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話題4「人殺しはなぜいけないか」(3)
たしかに、どこまでなら大丈夫という程度を覚える機会を奪う教育を施されたせいもあるでしょうね。女の子の場合は、さすがに男の子のような取っ組み合いをすることはまずありませんが、小学校低学年くらいまでなら平手でぶつくらいのことならありましたよ。それでも叩かれることで痛みを知るし、自尊心が傷ついた経験を持つことで、他人の気持ちを忖度することも覚えられるものですよね。学校内の場合、事なかれ主義の先生は何かちょっとでも問題が起きると(若しくは起きそうと思われると)必要以上に過敏に受け止めてそれを全面的に禁止してしまう。ある意味、学習する機会を奪われているような気もします。 04/11/22(のん)
野坂昭如の言った「殺しなさい。ただし君も殺される」で、ズバリじゃないかな。殺すことは殺されること。殺意は殺意を生む。そういうはめに陥りたいかどうか。 04/11/22(Q)
「例え自分が殺されても殺したい」という人もいるだろうね。アルカイーダの自爆テロなんてまさにそれだもんね。で、それは「身内が殺された」とかの場合もあるけど、大きくは「自分の信じている宗教を穢された」という宗教的対立で命を捨てる人なんだよね。「宗教」の為に人が死んでいく。神ってなんなんだい、まじで。 04/11/22(石川浩司)
どの社会にも内部では対立があってもできるだけ物理的な闘争(暴力とか)にならないようにするルールがありますよね。(集団どうしでは集団を守るというルールが優先するのでしょう。)これって、集団内の安定を望む人間の本質的な欲求からきているような気がします。それに比べると近親相姦を禁止するルールの方が恣意的(作為的にこしらえられたもの)であるような黄がするのですがどうでしょうか。 04/11/29(かづ)
ま、天皇家とかもある種ちょっと前まで近親相姦だったしね。昔は規制以前に他の地域から孤立した集落などは近親相姦をせざるを得なく、結果的に障害のある子供が多く産まれたりしたもんね。逆に天才も産まれたけど。 04/11/29(石川浩司)
本当に宗教のために人が殺される(自殺、自殺テロも含む)のは見るに絶えませんね
宗教家の人にはには怒られるかもしれませんが、僕は宗教は道具だと思います。自分がしんどいときに自分を律するため、その他もろもろ精神衛生上の。人間は人間である以上道具には使われてはいけないでしょ。
今の宗教戦争はまさに人間が道具に使われているように思えるニュースが多すぎます。
あ、話題違いかな。ごめんなさい 04/11/29シカ
そう、道具なんだよね。それが頭の隅でも分かっていればいい活用法で使えばいいんだよね。どうしても人は何かにすがらなければ精神的に耐えられないこともあるから。ただ、難しいのはそういう物だからこそ盲信的にならなければいけない、という二律背反があるんだよね。 04/11/29(石川浩司)
小さいうちに喧嘩はしたほうがいいと思います。小学時代の男子同士は、取っ組み合いで前歯折ったとか机ぶん投げて壁に穴あけたとか結構ありました。女子はそういうケンカはしなかったけど、私は兄弟がいたので取っ組み合いのケンカもありました。弟は家の壁にやつあたりして穴あけたことあります。多少のこういった出来事は必要悪かと思います。
神・宗教の件ですが、結局は人間が作ったものなので、初めは崇めるものだったにしても政治(少数権力者の利害関係)と結びついて悪用されることが多いように思います。もしくは妄信的に自分の神を信じているために(宗教ってそんなものなのかもしれないけど)世界の中心がまるで自分の国にあるように思ったり。
どんな宗教も神も悪くないと思うし、むしろ多少の信仰心は必要なものなのかなとも思います。(私は無宗教ですが。)
宗教が生活行動の良い規範にもなり、宗教のせいで人が殺しあう。宗教ってなんなんでしょうね。
考えてみたけど分からなかったです。 04/11/29(きぃ)
ただ宗教って基本的に先進国から後進国まで全てに昔から連綿とある、ということはやはり何か必要なもんなんだろうね。でも時代が進みグローバルになった今、やはり他宗教との共存、認めあうということが必要だと思うね。そうじゃない他の宗教に危害を与えるような宗教はやはり淘汰されるべきだろうね。でもひとつ上にも書いたけど「盲信することが宗教」というものだからやっかいなんだよね。 04/11/29(石川浩司)
人を殺した人がノーノーと生きていられる現実・・・。
最近殺人がはやっていますね。新聞を見ても、ニュースを見ても、気が滅入るばかりです。
昔よりも人殺しへのハードルが低くなってしまったのでしょうか。 04/11/29(ジンお)
昔より実際に人殺しが増えているか減っているかは正直はっきり分からない。今はとにかく情報がすぐ流れるけど、昔は例えばその地域全体の恥になるような殺人事件はその地域内で揉み消されてたようなこともあるだろうし。ただ、少なくとも殺人の傾向は変わってきているとは思うね。怨恨による殺人とかはまだ分かるんだけど、ストレスによる無差別殺人などが増えてきていると思う。それを少しでも少なくする為にはやはりそういう危険性のあるストレスを持たせる前に、それを解消させる手立てが必要だと思うね。このままだと、ますますそういう事件が増えるのは必至だと思う。 04/11/29(石川浩司)
