「いやさぁ、夜中2時だったかな・・・浄水場ですごい音がして家族みんなで起きちゃったよ」

「なんか鉄橋の方らしいんだけど、すごい音がしてまた鉄道事故が起こったのかと思ったわ」

「夜中にあんな大きな音がして、近所の人みんなであの工事現場で何かあったかと話してたんですよ」



警視庁捜査零課事件簿「見守る人



「やっぱりなにかの計測ミスだったんじゃないんですかね?」

一人の警察の制服姿の男が声を発する。

「う〜ん」

スーツ姿の短髪の男は制服警官の男の言葉にうなっただけだった。

「NASDAだって間違えますよ、きっと」

別の男がスーツの男に声をかける。

「う〜ん」

スーツの男はまたうなっただけだった。
三人の男は自分たちが乗ってきた車の前で止まった。先頭を歩いていたスーツの男が止まったからだった。

「どうしたんです?係長、帰らないんですか?」

制服姿の男、捜査零課異星人犯捜査係のkaji巡査長が話した。
kajiが声をかけた相手は係長、すなわち捜査零課異星人犯捜査係の係長をしている半田警部にだった。

「結局、数日こうやってこの近辺を探していても収穫無いんです、やっぱり無かったんですよ」

別の男・・・カメラマン風な服装をしているしーふーど巡査も半田に声をかける。

「う〜ん」

半田のうなりももっともだった。
事の発端は四日前に遡る葛飾区の金町から新宿、水元の範囲に隕石が落下するという計算をNASDAが弾きだした。
大きさは不明なものの被害が極局地的なもののであろうという試算のために無用なパニックを避けるために政府は報道を避けた。
そのため、詳細も知らされず、付近の消防警察が最大規模の待機をしていたという。
後になって知らされたが防衛庁も陸上自衛隊を中心に災害派遣待機していたというのだ。
しかしながら弾き出した地点に落下はしたらしいのだが、被害があまりに局地的すぎてわからないということになってしまっていた。
この近辺を管轄している亀有警察署は地域課を中心に機動隊の応援を仰ぎ被害の把握に努めていた。
そのこととは別に零課はその隕石落下によって異星人が日本に入ってきたりしないかということで捜査していた。
事件発生から四日。被害があれば、申し出てもよさそうなものなのに被害届や警察に相談がくることはなかった。
落下したと思われる時間、音がしたというのだが、真夜中の二時と言うこともあり場所はあいまいで不明のままだった。
音がしたという新宿地域に絞り込みを行い検索しているというのだが、成果は上がらなかった。
この四日近辺を捜査している異星人犯捜査係の二人もミスということで済ませたい様子だった。

「間違いってことになると・・・今度は大変だぞ。落ちたと予想される範囲を拡大しての捜索になると・・・コトだぞ。
 探知機にも反応無いし。・・・これじゃ本当に範囲を広げるしかないのか・・・」

ようやくうなり声以外の言葉を発する半田。その声はため息混じりで弱々しく、二人の考えに同調しているようにも見える。
一応、零課には地球外の物質に反応するような探知機もあるのだが、予算の都合、精度が高いものではなく気休め程度だった。
対策本部が置かれている亀有警察署に一度戻ろうというkajiやしーふーどの意見を聞き入れ、
釈然としないながらも移動をしようとしていたのだった。
もちろん、風当たりの強い零課には本庁の捜査零課からという偉い扱いは存在せず、立ち寄って情報をもらうという程度ではあったが。

車の扉を掴みドアを開けようとしたときだった。半田の目の前に大きな建物が目に入った。

「あー・・・南金町中学校か・・・なんか懐かしいな・・・そうだよな・・・ここ金町だもんな」

ぼんやりとその小学校の建物を見ている半田を不思議と思ったkajiが声をかける。

「どうしました?この小学校の検索は・・・あれ?あれ?・・・係長!」

kajiは語尾を大声で叫んだ。その声で我返った半田はkajiに何事かと問いかけた。

「係長、ここの中学校の状況把握、どこの組も行ってないはずです!」

「え!?どうして・・・最初の区分けの時に7組目が行くって手はずじゃなかったっけ?」

「それが・・・7組に同行する本庁の刑事が『学校に警察官が行くのははばかられる』って言い出して・・・」

「あちゃー・・・そういえばそんなこと言いだしたもんだから誰も名乗りでなかったんだよな・・・
 仕方ない。本部に連絡入れて、誰も行ってないことを確認したら俺たちが行くぞ。kaji、本部に問い合わせ」

