「おい、どうして居なくなるんだ!」
「わかりません、朝の点検で・・・。夜には係が確認してます」
「それじゃ、歩いて逃げ出したって言うのか!」
「そんなことは・・・しかし・・・」
「いったい何処に消えたっていうんだ・・・」
「署長や県警本部への報告は・・・」
「しない訳には・・・・・・・・・いや・・・待て・・・」
警視庁捜査零課事件簿「消えた遺体」
捜査零課長の素喜多警視正はロッカーからコートを取り出し、袖を通す。
最近は事件も少なく定時とまではいかないが比較的早い時間で退庁していたこともあり、足取りも軽い。
「じゃ、おつかれさま〜」
捜査員達が詰めているオフィスに顔を出して地上への階段を上る。
師走が近づいているということもあり、寒さが厳しくなってくる。
一週間が始まったばかりで景気づけにとどこかへ寄って身体を温めてから帰宅しようか。
そんなことを思いながら代々木署の正面玄関を出て、初台の駅へ向おうと左へ歩き始めた時だった。
「課長、待ってください」
後ろから声がかかる。すぐに感づいた。溜息をして振り返る。
「課長、刑事部長から呼び出しがありました。運転するので急いで乗ってください」
素喜多を追ってきたのは特科車両係長の炭焼警部補だった。
彼の運転する車はパトライトを煌々と照らし桜田門へと移動した。
その車中で警部補から特殊車両の早急な配備をと急かされたことは言うまでもない。
しかし、これから刑事部長に会ってどんな無理難題を言われるかと思うと、炭焼からの話も右から左の素喜多だった。
本庁の刑事部長室。ここに入る時はいつも気が重い。
事件への出動やらは零課本部の電話等からの指示により命じられる場合が多いが、
こうして刑事部長から直々に話を聞く場合には決まって大事になってからだった。
予感は扉をくぐることによって現実のものとなってしまった。
刑事部長はソファーに座り、素喜多の到着を待っていた。
ソファーにはもう一人、来客が座っていた。後ろ姿でわかるのだが正面を見るまで認めたくなかった。
来客はこちらへと顔を向け手でこちらへと招いた。
その来客とは警視庁の公安部長だった。
公安部長は親しげな風を装って素喜多に話しかける。
「まぁ、課長、こっちにきて少々話に付き合ってくれ」
ここは刑事部長室。なのにこの行動。この人のこういう親しさは好きになれないと素喜多は思っていた。
なにをするにもあまり好きになれない。生理的嫌悪感とも言うべきか。しかしいつまで経っても話は進まない。
刑事部長室のソファーに座ると公安部長は早速とばかりに捜査資料の束を素喜多に手渡しながら話した。
「この事件は・・・」
事件の概要はこうだった。
事件自体は強盗殺人として二週間ほど前に特捜本部が署内に設置され、現在も捜査が行われている重大事件。
遺体は19歳の女性。静岡県富士宮署管内で発生した事件だった。
被害者は富士宮駅着の最終電車から降りて家路へと向っている最中、
後ろから何者かがスクーターらしき乗り物で忍び寄り、肩にかけていたショルダーバッグを奪おうとした。
しかし、女性が抵抗したために犯人は逆上しナイフのようなもので女性の腹部を刺し、バッグを奪い逃走した。
この光景をはるか後方から歩いていた同じ電車だった乗客が目撃し警察へと通報した。
彼女が救急車に乗せられ病院へと運ばれる頃には彼女は出血多量で意識不明に陥っており、
その数時間後彼女は病院で息を引き取った。遺体は検死を受けて富士宮署の霊安室にて安置されていた。