今までは加害者に甘すぎた日本の法律ですが、多少被害者家族にも有利な方向に向かっていますね。
どうせなら、ハンムラビ法典を活用すればいいのにと思う今日この頃・・・。04/12/6(匿名)
でもレイプした人はレイプされるのか。Mのレイプ犯大喜び。 04/12/6(石川浩司)
高度な知能を持つ人間のみが与えられた倫理観。
だから人を殺さない。当然でしょう。なんの疑問もありません。
じゃあ戦争は何なんだ、という考えがでてきますが・・・。04/12/20(さっちゃん)
いや逆に動物の方が「食料にする」などのはっきりした自分の生存の為の目的以外には生き物を無目的に殺すことがないと思うが。どうでしょう。 04/12/20(石川浩司)
レイプした人は男(同性)にレイプされる事とする。05/1/17(ペロ)
しかし両刀もいるからな。そーしたらかえって喜ばせてしまう。そこで滅多にその趣味の人がいない馬とかにレイプされる、というのはどうでしょう。こえーぞ〜。 05/1/17(石川浩司)
絶対に人を殺さない自信なんて私にはない。だから、人込みの中を歩くのが恐い。誰かに刺されそうな気がして。 05/1/17(ミドリン)
俺もホームで電車を一番前で待っている時は常に、後ろにキ○ガイが来て俺を線路にドンと突き落とされないように緊張してるぜっ!! 05/1/17(石川浩司)
http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/mazime/No3.html
ここの話題に関係がありそうなページのアドレスを載せておきます。
「自分はそのうち変態性欲丸出しの猟奇犯罪の加害者になるのではないか」という不安が、これを読んでいくらか取り除かれたので。
岡田斗司夫さんと大槻ケンヂさんの対談です。読む人によって「ん?」と思う部分もあるかもしれませんが、一番重要なのは途中、大槻さんが言っている「大丈夫」の一言だと思うんです。(神奈川もしもしランドリー)
今度暇な時に読んでおきます。 05/1/17(石川浩司)
僕も電車が入ってくる瞬間一歩後に引きます。というか後ろに重心をかけます。
わざと出なくてもおされたりしたら危ないですよね〜 05/4/13(kyuuri)
そうそう。それは臆病とかじゃなくて当然の自己防衛策。 05/4/13(石川浩司)
電車を待つ時は、必ず柱がある部分にいます。さり気無く柱を持っています。小心者ではなく、自己防衛です。怖いからね〜。05/4/18(ペロ)
人殺したいな〜!でも殺されるのやだな〜!
じゃあ殺したら国の法律で罰則にしよう!賛成!
国の戦争の時は、敵国の人を殺すのは、法律的に大丈夫!
別の国の法律は別物です〜。
人殺しはやっていけないことでは無い、だけど殺したら死刑を逃れるな! 05/5/9(かなしいずぼん)
実質的には計画的やよほど悪質なものでない限り人をひとり殺しても無期懲役がせいぜい。しかも恩赦とかもあるので早ければ数年で出てくるケースも。ニ人以上は死刑の可能性が出てくるらしい。しかしオウムの実行犯は次々死刑判決を受けているが肝心のショーコーは受けていない。まぁ、調べることがありすぎるんだろうけど、なんか解せんな。 05/5/9(石川浩司)
欲望には感情的な理由がある。「気持ちいいから」「楽しいから」「悔しいから」「苦しいから」etc。
一人の男が周りの環境によって殺しをしてしまったならその男にすべての非があると言えるだろか?
言えないにしても不幸でしたで片付けるにはあまりにも理不尽だ。
が、それを許してしまえば欲望のまま殺しをしてもいい事になる。
やはり殺しは許しちゃいけないなと思うと同時に矛盾も受け入れていかなきゃ事は運ばないんだなあと思ってしまう。はあ。
毎日毎日いじめられてしまうイメージをしてみる。
下駄箱を開けると嫌がらせの手紙が置いてある。上靴を履くとイタッ!足の裏に画鋲が刺さった。
今日も憂鬱でお腹痛い。便所でちょっとウンコ。うわっ!誰かが後をつけてきた。
「○○君がウンコしてまーす」ドアを叩く音。天井からバケツいっぱいの雨が降る。
あだ名はその日からウンコ。クラス全員から無視。バイ菌のように扱われる毎日。
こんな毎日は嫌だ。自殺するか殺すかしてしまうと思う。
じゃあ、いじめた奴にすべての非があるんだねといったらそうでもない。
だっていじめた理由もあるから。
これを踏まえると責任は全員。誰もが持っている陰湿な部分を(押さえ込むではなくて)発散させる必要があってその方法を重点的に発掘すべきじゃないかと思う。
自分は、その方法として第二次世界大戦まで戦争を知らなかったという昔の沖縄を研究すべきだと考えている。そこらじゅうにバナナが生えてて食べ放題(多分)。沖縄タイムもあれば、服も薄着でいい。いや、すっぽんぽんかも知れない。なんてお気楽余裕。
今の日本にはないゆとりの宝庫。ゆとり教育は自分は賛成。やり方が間違ってただけだ。
したくも無い勉強やってるからストレス溜まるんだよぅ。欲望の赴くままに。
そんで、弱肉強食によって進化を遂げてきたというのも一つのキーワードだと思うのですがどうでしょ?
