夜の帳が降りた午後11時。雨が降り続くビルの屋上。

片膝を立てて低い姿勢でいる男が双眼鏡で目標に視点を集中する。

 

「狙撃準備完了」

 

その男は双眼鏡を目から放さず手に持っていた無線を使い小声でどこかへ連絡する。

 

「わかった」

 

しばらくの雑音ののち、無線機につながれたイヤホンを通じ耳へと雑音混じりの声が届く。

無線を持っている男は視線を外すことなく傍らで寝そべって射撃姿勢を取る男へと声をかける。

 

「そのまま待て、すぐに撃てるようにしておけ」

 

銃を持つ男はそのままの姿勢で低いうなり声を上げ、了解の返事。

双眼鏡を持つ男に射撃姿勢を取る男、両方とも夜の闇に溶け込む黒い服、黒いブーツを履いている。

銃も人間に対して射撃を禁じられているアンチマテリアルライフルと呼ばれる部類の大型銃。

銃の先端には特注品だろうか、不格好に消音器が取り付けられている。

そして、銃の上には見たこともないくらい大型のスコープが装着されていた。

夜闇に見えにくくなっているが、大型のスコープから黒く細いコードが何本か伸びていて、その先は別の男が持つ双眼鏡に接続されていた。

男の持つ双眼鏡も世間に出回っている双眼鏡よりも大型だった。

銃、スコープ、双眼鏡、そして男達・・・どれをとっても外見から所属が判明しそうな物は何一つなかった。

日本語をしゃべることが出来ると言うだけで、彼らが何者かはまったくわからない。

その時、射撃姿勢を取っていた男のスコープの視界に目標以外の物を捉えた。

 

「目標に誰かが近づいている、確認しろ!」

 

銃の引き金を途中まで引いていた男は勢いよく指を離す。双眼鏡の男は無線で連絡を取る。

 

「目標に誰か近づいている、指示を」

 

「狙撃については待て。状況確認しろ。通り過ぎてから狙撃。撃つ前に状況は報告。この際、発砲音はやむを得ない」

 

「了解。近づいてるのは・・・女性。目標の脇を・・・いや、待て」

 

「どうした」

 

「目標の方を向いて近づいて・・・止まった・・・目標を持って歩いていった!このままだと狙撃が不可能になる。狙撃許可を!」

 

「目標以外の犠牲は許可できない。狙撃中止、直ちに帰隊せよ。女性についてはこちらで記憶した。後で対応を考える。急げ!」

 

無線の意外な指示に二人の男も見える光景に歯噛みしながらも立ち上がった。

銃や双眼鏡を大きなバッグに詰め込み、その場を後にした。

しかし、この男達はもう少し双眼鏡やスコープを見ていた方がよかったかもしれない。

そうすれば、見たこともない不思議な光景を見ることができたはずだった。

 

目標を持った女性を中心に青白い光が発生して彼女達を包んだ。

その光はどんどん大きく広がり、やがてコンパスで描いたようなきれいな円となり、光は雲を破り空へと消えていった。

街は何事もなかったかのように雨が降り注ぐ夜の景色に戻った。

この不思議な光の中に男達も取り込まれていたが、見ること感じることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

警視庁捜査零課事件簿「雨の日の長い出来事」

 

 

 

 

 

 

 

「秋の長雨」それがここ一週間の天気を表現するのにちょうど良い言葉だった。

雲は低くたれ込み、雨足はとどまることなく地表に降り注ぐ。

嵐のような激しい天気にはならず、これから一週間の長期予報でもぐずついた天気が続くという。

 

しかし、ここ捜査零課には季節外れの台風が訪れようとしていた・・・

 

「あの二人はまだ登庁してないんですか!係長にもなって自覚が欠けている!」

 

そう声を荒げるのは零課理事官の香庵警視であった。心なしかあわてている様子にも見える。

理由は香庵が言ったとおり、零課の捜査部門である心霊犯捜査係瑞希警部と異星人犯捜査係半田警部の両係長が未だに零課に現れてないためだった。

直行直帰の捜査をしているわけではないのと、係長という1部門を束ねる長として様々な確認をとるために零課に顔を出すことは決まりとなっていた。

もちろん、普段の香庵でもここまで二人の遅刻に目くじらを立てるということは無い。今日は以前から連絡してあった刑事部長の視察があったのだ。

外部非公開組織である捜査零課の捜査活動を監督する立場にある刑事部長だが、刑事部長すらこの零課の全容を把握してはいない。

前任者からの引き継ぎで、「そのような名前の組織が存在し、活動している。組織を存続させ、その捜査活動に関して最大限の便宜を図れ」と言われただけだった。

引き継がれた書類にも刑事部所属のどの捜査員よりも厳しい秘密保持区分が指定され、捜査員の経歴や捜査内容、各種装備品については

直属の上司である刑事部長ですら閲覧することの出来る部分はごく少数であった。

そのためかことあるごとに今の刑事部長は零課に視察の名目でやってきては重箱の隅をつつくかのようになにかを調べようとしているのだった。

衛生看護係は正規に研修として京都府警捜査零課に陰陽道の研修に行き、特別強襲係は術科センターで訓練。

機動隊零中隊も装備品の指導を新宿の特科車両隊に依頼され、不在にしていた。

捜査部門は内定等で不在の捜査員以外は零課に居るように指示されていた。

 

