
ドキドキドキリコ初体験(59)
さて、このコンテンツは初体験を告白するページだ!
・・・と言っても、Hな事ばかりが初体験ではないぞ。世の中は、初体験のことで満ち満ちている。それを報告してもらいたい。例えば立ち食いそば屋に初めて入った初体験、母親を初めて背負った初体験、ファンレターを初めて書いた初体験、ビンタをくらった初体験、万引きで捕まった初体験・・・。大きな事でも、些細な事でも、アホアホな事でも何でもいい。
最近した事、昔の事、とにかく「初体験」にまつわるエピソードを送ってくれい。出来ればミクシィメッセージ、なければメールにて。題名は「初体験」で。ペンネームもな。ポイントは内容によって3ポイント〜(無限大)だ。ドキドキしたその時の様子を報告してくれい!
初めての副乳発見!!!
副乳って皆さんご存知なのでしょうか。ウィキぺディアによると
乳腺堤(脇の下、通常の乳頭、股を通るライン)にある乳房。女性の5%、男性の2%が副乳を持つといわれている。
そもそも一般的に人間の乳房の数は1対(左右に1つずつ)とされているが、複数対の乳房を有する哺乳類もおり、更には個体によってその対数が異なるケースも存在する。元来ほ乳類では乳房は前足の腋の下から後ろ足の間、恥骨に続く弓状の線上に形成される位置があり、この線上のどの対が発達するかは動物の種によって決まっている。しかし、それ以外の部分も乳房に発達する要素は持っているのであるから、決してそれほど異常な現象ではない。
らしいです。要するに三つ目以降の乳首または乳房です。
先日家の洗面所でキャミ一枚でなんとなーく鏡を見ていたら、脇の横辺りになんだかピンクの点が!!
よーく見ると少しだけ盛り上がっています。指で盛り上がりを確認しているうちに周りまで赤くなってきて、そもそもキャミからはみ出した肉がたまっているところなのでさながら三つ目の乳房の様。
副乳というものの存在は知っていましたがまさか自分にあるなんて私の人生四捨五入して30年間まったく気づきませんでした。
結構ショック。吹き出物か何かかとも期待しましたがなんだかそうでもない気がしています。普段は別にピンクじゃないし、とっても小さいので見なかったことにしようか迷っています。(副乳)
(寸評)や、やっぱりその乳首も感じるのかね!?
性感帯が増えて良かったね!
最高に副乳がある人っていくつぐらいあるんだろう。世界は広いから全身に散らばっている人もいるのだろうな。全身性感帯。うらやましいような、大変なような・・・。6ポイント。
初めての垢すり
今年の春、初めて海外旅行をした。場所は韓国。現地のガイドのキムさんの案内で、初日の夜に本場韓国の垢すりを体験することになった。
垢すり、というよりもエステのような感じの場所だ。いろんなコースがあったが、金額的にも内容的にも真ん中くらいのコースに決めた。
まず脱衣所に連れていかれ、全て脱ぎ、ガウンのようなものを着た。化粧もそこで落とすように言われた。
最初は顔剃り。変な台に横になり、糸のようなもので顔の表面を剃られた。微妙に眉毛まで剃られた。韓国のおばちゃん、ちょっと凶暴。でも凶暴なのはこれから。
次は蓬蒸しだ。トイレよりも小さく、お風呂のイスよりは大きい穴の空いた椅子に座らされた。乗せるお尻はガウンごしではなく、ナマだ。その穴から蓬の湯気が出ているのだ。友人たちは普通にしているのだが、私は暑くて耐えられない。明らかに50℃はありそうな湯気がお尻とその前の穴に直撃している。店の人に湯気を弱めてもらい、なんとか終了。絶対私のだけ湯気が強かったぞ。
次は岩盤浴のようなところ。これはまぁ普通にクリア。
今度はサウナ。いろんな種類のサウナに順番に入る。この熱さが半端じゃない。ずっと入っていることは不可能で、私も友人も出たり入ったりしていた。するとスタッフのおばちゃんが、入ってなきゃ駄目だ、というようなことを言っている。怖いよ〜。ふと気がつくともっと怖いのはこのスタッフたちのコスチュームだ。スタッフは皆怖そうな韓国人のおばちゃん。身につけているものはブラジャーとパンツのみ。しかも黒で、しかも上下ともにすけすけなのだ。乳首やら毛やらみんなすけすけ。かなり過激な格好だ。また、おばちゃんたち、迫力がある。強烈だ。
さて、いよいよ垢すりだ!垢を出すために、これまで汗をたくさんかかされてきたのだ。垢すりルームに入った。ガウンはおばちゃんたちによって脱がされた。すっぽんっぽんで台に寝かされた。そしておばちゃんは力いっぱい私の身体のありとあらゆるところを擦りだした。なんだかかなり恥ずかしいが、ちらっと隣の台に寝かされている友人を見て、皆一緒なんだ、と思い、されるがままにしていた。ひっくり返されたり足を引っ張られたり、おばちゃんはやっぱり乱暴。いつの間にか髪までおばちゃんに洗われている。おばちゃんは大量の垢を見て嬉しそうに声をあげている。顔には知らないうちにきゅうりが乗せられた。
垢は流され、最後にお風呂に入る。黄土のお湯や蓬のお湯など、いろいろなお湯に入り、やがて終了時間。
なんとなく自分が綺麗になったような気がした。だけどそんなことよりもおばちゃんの強烈ぶりが印象に残っている。
初めての韓国で迎えた、初めての垢すりの夜だった…。まさかすけすけコスチュームのおばちゃんに素っ裸にされるとは思わなかった。ちなみに男性用の別の入口があった。そっちではどんな世界が繰り広げられていたのだろうか…? (可南)
(寸評)韓国って普通の銭湯にも垢擦りおばちゃんがいるのでびっくりしたことがある。俺は受けなかったけど妻が受けて、垢擦りおばちゃんの風貌はほぼここに書いてある通りだったらしい。男性用にも垢擦り場所はあったけど、個室とかじゃないので変なサービスはないのだろうけれど、韓国ってなんか大阪に全体的に似ている気がしておばちゃんも「ガハハハッ!」という感じで下着一丁、これ上等といった感じか。
でも本当は垢はあまり落とし過ぎるのは体には良くないんだよね・・・。6ポイント。
初めての一人暮しDE高熱
去年の今頃、一人暮らしで風邪をひきました。
「あぁ、こりゃ風邪だわ」と思ったのが夜。体温、39度。とりあえず、市販の薬を飲んで寝ようとしましたが、体温が熱くて、眠れない。
でも翌朝、病院にいって薬もらったら、よくなる……一日の我慢……と思って、布団のなかでじっとしていました。
一人暮らしで大変なのはごはんですよね。私の友人達は私の家から離れているところに住んでいるので、買い出しを頼むのは申し訳なく、病院行ったついでに買うことにしました。
翌朝、とりあえず、薬確保。秋晴れのあったかい日でしたが、この時ほど太陽を恨んだ日はありませんでした。39度の身には直射日光熱いんじゃ!!!って感じです。
そして治すためには水分とビタミンcと薬から胃を守る程度の食料が必要……と思い、ペットボトル数本とゼリー系の食物を購入しました。重いです。でも自分ひとりでなんとかもっていかないかん。自転車で行けばよかった……
でも薬を手にいれたのです。これで治る一方だ……と思っていました。
ところが3日間薬を服用し続けたにも関わらず、ずっと体温変わらず。39度のまま。しかもゼリー状の食物では胃をカバーできなかったらしく、薬を飲むたびに胃がキリキリ痛い。あとゼリー状の食物は病人には向きません。形状、風味が、嘔吐を彷彿させる。
そんなこんなで3日間、薬を飲んでもちっともよくならないので、一人暮らししてから初めて、実家が恋しくなりました。両親の看護がどんなに手厚かったか!!
そうして風邪をひいた日から4日目、体温は40度。
これは、もう一度病院に行かな!と思い、病院へ……と病院にいったら、物凄く混んでる!!
おひとりさまの私が、熱を計っているとその時の体温41度…
本当はどこかに寝かせてほしかったのですが、「いいや、みんなしんどいねん。うちもしんどいけど、順番は守らないかん」と思い、病院の片隅でじぃっと待っていました……
としばらくすると看護師さんが私に気付いてくれ、ベッドと氷枕を用意してくれました。その時の氷枕の気持ち良かったこと!!
風邪における氷枕の重要性を知りました……
4日目にして本当に効く薬を手に入れ、風邪をひいてから1週間後、完治しました!
幸いにも私の人生のなかで、インフルエンザでもないのに39度以上の熱が連日続いたことはなかったので、この風邪を「熱の7日間」と名づけました。
私は学生だから、よかったものの、おとなはこういう状況でも仕事をせにゃならんという話をきくのですから、おとなは本当に大変ですね…
という私ももうすぐおとなです。
体調管理をしっかりしたいと思います。(はちこ)
(寸評)俺もたまで北海道にツアーに行った時、ずっと39度くらいの熱が下がらなかったがライブを休むわけにはいかない。
でもお客さんに辛い顔を見せるのは嫌だったので演奏中は平静を装って、いや、ばれないようにいつも以上にテンションをあげて叫び、おどけていた(ひきつっていて逆にもんのすごく怖かったかもしれないが)。
しかしちょっと水を飲むふりしながらステージに背中を見せた途端、顔面蒼白、冷や汗ダラダラだったなー。
そういえば今年のチェンマイ旅行も前日までインフルエンザで40度の熱があったけど、航空券代がもったいないので息も絶え絶えに旅立ったんだっけ。6ポイント。
初めての大切な日NI高熱
高熱、というよりはこのときはインフルエンザでした。
この大切な日というのは高校受験の日です。といっても滑り止めの高校でしたが。この高校は2日間試験をするのですが、1日目の試験後、バスに乗っていると急にのどが痛くなり、(風邪はのどから派)変だな、と思ったら、インフルエンザ。
もちろん、予防注射しました。それが効かなかったのです。せっかく予防注射したのに、何でやねーん!と思う暇も無く、明日も入試です。
とりあえず、その日はなにもせず、翌日は一人でその高校の保健室で受けました。
受験中のことはとにかく必死で良く覚えていないです…
幸いにも、一応予防注射の効果があったらしく、そこまでひどい熱にはなりませんでした。(38度ぐらい)もう何とかして、問題を解くしかありませんでした。
結果は合格。
本命の高校に合格したので、結局インフルエンザで受験した高校には行きませんでした。
入試1日目に病院にいってカルテを見たとき、昨年の同じ日に私はインフルエンザでその病院を訪れていました…
3年目はありませんでしたが、その日は忘れもしない2月2日です。(はちこ)
(寸評)熱であつくてフーフー、と覚えればいいねっ!
・・・別に覚えなくていいか。5ポイント。
初めてのATMにて…
先日、某銀行で、バイトの給料を引き出そうと、ATMコーナーに並んでいました。
空いた機械の前に行き、いざキャッシュカードで引き出し。
と、目の前の機械がピーピー鳴っています。よく見ると、札が出てくる所に千円札が残ったままで、機械のアナウンスが「紙幣をお取り下さい」と言い続けていたのです。
前の人が忘れたのか…。数えてみると、全部で4000円。
一瞬、自分の心の中に天使と悪魔の囁きがこだましました。
天使「人様のものに手をつけるな!正々堂々と行員の人に渡せ!」
悪魔「黙っときゃ誰もわからないぜ。どうせ金欠なんだ。こっそり持ってっちまいな!」
銀行の入り口を見ましたが、さっきまでここにいた前の客は、もう既に出て行った後らしかったです。
天使と悪魔の囁きに悩まされた末、何か怪しい匂いもするので、天使の声に従い、正々堂々と行員のおばさんに渡しました。
しかし、とある権利のことについては何も言われず。遺失物扱いになったら、1割はもらえるとのことだから、若干心残りでした。(Hi-)
(寸評)あぁ、銀行はカメラ撮られているからその行動は良かったと思うよ。
道ばたで拾ったら剥き出しの金なら届ける馬鹿はいないじゃろーて。
でも八王子で財布を拾った時は知久君やGさんがいたのでちゃんと交番に届けたなー。そして「お礼拒否」をして交番を出てきた。あのふたりがいなければ数千円ポッケに入れられたのに。むむっ。5ポイント。
初めてのできレース求人応募
一つ前の契約が期限切れとなり、でもそのまま似た様なところで似た様な仕事をしてた私。働き始めて数ヶ月経って、規則上今の私のポジションを公にアナウンスしなければいけないという事で求人の張り紙やらネットでの公募やらが始まりました。
曲がりなりにも理系の研究職なので一応倍率は低くないはずの仕事なんです。
で、上司から「応募してね」と一言。
といっても実際もうお給料もそこからもらっているし、応募しながら大してドキドキもしなかったのですが、世の中こうやって回って行くのかと少し複雑な気分かつ大人の階段を一歩のぼった気がしました。
こういうのって自分が蚊帳の外でも中でもあんまりいい気分がしないなとつくづく感じた一件です。 (Sabina)
(寸評)でも万一それで「今回は残念ながら・・・」なんて通知が来たらショックだよね。「あたしを切る為にやったんかいっ!」と。
世の中、もっと大胆な出来レースいっぱいあるんだろーなー。イッツ・大人の世界。6ポイント。
初対面の健さんと富士そばへ
2008年11月2日、私に革命が起こった。このホームページで素敵な笑顔を世界中に発信する健さんと初対面を果たしたのだ。
こ、これが健さん・・・・。笑顔だ・・・。素敵な笑顔だ・・・。
ライブハウスで健さんの存在を確認した私は勇気を出して笑顔の健さんに挨拶をした。そこまでは普通だ。しかし、私はライブの打ち上げ終了後、なぜか健さん含む地下生活者の面々と一緒に帰る羽目になってしまった。それはまあいい。高円寺の駅に降り立つ、大谷先生、とっちゃん、カブラギさん、青木さん、健さん、私。一体なんなんだ、このメンツは。何をしようと言うのだ。いつから私の人生はこんなおかしなことになってしまったのだ。
百歩譲ってそれもまあいい。許す。飲みに行かないかと誘われたのだが、大谷先生の目がショボショボだったこともあり、私も明日は早くに札幌に帰省することもあり、大谷先生はソーセージは食べられるがベーコンが食べられないこともわかったので、十分満足だ。
しかーし!!私は腹が減っていた。高円寺駅周辺には飲み屋かマクドナルドか富士そばしかなかったのだが、マックよりかは蕎麦だろうと連日富士そば通いであったが、今日も同じく選ぶ余地がないので(今日も富士そばにしよう)と思った。地下生活者の面々も「まあ帰るか」みたいな空気になり、とっちゃんはショボショボの大谷先生を気遣い「先生、ご飯どうする?それよりお風呂?」と愛の言葉を投げかけていた。三々五々散る地下の面々。楽しい時間をありがとう、地下の人たち・・・
するとやおら健さんがこう言った。「おれ、富士そばいくわ〜」なにーー!?私も富士そばに行きたいというのに!?
私は初対面の人や慣れてない人やスターと二人っきりになると極度に緊張する気質なので、一瞬とても困った。スターならまだいい。が、健さんだ。笑顔が素敵だという以外の情報があまりなく、ホルモン鉄道のCDのミックスをした人で、大谷先生の作ったコピー誌に健さんの上半身裸のセクシー写真が掲載されていたこと。それと強いて言えば、先ほどのライブハウスでの打ち上げで、くだらない下ネタ話になった時に激しいエアーフェラチオをしていたぐらいだ。
ホルモン鉄道のCDのミックス担当?笑顔が素敵?上半身裸のセクシー写真?激しいフェラチオ?わからない!健さんがどういう人物なのか、これではまったくわからない!
どうしようか本当に迷った。ただ、スターや大谷先生にはいくらでも会えるが、健さんに会うことはもしかしたら今後あまりないかもしれない・・・。すると突如神から啓示を受けた。
「健さんは石川浩司と20年来の友人だ。きっと面白い話が聞けるであろう!このチャンスを逃してはならない!行け、行くのだ!」
そこで、私は勇気を振り絞って「私も富士そば行きます!」と言い健さんの後をつけた。すると帰り際の大谷先生ととっちゃんが足を止めて振り返り二人してこう言うのである。
(まじな感じで)「ほんとに気をつけて!健さん危ないから!何かあったら逃げて!」
・・・・なんなんだこれは。WHAT’s健さん?逃げて?ますます混乱しながらも、富士そばに入った。カウンターに並ぶ健さんの横に行き「け、健さん。私も富士そばです。」緊張のあまり変なことを言ってしまった。富士そばなのにラーメンとカレーライスという複雑な注文をする健さん・・・。後から来てきつねそばを頼んだ私より出来上がるのが遅かった。とりあえず並んで座れるように席を確保する私。さあ、健さんは隣に来るのか・・。健さんにしてみれば私こそ「この人は誰なのか」といったところだし、富士そばまで尾行されたわけである。一緒に入ったわけでもないし、一緒に食べましょうとも誘っていない。はたして来るのか・・きたーーーー!!!