スクーターらしき物のナンバーは隠されており、現在捜査本部で犯人の行方を追っていた。
ページを数枚めくり素喜多は一言だけ感想を漏らした。
「特に我々が関わる事件とも思えませんが?」
公安部長はこのコメントも織り込み済みとばかり話を進めた。
「まぁまぁ課長、話はここからなんだよ」
と、前置きをして話し始めた。ここからは渡された捜査資料には載っていないことだった。
「その検死を終えた被害者の遺体が霊安室から突如消えたんだよ。
それだけでも不可解な話なのに、
霊安室に置いてあった遺体とは別の遺体らしき物体が霊安室には置いてあった。
早い話、遺体がすり替えられていた。
すり替えられて新たに置いてあった遺体は事件の被害者と同年齢らしき女性で目立った外傷もなかった。
この遺体も検死へと回された。メスを入れて調べた結果・・・」
珍しく一気にまくし立てるように話したと思ったら、テーブルの上にあったコーヒーに口を付けた。
一息つくとまた話し始めた。
「外側から見た彼女の遺体は被害者と同じくらいの年齢かと思われていたんだが、
身体の内部を見るとその彼女の体細胞はミイラ化されていて300年ほど前のものだとわかった。
それだけじゃない・・・その体細胞の他にも身体のあちこちに金属が埋め込まれていている上に、
身体の喉元から足の付け根まで身体の内臓器官は抜き取られ、
金属板が身体の切り取った部位にはまるようにはめ込まれるように埋まっていたという・・・」
また、一気に話すと溜息をついて、コーヒーに口を付けた。
今度は飲む時にすするような音を立てて飲んだ。こういうデリカシーの無さ、どうにかならぬものだろうかと素喜多は思う。
しかし、今は黙って聞いているだけだった。
「見慣れぬ金属片とミイラ・・・いや、外見はしばらく前まで生きていたかのような生体反応。
場所が場所だから、例の宗教団体とも関連があるのかと静岡県警は警視庁公安部に照会を求めてきた。
我々もそんな話は初耳だった。例の団体でこんな人体実験をやって・・・人造人間でも作るつもりだったのだろうか。
宗教団体以外でもこのような殺人があったかと、捜査一課に照会してみたというわけだ。
そしたら、刑事部長より、もしかしたら捜査零課がこのような事件を扱ったことがあるという返事をもらってね。
どうだね課長、この事件君に心当たりはあるかね。そもそもが君たちの部署はなにを捜査するための部署なのかね」
じっと話を聞いていた素喜多が口を開く。
「我々の捜査対象についてはお答え出来ません。ノーコメントとさせて頂きます。
そして・・・この替わりに置いてある遺体、この手口については心当たりがないわけではありません」
「そうか!さすが警視庁刑事部。して・・・これは誰の仕業かね、どんなグループの手口なのかね」
「それについてもお答え出来ません。この事件を我々の管轄に移して貰わない限り捜査は開始しません」
公安部長は表情を一変させて立ち上がり声を荒げた。
「これは公安部の案件だ。君はさっさと犯人に関する情報を話すだけでいいんだ、若造が!」
「ならばこの話は無かったことにしましょう。若造は手を出しませんのでお好きにどうぞ。
静岡県警には照会に関して合致情報ナシと答えればよろしいでしょう。
もしくは・・・遺体に聞いてみられては?」
素喜多は一度言葉を区切ると一拍おいてゆっくりと公安部長に話しかけた。
「それとも・・・公安部にはなにかこの事件で捜査の指揮を執りたい理由でも?
例の宗教団体に対してこれを突破口になにか調べたいおつもりで?