欲望のままの生物だからこそ今がある。欲望があるから生きる意味がある。
殺したくなるのは欲望があるからで、異常な事ではなく自然発生的なことなのでは?
生きるために。
んで、犯罪者になりたくないから殺さない。優しくされたいから優しくする。
自分の利益を考えた上での行動でいいかもしれない。
死んで欲しいから殺すはあまりにもリスクを伴う
気持ちがいいからいじめるはよく考えたら気持ち悪い。
賢く生きるとはこういうことじゃないでしょか?好き勝手に長々とすみません。05/6/26(ひらー)
弱肉強食によって進化を遂げてきた、というのは確かだね。まぁ「進化」かどうかという論争はあるにしても、少なくとも人間の歴史がそういうものであることは確かだね。最近親や兄弟などを殺してしまう少年のまわりの評価はたいてい「あんなに真面目な子だったのに」というのが多いが、実はそこにちゃんとひとつの回答が出ている。そう「真面目」な子は真面目を演じなければならない為、精神的に怒りとかがどんどん蓄積してしまうのだ。その結果、臨海点を超えるといきなり「殺人」という極端に走ってしまう。
つまり「真面目過ぎる」ことは決して精神的にいいことじゃないのだ。ほどほどの悪さをし、ほどほどに手を抜く術も人は学ばなければならないのだ。
管理教育、押しつけ、ステロタイプの優等生を目指すこと。親や教育者が率先して洗脳されている。洗脳されてる事に気づいてすらいない。
いい意味での「いい加減」で生きることが俺が言える最も「賢く生きる」ということかな〜。 05/6/26(石川浩司)
真面目な奴が突然怒ると、手に付けられない程暴れますからなぁ。05/7/4(ペロ)
火山と同じ。たまっていたマグマが一気に噴出する。 05/7/4(石川浩司)
小学校の時の真面目君は漫画のように暴れましたなぁ。05/7/11(ペロ)
因果応報という言葉通り、誰かを殺したら、自分が殺されないまでも、社会的に抹殺されたり、家族が傷つけられたり、何かの形で必ず返ってくると思います。でももしも自分の家族とかが殺されたら、「そいつを殺したい」と思っちゃうでしょうね。 05/9/19(かなめ彦)
真面目くんは、泣いてぐちゃぐちゃな顔で物を投げ付けてきたりしますね・・・。普段大人しくして蓄積したパワーを、こういう時に発揮? 05/9/19(かなめ彦)
真面目くんの怒りの蓄積は限界点を越え、一気に殺しまでいってしまうから、真面目過ぎはまったくもって良くない。真面目過ぎにならず適度に散らすべき習慣は教育ですべきかも。 05/9/19(石川浩司)
因果応報という言葉通り、誰かを殺したら、自分が殺されないまでも、社会的に抹殺されたり、家族が傷つけられたり、何かの形で必ず返ってくると思います。でももしも自分の家族とかが殺されたら、「そいつを殺したい」と思っちゃうでしょうね。
真面目くんは、泣いてぐちゃぐちゃな顔で物を投げ付けてきたりしますね・・・。普段大人しくして蓄積したパワーを、こういう時に発揮? 06/8/25(かなめ彦)
ぶっちゃけたところ、ボクゎヒト殺すぐらいなら自殺する、と考えてる方です。
まず自分をどうしても好きになれなくて大嫌いな自分が大好きなんで、自信なんてカケラもないですし、毎日自暴自棄です。
話題がずれました・・・・
最近悪質少年犯罪や飲酒運転の事件、事故が多いです。子が母親を殺すとかどうなんすかね・・・・現状がまったく分かりません。ニュース番組で殺人関係の記事が後を絶たずあります。現代ッ仔の心理が知りたい、思うこと、考えることを知っていきたい、と思うので今心理学勉強中です。 06/11/14(?)
心理学は純然たる科学だそうだね。感情の入る隙のない。のーみその秘密を解き明かすべく、がんばってくらさい。 06/11/14(石川浩司)
僕の好きな漫画で「the world is mine」(新井秀樹)というのがありまして、 その中の台詞で「善悪というものは存在しない 体制と反体制があるだけだ」 という言葉があって、僕は殺人についてもそのとーりかなと思います。今の社会の大多数がそれに反対してるだけで、人を殺したいと思う人もたくさんいるし、誰かを殺したいと思う瞬間はたいていの人にあります。
だから理屈としては「殺したら捕まるからしちゃダメ」だと思うんですけど、 僕は殺人とか自殺を周りでされると絶対へこむので、なるべくしてほしくないです。 06/12/24(さの)
戦争になれば「法律において」敵を殺さなければ罰せられるしね。 06/12/24(石川浩司)
親が子どもを殺すのは許せません。例えどんな理由があったとしても。 07/5/16(うきうき)
昔から子殺し、親殺しは普通の殺人より重罪になってるのは、それなりに意味があるってことだね。堕胎についてはどう思う? つまり、どこからが「人間」か、ということでもあるんだけど。 07/5/16(石川浩司)
堕胎については…、
僕には胎児の頃の記憶はないし、不本意で妊娠した母親の気持ちは分からないので、なんとも言えません。「こんなつらい思いをするくらいなら生まれてこなければよかった。」と思う人もいるし。
ただ、生まれてくる者の権利を踏みにじってもいいんかな?とは考えます。 07/5/29(うきうき)
見知らぬ人にレイプされて妊娠ということだってあるしね。でも本当に俺にも答えは出ていない。胎児は人間ではないのかどうか。受精直後は人間じゃない気もするし、だからといって出産直前は完全に人間の体になっている。何ヶ月から人間なのかどうか。難しいね。 07/5/29(石川浩司)
そもそもどうして人って人を殺すんだろう。
食べるためっていう種族ならわかるんだけどそうでもないのに殺すのはどうして?