健さんは私の隣に座ると、開口一番「で、どういうきっかけで?」
来た。当然そうだ。なぜこの人は地下生活者を見にくるに至ったか、なぜだんな(石川浩司の友達間での愛称)のDVDまで作ってしまったのか?なぜだんなをそこまで・・?健さんにしてみても、私の存在こそ大きな謎だったのかもしれない。そこで私がたまに出会い、今に至るまでを簡単にさらっと説明。理解を示した健さん。しかし、そんなことはすぐにどうでもよくなった。これは言っておくが私から聞き出したわけではない。健さんが勝手にペラペラしゃべったのだ。
「だんなは臆病だから。臆病、臆病。ひどいよ、あれは」
「昔、紅白歌合戦とかいろいろテレビに出たけど、臆病臆病。ははは。」
「今日、(地下生活者の面々を)見たでしょ?もてるわけないじゃん。ははは。」
そして最大の謎であるスターの秘密が、スター、大谷先生、健さん、全員言ってることが違うということが判明。「どええええ!?」驚愕の新事実を突き付けられた私は即座に芸能レポーターに変身。きつねそばなど食べてはいるが無味となり、隣に座る健さんに45°の角度で姿勢を変え、「ええ!ええ!それで!?まじですか!まじですか!ちょっと待ってください。大谷先生と石川浩司、二人ともまったく違うことを言うんですけど、どういうことですか!ええ・・え!?これが本当?・・わー、どうしよう(なにがどうしようだ)ええと・・」「だんなに聞いてみれば?」「そんなこと聞いたらスター、泣いちゃうじゃないですか!」「健さんが言ってたけど、そこんとこどうなんですか?って聞けばいいじゃん」「いや・・えー?そうですか?大丈夫ですかね・・(混乱)」「大丈夫大丈夫!健さんが言ってたよーって。ははは。」
はあはあ・・・疲れた。バカだ。どうでもいい。スターの初体験の年齢なんて・・・。
別れ際、健さんはまたしても激しいエアーフェラチオをしてみせた。高円寺の駅前で。私は身の危険を感じたので、大谷先生ととっちゃんの言うことを聞いて、逃げた。もういい。疲れた。(さっちゃん)
(寸評)健さんは今でもさっちゃんがいなくなったことに気づかず、ずっと高円寺駅前で激しいエアーフェラチオしているよ。満面の笑顔でね。
それはともかく、俺の初体験は16歳の時に京都の舞妓はんに奪われました。
「ボン、ちょっとこっちお越しやす」と言われて脱がされて・・・。
それが厳然たる事実です。信じなさい。8ポイント。
はじめてのクレーマー(と頑固者)
たまに定食屋さんでバイトをしています。
今日、私が店に行くと、もう食べ終わったお客さんがいました。夫婦らしき30代くらいの男女。
男は「お会計」と低くつぶやき、お金を無造作にテーブルの上へ。私は「感じ悪いなあ」と思いながら、同じくらいのテンションの低さで「どうぞ」と、お釣りを手渡しました。
その瞬間、男が「あんたらさあ!感じ悪すぎだよ!」と怒鳴り出しました。
やべー思ってること顔に出た…。
まあでもこちらが悪いので「すみません」と謝りました。
しかし男はどうやら私が来る前の店長(じいちゃん)の態度が気に入らなかったらしい。
「おめー、いらっしゃいませとかどうぞとか言えねーのか!」
じいちゃん店長も、すみませんって言えばいいのに「え、どうぞっていいましたよ」とか言うもんだから男はますますカーっとなったみたいで、罵倒は止まりません。
「おめー、さっき水どこに置いたよ、え?俺がここにいるのにあっちの方に置いたじゃねーかよ!」
「俺はこの店に10年通ってる客なんだよ!」
「中国人のねえちゃんなんでやめたんだよ!」
「いいよ!じゃあ警察よべよ!」
と、だんだんわけがわからなくなっていきました。
中国人のねえちゃんのことは私にはわかりません。
妻らしき女の方までも「じゃあさ私も言わせてもらうけど、あなたは『どうぞ』って言ったかもしれないけど私には聞こえなかったってことは、それは言ってないってことなのよ」などと言い出す始末。いや、ごもっともです。おっしゃるとおりです。
じいちゃん店長は確かに愛想のいい人ではなく声も小さい。そしてどうやらとても頑固みたいです。
じいちゃん店長「言ったもんを言ってないっていわれても言ったんだから」と言って譲らない。
私はその間2度ほど、棒読みだったかもしれませんが「もうしわけありませんでした」と言い、頭の中真っ白で、ぼーっと立っていました。
じいちゃん店長は最後まで謝らなかったので、男は全然腹の虫がおさまらないまま「てめーがオーナーなら大丈夫!潰れるよ!」と吐き捨てて出ていきました。
目の前でこちらにむかって罵倒され続けるダメージはこんなに大きいのだなあと、かなりへこみました…
その後もじいちゃん店長、やっぱり無愛想で声小さかったです。でも小さい声で確かに「どうぞ」って言ってました。(うみうし)
(寸評)本当の喧嘩とか関係者が起こすと、俺、泣きたくなっちゃうんだよなー。
俺は鍵は中国人のねえちゃんにあると見た。
店長に「本当に何故やめたんですか?」と小さな声で聞いてみてください。7ポイント。
はじめての至近距離嘔吐&転倒
※お食事しながらは読まないでください。
学生の頃、学校の帰りに小田急線に乗っていた時のこと。夕方のまだ帰宅ラッシュになる前、新宿行きの急行列車。車内は座席がすべて埋まって、立っている人がちらほらといった感じ。私は電車のドアの脇に立って乗っていました。気づくと何処から乗ってきたかは定かでないですが中年のオジサンがひとり、両開きのドアの私が立っているのとは反対の方に立っていました(この表現で通じるでしょうか)。背は割と小柄で、上下に青い作業着のようなものを着てたと記憶しています。ただ顔はだいぶ赤ら顔で、お酒を飲んでだいぶ酔っている様子。かなりふらついていて、下を向いたまま手すりに掴まって、かろうじて立っている状態でした。
電車は成城学園前を出発し、いくつか駅を通過した頃。そんなオジサンを横目で見つつ私は「昼間っから泥酔して、大丈夫なのかねぇ」なんて思っていました。周りの人もそんな心境で横目で見ていたと思います。
すると次の瞬間、オロロロローッ!!オジサンがドアに向かって大量の嘔吐!しかもドアから床へ流れた大量のブツの上にオジサンは転倒したのです。手すりにもたれながら完全にブツの上に尻もちをついている状態に。周りにいた人達はギョッとして身を引き、何人かはなにげなく遠くへ立ち去りました。私もかなり驚き少し後ろへ退いたものの、あからさまに避けて移動するのもどうかと思い、その場に立ち止まりました。近くに座っていた親切な人がポケットティッシュを差し出し「大丈夫ですか?」とオジサンに尋ねるとオジサンは「大丈夫大丈夫」といってゆっくり立ち上がりました。私は驚きのあまり親切に声をかけられなかった自分が情けないと思うと同時に、こんなに大量のゲロじゃぁポケットティッシュではどうにもならないとも思っていました。オジサンが立ち上がったので周りの人たちは「とりあえず大丈夫みたいだ」と安堵しつつその後どうしてよいか分からないといった空気に包まれました。
やがて電車は下北沢駅に到着。オジサンは足早に下りて行きました。何人かの他の乗客も、最初から降りるつもりだったのか、臭いからなのか降りて行きました。私は現在一番吐瀉物に近い所に立っていたので車両を変えようかとも思いましたが、次の代々木上原で降りる予定なのでそのまま立っていました。息はなるべくしないようにしていました。そして靴やズボンにはねていないか確認。見たところはねていないようなので安心しました。電車はそのまま出発、次の代々木上原までは2〜3分。早く降りたくてたまりません。そしてようやく駅に到着。ドアが開いた瞬間、ホームから乗ってこようとした何人かの人がギョッとして一瞬身を引き、別の乗り口へ移動していました。(作戦失敗)
(寸評)これあるね〜。入ってきた電車で他はギュウギュウなのにやけに空いている車両があるのでそっちに向かうと「・・・うひゃあっ!」ってことね。
こんなに吐瀉物が町に常にあるのは、日本だけの光景なんだよね。7ポイント。
初めてのピンポンダッシュ
毎朝新聞を配達しながら、いつかはやってしまうのではないかと恐れていた事態が、ついに起きてしまいました。
門などに備え付けられているポストのすぐ側にピンポンチャイムがついてる家が多いですが、
新聞を入れながらいつも、いつかうっかり手が触れてピンポン押しちゃいそうだな〜と思ってました。
そして先日、ついに・・・
とある家のポストに新聞を入れようとしたところ、中に別の新聞や郵便物が入っておりうまく入れられませんでした。
新聞を小さく折り、ポストのフタを片手で押さえて中を見ながら入れよし入ったかな、と安心したその時。
ピンポ〜ン ピンポ〜ン♪・・・
っえええええーーー!!!
一瞬何が起きたのか(なんの音なのか)わかりませんでしたが、すぐにピンポンチャイムを押してしまったのだと気付きました。。。
あわわわわやばいごめんなさいごめんなさーーーい!!!と言いながら、バイクに乗り一目散に逃げました。
ああぁびっくりした・・・!
でもその家の人はもっとびっくりしたことでしょう。夜中にいきなりピンポン・・・
寝てて気付いてなかったら良いなあなどと都合のいいことを考えてしまいましたが、きっと気付いただろうな・・・
家の人に心の中で謝りつつ、やった、投稿ネタが出来た!と喜んでしまった自分。(ななを★)
(寸評)もちろん気づいて「今後こんな悪戯をする奴は絶対に許さんっ!」と監視カメラが付いていたりして。6ポイント。
初めて○○○状のものをかぶってる人を見た
目のやり場に本当にこまりました。
タイトル「状のもの」と書いているのは、本人に確認していないからです。本当は、そんな形の前衛的な帽子かもしれないので…。しかし、どう見ても○○○としか見えない。まだそれをかぶっている方が女性だったのが救い(?)です。男性だったら、どうなることか。
勘のいい方はもうお気づきでしょう。○○○とはパンツです。女性物の、赤の、Tバックのおぱんつ(と思われるもの)です。彼女はそのおぱんつ(と思われるもの)のお尻にくる部分(と思われる)を前にしてかぶっていました。彼女は平然と友人と話し、その友人も平然と彼女としゃべっています。周りの人も気にしていません。でも、私はその光景を異常だと思ってしまい、とても気にしてしまいます。その光景の日常さが、私をとても混乱させます。
あれは、パンツだったのか、それとも私の見たことのない帽子だったのか、それとも私の幻想だったのか…。否、本当にパンツで実はパンツをかぶることがとても普通なことだったのか…
その時一緒にいた友人にも確認しないままここまで来てしまったので、いまだに謎のままです。でも、私はパンツだと思います。(はちこ)
(寸評)すいません、最初に○○○が出てきた時、チンポだと思いました。チンポ状のものをかぶってる人。いそうでしょ?
もし本当にパンツで、それがファッションとして認められたら凄いねー。
もっともルーズソックスを初めて見た時も、ズボンずり降ろしてパンツ丸見えで歩くのも「そりゃないだろー!」と思ったが「赤信号みんなで渡れば怖くない」で、あっという間に日常の光景になったからなー。ファッションって不思議だね。7ポイント。
初めてのブツ激痛
中学1年生の冬に入るあたりだったでしょうか。僕にとって、衝撃的な事件が発生しました。
この事件というのが…、ちょっと言いづらいんですが…、ええと、つまりは、男性のブツを手術することになったのです。
事の発端はこうです。当時、包茎だった僕はブツを包む皮を剥いて中身を洗う、てなことをやってました。しかしある日、ブツを包む皮を剥きすぎたらしく、元に戻らなくなりました。元に戻らないだけなら良かったのですが、中身は真っ赤に腫れ上がり、さらにはキリキリと痛みだしたのです。
あまりの痛さに両親に訴えるものの、「剥けたならそれでよし!」と最初は取り合ってくれませんでした。が、僕のブツの状態を見て状況は一変、「すぐに医者に行こう」ということになりました。
しかしこの日は土曜日。最寄りの泌尿器科は土日は回診していないとのこと。しょうがないので、2日間待って病院に行くことになりました。
この2日間をどのように過ごしたかは、覚えておりません。しかし、寝る時にパンツに擦れるブツがとてつもなく痛かったことはよく覚えております。
右へ転がっても激痛。左へ転がっても激痛。うつ伏せで寝ても仰向けで寝ても激痛。結局は激痛なのです。そして激痛の要因は、変わり果てたブツにあるのです。
どうして、こんなことに…。何だってこんな目に遭わなきゃいけないんだ…。眠りたいのに眠れないなんて…。そう思うと何だか悔しく、涙が止まらなかったものです。
こうして、三日三晩ならぬ二日二晩、僕は病めるブツと共に眠れない夜を過ごすことになったのでした。(たちつ亭と〜助)
(寸評)ぎゃあああああっ、痛いのが伝わって来るううう。ポイントは次にまとめて。
初めての手術
さて、ようやく迎えた月曜日に、母親に付き添われて病院へ行きました。泌尿器科の先生は僕のブツを見るなり、「あ、じゃあ皮を切ろうか」と言ったのでした。この時僕のブツは「嵌頓包茎」という状態になっており、そのままにしておくとブツが壊死しかねないという状態だったそうです。
つまり、包茎手術を行うことになったのです。そして、それが人生で初めての手術だったのです。
その日のうちに手術の準備が行われ、手続きが行われます。用意された手術着に着替え(手術着の下は全裸でした)、用意された車椅子に乗り、手術室へ向かいます。これら全ての準備と用意が、僕のブツのためになされたのです。
手術室に入り、手術台に仰向けになると、ドラマなどで見覚えのある例のライト(?)が目に映ります。
ああいよいよ手術が始まるのだな、と、ドキドキが隠せません。そんなドキドキな僕を見て、担当のお医者さんは、
「大丈夫だよ、すぐ終わるから。何か音楽をかけてあげるよ。そしたら落ち着くでしょ?」
と言って、何かの機械から音楽を流してくれました。この機械が果たしてどういうものだったのかは忘れてしまいましたが、いいお医者さんだったな〜ということは覚えております。
手術は部分麻酔で行われるとのこと。従って、ブツの周辺のみ感覚が無くなるのだそうです。
記憶が正しければ、まず行われたのが、筋肉麻酔でした。臀部、すなわちお尻の上部に注射の針を打ち込み、そこの筋肉に注射するものでした。
注射の針が差し込まれる瞬間、思わず、「うっ!」と腰を引きそうになりました。それ程の激痛だったのです。が、そこで腰を引いたりしたらちょっと情けないな〜と思い、何とか我慢しました。
後で聞いたところによると、この筋肉注射なるもの、やはり注射の中でも痛い部類に入るらしく、大人でもその痛さに泣いてしまう人がいるとか。
そんなわけで、筋肉注射を我慢しながら受けました。続いて行われたのは、ブツの根本に打たれる麻酔注射です。まだ筋肉麻酔が効いてなかったからなのか、これまたしみじみと痛い代物でした。
いよいよ手術が始まります。僕の顔とブツの間が幕のようなもので遮られ、僕の視界からブツの様子は見えなくなります。どんな風に手術されるのか気になりましたが、あんまり見ない方がいい過程を辿っていったのかもしれません。だからこその幕だったのかもしれません。
手術は順調に進んでいるらしく、ブツを色々弄くり回されているのが、麻酔をかけられていても分かります。ブツを苦しめていた余分な皮がちょん切られているような気も、何となくしました。周囲には穏やかなBGMが流れています。
ああ、早く無事になったブツに会いたいものだ…。早く手術が終わるといいな〜…。なんてことを考えているうちに、いつの間にか眠ってしまったのでした。これが麻酔の効き目によるものなのか、不眠によるものなのかは、未だに分かりません。
目が覚めた時には、手術は終了していました。促されるままに車椅子に座り、病室へ誘導されました。ここでしばらく点滴を受けながら休み、その後家に帰されるのだそうです。
手術が終わってからしばらくは、何だかぼんやりとしていました。
妙に体は疲れ切り、物事を考えるのも億劫でした。間もなく家に帰れるという開放感も、ブツが痛くなくて済むという喜びも感じられないでいました。
初めての手術はこのような気怠い余韻を残して、終了しました。(たちつ亭と〜助)
(寸評)そうか・・・結構痛いものなのか・・・。そうか・・・。9ポイント。
初めての殺生
今住んでいるアパートは、築年数がかなり経っていて、どう考えても28歳児であるワタシよりも歳のいったアパートなのです。
部屋を仕切るのは全てふすま(風呂トイレの仕切りのみ扉)。
押入れつきで、鴨居もある、そんな物件。
思えば、不動産屋と初めてこの部屋を見に来たとき、その予兆に気付くべきでありました。
ふすまの縁や柱の一部が、不自然に削れていたことを・・・
ある日、ふすまを開けっ放しにしてしまったのか、どこかの隙間から紛れ込んだのか、部屋にネズミ(忌々しいので、以下、N)が侵入したのです!!
殺鼠剤を仕掛けたり、ぺったんこのN捕りを仕掛けたり、強烈なハッカの臭いのする忌避剤を仕掛けたりと、様々手は尽くしましたが・・・
プラスチックケースにしまっていた食品の類は、ケースもろとも食い荒らされ、衣類までかじられ・・・
精神的にもかなり発狂寸前のところまで追い詰められました。
のみならず!
ワタシが普段寝起きをしている部屋にまで、Nが侵入してきたのです!!
そして、どうやら、出て行ってくれればいいものを、部屋にNを閉じ込めてしまったらしく、食べ物のない部屋で飢えたNは観葉植物をかじり、畳までかじり・・・
Nと同室で過ごさざるを得なくなってから、ワタシは追い払う目的で、常にモップの柄を手元に置いていました。
ある日の朝、その事件は起こりました。
出勤の支度をしているワタシの隣に、空腹で動きも鈍く、よろよろしたNが現れやがったのです!