噂では過去にその活動に不振を持った警視庁上層部のある幹部が活動内容を調査し、報告しようとした矢先にスキャンダルにて失脚し、

その失意から零課に関しての記憶が一切なくなったという内部事件があった。

脅迫を受けたり、自分で口を閉ざしているという様子もなかった。零課の活動・・・いや存在そのものを快く思わない勢力が幹部を徹底的に調べ、

ポリグラフ検査を初めとする各種検査を実施したところ、本当にその記憶のみが欠落しているということで、

いつの間にか零課を取り扱うことは禁忌とされ、それが上層部でも通例となっていた。

もちろん、それは偽装工作であり、スキャンダルは元々隠れてやっていた幹部の秘密の趣味を調べあげ、それをリークし、

ショックを受けているスキに彼の記憶を操作したのが事の真相だった。

 

「刑事部長の車が新大久保のNシステムに引っかかったよ、もうちょっとでこっち来ちゃうよ!」

 

そう言うのは半田の部下であるしーふーど巡査だった。彼がパソコン端末を操作して「どこか」から情報を得ていたのは間違いなかった。

彼は画面の「監視」を怠らずに携帯を操作してどこかに電話をかけたが、出ないのかすぐに通話終了ボタンを押した。

 

「はぁ・・・こんな時に限って係長は携帯に出ないし・・・」

 

しーふーどはため息混じりに答えた。そして同じく半田の部下であるkaji巡査長が思い出したようにつぶやいた。

 

「そういえば、係長・・・昨日、野菜がどうとか、肉がどうとか、煮込みがどうとかって・・・・」

 

それを聞いた香庵を初めとするその場にいた面々がため息を吐いた。半田の遅刻理由が全員一致で判明したからだった。

 

「刑事部長は新宿の混雑する道を避けたか。しかし・・・カレーか・・・よりにもよってこんな日に作ってこなくても・・・」

 

とは、遅刻している両係長を受け持っている榊管理官だった。半田のカレーの凝りようは有名で1週間3食カレー料理でも平気な男である。

 

「・・・半田警部、なんかしばらくここに泊まって調べ物するって昨日言っていたから、もしかして・・・」

 

kajiの言葉を更に裏付けるように吉田管理官も言葉を発した。そんな会話が聞こえたのか、大きな足音が急ぎながら地下へ降りて横開きの扉を勢いよく開けた。

話の中心人物である半田だった。

 

「すいません、遅れました!で・・・刑事部長は?」

 

着替えや洗面用具、作ったカレーがたっぷりと入っているのか、大きいバッグを自分の机に置きながらしゃべった。

 

「何やってるんだ、半田君! 昨日あれほど・・・」

 

勢い止まらぬ香庵が怒るのを後ろから捜査零課の課長を務める素喜多警視正が制した。

 

「まぁまぁ、香庵さん、間に合ったから良しとしましょう。

刑事部長はもうあと少しで来るからバレないように準備しておいてね。それよりも瑞希警部はまだなのかなぁ・・・」

 

素喜多は間に合った半田には見向きもせず、未だ現れない瑞希警部を心配していた。

 

しかし、刑事部長の視察までに瑞希が登庁することはなかった。

刑事部長の視察は滞りなく、大した問題も発生せずに1時間ほどで終わった。

瑞希警部が居なかったのは内定捜査を進めているためと課長は刑事部長に報告した。

刑事部長も少しでも零課のことを調べようとしていたようだが、課長や理事官、管理官の巧みな話術と視察順路によって阻まれた。

書類等に関しても刑事部長あての報告書も機密保持規定を盾にほとんどのところが塗りつぶされた物だった。

塗りつぶされる前の書類については零課に保管され、零課の人間にだけ開示され、捜査資料等として置かれている。

これについてはさすがに規定を守っているだけなので刑事部長も文句も言えなかった。

零課を出て本庁に戻る刑事部長もさすがに歯がゆい思いをして車に乗り込んだに違いなかった。

 

「ようやく終わりましたね・・・ホッとしましたよ。係長も無事に来たし」

 

刑事部長に見せた書類や簿冊類を片付けながらkajiが言った。

 