kajiが無線機から本部に問い合わせをしている間、しーふーどにボソッとつぶやくように半田はしゃべった。

「ここ・・・俺の母校なんだよね・・・・・・」

「そうなんですか?」

「もう何年前だろうか・・・」

卒業年度を考えるのも面倒臭そうに返事を返す。まだ10時にならない時刻だが気温が高く、6月というのに夏日となっていた。

「本当はウチらって遊軍で好き勝手動けるはずなんだけどな・・・」

ボヤき混じりに半田は話すとそのまま学校の入り口の方へ向かっていった。

「こんなに小さかったっけかなぁ・・・中学生の頃ってもっと大きいって感覚だったけどなぁ」

校庭が見渡せる門の外から中をのぞき込む。その小ささに半田が素直な感想を漏らす。
不意に大きな声が浴びせられた。

「そこで何をしている!」

そこには用務員と思われる老人がさすまたをもってやってきていた。
いつの間にかさすまたをかまえている。砂利の校庭を静かに歩き、
さすまたなんて普段から持っているワケじゃないだろうから老人とは思えない身のこなしだった。
その老人はさすまた先をこちらに向けている。明らかに我々を不審者と見ているのだろう。

「係長、本部からは我々でやってくれとのことです」

kajiが遠くから声をかけながら走ってきた。そのkajiが目にした光景は自分の上司と後輩がさすまたで威嚇されている姿だった。

「係長、何してるんです?本部からは我々にやってほしいと言ってきてるんですけど・・・入らないんですか?」

「おわかりいただけたと思いますが、我々は警察の者です。少々伺いたいことがあってやってきました」

威嚇されながらも半田としーふーどは胸から警察手帳を広げて自らの身分を証明した。
kajiが制服姿じゃなかったらややこしくなっていたのは明白だった。

警察手帳を見た老人が大声を出した。

「半田・・・???・・・あ・・・あの半田か?」

「あれ?もしかして・・・用務員のオジサン?」

今度は半田が大声を出す番だった。

状況を飲み込めてないkajiとしーふーどはあっけにとられているだけだった。


廊下を歩きながら用務員は大声で笑っていた。首からは名札がかけられていた。
南金町中学校用務員 阿字秀彦と大きく書いてある。

すれ違う先生も同じような名札を首からかけていた。

「今・・・みんな名札なんて付けているんですね」

「学校に不審者が入るようになってから学校の警備が厳しくなってね。学生は制服と名札で判別。
 大人も名札を付けて歩くようになってる。名札の無い者は不審者とわかるようにね」

「物騒になったんですね。俺が中学生の頃はこんなの全然無かったのに・・・」

「そうだな・・・しかし・・・ハッハ!・・・あの時の半田君が警察官とは・・・」

「覚えているんですか?」

「ワシャ、子供好きだからな。本来ならばお役御免なんだが・・・ホレ」

と阿字が指さした先にはセンサーが取り付けられてあった。

「機械警備になってるんだが、どうしても子供達のそばで働きたいんでな。
 昼間だけじゃなくて、お願いして夜もここで寝泊まりさせてもらってる。
 ほれ、付き添う必要はないだろうが、念のためにな。君たちが不審者じゃないって思ってもらうためにはな」

阿字は職員室まで付いてきてくれた。そこで校長に面会を申し入れた。すぐに通され校長と会話が始まった。
もちろん、話せることと話せないことの区別はつけていた。

「この数日、学校の施設が壊されたりしていたということはありますか?」

「急にそんなことを言われても・・・いったいどうしたんですか?何か事件でも?」

「はい、この近辺で何か大きな音があったと通報がありまして。それで今この近所に聞き込みをしていまして。
 なにか学校の・・・窓ガラスなり、床なりが壊れていると言うことはありませんか?」