生命体としての本能が狂ってる気がする。 07/5/29(りあちゃん)
いや、人間の本質に組み込まれているものかもしれないよ。俺の「無礼講」という詩(「no media2003」というポエトリーリーディングのオムニバスCDに収録されている)をそのうち歌詞集にアップするから読んでみて。 07/5/29(石川浩司)
芽吹いた瞬間から「命」だと思います。
ヒトのかたちを成さなくても。
産む方が生物としても自然でしょう。
望まれない子供をつくらない、つまり、もっとちゃんと避妊しましょうよ。
もしも妊娠した場合は、産んでいただきたいと思います。
どうしても育てられないのであれば、赤ちゃんポストや(3歳児はどうかと思うけど)孤児院のような施設に託すなり、養子先を探すなり。 親が居ないから不幸になるとは限らない。
幸せか不幸せか判断するのはその子供自身です。
生きてみなければ判らない。
それを許さない堕胎は、やはり殺人だと思います。
堕胎する人を責めているのではなく、社会的なバックアップが少なすぎると感じています。
全ての責任が母親の肩にかかってしまう。
色んなケースがあると思いますが、全ての子供が祝福されて産まれてくることを祈ります。 07/5/29(鈴)
そうなんだよね。ただ上にも書いたレイプによる妊娠などが問題だよね。 07/5/29(石川浩司)
イタリアなどではクリスチャンの影響により、中絶は違法扱いらしい。
しかし、それなら流産も含めて、形ある体の有無を問わず、この世に生を受けなかった全ての命も「殺人による犠牲者」扱い?
出産前にダウン症等の障害がわかって、堕胎を決めても「殺人」?
堕胎するのと産まれた子供を捨てるのとでは、どっちが殺人に近い?
これらの子供は「赤ちゃんポスト」などで、命が救われさえすればいい?
更に、自分の周囲の「ニュープア」だけでなく、全世界の貧乏人に対する救済策をとらず、飢え死にさせたら「殺人」?
長崎市長暗殺事件のように、「命を賭けた」ヤクザが絡む仕事でも、行政が受け付けずに廃業に追い込むのも「殺人」?
極論を重ねれば重ねる程「殺人」の領域が広がって、禅問答状態ですな…。 07/5/29(H i-)
そうなんだよ。もっともその答えが俺達に簡単に出るなら、とっくに先人が出しているはずなんだよね。でも、それでも考え続けなければいけない「人間にとっての永遠の命題」なのだ。 07/5/29(石川浩司)
自分が殺されたり、自分の気に入っている人が殺されたくないので、殺しちゃいけないっていう法整備の元でヌクヌクと暮らしていたいからです。 07/5/29(ことり)
もしも「法律」という楯がなかったら、世の中に殺人はどのくらい増えるのだろうか。 07/5/29(石川浩司)
レイプされた結果の妊娠も産んで欲しいと思います。
何故かというと私はすごく「生まれたかった」ような気がするの。
本来生まれてくる誰かを蹴飛ばして生まれてきたような。
病気で働けなくて、貯金が減っていくのをはらはらしながら生活してる私でさえ、好きな何かに出会うたび、生まれてきた価値があるよ、と思います。
大好きな人のライブで客が3人しかいなくて、そのひとつの椅子を温めていることを誇りに思うことも。
目の前で飛び降りようとしてる人がいたら、止めるでしょう?
