普通の人びと
ホロコーストと第101警察予備大隊

著者:クリストファー・ブラウニング 訳:谷 喬夫 発行:筑摩書房
1997年12月10日 初版発行  更新 1月27日


 第2次世界大戦下のドイツには、警察予備大隊という部隊が多数存在していました。
 
 これは、「警察にはいれば兵役から逃れられる」という理由の為に多数の人員が警察に入ったことによって逆に国防軍の人材プールと化してしまった通常警察から、、戦場後方での治安維持を行うために編成された部隊です。

 とはいえ、部隊の人員はほとんどが銃後の人々――つまりは普通の警察員や労働者となんらかわりもなく、30代を超えるものがほとんどで、そして僅かな士官を除いてはナチ党でもありません。

 しかし、彼らは恐るべき役割を果たすことを命じられるのです。

 1940年5月からポーランドでユダヤ人の護送任務を始めてから2年後。大隊はユニゼフという名の村である命令を受け取ります。

 ユニゼフに住む男性ユダヤ人を強制労働収用所へ狩り集め、そして女性や子供、老人は、大隊の手で射殺しろ、と。

 大隊の大半の人員は、“普通の人びと”であるにもかかわらず。

 こうして、ポーランドでの第101警察予備大隊の、余りにも凄惨で、余りにも血なまぐさい虐殺の任務が開始されたのです――。

 
 
 本書は、その第101警察予備大隊の戦歴(とはとても言えるものではありませんが)の中で、彼らが味わった体験を、心理学の面から論じたものです。
 
 ユダヤ人虐殺については、アウシュビッツ収用所における惨劇など、非人間的な殺人行程の研究は日本でも進んでおり、書籍もおおく出版されていますが、ゲットーを強襲したり、森に逃げ出したユダヤ人を狩り出したりするといった人間が直接手を下した情景については、あまり多く知られておりません。

 しかしこの「普通の人びと」は、多数の人員の不確かな回想を突き合わし、それを生々しく描写しています。

 
 本文のほとんどを占める第101警察予備大隊の行動は、彼らがいかに虐殺に手馴れていってしまうかが語られていきます。

 最初のユニゼフ村の行動では、その虐殺は非効率的で、そして大隊の人員を苦悩のどん底に突き落とします。
 見つけ出したユダヤ人をわざと見逃したり、指揮官の計らいにより、多数の人間が任務からの離脱を自ら進んで行うほどです。

 しかし、そうした勇気ある――もしくは臆病な――人員を除いて、彼らはその後の数々の虐殺任務に手を染めていき、そして効率的に作戦を進めていくことになります。

 彼らは殺人に馴れていったのです。

 さらには、最も攻撃的な任務として、森や市街に逃げこんだユダヤ人を索敵、殲滅する「ユダヤ人狩り」を行うまでに至ります。
 もちろん、ユダヤ人の逃亡を援助したポーランド人も、例外ではありませんでした。

 1943年以降はパルチザンとの戦闘が主任務となり、戦争の終末においては、大隊はドイツへ敗走、そこで終戦を迎えます。

 そして戦後においては、わずか数人がその罪を告発されたのみでした。



 はっきり言って、本書は軽く読み飛ばせる書物ではありません。
 あまりにテーマが重すぎます。

 ですので、ここでは感想は書かず、紹介だけに留めたいと思います――最後に、本書の最後の一節を引用して。

「ほとんどすべてに社会集団において、仲間集団は人々の行動に圧力を行使し、道徳的規範を制定する。
 第101警察予備大隊の隊員たちが、これまで述べてきたような状況下で殺戮者になることが出来たのだとすれば、どのようなひとびとの集団ならそうならないと言えるのであろうか」

 
*なお、こうした日本語のホロコースト資料としては、「独ソ戦とホロコースト」という、ソ連領でのホロコーストを扱った書籍が昨年出版されており、ホロコーストを「普通の人びと」とはまた違った観点で研究されています。
 部分的には「普通の人びと」を批判する箇所もありますが、ホロコーストを知る上では貴重な資料ですので、興味のある方は是非お読みください。


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