「この前の事件の説明なんてウチらじゃできなかったし」

 

kajiの片付けを手伝いながらしーふーども安堵の表情を浮かべていた。

 

「泊まり用カレーもバレずに済んだし」

 

登庁早々に慌てて隠していたバッグの中のカレーや荷物を自分のロッカーから引っ張り出しながら半田が言った。

 

「君たちは本当に自分勝手な・・・」

 

異星人犯捜査係の面々が話すのを聞きながら香庵がネクタイを少々緩めながら呆れ半分に言った。

 

「視察終わってもこれだけ雨が降ってるんじゃ洗濯物も干せませんね、王さん」

 

「うーん、確かに。洗うだけにしておくと逆にカビてしまいますからね」

 

ひょっこりと現れた特科車両係係長の炭焼警部補と特殊命令捜査係係長の王警部補はどこから出してきたのか、洗濯物をカゴ一杯に詰め込みながら歩いていた。

行き先は屋上なのかもしれないが、この雨では干すことはできない。その様子を榊は見送りながらも首をかしげていた。

 

「さてと、視察も終わったんでちょっと零中隊の様子を見てきます」

 

そう言うとコートを羽織りながら吉田は零課を出て階段を上っていった。

 

一人減り、二人減りとしていくうちに部屋に残っていた心霊犯捜査係のぴよ巡査長、遙巡査長は所在無さげに自分の椅子に座ってぼんやりしていた。

桜木巡査部長は気流の流れに身を任せるようなゆったりとした速度で空中を漂っていた。

もちろん、係長不在でも心霊犯捜査係は刑事部長やお連れの参事官に捜査についての質問が無いわけではなかったが、

戸惑っていると榊が管理官としてフォローしたため、しゃべりすぎることもなければ、参事官達に不信感をもたれずに会話が進んでいった。

桜木にいたっては刑事部長が来る前に壁を通り抜けて直接会わないようにしていた。

まれにそういう物を見れてしまう人もいる。何事も用心は必要なのかもしれない。

 

片付けも終わってからは、みながそれぞれの仕事に就いているので零課の部屋には香庵、榊と心霊犯捜査係だけだった。

課長はドア一枚隔てた課長室で仕事をしているようだった。

管理職の三人はそれぞれ仕事があるので書類と闘っていた。なにも幽霊や異星人の相手をするのだけが零課だけではなかった。

心霊犯の三人()は暇を持て余していた。いや、それは語弊があるかも知れない。

係としての捜査活動をすることがないので、部屋で待機しているしかなかったと言うべきかもしれない。

 

桜木は相変わらず空中を漂っているだけだったが、ぴよはなにやら水晶玉を磨き、遙は分厚い呪文の本を読んでいた。

ようやくその漫然とした時が終わろうとしていた。

 

「遅れました・・・」

 

と、様子を見つつ音を立てないように静かに横開きの扉を開けて、小声で零課に入ってきた瑞希。もちろん香庵が黙っていなかった。

心霊犯捜査係の面々が係長に声をかけるチャンスすらなかった。香庵がマシンガンのように絶え間なく言葉を吐きだした。

 

「瑞希君!どうして遅れたんだね!!今日は刑事部長の視察だからとあれほど遅れるなと言ったのに!普段はしっかりとしてるのにどうしてこんな時に!」

 

「すみません・・・」

 

反省しきりの瑞希に素喜多が声をかけた。香庵の金切り声が課長室にも届いたのだろう。部屋を出て来ていた。

その素喜多の声はあくまでも優しかった。いや、どちらかというとおねぇ言葉に近かった。

 

「らしくないんじゃな〜い、いったいどうして遅れちゃったの?なにかあったのかしら?」

 

「実は・・・昨日・・・白猫の幽霊を拾いまして・・・それでその・・・観察をしておりまして・・・」

 

そう言う瑞希の側には、いつの間にか瑞希の腰くらいの身長の猫が2足の足で立っていた。

白い毛が綺麗に生えそろえてあり、顔が横に大きいくその顔立ちは人間のようでもあった。

 

「化け猫!?」

 

香庵が隣の猫のオバケを怪訝そうに見るとその猫はおどけた表情をしてしゃべり出した。

 

「化け猫ってなんニャ?そんなことないニャ」

 

「こ・・・言葉を理解して・・しゃ、しゃべった・・・・猫なのに・・・表情豊かに・・・」

 

返事をすることに香庵も驚いた。素喜多、榊も意外な物を見たという表情だった。

 

「俺も見えてるんだけど・・・これ本当に霊?だとすると相当に力持ってる霊なんだろうけど・・・しかし・・・」

 