事情は判らなくても。
あんまり説得力ないかな。
伝わったでしょうか。 07/6/6(鈴)
「生まれたかった」ような気がする、はまさに真実かも。人は自らの意思でおかあさんの体をちょっとだけ借りてこの世に産まれてくるのかもね。 07/6/6(石川浩司)
先日の会津若松での母親惨殺事件。逮捕された少年の供述ですが…。
「テロや戦争があればいい。殺すなら誰でもよかった」
戦争とは、生きるか死ぬか、殺されぬために殺すに尽きる。
しかし、学校では教師が「戦争は人殺しだ」としか教えていない。
教師は「殺しあう前に話し合え、相手が殺しに来るなら逃げろ」というつもりで言っているが、青少年は「戦争になったら、嫌いな奴をいくらでも殺せる」と勘違いした。(小林よしのり「戦争論2」より)
「人の命は地球より重い」と言われてますが、本当は人の命など吹けば飛ぶようなものです。果てしない宇宙の儚い、一瞬の閃光のようなものです。だからこそ大切にしようというのが正しい考えです。(藤原正彦「国家の品格」より)
「なぜ人殺しはダメか」は、これらに尽きるのではないでしょうか。 07/6/6(H i-)
瞬間は永遠。時間は瞬間の堆積で出来ている。閃光こそが人生というのもひとつの真実だね。 07/6/6(石川浩司)
法律がなくなっても、多分殺人は増えないと思います。減ることもないと思うけど。
ただ昔パチンコ屋でバイトしてたとき、上司に「イラクに行って人殺してみたくない?」と言われたときは、衝撃でした。
戦争でやむをえず殺し合いをしたり、憎しみで殺人をする人の気持ちは分かるけど、ただ単に興味本位で殺人がしたいと思う人もいるんだ、と知って、単純に落ち込みました。 07/6/6(うきうき)
興味本位で殺人をしたい人は確かにいる。働き蟻の何匹かに一匹は全く働かないのと同じようにある一定の割合でいつの世にもいるような気がする。悲しいけどそれがたぶん事実。 07/6/6(石川浩司)
若い女の子が独りで子供を産み、殺してしまう、または死なせてしまう事件が続いているようで、ココロ痛みます。
誰にも相談出来なかったんだ、相談しても誰も彼女を助けてくれなかったんだ・・・。
何の罪もなく殺されてしまう子供はもちろん、罪を犯したが故に母親も可哀想です。
上手く書けませんが・・・。 07/7/18(鈴)
うん、最近アダルトビデオを見ても「中出し」とか普通にやってるしね。まぁもちろん別の避妊方法とか疑似精液とか使ってるんだろうけど、セックス=妊娠がちょっと軽んじられている気がするのは俺のげすの勘ぐりだろうか・・・。 07/7/18(石川浩司)
妊娠したあと産まずに堕ろしてしまうのも殺人? 07/7/30(りあちゃん)
現在の日本の法律では中絶は殺人ではないけど、中世のキリスト教ヨーロッパでは殺人だったよね。なので昨今話題になっている「赤ちゃんポスト」の原型みたいなものが、当時のヨーロッパにはあったらしい。産んでも育てることの出来ない人がたくさんいたからね。
あなたは殺人だと思いますか?
これは「どこからが人間か」という根源的な問題でもあるんだよね。 07/7/30(石川浩司)
(今 理性がある時の考えとしては)自分の命は自分の物では無いと思っています。ならば なおさら人の命も 他人がどうにかしていいはずが無いと思います。 07/8/8 (基次郎 )
自分の物じゃないと誰の物になるのでしょーか。神様? 07/8/8(石川浩司)
レイプされた場合に限って、正確でなくて申し訳ないですが40時間位以内(受精前)なら産婦人科で、体の中に入った精子を殺す強い薬を処方してもらえるみたいです。
個人的には、妊娠したとたんに命は生まれていると思うので、堕胎は殺人だと思います。
けど、全部の堕胎を法律で罰するとなると…。
女性がどうしてもリスク高いですよね。赤ちゃんポストを充実させるにしても、出産そのものが命がけの事ですし。男性は同じだけ責任があるはずなのに、逃げることができてしまう。
セックス=妊娠。子供ができて困る男女は避妊をしっかりするべきです。 07/8/8(ぴよまる)
そう、リスクはとにかく女性。これは自意識を持たないと駄目だよね。男なんか結局生物的にはしょせん種付けの生き物だからね。カマキリだったら終わった途端に用は済んだと食われてるもんな〜。は〜カマキリじゃなくて良かった良かった。 07/8/8(石川浩司)
私は堕胎も殺人だと思っています。
正当防衛とか緊急避難と同じ、合法殺人ですね。
ところで人を殺すくらいなら殺される方がいい、と友人に話したら、「そう?僕は殺すよ、悪いけど」と、あっけらかんと答えられました。
そ、そう?そうでしょうか? 07/8/8(鈴)
そう考える人もいれば、 07/8/8(石川浩司)
私は・・・殺人だと思いたくない・・・です。
自分が万一堕ろさなきゃならなくなったとき、怖いから・・・。(^^;) 07/8/8(りあちゃん)
こう考える人もいる。世の中いろいろ。「正しい」という定義はこの問題に限らずどこにもない。「正しいと思う共同幻想」はありふれてるけどね。 07/8/8(石川浩司)
「正しい」という共同幻想が「聖戦」とかいうフザケた言葉を生み、 人殺しが正当化されていくんですね。
これも遺伝子レベルの事なのかもしれないですけれど、 「そういうものだ」と割り切ってしまったら、人間オシマイですね。 07/8/16 (桃玉)
自分で考える為に産まれて来たんだも〜ん。だって考えるのって楽しいも〜ん! 07/8/16(石川浩司)