「う〜ん・・・そういうことですと・・・校舎の維持管理は阿字さんにまかせっぱなしだから・・・」

と、校長は席を立ち、続き部屋となっている職員室で待っていた阿字を呼んだ。
用件を聞いた阿字は答えた。

「ここ数日ですと・・・屋上の窓ガラスが割れていたというところでしょうか。危ないので既にガラスは交換していますが・・・。
 でも、ここ数日のうちに壊されているのはその屋上の窓ガラスだけで、他の場所には特になにか壊されていたということは無いかと。
 ガラスは強化ガラスなんで壊れることはないと思っていたんですが・・・警察の方で探していることと関係ありますかね?」

「どうでしょうか・・・実際にその現場見せていただけますか?」

校長に礼を言い、阿字と異星人犯捜査の3人は屋上にやってきた。授業で屋上を使っていないためかカギがかかっていた。
出入口は1カ所。1メートル四方の強化ガラスらしき窓ガラスは既にはめられていた。
飛び散ったかもしれないガラスも阿字が片付けたのだろうか、落ちていなかった。
一応、カギを開けてもらい屋上と踊り場両方の簡単な現場検証を始めた。

「じゃ、二人とも取りかかってくれ」

kajiとしーふーどをその場で作業にかからせた。半田は阿字を伴って屋上から下がった。
二人の作業を阿字に見せたくないための手法だった。

「カギは毎日?」

「あぁ。部活動では顧問の先生も安全管理できないもんだから、授業で使う場合のみ開けるようにしている。
 先生から言われてワシが事前に開けるようにしてる。屋上でタバコ吸って・・・ってテレビのようにはいかないさ。
 それでも、なにかあったら困るから生徒が帰ってからの見回りで点検をして、
 開門前の見回りの時にもう一度点検するようにしている。
 あの日・・・カギは閉まっていたのだが、ガラスだけが割られていたんで・・・
 とりあえず、全部の門を開けてそれから片付けに来た。門のカギは全てかけられていた。
 屋上だけじゃない。正門も裏門も通用門も・・・。侵入センサーも反応してない。警備会社に問い合わせればわかる」

「ガラス・・・何で割れたかわかりますか?」

「いんや。入口はここだけだだが・・・この屋上への扉を開けて見たが誰もおらんかった。
 隠れて残っていた生徒が悪さして石とかぶつけて割ったかもしれんとしか思ってなかった。
 それでもあのガラスが割れるとは思わんかったが・・・なにか原因でもあるんかい?」

「いや・・・原因はまだ不明なんですが大きな音がしたということで、調査してまして。
 もしかしたら上空から何かが落ちてきたのかもしれないということで・・・」

「ほー・・・じゃぁ、ニュースでやっていたような、飛行機の部品でも落ちたとでも言うのかね?」

「そういうことも含めて調査中でして。そういう部品とか落ちてましたか?」

「う〜ん・・・そんなの無かったと思うけども・・・」

話をなるべくぼかして話しているうちに航空機の部品落下ではないかという方面に落ち着かせていった。
これで隕石なんて話してもなかなか受け入れてもらえなかっただろう。
強化ガラスの様子からすると、相当強固な作りのようだ。隕石がここに落ちて穴を開けたと見て間違いないかもしれない。
半田はそんな感想を抱いた。現段階では奇跡的にけが人等が出ていない。これはこれで喜ばしいことだった。
これが民家に落ちていたり、部活動中に落ちていたらいったいどうなっていたかと思うとゾッとする。
後の詳しいことは上で調査している二人にまかせるとして半田は世間話に興じた。

「阿字さん・・・まだ学校で用務員続けられてたのですね」

「あぁ・・・どうしても用務員として一生を終えたかったからなぁ・・・」

「子供、好きなんですね」

「うん・・・まぁ・・・なんだ。うちは最後まで子供に恵まれなかったからな・・・」

「すいません・・・」

「いや、謝ることじゃない。知らなかったんだ。女房にも先立たれたからな・・・
 後はこの学校で働くことがワシの最後の望みだ。校長はそれを許してくれた。学校に奉公できて幸せじゃよ」