とは榊。彼は心霊犯捜査係を管理する管理官であるものの、見える霊、見えない霊があり、どうしても霊についての適性は瑞希が零課でダントツだった。

 

「えぇ、霊だとは思うのですよ。霊特有の波動が猫から出ているので。でも自縛霊のようにその場から動かないわけでもないんですよ、こうして私について来ちゃってるし。

取り憑いたりする可能性があると思って、護符を貼ったんですが、不思議なことに貼っても動くんですよ。」

 

「え〜!係長の護符も効かないんですか?」

 

さっきまでのんびりと漂っていた桜木が驚きの表情を浮かべながら床に降りてきた。この話で興味が湧いたのか、ぴよも遙も猫の周りにやってきた。

女の子達に囲まれたのが恥ずかしいのか、白猫はうつむいて手で顔を隠す。よく見ると顔もちょっと紅潮しているようだった。

その表情を見ながら素喜多を除いて興味深そうに白猫を見たり、身体を触ったりしていた。

素喜多は腑に落ちないという感情を表に出さないようにしながら、皆から気配を隠しながらひっそりと課長室へと戻っていった。

 

「うん。護符も効かないけども・・・特に邪悪な波動は感じられないし、しばらく様子を見ようかなと。それでちょっと遅くなっちゃったのよ」

 

「瑞希警部!なぜそういう幽霊を確保したらこっちに連絡をよこさないのかね!私が宿直でいたし、だいたい・・・」

 

女性陣が白の化け猫とワイワイと戯れている最中でも香庵は瑞希に詰問した。

この場合はもちろん香庵の言っている方が正しい。

霊を発見した場合、その霊はなんらかの原因があって現出しているわけである。

その霊が悪さをしたり、霊が霊を呼び寄せたり、霊の波動に惹かれ人が死に急ぐ等々、生きている人間に様々な被害・影響が出てしまう。

原因を究明してしかるべき処置を講じなければならなかった。

 

「まぁまぁ、理事官、これが私が見つけてそのまま拾ってきてしまえば問題でしょうが、瑞希警部のことですからその辺は・・・ねぇ?」

 

榊が茶々を入れて、瑞希に助け船を出した。

 

「その辺はぬかりないです。波動を頼りに全周囲検索をしましたが、特に異常な波動は感じませんでした。

おまけに検索の輪の中に居ても猫は様子が変わることなく平然としていました。

念のため、持ち歩いている霊石で猫がいた場所を起点として数キロに結界を張っておきました。

この結界の中になにか霊的な波動が発生すれば私も感じることが出来ます。居た場所で何かあればすぐにでも。それでも何か?」

 

最後は瑞希が香庵に投げかけた言葉だった。

 

「そ、そうか・・・それならば問題無いが・・・しかし、勝手に霊を持って来て・・・」

 

と、不満そうな表情を浮かべているものの、瑞希の気迫に圧倒され、香庵はそのまま自分の机へと戻って書類の整理を始めてしまった。

榊はにやけた表情をしながらも瑞希に話しかけた。

 

「対処は良いが、そもそも持ってくるって・・・。どうして持って来ちゃったんだ?その場で除霊なり、成仏させることだってできたはずなのに」

 

「いや、今までこんな事なかったから調べてみたいというのと・・・雨も降り続いていたし、かわいそうだったし、猫かわいらしかったし・・・」

 

瑞希が話した。しかし、語尾の方はうつむき加減でもごもごと歯切れが悪かった。恐らくは後の方へ行くほどにメインの理由だったのだろう。

 

「仕方ない・・・とまではいかないが、しばらく観察を続けて、護符が効かないとかの理由を探した方がよいだろうな。

原因がわかって対処法が見つかれば、これから先、同じような霊に遭遇したときでも対応できるだろうし。

捨て霊猫か・・・捨て猫のように誰かが飼っていたわけじゃないしなぁ。ミケが姿を変えて我々の前に姿を現したんじゃないのか?」

 

ミケと言うのは零課のある代々木署の屋上でよく見かけていた子猫だった。

誰かの飼い猫かすらわからなかったが、誰彼と無くかわいがっていた。

 

「勝手に殺さないでください。一昨日、雨が切れた時に洗濯物を干そうと屋上に上がった時に居ましたよ。

ミケもたまには外に出たかったのでしょう。結局数時間でまた雨が降ったのでどこかへいっちゃいましたね。私も干し物はしませんでしたが。」

 

話に入ってきたのは空の洗濯かごを持った王だった。

空の洗濯かご・・・中身は一体どこに干したのだろうか・・・そして、俺はいつからミケを見ていないのだろうか・・・と榊が思っていた時だった。

不意に榊自身の机に置かれている電話が鳴った。慌てて駆け寄り受話器を取る。

頷き、相づちを打ちながら、メモを取っていた。しばらくして電話を切ると盛り上がっている心霊犯捜査係に向いて話し出した。

 