神様のもの、っていうか 「他人には見られていなくても おてんとう様がみている」とか「ミミズにおしっこかけちゃった、 かみさま ごめんなさい」みたいな そういう畏れを感じる存在ってありませんか? 法がどうこう、って知る以前の 「やっちゃいけない、という感覚」ってそういう事と関係があると思うのですが・・・。 07/8/26 (基次郎)
そうだね。法がどうこう、って知る以前の 「やっちゃいけない、という感覚」これは大事だね。というか多分、これが主観で人によって違うのでそれをまとめたものが法律なのかもしれないね。 07/8/26 (石川浩司)
先日、犯罪者サイトで知り合った男3人が全く無関係の女性を拉致して殺害した、というニュースを見ました。「誰でもよかった」そうです。
意味が分かりません。 07/9/10 (うきうき)
とにかく「殺す」ということをしてみたかったんでしょ。そういう人は確かにいる。運が悪かったんだね。 07/9/10(石川浩司)
この「やっちゃいけない感覚」を今の子どもたちが身につけるには、どうしたらいいのでしょうか。 07/9/10(美空ビバリー)
「感覚」だからね。親がいくら口でうるさく言っても駄目だと思うんだよね。
結局いろんな事を体験させることかな。例えちょっと危険なことや悪いことでも。それで痛かったり他人から怒られたりして徐々に覚えていくもののような気がする。 体験させて身をもって知らなければ身にはつかないと思うなー。最近の親は危険なこと、悪いことを事前に防ぎ過ぎる。それを小さい時に学ばないから人の痛みの程度も分からず、いきなり殺しちゃったりする事件も多くなってるん気がしてしょうがない。 07/9/10(石川浩司)
基次郎さんに共感。
こんなことしたらお天道様に恥ずかしい、とか、私はお天道様に顔向け出来ないようなことはしないぞ、とか。
そういう感覚確かにあります。 07/9/23(鈴)
おてんとさまは八百万の神だからね 07/9/23!(石川浩司)
障害者の施設で働いていた時のもと上司から、当時の入所者が亡くなったとメールが届きました。
駅のエレベーター前で車椅子を方向転換しようとしたところ、転倒、階段から転落したとのことです。
もう泣いて泣いて泣きまくりました。
彼とは入所者と職員、それだけの関係だし、彼が退所してからは1度も会ってません。それなのに悲しくて悲しくてやりきれなくて。
そのあともと上司から「亡くなったのは彼ではありませんよ」とメールがあり、は?!と涙が一瞬でとまりました。
そういう事故があり、転倒防止用ストッパー?がついてなかったので、札幌市がそれをつけて、彼が所属する団体?が点検、彼の写真と名前が新聞に載っていた、ということです。
実際に亡くなられた方には申し訳ないけれど、彼じゃなくてよかったよ・・・。
教訓。
放っておいても人は死ぬんだから殺す必要はなし。 07/9/23(鈴)
「絶対」と言っていいものはこの世に実はそう多くはないけれど、数少ない「絶対」、それは人は必ず死ぬということ。 07/9/23(石川浩司)
ある夫婦に子供ができ、出産を楽しみに過ごしていました。
しかし、奥さんが交通事故に遭い お腹の子供が亡くなりました。
裁判では確か 胎児を被害者として数えなかった、というものだったと思います。
・・・・胎児はまだ人格をもっていませんが その夫婦にとっては、子であり 人間そのものです。
人の命は 線引きのできないものの上に常に存在するようです。
人殺しは 心を殺すことに繋がるようです。犯す側もです。 07/11/1 (基次郎)
確かに出生を基準にしないと「何ヶ月から子供」って難しいもんね。
つきつめれば精子と卵子も子供ということになったら、毎日俺も殺人だもんなぁ。
・・・ごめん、「毎日」は見栄をはりすぎました。 07/11/1(石川浩司)
世の中で「悪い」とされてることって、「なぜ悪い?」って聞かれると、意外にうまく答えられませんよね 07/11/10(ミッヒー)
悪いにも実は種類があるからね。本当に人が傷ついたり死んだりする悪いもあれば、なんとなくマナー的に悪いとか、とある宗教や民族にとっては悪いとかね。 07/11/10(石川浩司)
人が一人いなくなるってとても大きなことですよね。
それを知らない人がたくさんいるんだなぁ・・・07/12/11(りあちゃん)
知らないというか、自分のことだけで手一杯なんだろうね。まわりを見回す余裕がない。いつも現実とばっかり真剣勝負しているとそういうとこに陥りやすい。時には現実逃避も必要だと思うんだよね。真面目に。07/12/11(石川浩司)
女性相談援助センターでアルバイトしていた時のことです。
妊娠5ヶ月の女性を保護していたのですが、彼女は堕胎を希望していました。センターの職員も彼女の意思を尊重し、頑張った結果、生活保護からその費用が出ることになりました。5ヶ月なら死産扱いになってしまうので、お役人にしては英断だと思います。
でも私は割り切れませんでした。子供は関係ないでしょう?産んで乳児院のような施設に託すことは出来ないのでしょうか。施設で育ったから不幸になるとは限らないし、出産は命懸けというけど、産む方が自然だと私は考えています。(鈴ベル)
「出来ちゃった、やべ、堕さなくちゃ!」的なノリの人も多いんだろうね。
ただそれが絶対的に間違ってるかどうかは俺もハッキリとは言えない。いろんな考え方があるし、それは歴史的ひいては人間的にみてもそういうものなのかもしれないし。人間はそんなに生真面目な生き物じゃないよーな気もするし。それは尊重したいところもあるんだよね。 07/12/16(石川浩司)
やはり、「取り返しがつかない」からだと思います。
命さえ無事ならどうとでもなると思うのですが、亡くなった人は戻りませんから。