Nも長期戦でかなり憔悴しきった様子でしたが、憔悴ぶりといえばワタシの精神的消耗もかなりなもので、今思えば正気の沙汰ではありませんが・・・
ワタシのすぐ脇に現れたNめがけて、ワタシはモップの柄を振り下ろしました・・・
どうなったかは書きませんが、ご想像の通りです・・・
生まれて初めて昆虫以外の動物を、そして、捕食以外のための殺生をした瞬間でした。
殺生をすることにもちろん肯定的な感情など微塵もありませんが、人間、追い詰められると何をするかわからないな〜、という恐ろしさも感じた体験でした。
※古い物件を借りる際には、必ず柱などの状態と、鴨居を覗いてNの残した痕跡が無いことを確認することをお勧めします!! (キット)
(寸評)最近ディズニーランドにMッキーマウスを見なくなったのは、キットのせいだったのか・・・。6ポイント。
初めての食べすぎによる吐瀉
このあいだ、仕事終わりに友人に連れられて、大阪・中津にある喫茶店に行きました。
前から、そこには名物オカンがいて、雑誌に載ったりしてて、吉本の芸人の方も来る。と聞かされてたのでおもろそうやとは思ってました。
見た目はいたって普通の喫茶店です。
店に入ると、友人がいきなりキッチンに入り、食器を洗い出しました。
なんやなんや、と驚いていると、友人が「オカン!皿全部洗うからご馳走お願いなー」と言い、常連さん達と笑い合ってます。
その常連さんも初対面の僕に
「よう来たな、今日はどんどん食べや!残したらオカン怒るぞ(笑)」
僕は言われるがまま席に座り、
とりあえず、しょうが焼きを注文しました。
「じゃあ、しょうが焼きお願いします。」
すると、オカン
「あかん!しょうが焼きできへん。ハンバーグおいしいで!」と言ってハンバーグになりました・・・。
そこから激しい料理が始まって油やらかつお節、卵の殻が中に舞うショーを見ているうちに次から次に、ベーコンエッグ、かき揚げ、煮物、味噌汁、ご飯、サンドイッチ、とあっという間に目の前に並んでいきました。
僕は圧倒されながらも「よし!今日はもりもり大食いしてやろう!」と、腹を決め、それをひたすら食べました。味はどれもとてもおいしかったです。
でも、やっぱりこの量はきつい・・・。仕事終わりでお腹は減ってましたが、普段から別段大食いというわけでもありません・・・。
やっと、メインのハンバーグが来たときには、腹が張り裂けそうで、顔からは汗がふき出して、初めて「マヨネーズ」という単語だけで吐き気を誘発されるほどでした。
それでも、気合でハンバーグを食べたら・・・もう・・・・限界・・・
ふとトイレに目をやると今まさに人が入っていくところでした。
「う、うそ、、まいった・・・・・・空気吸うて来ます」
と、意味のわからんことを言い残し、、
外でリバース。
とっさの判断でした。
初めての食べ過ぎ吐瀉。
やっぱ限界こえると体が拒否するんですね。(すごい犬)
(寸評)なんかご飯のメニューの中にサンドイッチが入ってるのが凄いな。強制バイキングみたいなものだな。6ポイント。
初めてのバニーバー
(あらかじめ言っておくと、私は女である。)
今から2年ぐらい前の話である。好奇心が旺盛なほうだと思う私は夜のうさぎちゃんに会いに行った。
サークルの男の先輩が以前そこで、バーテンをしていたので、他の人とも一緒に連れて行ってもらったのである。
その店は雑居ビルの中にあり、男性の店員の案内で狭いエレベータで上がっていった。(これは余談ではあるが、元バーテンの先輩は店員に「キミ中学生でしょ!」と入店に足止めを食らっていた…以前そこで働いていたのに…)
中にはいると、カウンターオンリーの狭い空間に男性がひしめき合っていた。外で席を待っている人もいた。私が入店したとたん「うおー、女の子や!」「女の子がこんなところにくるんや!」という声が上がった。どうやら結構男性向けの店らしい。
多いのはお客だけではない。バニーさんも多かった。狭いスペースで10人ぐらいのバニーさんがあっちにいったり、こっちにいったりとしている。そのカウンターでギュウギュウになっているバニーさん、まずイメージと異なっていたのが、耳をつけていない人が結構いるということ。もしかしたらこの店は結構バニーとしてはゆるいほうなのかもしれない。バニーバーなのに、バニーの耳がないなんて!それどころか、普通の服を着ている人もいた!(後で聞いた話どうやら彼女達は一日入店の人だったらしい)他の意外な点は、下着の上からバニーの衣装を着ていること。なので肩からブラの紐が出ていたり、足の付け根あたりにはパンツがはみ出たりしている。そしてバニーさんはどちらかというと、元気で、溌剌としているバニーさんが多かった。
期待していたバニーさんとは違って私は少しがっかりした…
私の期待していたバニーさんは、ストレートヘアのおしとやかでつつましいバニーさんだったのだ。たとえるなら、テレビの手品の助手ようなバニーさんである。
イメージと違うところもあったが、イメージどおりのところもあった。
それはみんな乳がでかいということ。多分、彼女達の中ではDカップは小さいほうにはいるのであろうと思われる。乳がでかいから、谷間にライターを挟むのが似合ってる!それはとてもよかった点だ。
そしてやはり接客業。とてもお話が上手。普段お店に来ないと思われる女の子がお客として来ても十分に楽しめた。
そして男の先輩たちはバニーさんに乗せられて、お酒をおごらされていた…。
そんな私の行ったバニーバー、チャージはあったかどうか忘れてしまったが、(おそらくなかった気がする)1ショット820円でなんともバニーな値段である。
いかがですか?(はちこ)
(寸評)俺も昔一度だけバイトの先輩に連れられて行ったことがある。公認会計士を目指してエリート街道を走っていた先輩だが、結局受験に失敗し、今は奥さんの実家の弁当屋でおかず詰めているらしい。7ポイント。
はじめての「生」!!!
えろい話じゃないです よっぱらいの話です。
こないだとあるライブ行った時、前から3番目に並んでたんですが
ドリンク選ぶのに悩んじゃってそうこうしてる間に後ろのお客さんたちがどんどん入ってきちゃって、
こりゃまずいと思い、選ぶ余地なく、「生!!!」と注文しました。
オリオンビール以外で自らビールを注文したのは実ははじめて。
味は・・・うまかった。ビールってうまいんだなぁ。
なんだか癖になりそうだ。(りあちゃん)
(寸評)俺は瓶ビールの方が好き。理由は、同じ値段で量が多いからです。俺ってすんごくセコいんです。3ポイント。
初めてのサッカー競技場
小遣いの足しのため、先日短期バイトで、サッカーの試合の会場整理のバイトに応募しました。
会場整理の日雇いのバイトはこれが初めてではなかったので、大したことはないだろうと思っていました。
しかし、集合するや否や、現場のチーフからこんな言葉が。
「サッカーの場合、負けたらサポーターの方々がイラついて、八つ当たりで殴ってくるとかもあるので、接客マナーには十分注意して下さい」
…緊張度が一度に5倍ぐらいに跳ね上がりました。いくらスポーツ、とりわけサッカーに興味がほぼ0で、サッカー観戦すら見に行ったことがないとはいえ、W杯の際のフーリガンなどの情報は熟知していました。
不安な面持ちで、会場に移動し、スタジアム内の配置場所に向かいました。まだ試合開始までは時間があるのですが、昼過ぎからサポーターの人々がぞくぞくと入ってきています。
と、自分の配置場所は、なんとゴールポストを背にした、サポーター席の最前列!両端には、試合中に振る、大きな応援旗も20本ぐらい立てかけてあります。しかも、地元の有志のチームで、この試合に負けたら、2軍に降格という、重要な試合だそうです。一気に背筋が冷え冷えとしてきました。
試合開始前には、その旗での応援の仕方を巡って、同じチームの応援団の老人同士で、口論も。果たして数時間後、生きて帰れるか、この仕事で得られる数千円が安すぎはしないかと、そんな不安が頭の中を錯綜し始めました。
そして、試合開始。サポーターの方々と向き合う形で、会場の警備をして、過激な行動を取るサポーターがいないかを見張る役でしたが、幸い、そのようなフーリガンはおらず。
それよりも、老若男女一斉に同じ色のユニホームを着て、一糸乱れずに同じ応援歌を歌い、同じ柄のタオルを振ってる姿は、見ていてやはり「非日常」でした。奇声を上げ、唾のシャワーを撒き散らし、審判にも抗議の罵声を惜しまないおっさん達も、家や職場では、マイホーム・パパや課長職や管理職かもしれませんし。
韓国に滞在中にも目にしたのですが、普段は何ら特異な事もない日常を送っていながら、このような日常の中の一幕では(第三者の目から見ると)宗教信者のような状態にガラリと変わってしまう訳ですから、普段では見る事の出来ないワンシーンでした。
とかいう自分も、ライブ会場に行けば、宗教信者の如く、生歌に聞き入っているのだから、みんなそれぞれ「宗教」とまではいかなくても、魂や情熱を捧げる何かがあるということを実感しましたね。
そんなこんなで、無事僕が配置されていたサポーター席側のチームが勝ち、特にトラブルもなく、終わりました。初めてサッカー競技の場に行ったのが、観戦ではなく、単なる会場整備のバイトというのにしては、若干あっけなさのような感じも残りましたが。
でも、緊張感が高すぎて、肩こりがひどくなったので、今度はもっと安全なところを選ぼうと思いました。(Hi-)
(寸評)勝ったら報酬が倍、とかになればいいのにね。
あ、それじゃ負けた時みんなに腹いせに暴力ふられて、踏んだり蹴ったりか・・・。6ポイント。
初めての学習塾バイト
帰国後、行く前にやっていたのとは違った業界のバイトに応募しました。
求人広告を見てみると、「平日出勤のみ・私服OK」と会ったので、条件がピッタリだと思い、面接の電話を入れました。
そして、面接に行ってみると、他に来ていたもう1人の応募者の人はなぜかスーツ姿。
…職員の方にも「私服は業務の時だけだよ」ダメ出しされたので、業界の事をまだ知らないうちじゃ、多分採用されないだろうなと、絶望視していました。その後に採用試験(中高生の英語・数学・古文)もやったのですが、英語以外燦々たる結果でしたし。
しかし、1週間ほど経って、次なる面接場所を探し、履歴書の下書きをしていたら、「採用します」との連絡が。
つくづく、世の中とは不思議なものです。
早速、中学生と向かい合って授業をしてみましたが、どの程度理解できてるのだろうかと、不安に。
授業をしてみて、教えたところの問題を解かせてみると、案外スラスラできてます。
ただ、文法用語を絡めて教えてみると、やはりまだ難しいレベルっぽいです。
週ごとに様々な子供の相手をするのですが、果たしてどれだけ続くのやら…。(Hi-)
(寸評)塾と言っても遂に「先生」になったんだね。Hi-先生・・・いぢめられないようにね。6ポイント。
初めての革パン
先日、某量販店で服探しをしていた時、黒革製の革パンを見つけました。試しに一度履いてみると、素肌に触れる革に違和感があるものの、スタイル的に気に入ったので、即行でレジに向かいました。
しかし、裾は縫うといった感じではなく、ただ地の革が切ってあるだけ。裾直しはどうするのか、店員さんに尋ねたところ、裁縫で裁断するのではなく、自分で足の長さに合わせて内側に折って、折り目にボンドを塗り、丈の長さを調節するのだそうです。
…もちろん、革製品を水洗いで洗濯になんて出しませんから、方法としてはわかりましたが、実際に家に持って帰って、足の長さに合わせて折り目をつけて、内側にボンドを塗りました。
すごい違和感満点の裾直し。中学生の時、後輩が制服のズボンの裾の処理に困り、直すまでの間、安全ピンで裾を止めてるのを見た事がありましたが、あれと同じくらい違和感がありました。
しかも、水に濡らさない・脱いだ後にはブラシで手入れを必ずするなど、普通のズボンとは扱い方が大分違います。
大切に着なきゃ、と思い、まだ2週間に1回ぐらいのペースでしか履いてません…。(Hi-)
(寸評)今度ライブの時、是非はいてきてよ。2秒間だけ見て「ああ、これね」と棒読みするから。4ポイント。
はじめての点滴
ここのところ具合の悪い日が続き、病院へ行こうにも
「こっちゃ具合悪くて動かれへんねん そっちからこいや(#゚Д゚)ゴルァ!!」
というような状態だったので旦那に時間を作ってもらって、病院へ連れてってもらいました。
予め電話しておいたので診察はあっという間でした。
主治医「じゃ、点滴打とうか^^」
りあ「て、天敵を討つぅぅう!!?」
りあは注射とかダイスキなド変態なので点滴打ってもらえるなら是非、と思い受けましたが・・・。
時間かかるんすね、あれ。
旦那が夕方から仕事だったんで点滴のお薬が全部終わる前に「ま、いいでしょう」と針を外されました。
点滴中、看護師さんとかが入れ替わり入ってきて、
「結婚したんだって?」「おめでとうー」「もう宮崎さんじゃなくなるのねー」
って色々話しかけてくれたからあたしはいいんだけど、
待合室で独り45分近く待っていた旦那は退屈だったろうなぁ。(りあちゃん)
(寸評)俺「拘束恐怖症」だから点滴駄目なんだよなー。ずっと体に何かが付いているという状態が我慢出来ない。ということで普段はアクセサリー類はもちろん、腕時計すら付けられないんだよね。5ポイント。
はじめてのファミリープラン
「たまの月経散歩」初合の巻にてメンバーのみなさまが「ファミリープラン」なるものを発見していますが・・・
最初読んだ時はなんだろー?と思い、気になり検索。
・・・はあなるほど。大人ですな。。てかこんなん路上で売ってていいんかなー?今はもう無いのかな?多分無いんだろうなー
などと思ってたんですが、、、近所で発見いたしました。
何回も通ってる道だったのですが、道の端っこにぽつんとあるので気づきませんでした。
ある日歩きながらちらっと目をやると、ん?なんか見たことあるよおな??
よくよく見ると「ファミリープラン」の文字。月経散歩に載ってた写真そのままでした。
こっこれは!!!たまのみなさまが喜んでいた(?)ファミリープランではないかッッ!!
興奮しました。まさかこんな近所にあるとは。なんだか嬉しい。
しかも新聞配達でいつも通る道だったので、夜中、人がいない時にまじまじと観察いたしました。
「LOVELYN Soft」と書いてある500円のが1つ、「PASSION ROSE」と書いてある600円のが2つ並んでました。
知久さんが散歩の中で「あのガッチャコーっていう音がイヤなんだよね。」と言ってるので、どんな音なのか非常に気になります。。。
親子で歩いていて、お子様に「ねえねぇこれなーに?」と訊かれたら、親御さんはどう返すのでしょおか。
ファミリープランを見つけてから、その道を通るたびにニヤニヤしてしまってます。
アヤシイ事を考えてるわけではなく・・・たま関係(?)のものをみつけた嬉しさゆえです。(笑
そして先日、西荻からの帰り道で、またもファミリープランを発見いたしました。
探せば結構あるのかなあ・・?
これからは歩きながら、ファミリープランを探してしまいそうです。。(ななを★)
(寸評)意外とまだあるよ。ある種の生活必需品だからね。でもファミリープラン、家族計画って良く考えるとなんかおかしいよね。確かに家族を増やすかどうか計画するものではあるのだが・・・。6ポイント。
はじめての名曲喫茶バイト
本日、新宿に古くからある、たまのみなさまも御用達の某喫茶店(ってミクシー日記には思いっきり名前出してますが。)で初バイトしてきました。
昔は名曲喫茶で、お客さんのリクエストでレコードをかけたりしてたらしいですが、今は普通の(?)喫茶店です。
アルバイトの募集は某無料求人誌で見つけたのですが、「名曲喫茶」と書いてあるのが気になり(最近名曲喫茶に興味があるのです。)、珍しいな〜と思ったのと
ほかの広告にくらべて、余計なことが書かれてなくシンプルなのに惹かれて、ダメモトで応募したら受かりました。
しかし飲食店の経験はあるものの、前はキッチンだったので接客は未経験・・・
しかも自分は人が苦手、喋るの苦手・・・
それを克服したいからこのバイトやってみようと思った訳でもありますが。。。
お客さんの前で口回らないし、敬語は訳わからなくなるし、、、
オーダーとったり料理やドリンク持っていったり食器下げたり
とりあえず出来ることを、先輩達に指示してもらいながらやりましたが
忙しくなってからは訳わからなくなり、あまり動けませんでした・・・うう。
行く前は、どんな人がいるんだろう・・・厳しかったらどうしよお・・・とか考えて不安でしたが、いい人ばかりでした。ニヒル牛も知ってましたよ〜。
仕事が良くても、人間関係が悪いと嫌ですからね・・・
苦手を克服出来るように、無理しすぎず頑張ろうと思います。
石川さん、遊びに来て下さい〜。(ななを★)
(寸評)うんうん、そこは確かにたまやパスカルズなどで打ち合わせの時よく使った。最近少なくなったマンモス喫茶だからねー。あの天井が高いのがなんかいいんだよね。
今度みんなで覗きに行くか〜。6ポイント。
はじめてのおませさん
隣の女の子は、とても「おませさん」でした。
大人の会話を聞いているんでしょうか、時々ドキッとさせられました。
その女の子が幼稚園生の時、回覧板を持ってうちに来ました。
私の母が玄関に行くと、女の子がこう言ったそうです。
「お隣の??ちゃん、友達が少ないからって大学落ちたんだってねぇ。」
まるで主婦の井戸端会議のような立派な口ぶり。
母も「・・・そうなの・・・。」としか返せなかったそうです。
私も「あの家の子はまだ結婚してないんだって?」と近所の幼稚園で噂されてないかしら。(秘密の座席)
(寸評)されているに500円! 5ポイント。
はじめてのガソリンスタンド
数年前、15年以上ペーパードライバーだった私が、初めてガソリンスタンドに行く事になりました。
?
職場で「給油口の位置さえ間違わなければ平気だよ。間違ってもまぁ大丈夫。」
と言われて、いざ!初めての給油に!
「いらっしゃいませー!」
「レ・・・レギュラー満タンで・・・」
「はい、レギュラー満タンですねー!」
実際、「レギュラー満タンで・・・」なんて中途半端な日本語に
「満タンで・・・何?」
とツッコミが入ったらどうしようかとヒヤヒヤしてましたがクリア。
?
しかし、油断しました。落とし穴です。
?
「給油口の方、お願いします!」
?