もしくは・・・我々が捜査をすると何か困ることでも?」
一癖も二癖もある零課の面々を束ねる素喜多。駆け引きの強さは半端ではない。
公安部長も観念したのか、ソファーに座り、コーヒーを一気にすすり、飲み干す。
大きな溜息をつくと観念したかのようにぽつりぽつりと口を開く。
先程の高ぶった表情は無い。
「いや、特に何があるというわけではない。どこの警察本部や警察庁もお手上げの状態。
ここで貸しを作るも良し。あるいは・・・・」
「あー・・・なるほど。そういうことですか。ここで点数を稼いで将来の昇進に・・・と」
「それは君には関係のない話だ」
憮然とした表情で答えるがその表情が素喜多の指摘が正しいことを現している。
「じゃ、遺体に直接聞いてみてください。犯人は誰なのかと」
「遺体にだって?遺体が話せるわけ無いじゃないか、バカにするのもいい加減にしろ!」
「そうですよね、なにせ『死人に口なし』ですからね」
それまでなにも口を出さなかった刑事部長が初めてアクションを起こした。
一回咳払いをしただけだったが効果はあったようだ。
「もういいだろう、素喜多課長。
公安部長どうでしょうか? この件を我々に任せてもらうというのは」
「・・・わかった。これは刑事部に任せよう。しかし・・・君たちにはわかるのかね?」
「えぇ、もちろんです。 謎は解けたよ、スカリー・・・な〜んて」
「フン、零課のお手並み拝見というところだな。刑事部長、邪魔したね」
怒った公安部長はそのまま部屋を出て行った。
刑事部長はソファーに座ったまま深い溜息をついて、素喜多の方へ顔をむける。
「課長、言いたいことはわからんでもない。しかし、我々は事件解決が第一だ。そのためには各部署との連携も必要なのでは?」
「確かにそうかもしれません。しかし、捜査はするな、情報はよこせ。これじゃウチの連中も納得いきません」
「うん、わかった。まぁ、これで零課の仕切になったんだ。がんばってくれ」
「はい、それでは」
と、刑事部長室を出て行く。駐車場では炭焼警部補が待機していた。時間にすると一時間かからない程度。
「課長、どうでしたか?」
「検死後の遺体が消えて、替わりに置いてあった遺体は300年ほど前の遺体。おまけに謎の金属片だって。困ったよね〜」
炭焼がエンジンをかける。
「今日は自宅の方へ向います?それとも本部へ戻ります?もしくは事件の所轄署に向いますか?」
「本部に戻ってくれ。事件の発生が静岡なんだよね・・・ちょっと遠いし。本部で調べ物したい」
本部に戻った時には間もなく20時になろうとしていた。扉を開けると異星人犯捜査係がまだ仕事をしていた。
「あれ?半田まだ仕事してたの?」
「おつかれさまでした。何言ってるんですか・・・今日は宿直ですよ。あー、そこの二人は残業させてますけどね。
この程度の仕事で何時間もかかって・・・こんなんじゃいつまで経っても終わりませんよ・・・
だからこの前ウチにきた新人を異動させないでくれって言ったじゃないですか」
そう答えたのは異星人犯捜査係の係長、半田警部。遅い夕食にとカレーヌードルを食べていた箸の示す先には残業中の
彼の部下であるkaji巡査長としーふーど巡査が机に向い黙々と書類を書いていた。
素喜多は二人に目をやると必死な形相だった。これじゃまだまだ終わりそうもない。
これじゃ確かに半田が言った通り新人を異動させるんじゃなかったと後悔した。
その新人は零課の適性があったものの容姿端麗ということで本庁の広報がかっさらってしまったのだった。
今の様子を見ると新人の異動を反対すべきだったと素喜多は思った。
「さてと、カレーも食べたしちょっと仮眠しますわ。二時間ほどしたら起こしてくれ」
「えー、22時ですかー。それじゃまた帰宅が午前様じゃないですか。」
「いやだったらいいけど・・・その二時間までに仕事終わるの?そんだったら帰ってもいいけど」
「う”・・・に、二時間後ですね」
「じゃ、決まりだな。では、課長軽く仮眠させてもらいます。」
言うが早いか半田は机に突っ伏したまま軽く寝息を立て始めた。この姿勢でも二時間仮眠できると言うから驚きである。
「課長、おかえりなさい。刑事部長はなにを?」
遠くの方から声がかかる。捜査部門を担当している零課の管理官、榊警視だった。
「榊さん、ちょうど良かった。刑事部長と話してきたんだが・・・」
先程の刑事部長室での一件を話した。
「う〜ん、遺体が霊安室から消えて、替わりに置いてあったのが江戸時代の死体で、さらに謎の金属片ですか?