「そうですか・・・」

「まぁ、近頃は仕事している昼間はシャキッとしてるんだが・・・夜はすぐに眠くなってな・・・
 先生達が帰って、見回りをしたらバタンキューじゃ。何にも覚えてない。
 気がついたら既に仕事をしておる・・・ワシも年なのかもしれないのぉ」

「・・・・・・いやいや、仕事に誇り持ってるからやれてるんですよ。まだまだがんばってください」

「何を言っておるかね。あの半田君が警察官とは・・・君こそがんばらなきゃいけないだろう。
 この世は犯罪で満ちあふれている。もっと警察にはがんばってもらわないと・・・ハッハッ」

「そうですね、我々もこれからもっとがんばって犯罪のない世の中にしなくちゃいけませんね、がんばります」

「そうじゃ、その意気じゃ」

「係長、終わりました」

頃合いを見計らったかのように現場検証していた二人が降りてきた。しかし、二人の表情は険しかった。
その表情を感じ取った半田は、阿字と別れ、下に止めてある車まで戻った。
途中、職員室や校長室に立ち寄り、礼を言い、またこれからも捜査で来るかもしれないと言うことを伝えておいた。

「で、二人とも・・・どうした?なにかあったか?」

「それが・・・ちょっと・・・」

「ちょっとじゃわからない、ハッキリと言えよ」

「はい・・・実は・・・
 窓ガラスが割れたというのは恐らく本当でしょう。回収しきれていないガラス片がいくつかありました。
 隕石のかけららしき物も採取することができました。生命体を感じ取ることができなかったので、
 本当に隕石だったと思われます。 また、今はまっているガラスと同じ物が割れたとすると相当強力な圧力でないと割れないことから、
 隕石が窓に落ちたというのはほぼ間違いないでしょう。NASDAの観測では個体1つということですので、
 大気圏に入ったときに削り取られて残ったほんのヘルメットくらいの大きさ程度の隕石がちょうど・・・」

「そうか・・・しかし・・・メットくらいの大きさでよくも枠に当たらずに・・・他の場所の調査は他にまかせるとして・・・
 生命反応も無いんだな?じゃぁ、たぶん・・・他の隕石にも反応は出なさそうだな。後は所轄に任せて俺たちはお開きでOKってわけだ?」

「いや・・・それが・・・ちょっと・・・そうもいかないような、いくような・・・」

「なんだよ?歯切れ悪いな・・・」

「実はですね・・・取り替えてあるものの、取り替えた人間がわからないんですよね・・・」

「どうして?あの阿字さんじゃないのか?本人もそう言ってるじゃないか」

報告をkajiがしているものの、だんだん不思議な方向に進んでいったことで半田は首をかしげるばかりだった。

「はい、窓ガラスや石の破片が落ちているものの、それを片付けた足跡が無いんですよ。
 異星人の足取りが無いかというので床の全ての足跡を調べても、数日前の足跡というのが無いんです。
 生徒の足跡が無いというならば、屋上に上がってこなかったということもありますが・・・
 話、聞こえてましたが、毎日見回りに来るというのであれば昨日や今日の朝の足跡もあるかもしれないと思ってるんですが、
 踊り場にすら足跡はありませんでした。遠くから目視で確認してると言えばわからんでもないのですが。
 屋上の鍵とかを預かってる阿字さんが見回らないはずは無いと思うし・・・あぁいう感じの人ならば、
 目視じゃなくて、実際に見に行きそうな人ですし。何よりも片付けたときに足跡が付くと思うんですよね・・・。
 回収したガラス片や石にも踏まれたような痕跡は無かったですし」

「そんな・・・阿字さんが宙に浮いて片付けたとでも言うのか?バカバカしい・・・」

と、半田は笑い飛ばそうとして、軽く笑ったがkajiやしーふーどの表情で笑いをやめた。
これが零課の人間じゃなかったら「気が触れてる」「おかしい」「ありえない」ということで済ませられたが、
超常現象や怪奇現象、これまで様々な事柄を扱ってきた零課でこの手の事件は多数見てきた。
二人が冗談で言ってなければ、これは零課の領分となる事件となりそうだった。