ありゃーーー!!給油口開けるの忘れてたー!
運転席で1人真っ赤になりながら、給油を待っていました。
未だに、給油の時は給油口開けるの忘れちゃいます。
行く、という事だけで、何故か凄く緊張して、車を停めるとホッとしちゃうんです・・・。
何をしに行ってるのかわかりませんよね。(秘密の座席)
(寸評)俺も昔バイク乗ってたけど、ガソリンスタンド苦手だったなー。特に最初の頃は手順とか、言い回しとかが分からなくて「けっ、シロートが来たよ!」と笑われる気がして・・・。5ポイント。
初めての・本当に頼りになる10歳児
ネパールの村にホームステイした時のことです。
カトマンズからバスで2時間ほど山奥へと走りスンコシ川のほとりで待っているとホームステイする村の子供が迎えに来てくれました。
ここからは道無き道を歩いて行くしかありません。
がけ崩れしたような岩山を歩きだして10分もしないうちに酸素、酸素・・・とうめきながら、しゃがみこむ私。
すると10歳になったばかりという子供が
どデカイ登山リュックをひょいっと担ぎ
私の手を引き、元気出してっと歌まで歌ってくれながら
村まで2時間の山道を歩いてくれたのでした。
ちなみにビーチサンダルでした。
ビーサンで岩山を笑いながら駆け下りても転ばない10歳児!
人一人分の幅しかない道を牛がすごい勢いでこっちへ向かって走ってきたとき抜群の反射神経で私を土手のやぶに突き飛ばした10歳児!
アニキ!いや親分!と心のなかで叫んでいました。
無事、村に到着すると前の日の夜から歩いてきたという(やはりビーサンで)隣の村の子供たちが待ってくれていました。
超、超華奢なその身体のどこにそんなパワーが・・・!
カトマンズにいたガイドのおじさんの100億倍(強調!!!)頼りになる子供達でした。(aina)
(寸評)山奥の生活だとそんな超人にもなることがあるんだね。偏差値では計れない人間としての力。
その力が逆に「グルカ兵」(ネパールの輸出兵隊)として各国に売られ、自国の国民を傷つけず、ある時はネパールとなんら関係ない第三国同士の戦いでお互い険を交えることも。
皮肉なことだよね・・・。8ポイント。
宝毛
出勤前に化粧をしていたら、目じりの辺りに毛がついてる。
「抜け毛が顔についたのかな〜?」
・・・と、顔を払うも、その毛は取れませんでした。
・・・?
・・・ ・・・?
生えてました。その毛。
すぅーっと引っ張ったら、色素のない、透明に近い、細い3〜4cmの毛が、確かにワタシの目じりの辺りに。
ピッと引っ張って抜いてしまいました。
その日の夕方、ウキュピでチャットしているときに、何気なくその毛の話をしたところ、その毛が
『宝毛』
という代物であることがわかりました。(別名、福白髪や神の毛、幸せ毛ともいうらしいです)
これのある人はとてもラッキーな人生が送れるとのことです。(結構何度も生える人は生えるみたいですが・・・)
初めての宝毛、何の迷いもなく引っこ抜いてしまった!!
あぁ、ワタシの初宝毛・・・
その後、某SNSに宝毛のコミュニティがあることを発見し、その時チャットをしていた3人で迷わずコミュニティに参加、記念に?3人して自己紹介文を書いてきました(笑)。
今度宝毛を見つけたときには、引っこ抜くなんてことはせずに、大事〜に育てようと思うのでした。 (キット)
(寸評)ほーけ、ほーけ。あれって、変なところから生えるんだよね。宝かどうかはともかく、科学的にどんなものかちょっと知りたいね。
ま、たいしたもんじゃないだろけどな(笑)。6ポイント。
はじめてのチケットぴあ前で野宿
8月のしょぼたま復活ライブのチケットを生まれて初めてチケットぴあ店頭で取った。
ぎりぎりまで前日から並ぼうか朝から並ぼうか迷っていたが、ここのチャットで「どうやら花より男子の試写会のチケットも同じ発売日らしい」との噂がまことしやかに流れたため、午後11時、のっぽの友人Mと待ち合わせ、チケットぴあにむかった。
なるべく中心街ではなく不便な場所にあるぴあを選び行ったところ、それと思わしき一人の女性がすでに座っていた。案の定、花より男子目当てだということがわかり、私たちが2番、3番を確保。すぐに4人目がやって来たが「うわー!!3人もいるー!もうだめだーー!!」と叫ぶや否や踵を返して行く。すいません。花男のライバルじゃないけどぴあのライバルです・・・。
閉店前のぴあの店員が、私たちの元に来て「今回の花より男子のチケットは1番でも取れない可能性があるのでご了承ください」と言ってきたが・・・我々には関係ない。
「花より男子ですね」と当然の顔で聞いてくる店員。
「あっ・・いえ。すいません。ちがうんです。」
「あ、そうですか。ちなみに何の公演ですか?」
「・・・あ・・えーと・・ふぬー・・秘密で・・・」
「・・・・わ、わかりました・・」
そんなやりとりをしながら、路上に座布団や毛布を敷き、翌朝のチケット発売までの約10時間、意外に楽しい時間が過ぎていった。先頭に並んでいた女性は嵐の松本潤の強烈なおっかけで、嵐の北海道でのライブ終了後、急きょ花男の試写会チケットの発表があったため、見知らぬ土地のぴあ前にひとりで野宿しているのだということ。チケットのための野宿は慣れているらしく、薄いシートを一枚だけ敷いて「松潤の肌荒れが最近ひどい」など割とどうでもいい雑談をしたり、私もJ事務所の某アイドルグループSのライブに毎年行っている話から、J事務所の話でやけに盛り上がった。友人Mを置き去りにして。
途中、夜食の買い出しにひとりで行き、せっかくスーパーに行ったのにトイレに行ってくるのを忘れたので、しかたなくぴあの建物のかげで用を済ませる。ちなみに友人Mは10時間の間に一度もトイレに行かなかった。でかいのは身長だけではなく膀胱の容量もだということがわかった。
朝方いつしか眠りにつき、起きると、私たちの後ろには長蛇の列が!!天気は快晴、藻岩山が富士山のように雄大に広がっており、めちゃめちゃ気持ちよく起床。そして、整理券を受け取り、ぴあ開店までの間、Mと松潤のおっかけ女(夜通し話してて仲良くなった)と三人で朝食をとり、ついに発売の時が来たのだ!!
申込用紙に「しょぼたま」「スターパインズカフェ」などと書き、店員に渡すと、当然のような顔で「お客さん、会場、間違ってますよ。・・・ん?あ!花男じゃないんですね!失礼しました!」と言われた。もういいです。チケットさえ取れれば・・。
そして、受け取った申込用紙の内容を店員が事前にパソコンに入力し、受話器片手に時報を聞きながら、10時になったその瞬間。高速の手さばきでエンターキーを連打。
「はい、取れました。はい、取れました。はい、取れました。」
なんと一番乗りでも取れないという噂の花男のチケット、松潤のおっかけ女は大阪城ホールの前から数列目をゲット、そしてそして私はしょぼたま復活ライブの整理券番号1番を取ってしまったのだ!!最初は“1番”という文字を見て「ふーん。記載ミスか。とりあえず1番で印字されたのか。」と思いこんだが、違うことがすぐに判明。時間的に考えると松潤おっかけ女の次だったので、多少の遅れは取ったものの・・。ぴえええ!!こわい!運良すぎてむしろこわい!!!!!そんなすごい腕を持つ店員と、待ってる間もむしろ楽しい時間を過ごせた松潤おっかけ女とのっぽのMには感謝!おかげで、私はしょぼたまのステージを最前列でなめるようにみることができたのである。 (さっちゃん)
(寸評)今度は本当に舐めてね。ハァハァ。7ポイント。
はじめてのショップオーナーデビュー
とある街のレンタルボックス屋さんで、ショップを開きました。
手描きポストカードと、絵本と、ビーズアクセ売ってます。 (うわー統一感ねぇー)
多分ビーズアクセが一番お客さんの目をひくと思うんだけど、もしイラスト関係の作品の評判がいいようなら、グリーティングカードも作ってみる次第。
ボックスレンタル料けっこうするんで、売れてくれるといいなぁ・・・。
売れなかったらどぉしよぉぉぉお。
ま、でも新しい事をやるだけでも楽しいんで、がんがりまっしゅ。わくわく。(りあちゃん)
(寸評)ニヒル牛でもアクセサリーとかは売れるものと売れないものはハッキリ分かれるね〜。
明らかにレベルが違うならともかく、俺が見てもたいして差がないようなものでも、何か人の心をくすぐるものとそうじゃないものに分かれるから不思議だ。
ちなみにニヒル牛はスペース代はおそらく業界最安値です。(一ヶ月500円から。一番高くて確か2000円)。何故なら「売れなくてもいいから人に見せたい」アバァンギャルドな作品も置きたいから。
ま、そればかりじゃ困るけどね(笑)。
その後の反応なども教えてくださいなー。6ポイント。
はじめての知久さんとちゅぅ
いあ、間接キスですが。
前々から間接キスを狙っていて、例えば「ビールひとくちちょーだいっ」とか言ってひとくち貰うついでに間接キス☆
なんて作戦も考えてたんだけど、井の頭公園での知久さんのライブで口琴を披露してるのを見て、
「いける!!」
と思い、何故か外出時は必ず持っている口琴を知久さんに見せ、
「これって、こうはじくの?それともこう?」
と教えてもらうふりして、知久さんが「びよーん」て鳴らしてみせた口琴で、間接キッス☆
しちゃいましたとさ。
ああ、しあわせ也。(りあちゃん)
(寸評)俺なんか例えば「ビールのグラスを間違える」とかで知久君と一体何度間接キスしてきたことか。
はっ!?そう考えると俺とりあちゃんも間接間接キスを何度も?6ポイント。
初めてのmixi参加
加入はないだろうと思ってましたが、諸般の事情から、1か月前に加入するに至りました。
留学期間中から、お誘いの声が他のウキュラーの方々からありましたが、加入するのに携帯アドレスが必要であるため、解約していた自分は帰国後に加入することを余儀なくされました。
そして帰国後、携帯電話を新しく購入し、新しいアドレスを設定、いざ加入!
…しかし、前使っていた会社のよりも、携帯の操作がわかりづらく、何度やっても弾き返されてしまいます。
何度か繰り返すうちに、ネット上の設定ではなく、本体でできる操作で設定できると判明し、それにてやっと加入を果たしました。
たま絡みでなくても、様々なコミュニティーがあって、昔の知り合いに出会えたりとかもできたので、入って損はなかったですね。
でも自分の文章力が低いせいか、日記などを書いても、まだあまりコメントが少ないですね(涙)
投稿した自分の文章に、文字化けなどがなくなったのは嬉しいのですが。
そんな感じで、日々日記などを書いている毎日です。ただ、さすがに忙しくて、あまり多い頻度で手を加えられないのが少しさびしいですが。(Hi-)
(寸評)そうか、今入会するにはケータイが不可欠ということか。俺はもはや仕事の打ち合わせもミクシィでしていることが多いので万一何かの間違いで退会したら大変だにゃ〜。
日記、読ませてもらってるけどまだ過去の留学の話とかが多いね。なんか自分と接点が少ないとコメントしづらいかもな。
おそらく現在の誰かのライブ報告とかだと、また書き込みも増えるかもね。コミュニティに積極的に書き込むのもいいかもね。5ポイント。
はじめての楽器購入 
オカリナやギターを嗜む程度にやるんですが、今まで自分で楽器を買ったことはありませんでした。
数あるオカリナはみんな母が買ってくれたものだし、ギターは彼氏が譲ってくれたものだし。
それまで持ってたオカリナもギターもとってもお気に入りのものだったので、新たに購入する事はないと思っていたのですが、ある日、楽器屋さんに遊びに行くと。
りあ「なんだこれ!Σ(・ε・;) 」
ギターの穴?のとこがハート型になってる。。。
どーせ高いんだろ?と思って値段を見てみたらたったの1万円。
りあ「ほ、、、(゚д゚;)ホスィ…」
手の届く金額だったもんで。すっかり虜になってしまいました。
で、ちょっと弾かせてもらってから即購入。
こんなかぁーいいギターに出会えるなんて運命としか思えない!
あたし似合い過ぎだし!(←
ケースも付属でついてきたんだけど、ちょっと使いづら過ぎたんでそれも初めて自分で購入。
ついでにピックも。かわいーのいっぱいあるなぁ。
いっぱいいっぱい練習して、はやく上手になりたいにゃ♪のりあちゃんでした。(りあちゃん)
(寸評)あれ、かわいいよね。一番最初に俺のサインが入ったところが特にねっ(笑)。5ポイント。
初めてのき○○りの用途を間違えた
20年の封印を解いて、ここに秘密の初体験を投稿させていただきます。
あれは、確か小学6年生ころだったでしょうか。
幼馴染で、同学年の女の子Yちゃんの家に泊まりに行ったときの話です。
夕飯も済ませYちゃんのへやでマンガ読んだり話したり過ごしていた。
そしてYちゃんはなにやら机の奥のほうからゴソゴソとある雑誌を取り出した。
近所の中学生のお姉ちゃんがくれたらしい?
そう、それは「エロ本」。
Yちゃんは私にその雑誌を読んでみなと勧めてきた。
当然、エロ本など読んだこともなく興味津々!さっそく未知の世界へのページは開かれた。
ケチャマンだのなんだの知らない単語がびっしり、おおおお〜〜これが大人のエロという世界なんだ〜生理すらまだ来ていない私にはケチャマンという言葉すらものすごくエロく感じる。ただ、今の現在まで記憶に残った単語がケチャマンだ。他は何が書いてあったか覚えてはいない。
当時の記憶では、雑誌の真ん中あたりにエロい読みきりマンガがあって、内容はやたらムッチムチの女の子が同級生の男の子たちに囲まれあんなことやこんなことをされるという、小学生が見たらまさに衝撃的な内容であった。
そんな衝撃的なマンガを見た後、Yちゃんがなにやら物言いたげに近づき、ちょっと待っててねといって一階へと降りていったので、Yちゃんちの2段ベッドでごろごろしてたらYちゃんがおなかから洋服で隠していたあるものを取り出した。
その物を見た瞬間に、何を語っているのかすぐにわかった!Yちゃんが今まさにこれから何をしようかということは、先ほどまで見ていたエロ本マンガに答えは書いてある!!
まさにそのものとは漬物には欠かせない
『きゅうり』
まぎれもなくきゅうりなのだ。
もしかして、、もしかして、、まさか、、、Yちゃんにこんなものをあんなふうに、、、嫌だ、、、どうしようどうしよう。。。。とドキドキしていたら、Yちゃんがこれを入れてみてと言うではないか!!
Yちゃんは当時の6年生からしたら少し成長が早く、胸の膨らみも私よりもあった。そしていい?いいでしょ?ナイショだよと焦りつつ今がチャンスとばかりに私がゴロゴロしていたベッドに入ってきてゴソゴソとパンツを下ろしてきた。そりゃお母さんがきたら大変だ!ものすごく焦る!
ひとまず、私の秘密の場所に異物を突っ込まれるということは免れたが、Yちゃんの秘密の場所にこんなものを・・・
Yちゃん計画的なことだったのか布団の中には懐中電灯が潜ませてあり、布団の中でゴソゴソと女の子2人がまさかこんなことを・・・。
Yちゃんに言われるまま秘密の場所を覗き込んでみるが、自分自身のすら見たこともないのにこんなとこで、こんな感じで見るなんて、この短時間の間にいったいどのくらいの衝撃的な出来事を体験しただろうか!
Yちゃんには少しばかりモサモサと生えているものがあった。
そしてとうとう先ほど持ってきたきゅうりを入れて見てというが、当然どこにどうするのか解かるはずもなくとにかくグイグイっとさせればいいんだっ!という感じにやってみたが、入るはずがなかったが、二人とも焦っていたのでさらにグイグイと入れようと・・・・・
するとYちゃんが「イターーーイ!!」と小さな声で叫んだ!!
入ったか?入ったのか?と懐中電灯で照らしてみたがどうやら入ってなかったみたいだ。だが、Yちゃんは本当に痛かったのか、もういい!っとそそくさパンツを履いて、何事もなかったかのように1階の台所に戻った。どうやらおばさんはお風呂に入っていたらしくうまいこと冷蔵庫に戻してこれたらしい。
エロ本を読んでからいったいどのくらいの時間がたっていたのだろうか、私には何もかもが衝撃的過ぎてパニックだがとても変な気分だった気がする。悶々と言うかなんと言うか・・・
Yちゃん今のことは絶対誰にも言っちゃだめだよ絶対絶対だからね!!と念を押して来るが、私自身もこんなこと誰にも言えるわけないじゃん!って感じでもうイケナイ事をしたという罪悪感で犯人になったような気持ちで、このことは二人だけの秘密と封印しました。
翌朝の朝食にきゅうりが出たというのはハッキリと覚えています
味噌つけてスティックにして食べたあのきゅうり・・・・
あのときの記憶は鮮明に焼きついて離れないがトラウマにもならず、同性愛にも目覚めず、ノーマルな人生を送っています。
しかし、Yちゃんのバージンを奪わずにすんでよかったと今は思います。しかもきゅうりなんかでね・・・
Yちゃんもきっとそれでよかったと思うよ。 PN(シーチャッキー)
(寸評)おおっ! おおおおおおおおおおおおおっ!
12ポイント。
はじめての結婚なんじゃ
王様とかでちょくちょく言っていたとおり、あたしは結婚式をなんじゃでやりたいと思っていたのですが、ついにそれが実現しました!
石川さんを呼んで、新宿パセラで豪華なパーティー。
石川さんに神父をやってもらったり、旦那と3人でセッションライブしたり、お客さんもすごい盛り上がってくれて。
すんごいしあわせだなぁー・・・。
パーティーやったら、「結婚したんだなぁ」っていう実感もわいてきて。
心の中が青空です。(りあちゃん)
(寸評)なんじゃで誕生会とかは何回かあったが、結婚パーティは俺も初めて。俺も初めての神父さんだった!
