Development Studies: hypocrisy or true altruism


日本の援助は途上国の貧しい人々には届かず、途上国のエリートのポケットマネーと化している。ODAによる大規模プロジェクトの実施により、多くの住民が移転を余儀なくされ、十分な補償も受けられずにいる。日本のODAは経済面のみの発達を追及した結果、人々に対する社会面、環境面での配慮に欠けている。90年代に入って紙面でODAという用語がしばしば見かけられるようになったが、その多くが批判であった。

確かにODAプロジェクトに多くの欠陥があったのは事実であったと思われる。80年代、ODAの総額は約3.5倍に膨れ上がったが、その一因として日本の膨大な貿易黒字に対する各国からの批判、経済大国となった日本がそれに見合う規模の国際貢献をすべきだという指摘があったことは事実であろう。その結果として、総額のみが増え続け、それに見合うシステムが作り上げられたかどうかは、ODAに関与する人員が同じ期間にわずか1.7倍にしか増えていないことを考えると疑問である。

しかし、その一方で、憲法的制約により、対外援助に制約を設けられている我が国にとって、ODAの位置付けは重要である。本書が執筆された1993年は、ちょうど湾岸戦争が終わり、日本がPKOを派遣するかどうか盛んに議論されていた時期であった。あたかも、人的貢献=PKOのような図式に対して、筆者である草野厚氏は疑問を呈する。ODA批判が的を射ている点があることを認めつつも、ODAの可能性を模索していく。本書はそのような、いわばODAに対して建設的な批判を提示している書である。

自らの教え子とともに視察したODAの現場視察を踏まえて、筆者が提示するのは、ODAの決定・実施体制の問題、より建設的なODAに対する広報・公聴体制、そして十分でない開発専門家の育成システムである。執筆されたのは約10年前とやや古くはあるが、ただ感情論的にODA批判を展開しているものにくらべて説得力があり、ODAの概観・問題点・改善の糸口を理解するには適切な書であるといえる。

なお、筆者である草野厚氏は、川口外務大臣が議長を勤めるODA総合戦略会議の委員を務めており、今もなおODA改革の一線で活躍している人物である。

1章PKOだけが国際貢献か
2章日本型ODAの試み
3章現場視察 タイ編
4章現場視察 バングラデシュ編
5章手作りのODA
6章マスメディアと有識者の反応
7章ODAの新方向
8章よりよきODAの実現のために


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