「本当なのか?あの阿字さんの足がないのか?さっき見たときは足があったぞ・・・」

「えぇ、ですけども・・・隕石やガラス片を片付けた割にはほこりがあったり・・・なんかおかしいんですよね」

しーふーどがkajiに追従するように発言する。半田もこの二人が冗談を言ってるなんて思ってもいない。

「そうか・・・で、阿字さんが異星人に乗っ取られていたり、あれ自体が異星人という可能性は?」

「それはたぶんですけど無いと思います。私は何も感じませんでしたから」

と、kajiが自信たっぷりに答えた。kaji自身が宇宙人であり、地球外の物に対しては敏感にわかる体質。
これによって、探知機は装備更新されることなく、ごく近距離までkajiを連れて行けばわかるということで、今まですませてきていた。
半田もしーふーどもそれを疑ったことはない。今度もkajiの言うとおりなのだろう。

「う〜ん・・・とすると・・・阿字さんが既に幽霊となっている可能性があるということか・・・」

「零課に戻って心霊犯捜査係にお願いしますか?」

kajiが進言したが、半田はまだ確証を得られていないからか難色を示した。

「う〜ん・・・まだ瑞希さん達にお願いする必要もないんじゃないのかな?犯罪が起きたわけでもないことだし。
 それにな・・・俺・・・まだ信じられないんだよな。あの阿字さんが幽霊だなんて・・・
 とりあえずは・・・kaji、車出してくれ。零課に戻るぞ」

釈然としない半田を乗せて車は代々木署捜査零課へと向かっていった。
その車中で半田は昔を思い出していた。学生服を着て鞄を持って中学校へ通っていた日々。
ちょっと人と違う力を持ってると自覚してしまい悩んだ日々。
ふて腐れて授業に出ない時もあったがそんな時に限って阿字さんに見つかって我が子のように厳しく怒られた日々。
卒業式の日、多くの人間が阿字さんにも礼を言って学校を去る。阿字さんも自らのことのように泣いて喜んで送り出してくれたあの日。
この力を生かして零課で係長として務めている今・・・
もしかしたら、あの人が怒ってくれなかったら違う道を進んでいたかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えていた。

「係長、着きましたよ」

半田はしーふーどに呼ばれた。車は既に代々木署の駐車スペースに置かれてエンジンも停止していた。
半田は重い足取りで地下へと吸い込まれていった。

「と、まぁ・・・そういう感じでして・・・」

半田は歯切れの悪い報告を榊管理官にしていた。
傍らには本庁での会議で不在の課長に代わり香庵理事官も同席していた。

「困るじゃないか!半田君、こんな報告では・・・まったく!」

「なんだ・・・ずいぶんな報告だし・・・歯切れ悪いね」

榊も香庵も明らかに不服そうな表情だった。恐らくkajiやしーふーどがこんな報告をしていたら半田も怒っていたに違いない。

「えぇ、そりゃまぁ・・・
 元々あの地域で宇宙人の存在があるかなしかの捜査だったのがひょんなことから心霊捜査になりそうなわけですし。
 心霊捜査になったらうちらはもう門外漢ですから」

「半田の感触はどうなの?」

「昼間会ったその阿字という人は・・・幽霊とは思えなかったですけどねぇ・・・足もありましたし。
まあ、私が感じることができないからかもしれませんが」

「足がなけりゃ幽霊、あれば人間っていう分け方ができないのは半田君も知ってるはずだろう。で、もしも幽霊だった場合は?」

「そりゃ、瑞希警部にお任せします。ただ・・・その・・・」

「何?何かあるの?」

零課の人間が口ごもってから上に何か頼み事をする場合は大事を頼む場合が多い。
元々、ハキハキとした人間が多い中で口ごもる場合が少ない。
今回も内容は無茶なものだった。