末永く愉快な日々をっ! 6ポイント。
はじめてのセッション
ギターはじめて1ヵ月半ですが、ぜんぜん下手くそでなかなか上手にならず、 そんなスペックをかかえつついざ!石川さんとのセッションライブにむかいました。
・・・が、30人近いお客さんに、右隣は石川さん、左隣はギター歴の長い旦那。
緊張しまくって、手も声もふるえちゃってちっとも演奏になりませんでした(´・ω・`)
でも、石川さんからあとで、「プロでも即興は難しい、はじめてであれだけできれば十分」と、優しい言葉をいただきましたw
また誰かとセッションしたいなぁ。
まぁ、その前に日々練習だな。修行が必要だ、修行が。
でもほんとに楽しかった♪
憧れの歌手とセッション。
有り得ない贅沢ぶりです☆(りあちゃん)
(寸評)俺、最近自分がセッション好きだと気づいた。その場の思いつき、ノリで叩くのって本当に楽しいな♪ 5ポイント。
はじめてのサメ
サメに出くわしました。・・・スーパーで。
旦那「買ってみよう!」
りあ「!!!食った事ないもんは作れん!!!」
旦那「サメだって魚だ!食えるはずだ!!!」
というわけで買うことに。
安かったし。
で、だ。
問題はどう調理するか。
焼くの?煮るの?揚げるの?それとも照り焼き?ムニエル???
こんな時は・・・じゃじゃじゃーん。
「ぐーぐる」〜〜〜。
「サメ」「レシピ」「簡単(←)」でぐぐる。
おお、出てきた出てきた、山ほど出てきた。
とりあえずその中でも一番簡単そうな、
しょうがに塩胡椒、醤油で焼いてみました。
わくわく、てかてか。
で、数分。。。よっしゃ!焼きあがった!
旦那、(・∀・)つ〜 クエ !!
わたくしも味見を。むむう・・・美味しいではないか。
昔スーパーでイルカ売ってるのも見た事あるんだけど、
あれも美味しいのかな・・・。
ちなみにわたくしくじらも食べた事ございません。
どんな食感・味なんだろう。(りあちゃん)
(寸評)くじらとイルカは同じ生き物だよ。
フカヒレとかじゃないサメは食べたことないかもな〜。でもおいしければもっと流通していいと思うのだが。調理難しくなかった? 5ポイン
ト。
はじめての石川浩司さんの足跡
今日ミクシーの足跡に石川さんの名前を発見した!
有名人のお名前ってはじめて〜!!
それもフルネームだよ〜ぉ!
これってあの石川さんだよねぇ??
先日、初めての西荻に関谷エプロンちゃんの展示‘世界一美しい生き物展’
を見に西荻のニヒル牛2にでかけたばかりです。
店内でエプロンちゃんに会うことはできませんでしたが
石川さんの奥様のあるさんが気さくに声をかけてくださり感激〜!
そしてアタシはまえにミクシー内で見たウサギのピアスを探しましたが
見つけられず、あるさんにお伺い…
どうやらニヒル牛1のほうだったみたいですなぁ
とは言ってもそのウサギさん買った話はずいぶん前のことで
今お店にあるとは思えない品物でしたのであっさり諦めました〜
なんでピアスか?
あ!そうそうwピアスも初体験しましたぁ
石川さんより2コ下ですよぉ
この夏2008に長女(23歳)にピアッサーで穴あけてもらって
まだ穴がきっちり乾ききっていないんですけど
あんなのもつけたい!こんなのも欲しい〜!と
いろんなお店でピアスを買い歩いてる訳なんですわ。
ピアスの穴あけはかなりドキドキ(((´゚艸゚`)))ドキドキ しましたぁ
だって自分では見えない場所で鋭利なものを耳に当て
いつそれがブッ刺さるか、分からないんですから〜!!
あれを自分でやるって人は相当な何かですよ。。
人に頼んでやって貰っても大騒ぎするアタシはきっと普通です。
1個あけてからもう片方って時はかなり身構えますぜ
石川さんはピアスしてますか?
石川さんご夫婦の足跡があるのもアタシ的にはかなりのドキドキです。
たま全盛期アタシは大好きでいつも見てましたし
今もカラオケに行くと唄ってます♪
とぉ〜っても気持ちよく唄えるのでアタシの十八番と言えるでしょう
ではでは、サルになるよぉ〜♪(?)
(寸評)「石川浩司・パスカルズ・ニヒル牛」などは検索して覗くことがあります。本当の評価を知りたいからねー。
覗かれたくなかったら暗号を使ってくらさい。5ポイント。と言っても名前ないんでポイントあげられないけど・・・。
はじめてのビキニ
今までタンキニだったのですが、せっかくの20代ですもの。
ビキニに挑戦!
紺と白のストライプのホルターネックのビキニです。
友達からも似合ってるって言われて、楽しい海水浴!
後に男友達からこういわれました。
「もう少し首の後ろきつく締めたほうがいいと思うよ」
たまに乳首が見えていたそうです。 (はちこ)
(寸評)男は見えてるその時点では、絶対に言わないものだからな。楽しまれたな。
ところでタンキニって何? タマキンみたいなもの? そんな物着るのはよしなさいっ! 6ポイント
はじめて自分が新聞に載った
こちらのHPでも画像をアップしていただきましたが、先月生まれて初めて新聞に載りました。私と桃玉が出会い、異常なほどに意気投合し、石川浩司ほっかいどーツアーを計画して取りまとめるまで、という内容でドキュメントタッチで記事が構成されておりました。
新聞が出たその日は札幌でのライブの日でした。始まる前、記事を見て思いのほか大きかったのとカラーだったため、テンションが急上昇。片っぱしから友達に「今日の北海道新聞の夕刊をみるように!!」と連絡入れまくり。
次々に「え!?どういういこと?なんで新聞に?」やら「見たー!!」という返事が来ました。ペットショップに勤めている友人は猫の檻の中に敷くためその新聞を開いて偶然見つけ「あ!さっちゃんが!」とあわてて切り抜いてくれたそうです。もう少しで猫の糞尿にまみれるところでした。
記事本文の“看護師の仕事の合間に活動を追いかけている”という文章に職場の同僚に「本職どっちだよ〜…」と言われたり。
ライブ直前に入った喫茶店にもその新聞が置いてあったため、気分が高揚した私は、初めて会った見ず知らずのお店のマスターにも「これ、私なんです!今日、向かいのライブハウスでライブです!!そうそう!さよなら人類の!着いた〜の人です!!」と報告。
またその新聞に掲載された私と桃玉とスターの写真、最初は3時間の本取材の後の、私・桃玉・スターが会う日(しょぼたまのライブの日かアイヌモシリ一万年祭の日)に三人で写真を撮ってメールで送ろうと思っていたのですが、すっかり忘れてしまい、急遽記者の方に、私たちの3ショットの撮影のために夜中にわざわざ出てきてもらいました。夜中しか都合がつかなかったのでそれは申し訳なさすぎる、と言ったのですが、むしろ記者の方が「いえ、行きます行きます行きます」とノリノリでした。スターに一目会いたかったのではないかと勝手ながら推測します。
その後も偶然見たという知り合いからの連絡がいくつかあってうれしかったのですが、何よりもやった!!と思ったのは旭川で、「この新聞記事で今回のツアーを知りました。石川さんを見ずに死ねないと思って来ました。」と声をかけてくれたお客さんがいたこと!!頑張った甲斐があったなーとしみじみうれしく思いました。本当によかったなーーー!! (さっちゃん)
(寸評)確かに思いのほか大きい記事だったよね。さっちゃんと桃玉が写真写りの関係でさっちゃんの方がのっぽさんに見えたのがおかしかった。桃玉は自分を小さく見せる方法を知っているな。むむむっ。
次に新聞に載る時はまさか「ち○ぽTシャツを着た変態女性、猥褻物陳列罪で検挙」じゃないよね・・・。8ポイント。
はじめての梅干しに助けられた話
ほっかいどーツアー、旭川公演前日、桃玉さん宅に数人で宿泊させてもらいました。桃玉さん宅にはその時ネコが3匹おりました(現在は増殖して5匹になったそうです)。
私たちはツアーの余韻さめやらぬ夜を過ごしていたため寝たのは朝に近い時間でしたが、明日のことを考え、楽しいおしゃべりもやめて寝ることにしました。しかし、ネコは夜行性なのでめちゃくちゃ元気でした。川の字に並んで寝る私たちの上を縦横無尽に飛び回り、どんどん着地してはまた飛び回りを繰り返す3匹のネコたち。それは何度となく私の体の上に降って来ました。なので私はろくすっぽ寝ることができませんでした。
夜が明けて、めちゃくちゃ眠いまま旭川へと向かうことになり、疲弊しておりました。しかも高速道路を走っているため、運転操作の単純さと景色がかわらない単調さに眠気はついにMAX。もし事故ったら、日本は偉大なスターを一人、失うことになります。
いかん!!起きろ自分!!とサービスエリアでコーヒーを買って飲んだり、目をものすごい大きさにカッとひん剥いたり、
「桃玉ー!スター!何かおもしろいことしゃべってー!」
などと絡んでみましたが眠気はいっこうに消えませんでした。するとやおら、桃玉さんがかばんから何かを取り出しました。それはこのHPのチャットによくくる「うきうきさん」のお母様が漬けたという梅干しでした。「これ食べてみなよー先輩(桃玉が私を呼ぶ時のあだ名)」と差し出すので食べてみると・・ぴええええーーーすっぱあああーーー。すんごいすっぱああーー。
その瞬間、落ちかけていた瞼がギュイーンと上に釣り上げられ、全身がカッカし、汗が噴き出てきました。
「うおおお!眠気が瞬時にして消えたー!」私が今までの人生で食べた梅干しの中で最もすっぱかったです。ああ、思い出しただけで唾が・・。
その後、またいくつか頂戴し、無事旭川にたどり着くことができました。梅干しに助けられたのも人生で初めてでした。うきうきとうきうきの母ちゃん、こんなところからありがとうございまーす!!(さっちゃん)
(寸評)あ、俺は梅干しに助けられて今生存しているのか。梅干しには足を向けて寝られません。6ポイント。
はじめての移動販売車
以前このコーナーに投稿されていた秘密の座席さんの
わらびもちの歌の話を拝見して、思い出した話です。
小学校ころの話です。
私は当時、移動販売車でものを買うことにあこがれていました。
よくテレビ等で「いしやき〜いも〜」という声が聞こえてくると、
財布をもって家から飛び出すという「日常風景」を見ますが、
その当時の私の家の周辺には移動販売車などがきたことがなく、
その当然のようにテレビで描かれる移動販売車の風景を
「現実の世界」のものではなく「想像の世界」のもののように感じていました。
そういうわけで、その「想像の世界」のものである移動販売車にあこがれていたのです。
そしてある日、
「わらび〜もち〜」という声が聞こえてきました!
生まれてはじめての移動販売車の放送です。
ついに想像の世界のものが私の現実の世界に来たのです!
これを聞いたとたん、私はいてもたってもいられず、
母に「わらびもち買ってきてもいい?」と聞きました。
「いいよ」
そして渡してくれた数百円のお金。
私は妹と一緒に玄関をとびだし、
家よりも少し遠いところでゆっくりとした
スピードで進むわらびもち屋さんを目指して
走りました。
母からもらったお金を握り締めて。
ようやくわらびもち屋さんに追いつき、
初めての体験にどきどきしながら
「わらびもちください!」とお店の人に言いました。
走ってきたので、
もしかしたら、少し声がうわずっていたかもしれません。
するとお店の人は
「妹さんもいっしょなの?お姉ちゃんえらいねえ。
じゃあサービスしてあげるね」
と最中一杯にわらびもちをもってくれました!
「ありがとう!」
初めての移動販売車でものを買ったこと、
母から数百円のお金をもらってわらびもちを買ったこと、
そしてお店のひとがサービスしてくれたこと、
わらびもちがとてもおいしそうなこと、
これらのことがすべてうれしくって
そしてこの喜びを早く母に伝えたくって、
別に急ぐ必要はないのにも関わらず、
家に走って帰りました。
「お母さん!わらびもち買ってきたよ!」
「よかったねえ。お父さん帰ってきてるよ」
父が帰ってきているということで、父にもこの喜びを
伝えようと思いました。
「お父さん!買ってきたの!」
父はそれを見るやいなや
「そんな不衛生なもん捨てろ!
お前(母)もこんなもん子供に食わすな!」
ショックでした。
初めて移動販売車で買った喜びを伝えたかったのに…
そしてそのものを「捨てろ」と
自分の喜びをすべて否定された気がしました。
もちろん私は、不衛生じゃない!反抗しました。
しかし父は「捨てろ」と言って聞きません。
泣く泣くわらびもちを捨てました。
一口も食べていないのに…
泣きはしませんでしたが、
捨てている間、
父の「捨てろ」という言葉が何度も胸の奥に突き刺ささり、
お金を渡してくれた母、
サービスしてくれたお店の人
ついてきてくれた妹
これらの人を裏切ってしまったような気持ちでした。
それ以来、1人暮らしをするまで移動販売車でものを買ったことは
ありません。
1人暮らしをしてから食べた屋台のラーメンはとてもおいしかったです☆ ペンネーム:はちこ
(寸評)わ〜、なんか切ないねー。気持ちが痛いほど分かる。
いい悪いじゃなくて、そういう一生忘れられない光景ってあるよね。8ポイント。
初めての絶交
子持ちの姉が別居を始め、僕は、相手の男と連絡を取り合う関係を持ちました。
彼は復縁を望んでいて、"その気持ちが本当のものなのならば、私はそれを尊重する"という取り決めでした。
この微妙な関係、、、当初は、
相手「電話しても出ないのだが、今、何をしているのか?」
僕「○○みたいです」
この程度だったのですが、やがて苦悩の吐露が頻繁になり、次第に、振り向かない姉と姉を取り巻く我が家に対する怨念を、相手はオープンにしてきました。
僕は黙々と聴いているだけでしたけど、深夜に泥酔状態の電話も頻繁になったので、いつまでもお人好しのままではいけないと思い、文句を言うことに決めました。
電話が来るまでに慎重に言葉を考え、「今のままでは、姉は決して帰りません。端的に言って貴方にはモラルがありません」と言い放ちました。以下は要約です。
「何!? なんだと? モラルって何のことだよ!?」
「していいことと悪いことを見極め、守ることです」
「俺が何か悪いことをしたのかよ、俺のどういうところが悪いんだよ、言ってみろよ」
「カクカクシカジカのときのことです」
「あぁそーかよ! 仮に俺が悪いとしてだ、オメーの姉貴の方はどうなんだよ!」
「○?△」
「□+÷!?」
…。…。
このときは深夜の3時まで口論になりました。
翌日、「おい、モラルがないなんてよ、○○??みてーなオメーによォ、言われたかねぇんだよ!」と、痛いところ(○?の部分)を突かれました。
それで、僕にはこの人を改心させる力はないと判断し、連絡を取り合う関係を止めました。向こうからの電話もありません。
このやり取りのときほどに、他人に、冷たく突き放すようなものの言い方をした事はありません。
いま思うと、人を見る目がなかったと思います。人を見る目をきちんと養って、付き合う人を選ばなくちゃダメだなと。トホホな体験でした。(ほっすぃ〜)
(寸評)そりゃあお姉ちゃんも離れるよね。でも冷たい言葉を吐かざるを得ないのって、苦しいよね。
でもそういうことって人生に何回かは訪れるんだよね、誰にでも。7ポイント。
初めてのお葬式
20歳になって、初めてお葬式に出席した。
私が20歳になるまで、
それはとても幸いなことに私の親戚は皆元気で過ごしていらっしゃった。
その中での突然の出来事であった。
20歳といえば、ほんのわずかにしかすぎないが、知識を得つつあると思っていて、ほんとは何も知らない歳であると思う。
「初体験」を告白するページに投稿させていただくので
その「お葬式ってこういうものだと思っていた」というものとの
「初体験」を通して感じたギャップに絞ってこの経験を述べさせていただきたいと思う。
1.お経の話
お経って平坦なものだと思っていた私が間違いだった。
お坊さんがお経を読んだ瞬間、衝撃であった。
大変な美声であったのだ。
まるでオペラ歌手のようなよみ方である。
お経自体も一般的な「お経のイメージ」とはかけ離れていて、
浄土真宗だからであろうか、まるで歌のようなお経。
まさかこんな悲しみの場でそんなオペラ歌手のような美声が聞けるとは
思っていなかったので大変びっくりしてしまった。
そういえば高野山で聞いたお経もこんな感じであった。
お坊さんが数人いてそのお坊さんがお経でハモっているのである。
その高野山では、正座がきつかったが、そのお経だけは聞き続けていたかったなあ。
ということを思い出してしまった。
2.火葬場の話
もちろん、火葬場にも初めて行った。
私達だけじゃなく、多くの家族がいた。
「私達だけじゃないんだ」ということに気づいた。
しばらく経って、火葬が済んでお骨を拾うときが来た。
「お骨の説明をさせていただきます…」と係員の人。
どんな説明をしてくれるのだろう…と考えた。
例えば、
ここが○○骨、こちらが??骨とか大体の大きな骨の名前の解説とか…
もしかしたら
この骨の形からこの方の生前の様子がこのようであったことが伺えます…
ということも説明してくれるかもしれない。
そして説明
「こちらがお顔のほう、こちらがお足元のほうになります。
お顔が綺麗に残っていますね。」
見れば分かる
とつい思ってしまった。見て分からないものを説明してほしいなあ…
いやいやきっとこれから…
「こちらが喉もとの方です。」おお!
「さてお骨を拾っていただきたいと…」
えっ?それだけ?
