵素、シトクロムcオキシダーゼの活性部位に、硫化水素(厳密にはスルフヒドリル基)が結合し、その酵素活性を著しく低下させてしまうということです。つまり、個体レベルの呼吸と、細胞レベルの呼吸を阻害するという作用を持っています。
ハオリムシの場合、彼らが持つヘモグロビンは、酸素と硫化水素の結合箇所がそれぞれ分かれていて、硫化水素の呼吸毒性を阻止しているらしいです。また、シロウリガイの場合、ヘモグロビンではなく、硫化水素を結合させる別の特殊なタンパク質を持っていて、これも同様の作用を持っているいるようです。このような特別な機能によって、硫化水素に満ちた熱水周辺域でも、彼らは生存が可能であると考えられています。なんとも不思議な適応機構です。
シンカイヒバリガイの仲間
【概要及び橿原水族館標本】
殻高:76mm 最大殻長:44mm シンカイヒバリガイの仲間、プテオセルペンティスという種です。1994年に記載されています。モーリタニア沖深海底、熱水噴出孔、水深1000〜1200mより。本種は大西洋中央海嶺の水深3515mからも報告されています。
この仲間は、熱水噴出孔などの周辺で、おびただしい量の群集を作っていることが多く、分類的にはイガイ科・Mytilidaeに属しますが、この類は、Bathymodiolus属、つまり接頭語「bathy〜」というのが深海などの意味を表すので、深海性ムール貝といったところでしょうか。日本近海からは、シンカイヒバリガイ B. japonicus Hashimoto&Okutani,1994 カヅキシンカイヒバリガイ B. aduloides Hashimoto&Okutani,1994 シチヨウシンカイヒバリガイ B. septemdierum Hashimoto&Okutani,1994 ヘイトウシンカイヒバリガイ B. platifrons Hashimoto&Okutani,1994 などが記載され、いずれも水深680〜1500mから知られています。しかしあれだけ深海にたくさんいるのに、ウルトラ入手困難・・・。