「交代してお任せする前に自分で確信したいんですよ。幽霊かどうか。まだ16時。これから学校へ向かって阿字と少し話をしてみたいのですが
・・・」

「話?自縛霊ならばともかく、怪しまれて逃げられたり、怒らせて悪霊になったらどうするつもりかね?」

いつになく強硬な姿勢で香庵は言った。普段は香庵をなだめて好き勝手させてくれる榊も今回は首を縦に振らなかった。

「許可できないなぁ!幽霊だった場合、それは説得になってくるわけで・・・半田、霊を感じる力も弱いのに交渉なんてなぁ・・・」

「いや、やってみたら?これで自分の力を試すも良し、限界を知るも良し、何事も経験だからさ」

遠くの方から声が飛ぶ。鞄を片手に扉を開けて入ってきた素喜多課長だった。

「良いんですか?ありがとうございます!」

言うが早いか半田は荷物をまとめて零課を飛び出し階段を駆け上っていってしまった。

「あーぁ、行っちゃった・・・じゃ、瑞希警部、悪いんだけど追ってくれる?」

「へ?」

我関せずと自分のデスクで仕事をしていた心霊犯捜査係係長の瑞希警部がすっとんきょうな声を上げた。

「いや、『へ?』じゃなくて。みんなの心配はもっともだし。報告してたみたいだけど、どうみても幽霊でしょ・・・」

「それならばなぜOK出しちゃったんですか?課長」

荷物を置きながら上着を脱いで少々ラフな格好になっている素喜多に榊が怪訝そうな表情で話しかけた。
香庵は不満そうにブツブツ言いながらも課長の判断だからと自分のデスクに戻り仕事を始めていた。

「いやさぁ・・・かわいい子には旅をさせよっていうじゃない?それですよ・・・それ。
 これから夏が近づいて、霊の事件が多発するってワケだから異星人犯捜査係も余力があれば回したいワケですよ・・・。
 少しでも捜査の手は欲しいですからね。だからって半田が失敗して事件が大きくなるのは防ぎたい。
 幽霊事件の経験値を積んで欲しい、こういうところですかね〜。半田にも現実を見て欲しかったですし」

と、本気とも冗談ともつかない口調で話した。結局、高度な専門知識と適性が必要ということで
極端に人手が足りない捜査零課では、専門外の捜査の手伝いもしないと続々と発生する事件に対応できないのである。
素喜多としては霊との接触を多くして少しでも霊感を高めて欲しい腹づもりなようだった。

「はいはい、わかりました・・・そういうことであればなるべくこっそりと行きますんで。
 どうしますか?最終的に除霊はしますか?」

「いや・・・特に害が出ないようであればそのまま用務員の仕事させてあげて。それじゃよろしく〜」

ふーっとため息をついてから瑞希は席を立ち零課をあとにした。



半田は日本橋に寄り、羊羹を買い葛飾へと向かっていった。
学校の通用門からインターホンを鳴らそうとする前に午前中に職員室で我々のことを見ていたのだろう。
男性教師が通用門を開けてくれ、名札を貸してくれた。

「ありがとうございます、用務員の阿字さんは今、どちらに?」

「阿字さんですか?あの人は仕事熱心ですからね。先程校舎の裏の花壇で水まきしてましたよ」

「そうですか。阿字さんって普段はどうしてるんですかご存じですか?」

「う〜ん・・・普段と言ってもここで一緒に仕事してるしか知りませんが、まじめでコツコツと仕事されてますし。
 生徒のことを相当気にかけてる様子ですね。用務員というよりも、祖父って視線を生徒にしてる時もあります。
 子供が好きなんですかね。しかし・・・阿字さんに何かあったんですか?」

「いや・・・私もここの卒業生でして。今回こうして母校に来たのも縁と思って。当時お世話になった阿字さんに・・・」

「なるほどなるほど。昔から阿字さんってあのような感じだったんですかー・・・」

と、教師も納得した様子で、それではと去っていった。半田も校舎に入り、教えてもらった裏庭へと向かった。
裏庭では阿字がまだ水まきをしていた。

「おー、半田君。また何かあったかね?水まき終わったら、生徒が帰るまで特になにもないから。ちょっと用務員室で待っててや」

声をかけられた半田は裏庭を出た。しかし、用務員室に行かず裏庭へ出るための扉のところで待っていた。
裏庭自体が囲まれた場所にあり、この扉を通らないと校舎に戻れない配置だった。
水道の音が止み、ホースらしき物をたたむ音、扉の庭側にある物置に物をしまう音がした。
その音が止み、扉を開けて阿字が入ってくるだろうと待っていた半田は、それから10分以上待つことになってしまった。
しばらくたっても扉が開く気配が無いからと扉を開けてみたものの、水まきに使っていた物は片付けられた様子で、
それを使って仕事をしていた阿字はどこかへ消えてしまっていた。半田は唖然とするしかなかった。

