5.貝の収集について about collecting shells



1) 魅力的な貝の世界 

 私が貝の世界に入り込んだのは、小学生の頃。海のない場所に育った私は、旅行の楽しみの一つが海岸での貝殻採集でした。そのためか、家族が山に行くというと機嫌が悪くなり、海へ行くとなると、何週間も前から図鑑を引っぱり出してきては貝を調べていたという思い出があります。貝の魅力は、一言で言い表しにくいですが、これが自然のつくった物か?と驚くほど完成された芸術品だと思います。人間が作ろうとしても決して真似できるようなものではありません。工業製品にはない魅力ですね。貝といってもその種類が半端でないほど多いのも魅力の一つでしょう。全てを集めきるというような事は、この世界ではまず不可能ということです。

 ここで、貝収集のおおまかな特徴を見てみましょう。

@コレクション性が高い
 種類数が多い。多様な色や形を楽しむ。
A同じものは二つとない
 生物であるが故、1つずつ全て違う魅力がある。同種でも産地別で集めるなど。
B科学資料としての価値
 標本として扱う場合、データが命です。データがなければ単なる貝殻。
C標本の扱い易さ
 生物標本の中では際だって保存しやすい。保存方法によっては、半永久的に保存可能。
D採集の楽しみ
 ちょっとの努力で様々な種類を集める事ができる。新しい発見の喜びもあり、脳も活性化。
E自然・環境への関心
 貝は自然科学コレクションですので、自ずと自然や環境に興味を持たせてくれます。また、標本のデータを見る事で、地理や地名にも詳しくなるのが面白い所です。


 貝を収集するとなると、様々な方法があります。海岸(磯や砂浜)などで採集する、漁港のゴミから採集する、近所の山・田んぼ・池・用水路などで採集する、鮮魚市場を覗くなどがあります。ただ、深海や極域に生息するものなどは普通、出かけて採集することは困難です。また、日本産以外の貝が欲しい場合はそう簡単にはいきません。時間と資金に余裕のある方なら、実際に海外の産地などへも足を運ばれることでしょう。それ以外には、専門の業者、標本商の方、博物館や水族館のおみやげコーナーなどで購入するのが一般的です。コレクター同士の交換や売買もあります。また、最近ではインターネット通販での購入もできる時代になってきています。


 貝収集の様々な方法−メリットとデメリット−

<採集>
 ■メリット:
 @環境や生態を観察できる。→産地偽装を見抜く"眼"を養う。
 A標本作製・クリーニングの技術を習得できる。→蓋の偽装を見抜く"眼"を養う。
 B売りに出ない貝を入手できる。ごくごく普通種など。
 Cフルデータを添付する事ができる。
 D愛着が湧きやすい。思い出、話題づくりに貢献。
 E採集から標本完成までの流れを体得するという重要な機会。
 ■デメリット:
 @生貝は処理をする必要がある(メリットでもあるのだが)。
 A入手できる種類や産地の範囲が限られる。
 B通常採集で主要水産物等を採集するには、許可等の手続きが必要な場合が殆ど。
 C多大な時間と多少の経費は必要となる。
 D一人で採集の場合、観光客や散歩の人に怪しまれる。→相当怪しいです。

<購入>
 ■メリット:
 @インターネットの普及により気軽に買う事ができる。
 A相場を知る事ができる(オープンな価格です)。
 B費用面で採集より安くつく場合が多い。
 C自力で採集できない場所の貝を入手できる。
 ■デメリット:
 @当然、売りに出ない貝は買う事ができない。
 A入手元によっては、データがなかったりする場合がある。
 B価格変動に関して、入手のタイミングを判断するのが難しい。
 C偽の蓋や産地偽装などを見抜かなければならない。知識と経験が要求される。
 D相場感覚がしっかり身についていないと、騙される場合がある。
 E購入資金の額によって、入手できる上限が決まる。
 F新たな発見の喜びが少ない。環境や生態の勉強になりにくい。

<交換及び貝仲間の付き合い>
 ■メリット:
 @採集でも購入でも得にくい種類(絶滅危惧種等)を入手できる機会がある。
 A売りに出ない貝(ディーラーのリストには出ない貝)を入手できる。
 Bコレクター同士の情報・意見交換網が広がる。これは大きなメリットです。

2) 貝の市場価格 

 貝というのは、工業製品等ではないため、その原価を示すのは非常に困難です。値段はあってないようなものですが、市場価格は、採集のためにかかった機材などの費用・漁獲数・状態の良し悪し・貴珍性なんかで様々な付加価値をつけられていきます。