説明ってもっと詳しくしてくれるもんだと思っていたが、
案外アバウトであった。少しびっくりした。
そして私がお骨を拾う番が来た。
お骨のそばによってみるとものすごく熱い。
こんな熱い炎に焼かれても骨が残るということに感動していた。
お骨を箸で持ってみると、もろいものであることに気づいた。
熱い炎を潜り抜けて、残った大切なお骨を壊すまいと慎重に、丁寧に
骨壷に運んだ。
さて大分骨壷にお骨を納めることができた。
しかしまだお顔のお骨とかが残っているなあ…
と思った瞬間!
ザクッ
!!!!
なんと係りの人がお顔の骨をお箸で壊し始めた!!!
「お前さっき、『綺麗にお顔が残っておりますね…』て感慨深く言っとったやんけ!それを壊すんかい!!!」
と心の中で突っ込まざるを得なかった。
しかもお箸では壊しきれなかったのか、次は手でばきばきと分解し始めた!
せっかく熱い炎にも耐えて残ったお骨。
大切な、故人のお骨。
これがまさか人の手によって壊されようとは。大変な衝撃であった。
いいのか?これはそういうものなのか?
と初めての経験に戸惑いながら、火葬場をあとにした…
以上がお葬式に初めて出席したときの衝撃です。
最後に一言。
本当に20年間ありがとうね。 ペンネーム: はちこ
(寸評)まー火葬場の人も毎日何体もの人間を焼いていれば
「骨壺に入れるにはもっと小さくしなくちゃ、・・・えいっ!!」
という感じなんだろうけどね。
ま、やっぱり人間生きてるうちが花なのねん。
俺が死んだら、骨は面白い形にして遊んでいいよ。8ポイント。
初めてのショット
私ははじめはお酒が飲めませんでした。
まったくといっていいほど。
チューハイ半分でもう駄目でした。
しかし今は飲めるようになりました。
日本酒、焼酎、ワイン、ウイスキー…なんでもいけます。
なぜ私が飲めるようになったのか。
これはたった一杯のお酒を飲んだからです。
テキーラのショット。
レモン噛んで、塩をなめて、一気に!
飲めない私がテキーラのショット!
案外いけました。さほど酔わず。
お酒に目覚めた瞬間でした。
ですから、お酒の飲めなくて、少し飲めるようになりたいと
思っている人は、テキーラのショットをやるといいかもしれません。
そのテキーラショットの帰り道。
自転車でこけましたが、酔ってはないつもりです。 ペンネーム:はちこ
(寸評)おおっ、なんか新しい説だな。下戸な人、騙されたと思って(多分騙されるが・・・)一度試してみんしゃい。
俺は、元々両親もその上も下戸だという話を聞いて、中高生時代からビールを毎日のように飲んで鍛えた。
おかげでロシアでも地元の青年とウオッカ対決をして勝つほどになったよ〜ん。6ポイント。
はじめてのラジオ出演(収録と生放送)
ほっかいどーツアー中に、生まれて初めてラジオに出演した!
最初はまさか出るなどと思っていなかったので、パーソナリティの人に「どうぞ!」と案内され入ったブースにイスとマイクとヘッドフォンが3つあったので、まじで!?とびっくりした。当たり前だが、打ち合わせの時に話していたことを、本番ではさも初めて聞いたかのように
「へぇー!チェンマイに行ったんですか!」
「ほうほう!えっ?そこでフェロモンが!?」
と司会の方がリアクションを取っていた。それを目の前で見て、うわ〜!さっきそれ言ったのに同じこと言ってる!と、なぜか笑いがこみあげてきた。当たり前のことなのだが、素人からすると、こういう光景ですら新鮮なものである。
あとは音楽を流したらヘッドホンを外すこと。みんな(桃玉さえも)音楽を流し始めたら当然の顔でヘッドホンを外しだしたので、私も負けじとクールさを装いつつヘッドホンを外した。その数日後も、別の番組に出演した。こちらは収録ではなく生放送だったので、音楽をかける時に、手元にあるマイクのボリュームを石川浩司(以下・スター)と司会の人が下げていた。(声が入ってしまうから)当たり前なのだが、ボリュームを上げ下げしているスターを見て、なぜか「きゃーーっプロー!かっこいいー」とひとりで密かに興奮していた。
その後、司会者が「き○がい、なんて言葉がありますけどうんぬん」と最強の放送禁止用語をさらっと言い放つわ、未帰宅老人情報というニュースを流したとき「服装、持ち物の特徴ですけど、風呂敷を2個、持っていたということです。」の「風呂敷2個」に思わず「ぷぷーーっ!!」と吹き出しそうになるわでものすごい焦った。非常に危なかった。
ニュースの内容が内容だけに絶対に笑ってはいけない場面である。しかも司会者は真剣な表情で「その風呂敷には一体何が入っていたんでしょうかね?」と言い出したのである。ぷぷっ・・・うはは・・・風呂敷2ケ。一体その中には何が入っているんだ未帰宅老人よ・・・。笑いそうになったのを溜息を織り交ぜたような相槌にしてなんとかごまかした。
コミュニティFMのため、聞いてる人の数は少なかっただろうが、ここで笑ったら、それこそ「きち○い発言」より非難を浴びただろう・・・。最後にDVDの告知をさせてもらったのだが、時間が足りなくなってしまい、「巻き」も初体験した。
司会者とスターと桃玉と他のスタッフに急かされて、焦って変なことを言った記憶がある。それにしても吹き出さなくてよかった。本当によかった・・・。
こうして私の人生初のラジオ出演(収録・生両バージョン)は終わったのである。 (さっちゃん)
(寸評)そうだよね、素人の人がラジオにゲストとして出演することなんてまずないもんね。
今度は鼠先輩ならぬチンポ先輩として出演してくださいな。
ま、出演交渉段階で完全に拒否られるがな・・・。7ポイント。
はじめてのラジオ必死聴き体験
はじめてのラジオ出演から数日後、その番組を聞こうとしたが、コミュニティFMのため、可聴域が異常に狭かった。
まずは自分のCDプレイヤーのラジオで聞こうとしたがだめ。その番組のチャンネルに合わせることすらできなかった。
次にただのラジオ。これでもかというぐらいアンテナを伸ばして窓際に立てかけてみたが、これもだめ。
どうしたものか、と考え、自分の車のラジオを試す。チャンネルのボタンを微妙な力加減で半押しするとなんとかチャンネルが合った。しかし、とんでもない雑音。むしろハングルしか聞こえてこない。これは困った。どうしても聞きたい。
そこで閃いた。このラジオを収録したスタジオ付近の町に向かえば絶対に電波は良くなるはず、と。車にエンジンをかけ、いざ出発。ラジオを聴くために!と、駐車場から少し車を動かすと、なんと日本語が聞こえてくるではないか。
んん?と思いながら、車道に出てみるとノイズはさらに小さくなる。おお??と通りをソロソロを走ると途端にものすごいノイズに戻る。その後、電波は良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、ゆっくりと近所を走りまわり・・・なんとOh,No!交差点のど真ん中で最もクリアな音に!!
さすがにここに車を停めてラジオを聴いていたら、速効警察を呼ばれ、「道の真ん中を占拠、しかもコミュニティFMを聞く不審者、発見」で連行だ。
しかたないのでその後も家の周囲を明らかに怪しげな速度で走りまわり、最終的に近所の駐車場に腰を据えることにした。
しかも、電波の関係上どう見ても怪しすぎる角度で駐車することを余儀なくされた。
車のオーディオでの録音ができなかったので、ICレコーダーをスピーカーの近くに設置して、こうして無事ラジオを聞いたのだ!!
おお!しゃべっている(当たり前)!
でも自分の声は機械が通るとさらに男だか女だかわからん声になって少し嫌だった。公共の電波にニューホルモン鉄道の「どうでもワルツ」が!!どうでもいいことに本気になって・・・めちゃくちゃ心に染みた。まるで自分のことのようだ。
今度はぜひ「せんずり数え唄」をかけたい。 (さっちゃん)
(寸評)コミュニティFMって各地に出来ていて、俺も時々出ることがあるのだが、いつも疑問なのだ。
本当に狭い範囲でしか聴けないので、聴いてる人がいるのだろうか、と。
誰も聴いてなかったらオナニー放送だねっ!
どうせオナニー放送なら放送禁止用語ビシバシ使おうぜっ! 6ポイント。
はじめてのアーティスト仕事
アーティストデビューすることになりました。
イラストの依頼を受けたのです。
ちゃんとギャラも発生するという事で、
しっかり勤まるかどうか、あたしなんかの絵でいいのか心配ですが、
締め切りに間に合うようちょこちょこ描いてます。
絵でお金が貰えるなんて夢みたい・・・。
楽しく頑張ります♪(りあちゃん)
(寸評)おぉ、何に載るのかな?
まさか、エロイラストかっ!?
出たら教えてね! 6ポイント。
はじめての野外フェス
私の住んでいる大阪には、ラジオ番組が主催する野外フェスがあります。
ラジオを聞いて応募し、当選するとそれに無料で招待してもらえるというものです。
私はとある1つのバンドが目当てで応募し、(応募期間中ずっとラジオを聞きました)当選しました。当選者とあともう1人ペアで参加できるのですが、周りに私と同じバンドが好きな人がいなかったため、一人で行くことにしました。
そして7月の下旬の当日!初めての野外フェスです!
しかし当日はその日の翌日までに仕上げなければならない課題を徹夜で、出発ぎりぎりまでやっていたので、寝不足でふらふら、朝ごはんを食べる時間も無くものすごく空腹、という状態で出発しました。
あるバンド1つだけが目当てだったためと、まだ課題が残っていたため、そのバンドだけ観たら帰ることにしました。
そのため、持っていくものもそういらないだろうと判断し、ハンドタオルとペットボトルの水だけもっていくことにしました。
会場に到着。
炎天下の中、芝生で開演まで待つことに。
しまった!!!
そう思いました。
まず、スカートで来てしまったことに後悔。芝生に座るので、座り方を工夫しないとパンツが見える!
次に装備がハンドタオルと水だけというかなりの軽装であることに後悔。周りを見れば、レジャーシート、つばの広い帽子、小さい椅子、バスタオルなど重装備な人が多いではありませんか!確かにこの炎天下の中長時間過ごそうと思えばそれぐらいの装備は必要です。あまりにも、私は無防備です。
最後に一人できたことに後悔。2人づれで来た人たちは、場所を確保しながらも、交代でトイレに行ったり、屋台で食べ物を買ったりできます。私は一人のため、場所を確保しようと思えば動けません。つのる空腹。
ひろい会場で、私はひとりの軽装女。芝生にスカートで直に座り、細いタオルで日光を防ぎながら、寝不足頭と空腹に一人で1時間30分ぐらい耐えてつづけました。(最初の30分でパンツのことはあきらめ、できるだけ体力を消耗しないような体勢をとることに専念しました。)
野外フェスを、完全に舐めていました。
そんな状況の中で、「あのバンドのライブが見れる!」ということだけが私の支えでした。どのライブに行っても、入場してから開演の時間までの、あの好きなアーティストが出てくるまでのなんともいえないドキドキの時間は、たまりません。時計を何度も見てしまいます。(そして時計を見るたびに5分程度しかたっていないことを知ってがっかりするのです)
いよいよ開演!私の目当てのバンドが一番だ!
といった瞬間
ブチッ
と音がしました。サンダルの紐が切れたのです!このタイミングで!
とてもじゃないが歩けません。とりあえず、ライブ中はその場から動かないようにしました。
問題なのは帰り。駅まで15分ぐらい歩かなければなりません。私はフェスのスタッフさんに頼み、ガムテープで紐を補強して、野外フェスを1組目で帰りました…
ガムテープサンダル、とても惨めで、恥ずかしかったです。
電車の中で、あれほど人の目を気にしたことはありません。
でもその目当てのバンドのライブはとても良かったです!
(はちこ)
(寸評)ガムテープサンダル、パンクのふりすれば大丈夫さっ!
俺も出たことはあるけど見に行ったことはないので参考になったー。7ポイント。
初めてのカメ手荷物
カメは、ある程度の大きさまでであれば手荷物として国内線の飛行機内に持ち込めることに気づきました。
「ある程度」がどの程度かよくわかりませんが、手に乗るサイズなら問題ないと思われます。甲長14cmのアカミミガメは持ち込めました(2008年8月現在)。
持ち込む際に、カメの姿が外から見えてはいけないそうです。キャリーなら布をかぶせるなどして、カメを隠匿します。
鳴いたり臭いがするのもいけないそうです。でも我が家のカメ夫さんの様にほのかに藻の香りがするのはOKみたいでした。
キャリーの中には、排泄しても吸い取れるようにペットシートなど敷いておきます。今回、カメ夫氏は6時間の移動中に二度糞をしました。
空港で見つけて、ちょっとあわててトイレの洗面台でシートをとりかえようとしているとき、うっかりと氏のキャリーを洗面台の上の不安定な位置に置いていました。
キャリーの中で氏が動いたときに、不安定だったキャリーが倒れ、その拍子にキャリーから出たカメキチ氏は、洗面台の流しの中にすべりこみました。
氏が蛇口の真下に的確に滑り込み、頭を上げたために、それに反応した自動で水の出る蛇口から水が流れ出し、カメキチ氏の頭上に降り注ぎました。
「蛇口から水を出したカメ」として、カメ夫氏には誇りを持って生きてほしいと思います。
話は戻って、カメ連れにとって一番の難関は手荷物検査ゲートです。
普通にキャリーを差し出すと、手荷物と同じようにX線をかけられるので、
「これはカメです。手荷物用のX線機器にはかけないでください。」
と検査員さんに申し出ます。
「中を見ていいですか?」と言われるので、キャリーを人間用ゲートに通したあと、蓋をあけて、カメ以外に隠匿物がないことを確認されました。
中には「ええっ、カメって持ち込みできるんすか?」と動揺する検査員さんがいます。 私は事前に自分のカメのサイズ・種類が持ち込み可能かどうかを航空会社に確かめておいたので「いいんです」と自信を持って押し通ることができました。
手荷物検査を通過できれば一安心です。さりげなくカメを持って搭乗口に向かいます。
飛行機に乗ったら、前の座席の下にキャリーを置いておきます。足でそっとキャリーの壁を触ると、ガサガサと氏が動く振動が伝わってきますが、飛行機の飛ぶ音にまぎれて音は聞こえません。隣の人もとくに不審そうにキャリーを見つめてはいませんでした。
到着後には何も検査はないので安心です。
旅のストレスは大きそうです。ごめん、カメ夫。移動後はできるだけ早く水槽に入れました。氏は今日も元気です。 (Sabina)
(寸評)この文章、カメを別のカメのことと思いながら読むと、大変変態チックになります。
あっ、決してそんな風に読んではいけませんぞっ!
こっ、こらっ、駄目だと言っておるのにっ! 7ポイント。
初めて、女の人を拾った。
夜、バイトを終え、颯爽とH街道という通り沿いに自転車を飛ばしていたら。
…道端にぐにゃりと、茶色い髪に肌を露出した性が倒れてるじゃないすか。死んで…は、ないね。ただの酔っぱらいだ。ひと安心。
夏とはいえ、ここは札幌、夜は肌寒い。そのまま放置して帰る気にはなれず、
「オネーサン、風邪ひきますから、家で寝ましょうよ」
反応ナシ。しつこく声をかけていたら、ようやく顔を上げてくれた。化粧が濃いなぁ、すすきのでで働いてるのか?という印象。
その人、私をみて開口一番
「かっこいいお姉さんだ」。
…この一言で、かなり酔っているのがわかる…。そしてポロポロと泣き始めた。好きな人がいるのに不倫をやめられない云々、職場では弱音が吐けなくて、強いと思われている、云々。
さんざん話しておいて、「なんでこんな通りすがりの人にこんな話してるんだろう」
…私が知りたいよ。
随分老けて見えるこの女性、聞いてみたら同い年だった。
家はどうやらすぐそこらしいので、送っていって、ホルモン鉄道のライブのチラシを渡し、別れた。
ライブには来なかった。道端で寝るのは、やめましょう。(桃玉)
(寸評)まぁ、道に落ちてる人はなかなかライブには来ないものと、大正の昔から相場が決まっているからな、しょうがないな。7ポイント。
初めての変質者!
また別の日、深夜1時頃にH街道沿いにを自転車を走らせていたら。灰色の、夏場にはふさわしくないコートを着た、金正日の息子のような風貌をした男がもの影をじっと見つめて立っていた。
「一体コイツ、何やっとんじゃ?」
そう思うも、何事もなくすれ違う。
十数メートル自転車を走らせただろうか。今度は、道の真ん中に、先ほどすれ違った金正日の息子風の男と寸分違わぬ男が、こちらを向いて立っているではないか!!!
驚き、注視していると、
バッ!!!!!!!
と、その灰色のコートを開いた。
全裸。
イチモツらしき物が、露出した瞬間に「びよよよ〜ん!!!!」と動くのは認めたが、幸い目が悪いのと、自転車を飛ばしていたために、細部までは見えなかった。
それにしても、二人は双子かつ変質者なのだろうか?初めの金正日の息子風の男が、「間もなく自転車に乗った女が通るよ」などと連絡し、それを受けたもう一方が道に立つ、というふうに。だとしたら、なかなか狡猾だな。あ゛ーーー不快だった。(桃玉)
(寸評)違うよ、夏だからただ涼んでいただけでしょ。札幌では屯田兵の時代からごく普通の風習と聞いたよ。
ごくごく、常識人だよっ! 7ポイント。
初めて道で寝ている人発見
この前の夜中、初めて道で寝ている人を見ました。
自分は朝刊配達の途中で、まだバイクに慣れてなくて自転車で配ってたんですが
住宅街の交差点を曲がると、道の真ん中に自転車と人が倒れてました。
も、もしや事故!??と恐る恐る近付いてみると、おぢさんが気持ち良さそうに寝ておりました。自転車と一緒に。
び、びっくりした〜・・・
あまりにも気持ち良さそうだったので、起こさないようにそーっと通りすぎました。
その後大丈夫だったかな、あのおぢさん・・・
ちなみに今日も配達の途中、歩道の真ん中で丸くなって寝てるおぢさんがいました。でっかいカバンか何か??と思ってよく見たら人だった・・・。(ななを★)
(寸評)あっ、それは「道の真ん中で寝る会」の会員の人達だよ。最近、流行ってるらしいよ。ななをもやってご覧! 6ポイント。
初めての吐瀉物じっくり拝見
朝刊配達中、狭い路地にある飲み屋さんの前に、多分誰かの吐瀉物と思われる物体が・・・
しかも新聞入れなきゃいけないその飲み屋さんのシャッターの前に・・・
踏まないように気を付けて新聞入れました。
他人の吐瀉物をこんなに間近でよく見たのは多分初めてでした。
卵かけごはんみたいでした・・・って大好きな卵かけごはんが食べれなくなるー!!
