Development Studies: hypocrisy or true altruism |
就職活動について Part1この分野にアカデミックな視点からとはいえ二年間携わってきて、やはり仕事として関わってもいきたいという思いがあります。しかし、まだまだ日本では開発関連の仕事というのは限られていますし、あったとしても理系的な知識を要するところのほうが多かったりして、なかなか就職という点からすると難しい分野なのかもしれません。
そんな中で5月、6月と大学院のコースの最中だったのですが、一時帰国して就職活動をしてきました。ちょっとでも、この分野で就職を考えている人に参考になればと思います。
まず個人的なことなのですが、こちらに来る以前は国際機関での就職を考えていました。ただ漠然とグローバルに働きたい、という思いが非常にあったからです。UKの大学院を選んだのも、こうした国際機関へはUKからのほうがアプライしやすいだろうという憶測もあったからです。けれど、こちらへきてから自分の考えが変わってきた、自分の中で今までなかったものが芽生えてきたことに気がつきました。私のクラスメイトは、それこそ世界を縮図にしたようなもので世界各国から集まってきていて、授業や普段のディスカッションでも「私の国では」「私たちは」という言い方をします。このような環境の中では、それぞれがそれぞれを、その出身国の代表としてみることになり、その意味において私が恐縮ながら日本の代表として発言しているというわけです。そうした経験を日常的に繰り返すことによって、初めて私は自分が日本人であるんだということに気付きました。つまり、日本人としてのアイデンティティーを初めて自覚できたということです。
こうした経験、日本ではなかなか得られにくいのではないでしょうか?仮に私が日本の大学院で開発学を専攻していたとしても、こうはならなかったと思います。日本というのは、非常に均質的な国です。文化的にも、言語的にも、民族的にも、政治的にも、経済的にも。これは非常にいいことでもあると思いますが、同時に危ういことでもあると思います。みなが同じような価値観、外見を有していて、どうしてアイデンティティーなんてもの、もつことができるでしょうか?私が自分の就職を考える上で重要視したのは、まずこのアイデンティテイーを保ちつづけたいということ、そしてこうした危ういともいえる日本に、特に若い世代に、何らかの形でフィードバックできるポジションで働きたいということでした。働く場所は世界中どこでも構わない、ただ日本人として働き続けたい、ということです。まぁ、かっこよくいえば、日本の看板背負って働きたいということになります。
だから、今年アプライしたのも外務省とJICAという、非常に王道的な選択肢になりました。前置きが長くなりましたが、次ページから就職活動を通して思ったこと感じたことを書いていきたいと思います。