 そういった中、貝の中には、とんでもない値段がつくものがあります。普通であれば、標本として販売されている種類の多くは、安いもので1個100円あたりから、少々高価なもので1万円まででしょう。さらに高価なものになると十万円とか百万円を超えるものもあります。そのような種類はオキナエビスの仲間、タカラガイの仲間、イモガイの仲間、あるいは大深海産の貝などに見られます。いずれも稀種で、めったに獲れないか、綺麗な状態で採取されることが難しいものです。極端な例は、1969年に鳥羽水族館が購入したリュウグウオキナエビスで、当時1万ドル(360万円)の値段がついたほどです。今でもオキナエビスの仲間はそれなりの値で取引されていますが、昔のような恐ろしい価格ではなくなってきています。この360万円はギネス記録との事ですが、実際の取引価格では、さらに上の価格がつけられた例がいくつかあります。

 貝をインテリア用ではなく、標本として見た場合、同じ種類の貝でも蓋がきちんと付いているものや、成長傷が少ないもの、より大型(あるいはその逆)のものなどは値段が高くなります。世界記録に近づけば近づくほど、恐ろしい値段になることもあります。また、矮小型と言われるものもあり、こちらなどは、その出現頻度が低いものほど、値段は上がります。タカラガイなどでは、奇形・亜奇形・黒化などの個体についても同様に価格相違があります。また、産地・水深によっても値段が異なる場合もあります。普通の産地ではそれほど高価でなくとも、例えば日本産は珍しいといった場合です。他には、アルビノ個体や、ハイブリッド個体のような特殊なものなどは、価格に著しい差があります。なお、標本を提供する側は、国際的な標本の状態表記方法に則って、完全標本(Gem)から死殻標本(Dead)までの数段階に分けてグレーディング(格付け)を行いますが、これらはかなりの主観が入る場合があります。見る人によって注目するポイントが異なる事からも、辛口評価をすべきであると思います。


 特に購入による入手に関係する様々なファクター

<採集頻度>
これは生息密度あるいは貝自体の絶対数が少ないのか、生息に関する情報に乏しいか、よくわかっていないため、ほとんど見られないというもの。新たなコロニーが発見されれば、価格は暴落する場合がある。

<特殊な生息場所>
極めて特殊な生息場所(海底洞窟など)や、漁船では太刀打ちできない大深度の種類、あるいはアクセスが困難な場所(極域など)の種類は、一度売りに出てそれっきりなんて事もあります。特に調査船などで採取されるものは、公的機関による研究目的である場合が殆どで、特に日本の場合、その予算等の関係・漁業法の関係等から、標本として販売されるケースはまずありえません。

<市場への出現頻度>
難しい観点です。滅多に売りに出ない貝というと、極めて珍しいように錯覚しますが、そうではない事もあります。購入専門のコレクターは関心が高いと思います。以下、その例をいくつかあげます。

@普通種でも意外と売りに出ない:
何でもない種類でも、売られているのを滅多に見ない種類。自己採集できるものの中で多い。

A相場維持の何らかの動き:
多量に採れていても、どこかに大量ストックされている可能性。入手時期を見抜くのが難しい。
滅多にない種類といって買うと、その後に多量に市場投入が始まって暴落したり、逆にいつでも入手できていた種類が、何らかの動き(大規模な災害や環境変化・種の保護制度・供給側の都合など)によって、急遽、入手が極めて難しいものになるかもしれません。

B絶滅の危険性:
環境変化や採集圧など様々な原因により、これまで普通種とされていた種類が、徐々にあるいは突如、姿を消す場合があります。市場では、CITESなど野生動植物の取引に関する動きがダイレクトに関係しますので、常にチェックしておかなければなりません。環境の悪化によって、生息数を減らしていく可能性が高い種類は、間違いなく陸・淡水・汽水の種類です。海は広いですが、これらの貝類の中には、極めて限られた場所にしか生息していないものがたくさんいる上、近年の環境変化が短期間で悪化の方向へ向かっているからです。

3) 美しい貝の名前 

 近年、貝の和名で混乱も生じているケースがあります。語尾に「−ガイ」とつけるかどうかという点がその例です。「ハマグリ」「サザエ」「クロアワビ」など、元々呼ばれていた和名を無理に変える事によって、由来の意味からはずれてしまったり、日本語の美しい読みが損なわれたりします。

 貝には、素晴らしい名前が付けられているものが多くあります。かわいい名前や、日本語の美しい表現も多く、西洋言語にはない魅力がここにあります。なお、生物の学名は、リンネの二名法(亜種は三名法)に基づき、属名及び種小名を通常イタリック体で書き、それが不可能であるならば、ブロック体で表記したその文字の下に下線を引くというのが原則です。また、生物の和名はカタカナで書くのが正式ですが、これを当てられた漢字で書くと、また違った美しさを感じ取ることもできますね。