遺族の悲しみが消えることは無いし、殺した人はその罪を決して償えない。 08/1/11(グミ)
意識した殺人はともかく、事故で結果的に殺してしまった時などはお互いやるせないよな・・・。 08/1/11(石川浩司)
何故人を殺してはいけないかというと、それは自分がされたら嫌なことはしちゃいけないからです。殺されてもいいと思う人は、他人を殺さず、自分を殺す 08/4/8(=自殺)すればいいんですから、やっぱり他人を殺すのはいけないことです。
もう一つは誰かが悲しむことをしてはいけないということです。誰かを殺せばその周りの人が悲しみます。「悲しんでもいい」というのはその人の身勝手さですから・・・
その考えで行くと死刑もダメということになりますが、そういう場合はへ進む。
周りに悲しむ人がいないなら殺してもいいかというと、そのときは、に進む。
行いに対する報いはしなければなりません。人の命を奪ったのならその報いは自分の命で償うしかないのです。ですから人を殺して死刑というのは仕方ないのです。08/4/8(104hero)
嫌なこと、悲しむことというのの定義が難しいんだよね。人によって、その時の状況によって違うからね。だから裁判があるんだろうけど。
この問題に正解はなかなか難しい。 08/4/8(石川浩司)
自分が今まで誰かに殺されなかったことと同様に、誰も殺さなかったことを幸運だと思います。もしも「殺人の芽」のようなものが遺伝子レベルであるとしたら、殺人者も被害者ではないでしょうか。 08/4/17(鈴べる)
そうそう、俺も殺されることはもちろん怖いけど、何かの悪いタイミングが重なって人を殺してしまったらどうしようと思うことがある。
だから、殺人事件が起きるとむしろ加害者の気持ちになり、鬱々としてしまう。 08/4/17(石川浩司)
「人殺し」がいけないことなら、「人を殺さないこと」はよいことなのだろうか・・・と考えると、人殺しよりは良いことだと思えます。なので殺しません。
わたしも衝動で人を殺してしまったらどうしようかと事をよく考えます。 08/4/22(ジガ蜂)
殺さずに一生終えられればいいけどね。でも自分が気づかないところで人は人を殺していることもあるからね。
例えばそれは何気なく自分が言った言葉が引き金になって誰かが死んでしまうということもあるし、もっと極端に言えば世界平和の為に募金したことがまわりまわって武器を買う費用になって、それで遠い土地の見知らぬ一般市民が銃弾で死んでいるかもしれないのだから。 08/4/22(石川浩司)
【話題4】人殺しは何故いけないか
答えは「それが倫理だから」です。
いけないからいけない。倫理は人間が自分たちがまとまって生きていくために引いてきた線。
守るも守らないも自分たちの将来を決める重要なカジ取り。
信念って大切なものほどゆらいだり、枠にはまりきらずきしんだりするのですが。 08/5/22(花音)
何度も書いてきているけれど、問題は戦争などの時だよね。戦争の際の「倫理」は敵国の人間を殺すことだからね。
時と場合によって変わる倫理をどこまで信じるべきか。
そして有事の際は人殺しは良いことなのか。 08/5/22(石川浩司)
昔、一対一の人間関係でぐちゃぐちゃに煮詰まっていたとき、何度か相手の人を殺しかけました。
もちろん嫌いとかではなく、世界で一番大切な人でした。
だだ、ばりばりの共依存だったので、とにかく相手から逃げたい、離れたいという気持ちだったのです。
でも私には力がなかったので、女の中でも非力な方だし、武器もなかったので、殺すどころか怪我をさせることもほどんどできませんでした。
いましみじみと思うことは、当時もなんですが、女で非力であるのは本当に辛いし生きづらい、苦しいことだけれど、私は女で力がなくてよかった。愛する人をうっかり殺してしまったりしなくてよかったということです。
もしあのとき、引き出しの中にピストルが入っていたら。
もし、首を締めたくらいで相手が死ぬほどの腕力を持っていたら。
そう思うと、心の奥底からヒヤリとします。
私が真実やりたかったことは殺すことではなかった。
殺すことは、私の中の問題をクリアする方法ではなかったのです。
ニュースを見る度に、本当にこの人がしたかったことは殺すことだったのだろうか、と思います。「きみの首をしめたくなる」と実際に首を絞めちゃうのとは、似て非なるものですからね。
ちなみに、いま現在、その人とラブラブで〜す。ウヒョヒョヒョヒョッ! 08/5/22(T)
愛と憎しみは極めて近いところにあるからね。愛せば愛するほど、憎しみの度合いも倍増する。
「非力で良かった」ということも、この世の中には多いことも確かかもしれないね。 08/5/22(石川浩司)
>何気なく自分が言った言葉が引き金になって誰かが死んでしまうということもあるし
人類皆人殺し、ですね。
「自分は人殺しと無縁」と思っているより「たまたま自分は人を殺さずにすむ境遇にいるだけ」
に過ぎないんですね。 08/6/4(桃玉)
例えば犯罪で、被害者の気持ちというのは誰しもに分かりやすいけど、加害者の本当の気持ちは複雑なことが多いし、事件の事柄の大きさに隠蔽されてなかなか見えにくいことも多いよね。
せめて身内だけは本当の心を聞いてやるしかない。
何故そういうことに至ったのかの、心の痛みを理解する努力はすべきだよね。
時には被害者以上に苦しんでることだってあるのだから。
そしてその結果の犯罪なのかもしれないのだから。 08/6/4(石川浩司)
「非力で良かった」は「不便のが便利よりだいぶいい」と通じることなのかなと思いました。
私が人殺しはなぜいけないかと思うのは、経験からですが、殺してしまうと一生自由になれなくなるからです。