「どうしたかね?用務員室の場所もわからなくなったかね?」

背後から声がかかる。半田が振り返ると阿字が立っていた。

「あれ?どう・・・どうやって裏庭から出ました?私、ここで待ってたんですが・・・」

「なーに言ってるかね。さっき荷物片付けて入ってきたじゃないかね」

と阿字はすたすたと歩いて先に行ってしまった。用務員室は通用門の近くにあり、二人で入っていった。

「あと・・・1時間くらいすれば先生も帰ると思うがが・・・どうしたかね?何かあったかね?」

「今日来て、なんか久しぶりだったんでちょっと顔出しに来ただけですよ。これ・・・羊羹です」

差し出した羊羹。阿字は受け取ると早速とばかり包みを開け、二人分を切り分けた。
羊羹を入れた皿の1つ差し出された。その時半田は阿字の腕を握ることもできただろうが、できなかった。
ここで握って、阿字の腕をすり抜けてしまうのが怖かった。皿を受け取り、急須で入れてくれた茶も受け取った。
そこからは世間話に興じていた。今の学校の様子、生徒の様子など。
話がノって来たところだった。

「お疲れ様でした」

と、女性教師らしき人物が用務員室にやってきた。手にはカギらしき物が握られていた。
阿字はそれを受け取り、なにやら帳簿に記録した。女性教師はそれを見届けると通用口から出て行った。

「さてと、全部のカギが戻ってきたし・・・ちょっと見回り行ってくるから待っててや」

阿字は懐中電灯ぶら下げ、カギの束を片手に用務員室を出て行った。
半田は用務員室に一人となった。しばらく戻ってこないだろうと用務員室を見回した。
最近校舎を建て替えたというのは話で聞いたが、ここも新しくなったようで、
校舎の端にある通用門と用務員室。用務員室も機械警備に対応しているようで、
機械警備のセンサーのスイッチに机の上には内線電話の他に警備会社への直通電話。
部屋の奥には畳の小上がりがあって、畳の部屋には扉があり、そこがトイレとシャワーがあるようだった。
機械警備に切り替えてからは部屋にこもれるようになっていてセンサーが反応することは無いようになっている様子だ。

「あ・・・そういえば・・・足音・・・しなかったな・・・」

と、半田は一人でつぶやいた。半田もそろそろ「ひょっとしたら阿字さんは・・・」という思いが頭の中にはあったのかもしれない。
それを振り払うような思いで、後ろを振り返った。
先程まで小上がりのところに腰掛けていたのだが、畳の上のちゃぶ台に無造作においてある新聞を手に取ろうとした。
しかし、新聞は自分の手を通り抜けて机の上に置いてあるままだった。
ため息とともに確証を得たとばかりに半田は新聞の日付をのぞき込んだ。そして驚愕した。
年号に「昭和」と入っていた。この平成の世の中にあって昭和の新聞は明らかにおかしかった。
校舎はつい数年前に立て直したというのに昭和の新聞があるのが不自然だった。
次に半田はテレビのリモコンを手にした。今度は持ち上げることができた。
テレビに向かい電源を入れる。今度はテレビはついたものの、チャンネルもボリュームも変更できなかった。
ブラウン管には地元葛飾柴又の人情映画が流れ始めた。この時間帯どの局もこの映画を放映している予定は無かったはずだった。
最後に半田は机の上に置いてある機械警備のマニュアルを手に取った。
阿字は覚えが悪くて毎度毎度マニュアルを見ながら操作しないとなんて話していただけあり、わかる場所においてあった。
半田はマニュアル片手に用務員室入口左右のスイッチを入れた。
用務員室前の廊下張り付いている肉まんくらいの大きさのドームが赤く電源ランプを点した。
これで機器が正常であれば阿字が入ってくるときにこのセンサーが反応して警報が用務員室に流れ、警備会社に通報が行くはずだった。