4) 楽しい貝採集 

 採集にはいろいろな制約がついてきます。打ち上げ貝については問題ないでしょうが、特に生貝を採集する場合です。海岸での磯遊びは、一種の遊魚感覚で黙認されている部分もありますが、漁業法が関係してきます(漁業権については複雑な解釈が必要なため省略)。特殊な網や、ドレッジ・底曳を行う際には漁協・さらに都道府県の許可が必要だということもあります。ダイビングでも同様で、観察はできますが生体採集は厳しく規制されています。私は生貝採集にかなりの抵抗があります。生きている彼らを殺す際には、かなりの罪悪感が伴うのであまり好きではありません。特にしばらく飼育してしまうとダメですね。もちろん標本としては打ち上げ貝にはない艶・色彩が生貝にはあります。飼育中の貝を標本にしようかと迷っているうちに、死んでしまうことがあり、こうなればラッキーです。新鮮なうちに標本にしてあげましょう、というのが私のやり方。
 しかし、生きた貝を観察する事で、その軟体の特徴や動きなど、標本ではわからない点を勉強する事ができます。

5) 収集家 

 貝は世界中に多くのコレクターをもっていることで有名です。多くのコレクターが目指すことは、できるだけ多くの種類を集めるという人もいますが、自分の気に入っている単一の種類(例えばイモガイ科など)について収集する場合も多いです。コレクターに限らず、変わった形、綺麗な色のものは特に人気があります。

 コレクターの様々なパターンを見てみましょう。

@美麗種コレクター
 タカラガイ類やイモガイ類に始まり、アッキガイ類、ガクフボラ類、マクラガイ類などのコレクター(科レベル専門)は有名ですが、種類に限らず、綺麗な色彩、面白い形にこだわって集めるタイプ。ここから入る人は多いのではないでしょうか。
A特定種群コレクターT(綱レベル)
 巻貝専門、二枚貝専門、陸産貝類専門など、大まかなグループを対象として集めるタイプ。ヒザラガイ専門、ツノガイ専門は極めて稀と思われます。
B特定種群コレクターU(科レベル)
 タカラガイ科、イモガイ科、イトカケガイ科など、あるファミリーに絞って集めるタイプ。
C特定種コレクター
 さらに絞って1つの種類、あるいは奇形等を対象とするタイプ。たとえばホシダカラの産地別・色彩別・サイズ別で集める人などがいるようです。ここ単体で属するコレクターはまずいないと思います。
D稀少種コレクター
 入手難易度が高いものを集めるタイプ。美麗種もありますが、美麗種から方向転換した人や、ある程度の種類を一通り扱った人などが該当すると思いますが、いきなりここへ入るのは危険なタイプでもあります。普通種の充実と、一歩ずつ知識と経験を積み重ねる事が大切に思います。
E地味種コレクター
 エゾバイ類、ウミニナ類、淡水の貝など、パッと見ただけでは地味な種類を集めるタイプ。私自身はここに入ると思います。
F産地別コレクター
 国産に限定して収集したり、特定の場所の貝にこだわるタイプ。国産標本が極めて稀な例など、いくらでもあります。また、近所の海岸など身近な場所をフィールドとして、その場所の種類を集めるのも面白いです。
G無差別コレクター
 所有していない種類は何でも集めるタイプ。ある意味最強のコレクターではありますが。


 私は深海という世界に魅了されて、貝の収集でも、その生息域としての「深海」にこだわり続けて今に至っています。普段、目を向けることのないある種、別世界に棲む彼らのことをもっと知りたい、そしていろんな方と、深海生物の世界に思いを巡らせる共有の時間を持ちたいと考えています。もう一つは「淡水」です。これはフィールドワークの一つと位置づけていますが、単に湖や田んぼが好きな事から入り込んだ世界です。身近であるにも関わらず、次々とレッドリストに入っていくのは残念なことです。
 また、私は専ら海岸を散策しながら貝を集めるのが好きですが、購入したものも多くあります。しかしフィールドへ出ると日常の生活から解放されて、まるで子供の頃に戻ったかのような新鮮な気持ちになれます。海が近いのなら、海岸へ出向けばそこは打ち上げ貝があり、また、岩をひっくり返せば生きた貝が棲んでいます。海はとっておきの遊び場であり、宝探しに近い楽しみがある貝採集は、貝を集めている者以外でも楽しめることでしょう。特に家族連れの方は、お子さんにぜひその楽しみを体験させてあげてほしいものです。一つの貝を見ることでもっと海が身近に感じられ、さらなる自然への興味を持つことでしょう。
 
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