お食事中の皆さますみません。
・・・夜中〜早朝は色んな事、色んな物があって楽しいです。。。(ななを★)
(寸評)楽しいのかいっ!
でも一番多いのはもんじゃ焼きだね。それを掬って月島あたりじゃよく焼いてるから、ななをも行ってご覧。6ポイント。
初めてのパトカーに注意
新聞配達ネタばかりで申し訳ないですが、今日朝刊配達中に初めてパトカーに注意されました。
いけないと知りつつもちょっとだけ歩道をバイクで通っていて、その短い間に運悪くパトカーが・・・
やばいっ!と呟きましたがパトカーは通りすぎて行き・・・と思ったら、通りすぎる瞬間「駄目だよ」という声が・・・;
ご、ごめんなさいーー!!!あぁあびっくりした。これだけで済んで良かったです。。。
けど、初めてパトカーに注意されたという事に動揺してしまい、その後はびくびくしながら配達しました・・・
スピード出しすぎないようにしたり、住宅街で一方通行を逆走しながら、今パトカーが来たらどうしよう;;と思い、なんとか逆走しない道のりを考えてみたり。
次からは、面倒臭くても歩道はちゃんと歩こうと誓いました・・・
あぁこわかった。。(ななを★)
(寸評)歩道を走ると補導されちゃうからねっ!
ってな親父ギャグを、ななをも言ってご覧。6ポイント。
初めて石川浩司ほっかいどーツアー主催 〜前編〜
8月14日〜9月15日まで、チンポ先輩こと、さっちゃんと一緒に、石川浩司ほっかいどーツアーを主催しました。
事の発端は「王様の耳はロボの耳」。「話題259なんじゃもんじゃ会」で
「来年の夏、札幌でなんじゃもんじゃ会を企画します!」
と宣言したところ、07年11月10日の更新で
「いいね〜夏の北海道。長くいようかな。ついでに何ヶ所か回れたらベストだね」
と、石川浩司から反応が。本当に、たったそれだけ。
その頃既に石川浩司が楽しくてたまらない病気に侵されていた私は、
「長く石川浩司と遊ぶためには…ツアー組めばいいんじゃん!」
と、飛びついた。後々の労苦のことは、何ひとつ考えずに…
これらの計画を、ひと月前にに出会ったばかりだった先輩にお話すると、
「やる!私もやるわコノヤロー!!!」
と、完全に乗っかっていらっしゃいました。予定通りです(嘘)。そして、先輩と二人で膨らませたツアーの計画を石川浩司に打ち明け、実現に向け動いていいかと問うと
「どんどん進めて下さいな〜」
との返事。斯くして、石川浩司ほっかいどーツアー計画は始動した。(桃玉)
(寸評)そーかー。最初はそんな軽い感じから始まったんだっけ。
どんな大きなことも、始まりはいつもさり気ないもんだよね。6ポイント。
初めて石川浩司ほっかいどーツアー主催 〜中編〜
あらすじ
ド素人が、石川浩司のツアー主催を宣言してしまった。一体どうなる!?
ほっかいどーツアーと平行して、私たちは「石川浩司ライブ・イン・チェンマイ」「年刊石川浩司」の制作、「パスカルズを北海道に呼ぼう!」の活動をしていた訳だが、これはまた別の話である。
ツアー主催を決め、まず始めなければならなかったのは、情報収集。
「ツアーを始めるには、一体何からすりゃいいの?!」
そんな事すら、私たちにゃわからなかったのである。先輩が連絡を取ってくれたテレビ局関係者だった人などから、ツアーにあたっての心構えなどを聞き、だんだん、事の重大さに気づく。そう、事の重大さは、話が具体化するにつれ膨れ上がってゆくことになる。
・地方で石川浩司ライブを主催したい人を募り、連絡を取り合う。
・必要経費を計算する
・ツアー中の滞在場所を探す。
・チラシをデザイン・制作する、撒く。
・ファンクラブツアーの内容を考える。
…これ以外にも、まだまだまだ、いくらでも、やることがあるのだ!!!こちとら、人員たった2名…。
いくら私たちが自他共に認める石川浩司キチガイとはいえ、会う度に衰弱してきているのが、はっきりわかった。話題も、
「石川さん好き!好き!」
から、
「石川浩司のバカヤロー!!二度とツアーなんかやらねぇ!(まだ始まってすらない)」
と荒んでいった。
そんな中、先輩は、看護士の仕事をしている身にも関わらず、新聞の取材やラジオ出演を取り決めてくれた。勤めている病院で、×××××××してくれた。ツアーにも全同行するという。
私も、札幌でのライブをふたつ企画してしまった。へばってる間もなかった。(桃玉)
(寸評)独断で、一部伏せ字にさせてもらったよ。勤務先に万一ここを読まれたら・・・と、小心者の俺。7ポイント。
初めて石川浩司ほっかいどーツアー主催〜後編〜
嵐のように時は容赦なく過ぎ、8月13日、ついに石川浩司、北海道上陸。始まったのだ、ツアーが。
これからは、引き続きライブの宣伝や主催者とのやり取りをしつつ、週末にはライブの物販・雑用をこなさなければならない。平日はもちろんバイトがある。ますます多忙になるであろう事は、想像に難くなかった。
怠け者の私は、ツアーが始まる前は、その忙しさを考えるだけで、具合が悪くなりそうだったのだが。
いざ始まってしまったら…毎日が、楽しかった。
先輩の運転する車で旅をする道中。地方で食べるご飯。打ち合わせ。打ち上げ。先輩の、石川浩司への求愛。ライブ後のマッサージ。週末ライブがあると思うと、バイトもさほど苦にならなかった。
そして、何より、ライブ!会場によって広さや客層、共演者、出演時間も異なり、最高に楽しいものだった。
中でも特に頭から離れないのが、北海道在住のミュージシャン達との、即興セッション。石川浩司のパーカッションが加わるのは、モノクロ映画がカラーになるような、えもいわれぬ鮮やかさだった。即興で入れる合いの手やコーラスも見事!
「これを観るために生きてきた!」
と思う瞬間が、ツアー中何度もあった。贔屓目でなく、なんて素晴らしいミュージシャンなんだろう!と。
また、石川浩司の音楽やお腹に触れた人たちが、なんてイキイキとした表情をしていることであろう!そんな人たちを見ているのも、幸せだった。
やはり、石川浩司はどことなく、天使なのかもしれない。 (桃玉)
(寸評)だから天使だって自ら名乗ってるのに〜。誰も本気にしないんだもんなぁ。
天使の実体なんて所詮こんなもんだよ。6ポイント。
初めて石川浩司ほっかいどーツアー主催 〜あとがき〜
ツアーを終え、もう十日以上経つことになる。
けれど、
「終わったーーーー!」
というような達成感は、味わっていない。私の中に残るのは
「形だけでも、無事終われたんだよな」
という頼りない安堵感、
「もっとああ出来ればなぁ」
というボンヤリした反省、そして
「なぜ、無事終われたんだろう?」
という疑問である。
「ああ、あれやらなきゃ、これもやらなきゃ」
と思っているうちに、自分はほとんど何ももせず仕舞いだったような気がする。私の頼りなさを見かねて、多くの人が力を貸してくれたからこそ、無事に終わることができたのは、間違いない。ひたすら「ありがとう!」である。
ド素人にツアーを任せた石川浩司もさぞ苦労したことであろう。今回で、
「ド素人でも、熱意さえあればツアーを主催できる!」
という事は、身をもって立証出来たのではないだろうか。
これを皮切りに
「石川浩司東北ツアー」
「石川浩司九州ツアー」
が組まれることを願ってやまない。良いものは多くの人に見聞きされて然るべき!!である。
1ヶ月に及ぶツアーを終え、石川浩司を見送った時、淋しさはさほど、なかった。
「まだ始まったばかり」
そんな声が聞こえた気がした。(桃玉)
(寸評)そうそう、お楽しみはまだまださっ!
ほんとに他の地方にもこんだけ熱意のある人、出てこないかな〜。日本はまだまだ広いからねっ!
とにかく、まじでありがとな、おふたりさん。
お疲れ! 6ポイント。
初めての名画座
職場が浅草にあるために、よく六区通りを歩いたりします。
8月上旬にフラっと名画座の前を通ったら「釈迦」という映画が名画座で公開されていました。
本郷功次郎さん、勝新太郎さんが出演されている映画で公開は1961年とのことなんで、
私は生まれているどころか、親も小学生の頃の作品。
なんだか大がかりな感じの大作で、古い映画に興味のあった私は、
受付のおばちゃんに、何日まで公開しているか確認し、週末夕方に観に行くことにしました。
外の券売機で入場料1,000円を払い劇場に入る。
勝手がわからないので、売店のおばちゃんに話を聞くと、
劇場内は1階と2階に分かれていて、どちらで観てもいいとのこと。
とりあえず1階の前方で観ようと1階の扉を開くと、
小便くさい感じの、独特な臭いが…。
建物が古いのでしょうがないが、いい臭いではない。
前の席に足を乗り出して椅子に座る親父、
禁煙の場内で煙草を吸う親父、
4席ぐらい使って横たわり寝る親父。
場内は煙草吸い殻、空き缶、ティッシュなど散らかり放題。
古い劇場で場所柄、綺麗ではないと思ってはいたけど、ここまで汚いとは。
マナーもへったくれもない。
何となく気分が悪くなったので、1階を諦め、2階へ。
しかし当然のことながら2階も一緒。
開放的なため、少しだけ臭いが和らいだような気もする。
椅子も湿っているような汚い感じで、座るのが嫌だったので、
しょうがなく、一番後ろの扉付近で立ち見で鑑賞することに。
上映時間が約2時間半と長いのに最悪だ。
やがてオープニングが始まる。
デカい画面で観た方が良さそうな重厚なタイトルに期待が高まる。
と同時に異変に気付く。
ここまで汚い劇場にキャミソールを来た髪の長い女がいるのです。
普通では考えられない。
よっぽどこの映画が観たかったのかな?と思った私が馬鹿でした。
そんな奇特な女がいるはずもなく、年老いた女装のおじいさんでした。
更に周りを見渡すと和服を着ている人からピチTを着ている人まで、総勢10人はいる様子。
どうやら入ってはいけない、 ラビリンスに迷い込んでしまったようです。
還暦超えのオッサンが女装男のケツを触り、連れられて座席でもぞもぞと。 (以下自粛)
今すぐにでも、この空間から抜け出したいけど、
お金を払ってわざわざ見に来ている以上、そう簡単には外に出たくない。
そんなジレンマの中、とりあえず映画を鑑賞することに。
すると、やはり事件は起こったのです。
ゾンビのような親父が近づいてきて、隣に来ると、
様子を伺いながら、マイティンコを握ろうと手を伸ばしてきました。
俺はマタドールのように、ひらりとかわし親父を睨みつけると、親父はそそくさと扉を出ていきました。
もうそれから気が気じゃなくて、せっかくの映画が台無し。
取り合えず最後まで観ましたが、面白かったものの、それどころじゃない環境に精一杯でした。
「完」の画面が表示されるのを確認すると速攻で劇場を後にしました。
で、家に帰ってきてネットで色々調べてると、酔っ払いやニコヨン(労務者)、ホモの痴漢、スリのたまり場とのこと。
日曜、祭日は普通の客もいるらしいですが、治安の悪さは半端じゃないとの書き込みが。
また劇場内後ろの通路に立つというのは、「これからやらない?」の合図らしく、
知らない間に俗に言う、ハッテン場に迷い込んでいたのでした。
しかも普通の人は二階席には行ってはいけないらしい…。
(俺は普通じゃないのか?)
いろいろな経験をしてますが、こんなに脅えたのは久々でした。
皆さんに一言、浅草の名画座には近づかない方がいいです。(ネーポン)
(寸評)俺もかつて上野で全く同じ目にあったことがある。座席に座って映画を見ているとなんか気持ちいい。とっても気持ちいい。いきそうに気持ちいい。
ふと自分の股間を見てみると、隣りのおっさんに握られて、こすられとるうぅぅぅ〜。
座席を替わってもそこでも握られて、こすられる〜。
しょうがない、小便でもして帰るかとトイレに立つと、入り口にいたおっさん3人が俺が小便をし始めた途端、一斉に俺の横に来て、もろに覗き込み、ブツの品定めをはじめる・・・。
結局数年後、そこは完全にホモ映画館になったのでもう間違うことはないが、なかなかの経験であった。
逆に、興味のある人は近づくといいで〜す。8ポイント。
はじめてのライブ単独主催
石川浩司のライブの主催(なんじゃもんじゃ会)自体は、前回のタイ・チェンマイがはじめてで、その時は桃玉との共同主催で、しかも彼女にほぼおんぶにだっこ状態だったが、今回はじめて単独で主催した。
石川浩司ほっかいどーツアーを構成するにあたり、私も何か主催しようと思ったとき、即決で「じゃあ私、ホルモン呼ぼっ!!!ルンルンッ♪♪」との思い立ちが最初だった。
その後、何度も大谷氏と連絡を取り(詳しくは、「私のまわりのおバカさん」の大谷氏についての頁を参照されたし)準備を進めていった。
やることは山ほどあった。出演者との打ち合わせ、会場決め、宣伝、チケット作り、会場の人とのやりとり、当日のさまざまな雑務などなど。といってもまた桃玉、石川浩司におんぶにだっこ状態になってたような気がしないでもない。いや、する。おおいにする・・・。
ライブ当日は、不安でいっぱいだった。みんな(客)ほんとに来るのだろうか、無事にここまでたどり着けるだろうか、なんてことをずっと思って、心配で落ち着かなかった。しかし、みんな驚くほどの時間厳守で予約者だけでなく当日の人も来てくれた!!場所が場所だけに(ライブ会場は一般の家でやった)分かりにくく、しかもチラシの地図は私が書いたものだったので、来てくれた人達全員に、よくぞご無事で!と言って抱きしめたくなるぐらい嬉しくてしょうがなかった。
ライブ中も、みんなの反応が気になって仕方ない。自分もホルモン鉄道を今、初めて見ているというのに、だ。客が喜ぶと、もうそれが嬉しくてたまらない。お客としてライブを観るのとはまた違った感情になって、主催者ってこんな気持ちになるのだなーと緊張や不安と同じくらい、ウフフフキャキャッ!という嬉しさと新鮮さも大きなものになった。
会場となったなまらや(期間限定料理屋としてニヒル牛2で営業されていたことがあるお店。9月末には小樽で開店予定!)でたくさんの料理を用意してもらい、みんな満足した表情を浮かべ、打ち上げではなぜかパンツやおでこにサインをもらっている人がいた。中年おっさん客の中に石川浩司に座ってもらい、おっさんオンリーの塊を作ってみたりした。ちょっと離れたところに座っていた大谷氏が「おれもー!おれもー!」と言っていた。
あー!楽しかったなあ!!!ホルモン鉄道、なまらや、ほんとうにありがとう!! (さっちゃん)
(寸評)主催って大変なんだなーと、端からボーッと見てました(笑)。でもみんなが喜んでいるのを見るのは、主催者だけにしか味わえない喜びなんじゃないかな。
癖になってまたやって〜ん! 7ポイント。
はじめてのアイヌモシリ1万年祭
石川浩司ほっかいどーツアーに関わらなければ、このお祭りの存在すら知らずに死んでいったのだと思う。アイヌモシリ・・・一体何なのか、教養のない私にはさっぱりわからなかったが、わかったのは、会場が車でしか行けないどえらい田舎にあり、公式のホームページにも「ヒッチハイクで来てね!」と書かれていたことぐらいであった。会場までは北海道の高速道路の限界まで走った。途中何度か道に迷った。助手席の桃玉はナビをしてくれるどころか延々グミを食べているだけだし、後部座席のスター石川浩司は天使の顔でスヤスヤ寝ていらっしゃった。札幌から日高まで2時間弱、実に孤独な戦いだった。
ようやくスターがお目覚めになり、日高の山道を走った。すると前方にワラ人形を超巨大化(身の丈5メートルぐらい?)した奇妙すぎる物体が現れた。するとところどころに、運営スタッフがシコシコ手作りしたと思われる怪しげな立て看板がチョロチョロ出現し始めた。これがアイヌモシリ1万年祭…。
グミを食べながら桃玉が叫ぶ。「こわいよーー!!」
ようやく会場に到着。ついた瞬間、「あ・・・なるほど」と思った。アイヌというより、ヒッピー大集合祭り。みんな、ゆるい民族ファッションを身にまとい、足まで延びたドレッドヘアーを引きずって歩く者までいる。というかもうそれ頭髪じゃないんじゃ…。
まずは今回、石川浩司を呼んでくださったPさんが、石川浩司を無言で熱く見つめたのち、強く抱擁。宿泊場所となった小屋には犬が2匹。しかも片方が病気なのか目のあたりの毛がなく、もう片方は触ると本気で吠えてくる。もちろん電気も水道もなく、ろうそくさえも売り切れていた。そして寝袋?3。
・・あははは!なんか楽しい〜!何、この予想できない感じ!
