近代海洋学の幕開けとともに、未知の海洋生物に対する人類の飽くなき好奇心は、やがて深海へと向けられてきた。これまで謎が多く、容易に侵入することが不可能だった深海への扉は、ようやく開かれようとしている。深海科学の進歩は、いわゆる「深海魚」と総称されている魚類のみならず、そこに生息する軟体動物、棘皮動物、節足動物など、あらゆる分類群における新しい知見を得ることに貢献してきている。
 また、深海生物に対するロマンを感じる方も多く、とりわけ「深海魚」については有名であり、多くのWebサイトでも紹介をされている。しかし深海に生息する貝類に限定すると、事例が少ないように思う。編者も、深海という世界に魅了され続けてきた一人であり、同時に貝を収集して15年という節目を迎え、ここに深海に生息する貝類及び分類群だけを選りすぐってみた。

 深海に生息する貝類は、おおまかな分類群が決まっているが、中には浅海域や熱帯〜亜熱帯のサンゴ礁域に多い分類群の中にも、少数の種が深海に適応しているものもあり、興味深い。また、二枚貝綱では、深海域という環境から、その食性も濾過食性ではなく、堆積物食性のものが多く、Nuculanidae, Nuculidae, Malletiidae, Tindariidae, Neilonellidaeといったように、形態的にも似通った分類群が知られている。非常に幅の広い垂直分布を示す種類では、水深数メートルから、水深数千メートルに及ぶものもある。さらに、中・低緯度海域では、深海に生息している分類群であっても、極域や、高緯度海域等の寒海では、潮間帯から浅海域に生息する場合もある。また、化学合成生物群集を構成する軟体動物には、シロウリガイ類など固有の種群が知られており、最近になってようやく記載された種類も少なくない。
 深海性の貝類には小型のものが多く、どの分類群に属するのかさえはっきりしない種も多い。特に10mm以下の微小種については、殻及び軟体部などから形態的に分類されているものもあるが、これらは今後の調査・研究によっては、全く別の分類群が新設される可能性もあるだろう。また、腹足綱では特にエゾバイ類、ヒタチオビ類の分類に関して、未だはっきりとしない種類も存在している。深海の貝に限ったことではないが、形態的に連続するような種群は、亜種とすべきものか、種の形態変異の範囲にとどめられるのか微妙なものが多々ある。これらは分子系統樹解析などの手法によって徐々に明らかになってきている。

 本図鑑は、掲載情報こそ少ないものの、収集家はもちろんのこと、貝・あるいは深海生物に少しでも興味のある方々に、深海性とされる分類群、あるいは生息深度・漁獲深度が陸棚帯以深にかかる種類の共通点と多様性を手軽に見ていただくことを目的としている。そのため、種類によっては、「深海性貝類」と呼ぶべきでない種類も、同属あるいは同科の種類として、掲載することにした。また、イモガイ科・タカラガイ科の中にも深海性種群がいくつか含まれているが、これらの科に特化して紹介されているWebサイトがあることから、割愛する事とした。本図鑑は、Web図鑑という特性を生かし、情報及び掲載する種類は、逐次、更新していく予定である。なお、本図鑑を編集するにあたり、標本類をご提供いただいた方々に、感謝の意を表す。

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