「さて話も盛り上がってきたところだったが、心霊犯捜査係にやってもらいたい仕事が出来た」

 

 

 

 

 

 

瑞希を筆頭に心霊犯捜査係は車に乗り込み、京葉道路を走り千葉へ向かっていた。

目的地は千葉市中央区にある、千葉県警察本部だった。

心霊犯捜査係に与えられた仕事とはある人物の事情聴取だった。

受付で用件を伝えると、警務部監察官室に通された。

部屋の隅にある応接ソファーに座っていると、二人の男がやってきた。

一人は警視の階級章が見える制服を着用し、もう一人は白衣を着ていた。

 

「警視庁から来た、瑞希と申します」

 

「わざわざ東京からご足労かけて申し訳ない。監察官の宮前です。こちらは科警研の石川技官です」

 

宮前は低姿勢で応対をしながらお茶を出した。一見すると、田舎の平和そうな交番でのんびりと事を構えていそうな雰囲気の老警官だった。

一緒に紹介された石川技官は眼鏡をなおしながら会釈をしただけだった。

 

「詳細はまだ聞かされてないのですが、どなたの事情聴取を?」

 

「それは私が・・・」

 

石川技官が話し始めた。ややイヤミ風な顔立ちをしているが、雰囲気や口調からするとこちらも腰が低そうな感じだった。

見た目で損をしそうなタイプだった。

 

「科警研心理学研究室の石川です。千葉県警自動車警ら隊の内原巡査部長と津室巡査長の事情聴取をお願いしたいのです。簡単に説明しますと・・・」

 

と、石川技官が話し始めた。その内容は零課からしてみると雑作も無いことだった。

彼らは組んでパトカーにて犬吠埼付近を警らしていたところ、前方を走っていた車の前に女性が飛び出してきた。

前方の車は停車した。パトカーも事件認定として停車した。すぐさま前方の車から運転手と思わしき男性が下りてきた。

まずはけが人の救護と言うことでけが人を探したものの・・・辺りを見回しても誰もいないどころか、車にはぶつかった痕跡もなかった。

だが、三人とも車で人を轢いてしまったということは自分の目で見ていた。

まるで狐につままれたようだった。男を連れ、ひとまず銚子警察署で事情を聞いたものの、男の話も興奮していて要領を得ない。

そして、目撃者となった二人の警察官の話もとうてい信じられるものではなかった。

この二人に心理カウンセリングをするべく科警研の石川技官を呼んでカウンセリングを施そうとしていた。可能であれば事の真相も。

県警は当然のことながら運転手を含む三人の言うことを信じてはいなかった。

警官は何かしらの買収を受けたのではないかと考えたほどだった。それでこの件は監察預かりとなった。

しかしながら、石川技官のカウンセリングでも彼らの発言が変わることはなかった。

困っていたところ、いきなり科警研から、警視庁の捜査員を派遣するので、

その人間の指揮にて動くようにとの連絡があったということだった。

 

「と、いうことなんです。すみませんがこれからその二人を事情聴取してもらえないでしょうか?」

 

了承した瑞希達が通された部屋は取調室だった。

瑞希は石川達が内原への今回の調査書や今までの経歴等の資料を持ってきたので目を通した。

金に困っている様子もなければ、勤務態度も特に目立つ事項は見あたらなかった。

弱みを握られていそうな事項も無く、書面から見れば極々普通の警察官であった。

 

しばらくすると40代中盤の恰幅の良い巡査部長の階級章を付けた人間が部屋にやってきた。

事件が発生して、既に2日。ずっと拘束されているのだろう。その顔はやつれていた。

 

「警視庁の瑞希と言います。あなたの話を聞きに来ました。これまでのことを確認する程度なので安心してください」

 

「警視庁が?どうして?俺の言ってることは間違ってはいない・・・」

 

警視庁の人間が来たというので多少驚きの顔をしたものの、その後はうなだれた表情で内原は言った。

 

こりゃ相当搾られてたようね・・・という、瑞希は内原への同情を隠しながらも聴取を始めた。

ほとんど通り一辺倒の内容だった。監察が聞いたことを改めて質問し、その整合性を確認した。

今度は視点を変えて質問する。しかし、答えにも特に食い違う点は見あたらない。

石川達もマジックミラー越しに見ていたようだが、今までと違う点が出てこないことにさぞ落胆したに違いなかった。

 

「では・・・多少質問を変えてみます。あなたが目撃したという女性は帽子をかぶっていましたよね?」

 

「帽子?いや・・・帽子はしていなかったと思う。ん・・・待てよ・・・眼鏡!眼鏡をしていた」

 