ワクワクしてしまった。1日目は前ノリの日だったため、特に何もせず、会場をぶらぶら見て回ったり、Pさんの熱弁を聞いたりした。夜になると何の明かりもなくなるため、常連客は皆、己の額にライトをこうこうとつけて、颯爽と歩いていた。粋だな〜と思った。
二日目、近くの温泉に行って(車で30分は走らないと、こういった公共施設やお店などがない)のんびりした後、会場に戻る。昼から夜にかけて行われたステージには十数組が出演、石川浩司の順番はくじ引きで15番だった。みそっかすだと言うことか?
ひとり20分の持ち時間であったが、最初の数組が出た時点ですでに押していた。しかしである。どんな状況でもステージは22時で絶対に終了!じゃないと騒音がストレスになって近隣の農場の牛の乳が出なくなる、とのことなのである。死活問題だ。石川浩司のおたけびが牛の乳を止めてしまっては日高町民にとってはたまったものではない。しかし、もう日が暮れ始めていた。持ってきた物販は超至近距離でも確認できなくなった。パーカッションセットも夜露で濡れてきた。まずい、まずいで〜。時間は刻々と迫っていた。私たちは「どうかステージに出る時間をおくれ〜!せっかくはるばる来たのに〜!」とやきもきした。
最初は言えば繰り上げて出演させてもらえるだろう、と思ったのだが、別にスペシャルゲストというポジションではなく、しかもこのお祭りには全国からヒッピーが集結しているため、何も関東から来たのは石川浩司だけではなかったのである。特別にやらせてください、などとは言える空気ではなかった。容赦なく時間は過ぎていく。
アイヌの人のステージが始まった。ムックリの演奏やアイヌ語学校の生徒と思われる子供たちが歌っていた。とてもいい音だったので近づいたら、石川浩司がすでに前列で普通に手拍子を叩いてステージを楽しんでいた。私たちも、もうこれはだめだ、と暗闇の中で諦めの舞を踊った。
しかし、ステージ終了数分前、数人の女性がやってきてこう言っててくれたのだ。「石川さん、ぜひ歌ってほしいんです。なんとか私たちから言ってみますから、歌ってください。」
スタッフというよりおそらく常連の人だったのではないか。そう言い残すやいなやすぐに関係者に掛け合ってくれ、マイクで呼び出しがかかった。こうして急きょ、最後までの数分間、大トリとして出演することになったのだ!!
一発目は「秋の風」だった。「ち・ん・ぽ…」と言った瞬間、客席から「か、かっけーー!!」と若い男性の声が聞こえた。そうでしょう!そうでしょう!!他の客も続々とステージの前に集まってきた。私は嬉しさのあまりしばし悶絶。
結局、ステージで3曲ほど歌ったあと、ただちにマイクや照明などの全ての電気が落とされた。しかし、そのステージで興奮した客が石川浩司を離さなかった。「ここで歌ってください!!」そこはキャンプファイヤーだった。こんなに熱いとは思わなかった。火の粉を浴びながらの熱唱だった。
その後、一息ついていたら、近くでギターと歌声が聞こえてきた。石川浩司が「ギターはもういいや。パーカッション叩きたい。」と言ったため、私たちも「行きましょう!行きましょう!ただちに行きましょう!」とそのミニステージ(と言ってもどこかの小屋の前でやっていた)に行き、パーカッションでセッションが始まった。ギターをひとりで弾いていたその男性は突然の石川浩司の乱入に、「あああーーー見てましたーーテレビでよく見てましたーーイカ天世代ですーーー」と驚きのあまり完全に挙動不審になっていた。お客さんも大騒ぎ。大盛り上がりの中、即興でセッションした。(ただし、そこには小さなランプがひとつあるだけで、おそらく誰も石川浩司の顔などはっきり見えていなかったと思われる。)
こうして予想しなかった3つのステージはどれも素晴らしすぎるハプニングだったと思う。居合わせた女性が「こんなに笑ったの久しぶりだ〜!!」と満面の笑みで叫んでいた。
濃すぎるツアー1発目のステージを終えて、翌朝、犬に吠えられながら、札幌に向かって帰ったのだった。
呼んでくださったPさん、ステージ出演を掛け合ってくれた方、最後にセッションをしてくれた方、観てくれた方、本当にありがとう!! (さっちゃん)
(寸評)いやあ、この日のライブ及び宿泊環境は、俺の長いライブ歴でも五指に入るほどインパクトのあるものだったなー。
女性スタッフふたりともバラック小屋で雑魚寝だったが、もちろん何も起きるはずがない。というか、俺が一瞬でも妙な動きをしたら、その時点で二匹の犬に一瞬にして喉笛を噛み切られて、悶絶死するからな・・・。8ポイント。
初めて、父親の友人を石川浩司のライブに呼んだ
私の父親の友人は、定年退職後、趣味の映画好きが高じて映画制作を始め、よく映画や芸術の話をする、世代や年齢を超えた「友達」です。その友人はアマチュアの映画監督をやったり、札幌でオールロケが敢行された「壁男」(諸星大二郎原作の映画)にセリフのあるエキストラ役で出演したり、と活き活きと趣味の世界に没頭している人です。
今回のほっかいどーツアー、このHPをいつも見ている方はご存じかと思いますが、宣伝のひとつとして、新聞に取り上げてもらうことに成功しました。新聞掲載を取り付けるにあたって、どう話を持っていけば興味を持ってもらえるか、と助言をくれたり、記者さんの紹介などもしてくれ、多大な力になってくれたのがこの友人なのです。いろいろ相談に乗ってもらったし、芸術に造詣が深いこの人なら、石川浩司の世界観ももしかしたら少しは受け入れてくれるかも・・と思い、小樽文学館で行われたライブに思い切って誘ってみました。
彼は「たま」のことも「石川浩司」のこともよく知りませんし、音楽は映画ほど詳しくなく、「行けたら行こうかな」との軽い返事しかもらえなかったので、来るかな来ないかな・・・と思いながら待っていました。
しかし、彼はやってきました。「きたーー!!」と受付ではしゃいで、たとえどんな感想を持っても、もういいや、観ておくれ!と案内。
ライブを見ながら、彼の反応が気になって仕方なかったのですが、「秋の風」が始まったため、少々「しまった…」という気分になりました。
帰らずに最後までみておくれ〜〜〜と祈りながら、最後のハード・トゥ・ファインドとのセッションで、石川浩司の華麗なパーカッションたたきが始まった時、彼は席から立ち上がり、驚きの顔でそれを見ていました。
いもむしのネジ巻きのおもちゃが2匹、太鼓の上を這っていたときは「ええ〜!?なにそれ〜?」というような表情でまじまじと覗き込んでいました。
うほーーー!!嬉しい!嬉しすぎる!ステージと彼を含めたお客さんの表情ったらほんとに素晴らしいものでした。帰りに「ライブ・イン・チェンマイ」を購入してくれ、舞い上がってしまったため(よせばいいのに)「どうでした!?」と聞くと、よほどショックが大きかったのか、彼は「お、お・・おおうっ・・」と言って去って行きました。
後日、うちの父親に「いや〜ライブ、よかったよ〜」と言ったそうです。
こんな新鮮な驚きの反応が私にとってこれからも一番の楽しみかもしれません。 (さっちゃん)
(寸評)若者に受けるのも嬉しいが、そこそこの年の人に受けるのもまた別の感じで嬉しいねー。
好き・嫌いは人それぞれの趣味だからしょうがないが、プロとしては何らかのショック(広い意味で)をお客さんに与えることがアーティストの仕事だと俺は思っているので、より嬉しいね〜。6ポイント。
初めてのワーキング・プア・ヒーロー連呼
石川浩司ほっかいどーツアーの最初のイベント、アイヌモシリ1万年祭が濃すぎたイベントだったことは前述の通りですが、もうひとつ起こった濃すぎる事件のことも投稿しておきましょう。
前ノリした晩でしたでしょうか、祭り会場の中心部にあったお店にスター石川浩司と桃玉さんと入りました。
偶然、その時私が着ていたTシャツの前面には「WORKING POOR HERO!」と大きく書かれておりました。
直訳すると「働く貧乏な勇者」です。
ふう、今日は長旅疲れましたね〜〜まあ一杯飲みましょうや、と同じく祭りに来た人たちの輪の中に入った瞬間です。
「ん?おい!お前、ワーキング・プア・ヒーローじゃないか!!」
目の前に座っていた老人がやおらこう言うのです。
「ん?ああ、Tシャツね…いえいえ…まあまあ…」と私が口ごもると老人は大声で、
「みんなー!!ここにワーキング・プア・ヒーローがいるぞ!!」
と叫び始めました。
まずい、絡まれた…。
老人(もちろん泥酔)は叫び続けます。
「ワーキング・プア・ヒーロだぜ!!ワーキング・プア・ヒーローなんだぜ!!」
それをかけることの10回ほど叫び、
「立て!俺の近くに来い!みんな!話を聞け!ワーキング…(以下略)」
をかけることの20回ほど叫び…
もう私の人生こんなんばっかだーー(泣)しかも圧倒されたのか何なのか知りませんが、スターと桃玉さんは一言も発さずに縮こまり、一向に助けてくれません。こいつら…。
「みんな聞けーー!!」
なおも老人は叫び続けます。口から唾を飛ばしまくって。
誰も聞いてません。けれどじいさんは叫び続けます。
周りにいたヒッピー達も「・・・・」とじいさんを止めることができず黙り始めました。
・・・雰囲気が悪くなってきた。まずい。・・・わかった。そこまで言うのなら・・・。
意を決して、私はじじいの近くの席に移動し、
「私がワーキング・プア・ヒーローだ(泣)!!」
と叫んでやりました。まだ甘い。もうここまで来たらノッてやるよーーオラオラー(泣)
じじいに「ちょっと!あっちの端っこにいる人たち、全然話聞いてないじゃないですか!ワーキング・プア・ヒーローにちゃんとみんなを集中させてくださいよ!!私はワーキング・・・(以下略)」かけることの3回ほど言ってやりました。
じじいのその時の反応はあまり覚えていないのですが、最終的には捕らわれた宇宙人のような状態でテントに連れていかれました。
ふうーーーーー・・・・じじいが去った・・・そのあと、偶然隣に座っていたマッサージ師の男性が「お疲れ様でした!!」と肩を揉んでくれたし、丸く収まったので一件落着。
そして翌朝、何事もなかったかのように会場をうろつくじじいを発見。素通りされました。けっっっ。メガネまでかけちゃって、おとなしくなっちゃって。
「おい!じじい!!私はワーキング・プア・ヒーローだぜ!!まさか昨日のこと覚えてないとか言うんじゃないだろうな!忘れましたとか言わせねえぞーーーー!!ワーキング・プア・ヒーローだぜーーーーー!!!!」
とかけることの100回連呼してじじいの胸倉をつかむ妄想だけを頭の中でドラマティックに繰り広げました、とさ。 (ワーキング・プア・ヒーロー)
(寸評)いやあ、これは実際俺も横で見ていたけど凄かった。
まるで芝居のように、
「ワーキング・プア・ヒーローがここにいるぞぉ! おいっ、みんな良く聞け。ワーキング・プア・ヒーローだぞぉぉぉっ!」
と狂ったように叫び続ける老人、そしてそれを一切無視しようとする人達との壮絶な精神的バトル。
ちなみにこのTシャツは俺がこの春出演した芝居「どん底」のグッズTシャツだった。
さっちゃん、本当にご苦労だったね。8ポイント。
はじめてのバラックで犬2匹と3日間
アイヌモシリ一万年祭が濃すぎたイベントだったことは前述の通りだが、どういうわけかバラックで犬2匹と過ごすことになった貴重な体験もしたので報告する。今回、石川浩司を呼んでくれたPさんに案内されて、我々は祭り会場に建てられたボロボロのバラック(そもそも豪邸のバラックなど存在しないが。)にたどり着いた。
一瞬ビクッとなったものの、この会場に着くまでの道のり、ただの野原に設営された祭会場、一番近くのコンビニまで車で30分、電気ガス水道なし、ヒッピー大集合。なるほど、うんうんわかるわかる、ですよねー!と己の置かれた状況を飲み込んだ。むしろ屋根があっただけで儲けものだ。たとえ寝袋が無造作に3個、放り投げられていても、だ。
そうこうするうちに、2匹の犬がドカドカと部屋に入ってきた。最初は誰かの犬が勝手に侵入してきたのだと思い、「もー。何この犬ー」などと思っていたのだが、私たちが一息ついたり、寝転がると2匹もなぜか落ち着き始めた。
実はこの2匹、Pさんの愛犬であった。というよりお祭りの間はここはPさんの住処、すなわちこの2匹の住処でもあったため、むしろ私たちが「すいません!お邪魔します。三日間よろしくお願いします!」と犬に言うべき状況だったのである。また会場は山の中でもあったため、犬は対熊用の番犬として重要な役割を果たしていた。会場には他にも十数匹の犬がいて、あちこちで走り回ったり転がったりしていた。
長旅の疲れか、いつしか我々は眠りについていた。夕方のことだ。
日が沈むと当然小屋の中も真っ暗で何も見えなくなった。
犬が相変わらず動いている。何匹いるのかさえもよくわからないが、いる。
1匹が近付いてきた。あひゃっ!!顔を舐められ飛び起きた。私の奇声で桃玉とスターも起きた。目が覚めたため「じゃあぼちぼち飯でも食いにいきますか」と起き上がり、手探りで財布やリュックなどを探した。すると突然「バフッ!!」舐めてこない方が本気で吠えている。「バフッ!」まじだ。少し体に触っただけで「バフッ!」
触ったらバフッ!寝たらペロッ!
桃玉が翌朝「もう・・・犬が・・犬が舐めてきて舐めてきて・・何度も目が覚めて・・」と疲れ切った顔をしていた。もう片方が完全に夜通し私の足の上で寝ていた。「これ、吠える方?舐める方?」と言いながら、触ってみるとバフッ!スターも何度も吠えられていた。
結局、二匹は片時もその小屋から離れず、私たちを熊から守ってくれたのだった。なんだ。いい話じゃないか(さっちゃん)
(寸評)俺も電気も、いや蝋燭すらない真っ暗な部屋で、放し飼いの犬二匹と同室で寝た経験は初めてっす。
・・・凄かったす。9ポイント。
はじめての(ツアーのために)勤務変更を強要
石川浩司ほっかいどーツアースタッフとして、全公演に(当然だが)同行したことで、決まってお客さんや友人から言われる言葉があった。「看護師さん、忙しいでしょ!?よく休み取れたね!」である。「看護師=多忙」というのが世間一般の認識。もちろん忙しくないとは言わない。が、土日祝日分の休みは確保され、それに有休などを組み合わせ、また「お願いぃぃ。勤務希望全部きいてぇぇん」と上司にごねる、などをしてうまく立ち回ったおかげで、全10公演(ファンクラブツアーや地方への移動日なども含めるとそれ以上の日程になる)の勤務希望が見事に通った。
しかし、ひとつだけ、少しやっかいな勤務になってしまった日があった。8月29日の小樽公演の日である。その日は朝から夕方までの通常の日勤。加えて会場は私の住んでいる市の隣の市だったため、少し距離があった。お客として見に行く分には問題なかったが、そうではなかったため、とてもじゃないが間に合わない。若干悩んだが「こんな楽しい時にむざむざ仕事なんてしてられるかよー!きゃはは!」という思いが軽く100%に達したため、初めての勤務変更を頼んでみることにした。
前日、課長を呼び、開口一番こう言った。
「あのー明日、昼で帰りたいんですけどー」
すると課長はこう言った。「はっ!?な、なんで?」当然であろう。「いやーちょっと小樽で撮影がありましてね・・」「さ、撮影!?な、なんの?」「・・まあ・・ちょっとした撮影ですよ、撮影」「だ、だから、なんの!?」「・・えーと・・とにかくまあ撮影です撮影・・」わけのわからない会話になってきた。課長と私はひたすら「・・ん?」「いや〜・・」「・・んん!?」「へぇぇ〜・・」などと繰り返した。
嘘をつくことも考えたが、たぶん絶対口ごもるであろうと思い、それはやめた。しかしだからといって詳しい実情を話してしまうと、次に同じような状況に陥った時にもう願いを聞いてもらう余地はないだろう、ここはとにかくモヤかけてボカせ!逃げろ!この時だけはやたら頭がフル回転で非常にキレた。
「・・・お願いします!!別の日に埋め合わせしますから!馬車馬のように働きますから!」頭を下げて懇願。
「その気持ちはわかったけど、私、部長に何て言えばいいの〜!わかんない〜!」
それから課長が部長に何を言ったのか知る由もないが、めでたく午前中だけの勤務になった!その後、部長がニヤニヤしながら近づいてきて私にこう言った。「あんた、嘘ぐらいつきなさいよ〜」
こうして、翌日、仕事を終えて「きゃほほーい!」と小躍りしながら小樽まで車を飛ばしました、とさ。 (さっちゃん)
(寸評)俺は就職経験がないから良く分からないが、確かに一ヶ月のうち3分の1以上こっちに来てたもんね。
よくやった・・・さっちゃんのお馬鹿に乾杯っ! 6ポイント。
初めての夢精
先日、友人が「最近夢精してね〜。」と話してきたので、初めて夢精したときのことを思い出しました。
あれはたしか、中学生になったばかりくらいの頃………。
夢の中で普通に歩いていると、ふと気がついたら、何故か全裸になっていました。
驚いたおれは「こ、こんな大事なところ丸出しの格好を、クラスのみんなに見られたらどうしよう!」と、まわりに気付かれないように全裸じゃないフリ(この時点でおかしいけど…)をしていたのですが、ドキドキバクバク興奮してどうしようもなくなったところで、「はっ!」と目を覚ましたら、なんかリンスみた