この遺体が消えたことが被害者の事件と関わりがあるのかどうかというところから始まって、
さらになぜ消えたのか、そして、替わりに置いてある遺体と被害者との関連性・・・
遺体に聞いてみればいいんでしょうが、『死人に口なし』ですからね・・・」
「あー・・・ゴホンゴホン。榊さん、言い過ぎじゃないの?」
「こりゃ、どうも」
「しかし、疑問はまだまだある。金属片だって話を聞くところじゃ見た目は極薄のスチールらしいが、材質は地球外の物のようだし」
「そうなると、半田警部のところか・・・それに、静岡なんですよね?」
「うん、もしかしたら向こうで詰めて貰うことになるかもしれない。静岡県警には私から言っておくが・・・榊さん、行く?」
「この時期の富士は寒いから、よしときます。半田に現地でがんばってもらいます」
「そう・・・さっそく明日話して明後日には静岡に飛んでもらうようにしてもらおう」
「大丈夫ですかね・・・そんな300年前の遺体の謎なんて・・・」
「さぁどうだろうね。他の部署でもお手上げだったんだ。ウチでやるしかないだろう」
「静岡県警はどうやってケリつけるつもりなんですかね?」
「内々で処理しちゃうつもりだったんじゃないかな?遺体もこのアヤシイ遺体を遺族に渡しちゃって・・・」
「遺体の話自体存在しないようにしちゃうんですか?でも、ウチらに捜査権が移ったとなると・・・」
「いくら闇に葬られるとは言え、間違いなく我々に冷たい視線が注がれるな。半田警部もやりにくいだろうな」
「さ、そうなるとこっちは明日からの出張についての手配をしないと・・・これから課長はどうされます?」
「もうそろそろ帰ろうかな。どこかに寄ろうと思っていたけども今日はこのまま帰宅するとしよう」
課長は帰宅ということで荷物をまとめて零課を出て行った。
一方、榊は異星人犯捜査係が出張するための手配にこれから忙しくなるところだった。
時間が22時にそろそろなろうかというころだった。
榊が異星人犯捜査係の二人のところにやってきた。二人ともまだまだ仕事はかかりそうな様子だった。
机の上にかじりつき未だに書類と格闘している。
「さっきの話、聞こえていたと思うけど明後日には出発してもらう、それまでに仕事は終わらせておけよ」
「明日には出発しますよ」
会話を聞いていたのだろう。半田が顔を上げてこちらに向いてる。
「聞こえてた?」
榊の言葉にゆっくりと立ち上がり部屋の片隅に置いてあるコーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注いで一口飲む。
「えぇ、地球外ってこと聞こえて。なんか気になって・・・・・・う、コーヒー苦い・・・」
半田をはじめとするずぼらな男性陣しか残っていなかったからだろう。
相当に煮詰まっていたコーヒーを水で薄めてしかめっ面で飲む。
「ほれ、聞こえたろ?明日から静岡に泊まり込みだ。今日はもう上がって荷物作っておけ。
それと・・・普通の荷物の別に二日くらいのハイキング道具も用意しておけ、命令だ」
半田は自分の係の二人に声をかけた。二人は手早く机の仕事をしまうとあっというまに帰っていった。
「あれ?半田は今日帰らなくていいの?明日出発って言うのに。なんだったら宿直変わろうか?」
「大丈夫ですよ、ロッカーの中に長期出張用の荷物は既にできてますんで」
「そう。それならば、事件の概要を説明するから」
半田の机の上で簡単な説明が始まった。それをあらかた聞いた半田の最初の一言は
「『死人に口なし』ですね。これが遺体に話を直接聞けたら話は早いし、事件も早期解決になろうというのに・・・」
「おいおい半田、ホトケさんに対してそりゃ言い過ぎじゃないのかい?」
「すいません、でも・・・この手口、誰の犯行かはわかってます。
人の死体にこうして改造して金属片をはめ込むのは地球に飛来してくる異星人の中で今は一種類しか居ない」
「それはよかった。事件解決の糸口は既に見つかっているな。で、どこの星の連中なんだい?」
「ユニウス星人と呼ばれている連中です。彼らは身長三十センチほどしかありませんし、元々は地球での環境に適応出来る種族ではありません。
そのために、人間の身体にメスを入れて臓器を取り出し自分たちが入るスペースを作り、動かすための金属片を入れる」
「確か・・・そいつらって人を殺さないはずだよな?」
「はい、その通りです。ユニウス星人は地球人とは友好的な種族ですし、元々生き物を殺さない種族です。
調べてみなければわかりませんが、恐らく、この富士での強盗殺人と遺体の交換はまったく別の事件でしょう」
「わかった。では、静岡県警には遺体交換の捜査は我々が行い、強盗殺人の捜査は引き続き県警の方にお願いするとしよう」

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