新証言だった。頭部について注目させ、顔の特徴を思い出させたのか、瑞希は次の質問をした。

これについては軽くメモをとっていた瑞希だったが、特に瑞希の興味をひくことはなかった。

 

「あなたの証言では服装は白い服を着ていたと言うことですが、下はわかりますか?ズボンですか?スカートでしたか?」

 

「下・・・、下・・・、下・・・そうだ・・・下は見えなかった・・・・・・と思う。

いや、見なかったという方が正しいかもしれない。上半身だけ見えてとりあえず、人が通行してることを認知したんだ。

あの日、雨が降っていたのに傘もささず歩いてるんでおかしいと思ったんだ。

ずぶ濡れだと思って視線を下に落としたんだ・・・そしたら足は見えなかったんだ。

おかしいと思う暇は無かった。前の車はスピードを落とさないでそのままやっちまったんだ」

 

「そうですか・・・わかりました。ありがとうございます。私からは以上で終わります」

 

内原は席を立たされた。事件の被疑者のように手錠はされなかったが、このまままた留置場に戻るのは明らかだった。

その後、少しの間を置いて津室巡査長が入ってきた。そこでも瑞希は同様の質問を繰り返すだけだった。

もちろん、津室も瑞希が警視庁の刑事ということを訝しんだがそれ以上は突っ込まなかった。

 

「お疲れ様でした。これで質問は終りです。お疲れ様でした」

 

「おい!それだけなのか?俺はどうなるんだ?教えてくれ」

 

「あなたの見たこと言ったこと、それは真実です。あなたの今後は私が決めることではありません」

 

瑞希はそれだけ言うと取調室を出て監察官室に戻った。宮前と石川も戻ってきていた。

出されたお茶をすすりながら、瑞希は言った。

 

「二人ともほぼ同様の回答をしています。他の質問に関しても。

打ち合わせができないような質問をしていてもこの様子ですから・・・解決は目前ですよ」

 

宮前も石川も面を食らっていた。

 

「解決?彼らの話のどこに真実が隠されてるのです?」

 

「彼らの言ってることは真実です。恐らく銚子署に留置されている運転手の男性も同じ証言をしていると思います。こちらは私の部下が確認に向かってます」

 

銚子署にはぴよと遥が向かっていた。この男性の証言も比較したいためだった。その後は現場にも行ってみるとのことだった。

 

「そんな・・・ひかれた人間がいないとか・・・」

 

そんな心配する二人の言葉を遮るように瑞希の携帯が鳴った。

瑞希が待ち望んでいた、銚子署に向かった二人からの電話であった。

頷きながら答える瑞希だったが、最後に二人に礼を言って電話を切った。

 

「話の途中になってしまいましたが、世の中には信じられないことが多々あるのです。それは受け入れないと。

そうそう、言い忘れてました。ご存じとは思いますが、この事件は既に警視庁捜査零課の管轄に移りました。

この事案に対してはこれから私が指揮を執り、詳細は文章でお知らせします。

まずは・・・銚子署の男性も同様の証言をしているそうですので・・・

この男性を釈放しても問題無いと思いますので手続きをお願いします」

 

二人はただただ呆然と頷くばかりだった。

確かに警察庁からは警視庁から来る人間が全ての指揮を執るとので、それに全て従うようにと言われていたが・・・

指示は的確だし、わざわざこうして他県までくるということは警視庁でも信頼され能力もあるのだろう、

しかしながら、解決しているという実感がつかめない二人にとって、簡単に釈放するなんて納得できなかった。

 

「どこが解決なんですか?どう見たって、自ら隊も轢いた人間も言ってることが理解不能だ。そんな与太話をあなたは信じて、我々に信じろと?」

 

「そうです」

 

と一言区切った後にゆっくりと話だした。

 

「霊や超常現象等について特別な権限を持つ捜査部門、それが警視庁捜査零課です。

もっとも・・・解決しても表沙汰にはならないので警視庁管内じゃ迷宮入りさせてしまったというのでお宮係と呼ばれてますがね」

 

瑞希はおどけながら話した。

 

「聞いたこともなかった・・・当然組織の存在も秘密なのでしょうね」

 

「はい、お二人には警視庁の刑事ということしか警察庁からは知らされてないと思います。

今回のケースは零課が扱う案件の中では最も多いパターンです。

霊を見ることが出来てしまった人が見えない人に説明する・・・当然そんなの信じてもらえないでしょうしね。

たまたま三人とも霊を感じる能力が一般の人に比べて高かったのでしょう。

轢いてしまったと思った人、それを見ていた二人・・・その内の誰か一人でも見えていなければ気のせいや目の錯覚で終わっていたんですがね。

みんな見えてしまったので、それがあたかも現実と思って事件と認定してしまった。ちなみに、下は見えなかったとおっしゃってましたが、

たぶん・・・無かったんじゃないのですかね。白色の服装というのも古典的な怪談話に出てきそうな感じですが、

見えていた人の能力がそれほど高くないから、ぼんやりと見えた、ライトの反射で白色に見えた。そんな感じかと。

これがもっと能力が高ければもっと変わって見えたと思います。服の色も別の色と認識できたかも知れませんし、足も見えたかも知れませんね。

メガネまで見えたとなると、もうちょっと能力があれば見えたかも知れませんね」

 

