Development Studies: hypocrisy or true altruism |
就職活動について Part2外務省に関していえば、理由は明確です。準備不足…。やはり国?を通過するには二ヶ月、しかもこちらのコースと両立しながらというのはほぼ不可能だったと思います。やはり最低でも半年ほどのきっちりとした準備期間がないことには、どうにも歯がたたないのではないかというのが率直な感想です。
次に、JICAでは、結果的に最終面接で落とされたのですが、その選考過程では色々と学ぶべきものがありました。まず思ったのは、他の方々が就職というものに対して熱心に取組んでいるということ。当たり前といえば当たり前なのですが、それに比べて自分は?と尋ねてみたときに、どこか安穏としているところがあったのではないかと思います。
具体的には、まず自分の事を十分に理解しないままに面接に臨んでしまったということです。まだ20数年しか生きていなとはいえ、色々な経験をし、色々な人と出会ってきました。そこからどういったことを学んだのか、どういった状況でどういった対処をしてきたのか、そういうところに自分らしさみたいなものが自然とでてるものだと思いますが、このような自分を‘振り返る’ことをあまりしていなかったと思います。面接というのはせいぜい30分から1時間程度の短い時間で、その中で自分がどういう人生を歩んできたのかをスムーズ示すためには、この振り返るという行為が非常に重要ではないだろうかと思います。結果として、私が面接の中でアピールしていたのは、自分が今まで何をやってきたのか、よりも、自分が何をやっているのか、の方に過度に力点がおかれていたような気がします。
次に自分がアプライしている会社、ないし組織に対しての理解度。私がやったのは、せいぜいインターネットでのリサーチくらいです。海外にいたからというのは、言い訳にしかならないでしょう。実際同じ大学にJICAの方がいるのも知っていましたし、その方からもっと色々な情報を提供して頂いてもよかったかなと思います。なんとなく、変にコネを作るよりも、自分自身の力で入りたいという気持ちもあったのですが、それとこれとは話は別。なぜ自分がこの会社、この組織を選んだのかという確信をもつためにも、アプライ先の情報を得ることは非常に重要で、そこにいわゆるOB訪問といわれているものの重要性があるのではないでしょうか。今から面接を振り返ってみると、JICAに焦点を置くというよりは、開発学に焦点を置いていたような気がします。このズレが私のアピールをJICAの方々には、どこか色褪せたものにみせたのではないでしょうか。君の言っていることは分かる、しかしそれはうちの組織に妥当な論点だろうか、ということです。
最後に、ささいな点かもしれませんが、面接に慣れてなかった。最終面接で目の前に面接官の方が大勢並ばれているのをみたとき、かなり緊張している自分がいました。今思えば何であんなこと口走ったんだろうという点も多々あります。口はカラカラ、頭は空回りするばかり、準備不足と経験不足がモロにでたような気がします。
こんなことは当たり前のことだろ、と就職戦線で頑張っておられる方はいわれるかもしれません。私も当然これくらいのことは承知していました。けど、重要なのはそれを経験できたことだと思います。開発学でよくいわれていることですが、なんらかのプロジェクトを成し遂げたいときに絶対に失敗をしないように努力することは重要だが、それよりもっと重要なのはもし失敗したときにどれだけの教訓をそこから得られるかだ、といわれています。当然といえば当然ですが、失敗したときに下を向かずに、上を向き続けていくのは大切なことだと思います。今は修士論文に集中しなくてはなりませんが、帰国してから、もう一度自分を見つめ、自分はどういう人間なのか、どういう仕事をしたいのか、なぜこの組織を就職先として選んだのか、胸はっていえるようにしていこうと思います。