人の命が地球より重いか塵より軽いかなんて、どうでもいい。だってそれは計れるものではないのだから。
そういう議論をする人には「一生言ってろ」と言いたくなります 08/6/4(笑)
一つだけ言えるのは、誰かの命の重さは自分の命の重さと同じである、ということだと思うんです。
人生なにがあっても、それから自由になることは可能だと思います。難しいかもしれないけど、少なくともチャンスがある。
でも自分の命と同じ重さのものを誰かから取り上げてしまったら、生きている間それから自由になることはできない気がします。
自由になるチャンスもないというのは、何よりも恐ろしいことじゃないかなあ、と思います。
この話題、ずっと誰かにしたかったのですが何故か誰にも言えませんでした。
石川さんに聞いていただいてすっきりしました。ありがとうございます。 08/6/4(蓮)
そうなんだよね。加害者の心の問題はその罪の分だけのしかかってくる。例え刑罰を受けてもね。
でも残念ながら時には本当に何の傷も負わない冷酷な人間もいる 08/6/4(もしくは精神の病気ということもあるが)。
そういう人は、人の形をした獣だから、どうしようもないね。 08/6/4(石川浩司)
麻原彰光なんかは自分の言動と向き合っていないような気がします。まともに見つめたら自分自身が崩壊してしまうのではないでしょうか。それを知っているから目をそらし続けているような。
それに散々自分を祭り上げた信者たちが裁判で掌を返し、「アサハラ」呼ばわりしだしたのも頑なになった一因かもしれませんね。麻原も最後のほうはもうやめたかったんじゃないか、という人もいます。 08/6/21(鈴べる)
たぶん一番最初はショーコーもここまで悪いことをする気でそもそも宗教を始めたわけじゃなかったんだろうな。
それが「集団」の性質から狂気へと走ってしまったんだと思うな。
とにかく俺は集団というものの特質が、かなりの悪を含んでいると常に思うなー。 08/6/21(石川浩司)
最近通り魔とかそれに刺激された殺人予告とか死刑執行とか、ついいろいろ考えちゃって疲れます。
本当に冷酷な殺人鬼というのは、最早なにものからも自由になれないんだろうなあと思います。本人が罪の意識を感じる感じないに関わらず。 08/6/28(蓮)
「人を殺すことでしか自分が生きられない」状態になってしまう精神異常というのも、確かにあると思う。
何の弊害か分からないが、というかおそらくいろんな原因が重なって、今後も秋葉原事件のようなことはもっと起きるだろうね。
へたをすれば原発を狙ったり、もっと桁違いな大量殺戮の事件も起きるような気がする。
どうするのが最善の策なのかは、俺もちょっとすぐには思いつかない。何故なら、へたすれば精神疾患のある人を全部排除せねばならないからね。そして万一排除したところで、アレルギーのように突然なる場合だってあるからね。 08/6/28(石川浩司)
集団の危険性については、故・河合隼雄さんも語っておられます。河合さんは私にとって神さまのような人ですが、石川さんも只者ではありませんね。 08/6/28(鈴べる)
実際フィードバックして「本当の諸悪の根源は何か」を考えてみると、どうしてもそこに行き着いてしまうのだ。 08/6/28(石川浩司)
人を殺すことでしか自分が生きられない」状態になってしまう精神異常
ってのは、ようはその人を取り巻く人的、物的環境に起因するのではないかと思います。逃げ場がなかったのではと・・・。自分で見つけることができなかったのではと・・・・。まわりで、ゆるす人がいなかったのかなと・・。
何故人を殺してはいけないかって 人を殺したら自分も痛いからです。それを感じる事ができないなら・・殺す事によって、その殺された人の繋がりで楽しい事が起こるかもしれないという可能性を奪ってしまうからだと思います。 08/11/28(新宿)
でも世の中には人を殺しても全く自分で痛みを感じない人も存在する。
例えば遠く離れた土地にミサイルを打ち込むスイッチを押す作業を指示する、お偉〜い人とかね。 08/11/28(石川浩司)
現代の殺人者にとって相手がヒトラーだったら
その殺人はいいのか悪いのかとか
じゃ悪い人は殺されていいんだね?
っつーとまた・・混乱。悪いって誰がどう決めるんだいっていう。
私悪い人間だと決めらて殺されたらイヤだもの。
死んじゃうまでが怖いもの。痛いの怖い!
痛くなくて怖くなくて、あれれ?っていう殺人だったらどうなんだよう
ん〜ん〜えへへっ・・・あわわわ、、むぎゃごぉぉぉ!!!
おほほほ、失礼いたしました。
強いものが勝ち、弱いものが負けるという現実を
痛々しく身を持って見せ付けられて
だったら攻撃する側になってやる・・・!っていう人間が起こす殺人は悲しい感じ。
無差別殺人につながっている気がします。
人間は強い・弱い、攻撃側・被虐側、加害者・被害者どっちかであり
どちらでもあり、どっちでも無い(自覚してない)となんとなく思う。
どっちでも無い人間が、いいか悪いかもさっぱり決められないけど
殺人はキライよ!戦争もキライっ。ヤダなのっ!
あたち、ヤダなのよぉぉーっ!って答えたいとおもいます。 08/11/28(aina)
根源はそれだよね。でも大人になるとみんな根源を忘れちゃうんだ。目先のことに左右されちゃうんだ。 大人になるにつれてどんどん馬鹿になっていることに、大人は気づかないんだ。 08/11/28(石川浩司)
話題4「人殺しはなぜいけないか」(2)
話題4「人殺しはなぜいけないか」(1)
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