瑞希は一通りの説明をした。宮前、石川両方とも唖然としていた。

これがもしダメ押しとして、桜木こじかという幽霊が零課の捜査員として今ここにいると言ったら、

彼らはどういう反応をするだろうか?

それこそ信じてもらえないかもしれない・・・そう思って何も言わなかった。

 

 

 

 

「ふぁ〜・・・疲れましたね」

 

と桜木。県警本部に着いてからずっと瑞希がいる部屋に居たのだが、誰も彼女の存在に気がつくものはいなかった。

何人もの人間が通り過ぎていたがほんの数名が桜木が漂っている辺りに視線を動かしたが、彼女の存在には気がつかなかっただろう。

今は午後9時過ぎ。ぴよと遥が銚子署から戻ってくるまで瑞希達は県警本部のロビーで待っていた。

 

「あなたの場合は疲れたと言うよりも、待ちくたびれてるだけでしょ?」

 

と、瑞希がチャチャを入れる。

ネコの霊も県警本部に来る車の中までいたことは覚えていたが、それからはずっと姿が見えなかった。

元々猫の霊というのであれば気まぐれだろうから、そのうちフラッと戻ってくると思っていた。

時間つぶしにネコをあやしていようとして辺りを見回したがいる気配はなかったのが残念だった。

 

「今回は退屈すぎましたよ・・・私の出番もないですし。それに事件ってわけじゃないし・・・。

千葉県警にも零課があれば私たちがわざわざ出向く必要なかったんですよ」

 

桜木は多少不満そうだった。越境して来てみればこの程度の仕事。言いたいことも分からなくもなかった。

そんな時だった。

 

未だ大勢の人間が歩いている千葉県警本部。これに気がついたのは瑞希、桜木の二人だけだった。

瑞希はソファーから立ち上がり、桜木は漂うのをやめた。二人とも辺りを見回した。そして、お互いが顔を合わせた。

辺りの人間は未だに何も気がつかずに歩いているだけだった。

 

「係長、今、なにかありましたね」

 

「そうね・・・何か・・・・霊が・・・そんな気がするわ」

 

「どうします?動きますか?」

 

「いえ、ここは千葉県。我々が好き放題はできないわ。何かあれば県警も動くでしょうし。

ややこしくなるのは警視庁管内だけで十分よ」

 

瑞希の携帯が鳴った。遥からだった。

 

「係長・・・今、なにかありましたよね!どうしますか?」

 

銚子から戻ってくる二人も波動を感じ取ったようだった。遥には桜木に話したと同様のことを話し、ひとまず県警本部に戻ってくるように指示した。

 

「ふぅ・・・まったくみんな仕事好きね」

 

「ぴよさんや遥さんですか?」

 

「そう。あの二人も感じたらしいんだけど・・・どうしようかしら?千葉県警が放り投げたらやろうかしら」

 

瑞希は零課へ電話し、一応、霊の波動を感じたと伝えた。電話に出た榊は瑞希の案を受け入れた。

とりあえずは様子を見てみようと零課も判断した。千葉県警と無用なゴタゴタを避けるためだった。

 

おまけにロビーに設置されていた大型テレビでは県内ニュースを伝えていた。

視聴者投稿のコーナーで人魂らしき物を撮影したという映像が出ていた。昨日佐原市内で撮影されたという。

アナウンサーは季節外れと伝えていたが、それは大きな間違いだった。人魂が夏しかいないというのはお盆と結びつけた人間の思いこみであり、

人が死んだり、人の姿を維持できない低俗霊、逆に霊の能力が低い者が霊を見たとき等、

現世に留まっていると人魂は常に見ることが出来るものなのだ。

もちろん、それを見ることが出来るのは能力がある者だけなのだが・・・。

更に疑問を持ったのはその映像の中の人魂の消え方だった。画面の端へ移動していって消えたわけでも、姿を隠すような消え方でもなかった。

これを撮影していた人間も放映しているテレビ局側も単に見えなくなったとしか思っていないのだろうが、

大きく違う。不可視になったというのと、成仏したというのとは大きく意味合いが違う。それに今の消え方はどちらとも違う。

簡単に言ってしまえば人魂が消滅させられたような消え方だったのだ。

この映像のように消滅させることが出来るのは零課の装備のような物を使用しないとできない。

おまけにその装備を持っているこの付近の組織は警視庁捜査零課しか考えられなかった。

隣接する捜査零課と言えば、秋田県警・青森県警・長野県警の捜査零課だが、千葉まで来ているとも考えにくい。

昨日までの動きで警視庁の捜査零課の面々が千葉県にいたという動きは聞いていない。

それにそもそも霊のことになると、何をおいても自分たち心霊犯捜査係が一番槍として出向くのだ、

霊に対する装備を持つ部署は零課内にもいくつかあるが、『捜査は自分たちが』という思いもある。

やはり千葉で『なにか』が大きく動いていると瑞希は感じ取っていた。やはり、そのうちしっかりと調べないとダメなのかなと思った。

とりあえずは零課に再び電話をかけて先程のニュースの映像と出所を調べて欲しいと伝えた。

桜木はこの場にはいなかった。空中を漂ってどこかへ行っているのだろう。さっきの映像は見てないようだった。

 

「ただいまニャ」

 

瑞希が重い気持ちで考え事をしていたところ、ネコが足音をぺたぺたと響かせてロビーに現れた。

桜木もネコの足音を聞いて戻ってきたようだ。

もちろん瑞希と桜木以外には見えないようで、振り返る者は誰もいなかった。

 

「どこいってたの?」

 

「難しい話ばかりで全然面白くないから、公園でちょっと海を見てたのニャ。雨船を色々と見れたのニャ」

 

「まったく・・・気ままに過ごして・・・さっきあなた何かやった?」

 

さっきの波動の原因はこのネコが何かやったのではないかと思った桜木はネコに質問した。

 

「さっき?何かあったのかニャ?」

 

「なんか霊がなんかしでかしたような波動をみんな感じたんだけどもね。あんたじゃないのか・・・」

 

桜木はネコに首をかしげていたが、そのまま流した。

 

霊が人や動物を殺す際、人間のように凶器を新たに持って使うことは少ない。強い能力を秘めている場合は能力で殺すが、

ほとんど見たままの姿で殺生する。爪が長い、常に刀を持っている等。

なにかその行為をしたいために現世に留まっている。怨念が形となって残っている。

誰かを見守りたくて現世に留まってるならば、見守りたい相手の印象に残っている服装、

誰かを殺したいというので留まってるならば、殺したい相手の側に憑き、殺したい方法の服装や持ち物をそのまま身に付けている。

その行為をするための姿になるのは必然なのかもしれない。

 

そうこうしていると、ぴよ達も本部に戻ってきた。時間は既に24時をとっくに過ぎていた。

ぴよや遥もネコに同じ事を聞くがネコが返した答えは桜木にしたものと同様だった。

 

「やっぱりネコじゃないのかしら」

 

ネコの表情はにこやかな顔をしていた。

 

監察室の宿直に就いている宮前警視に東京に戻ると伝えて帰ろうとしたときだった。

石川技官は夕方には荷物をまとめて科警研に戻っていた。収穫もなければ報告書も書くことも制限されて、さぞ不満だったに違いない。

もっとも・・・警視庁から人間が来ていたなんてことは石川の記憶から消えていたが。

この手の作業はものの数秒もしないで終わってしまう。手慣れたもんだった。

零課のことはなるべく公表しない、非公開でいくということを考えると当然なのだろうと瑞希は思っていた。

 

「我々はこれで東京に帰らせていただきます。捜査指揮をこちらが執ると言いながらもそのまま放置して特に問題ありません。

実害も確認されないようですので・・・。お二人の警察官に対しても県警の裁量で拘束を解いてもかまいません。

しばらくすれば警察庁の方からもそのような書面が届くと思います。失礼します」

 

瑞希達心霊犯捜査係と白猫のお化け一匹は監察官室の電気が煌々と輝いているのを不審に思いながらも部屋を辞するポーズをとることにした。

宮前警視の記憶を消すためにちょっと桜木が空中を舞っているのは零課の人間しかわからない。

この部屋を瑞希達が出た後はきれいさっぱりと宮前の記憶から零課のことがでてくることはなかった。

残っている記憶とすれば、書類から思い出される警視庁の刑事がここに来たということだけだった。

もちろん、誰がきたなんてことは不鮮明な記憶から思い出すことはできないだろう。

 

「あの・・・ちょっと・・・・」

 

意外にも瑞希達の背中に宮前の気弱な声が届いた。瑞希達も振り返り宮前を見た。

桜木も記憶を消すのを待った。瑞希も視線で桜木に待つよう言っていた。

つい数秒前までは送り出してくれそうな雰囲気の宮前だったのに今はなにか言いたい表情だった











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