半田は小上がりに腰をかけ首をうなだれたように下へ向けて大きく深くため息をついた。
ここまでやって自分はいったい何の確信を得ようというのだろう。警備システムのワナに頼らなくても彼が幽霊なのはほぼ確定。
しかし問題はここからだった。幽霊になった動機を知り、場合によっては除霊。半田は除霊の経験もそのやり方も知らない。
今日はこのまま阿字と世間話をして零課に戻り明日にでも瑞希警部に除霊をお願いしようかと思った時だった。

「いやいやいやいや、年を食うと足が遅くなってしまってな・・・」

阿字がぼやきながら入ってきた。機械警備は反応しなかった。もう、半田も心を決めた。
半田は先程入れたセンサーのスイッチを切り、阿字の目の前に立った。

「阿字さん・・・阿字さんは既に・・・既に亡くなっているのでは?」

「そうか。気がついたか」

阿字はボソッとつぶやいた。自分の湯飲みに茶を半分くらい注ぐと一気に飲み干した。

「そうだ。ワシは既にこの世にいない。それは自覚している。自分がいつどこで死んだか、それはわからない。
 気がついたらここでいつも仕事をしている。もう・・・覚えているだけで20年以上も前になるな」

「そんな・・・それじゃ・・・」

半田は驚きの表情を隠せなかった。半田が中学に入学して阿字と会った会話していたとき、阿字は既に幽霊だったことになる。
驚きが通り過ぎたあとには自分の鈍感さにあきれるばかりだった。そんな半田にかまわず阿字はしゃべり続けていた。

「最初の頃はこの建物から出ることができなかった。昼間こそ生前のように仕事できていたが、夜は自分の体が見えないときもあった。
 しかし・・・なれてくるとおかしいもので、夜になれば学校の外に出ることもできたし、身体が安定して見えるようにもなった。
 学校の外に出れるようになってからワシは夜な夜な行動したよ。借りていたアパートを引き払い、家具を処分して、家をもぬけの殻にした。
 そして、ここの学校の中に住み着いた。そして学校の用務員さんとして日々過ごしていくことを選んだんじゃ。
 これでわかったんじゃよ・・・ワシがしなければならぬことを・・・もう幽霊になったんだ、ここで一生を捧げようと。
 いや、幽霊だから一生というのはおかしいな・・・ハッハッ」

乾いた笑いが用務員室に響いた。半田は愛想笑いもできなかった。

「ワシャ・・・誰かがいないと霊のまま彷徨っておるようじゃ・・・。君が夜ここに来なかったらワシはこの校舎を彷徨ってるだけだったかもし
れん。
 で、夜明け前にいつの間にか実体化して校舎の見回りに行くようじゃ・・・。何事もなかったから良いが、
 夜中に侵入者とかがおった場合、ワシが幽霊だったことはスグにバレていたかもしれぬのぉ・・・」

「そう・・・ですか・・・・・・これから・・・どうされる・・・つもりで?」

半田は途切れ途切れ言うのが精一杯だった。

「これからもこのままの生活を送るつもりじゃ。なにも不都合あるまい」

阿字は開き直ったわけではないのだろうが、固い決意を伺わせるような感じであった。

「それとも・・・警官になった君がワシを逮捕するとでも?やめておけ、幽霊を逮捕できるものか」

「私は・・・できません。そんな力はありません。しかし、あなたが今後自縛霊として住み着き・・・
 悪さを人間にするというのであれば除霊することはあります。警視庁にはそういう霊を相手に専門の捜査を行う部署があります」

「警察にもそういう部署があるのか・・・して・・・私はその部署によって除霊されるのかな?ワシは学校にこのまま住み着くつもりじゃが・・
・」

「その心配は必要ありません。騒ぎを起こさなければ除霊は今のところ考えていないそうです」

急に女性の声が周囲に響いた。半田は辺りを素早く見渡した。阿字もゆっくりとだが辺りを見ていた。

「あ・・・ここです、ここ。こっちです」

壁から通り抜けて”彼女”は現れた。

「桜木巡査部長・・・」

半田は淡々と名前を呼んだだけだった。彼女は霊でありながら警視庁捜査零課心霊犯捜査係の捜査員をしている桜木こじか巡査部長だった。
阿字も半田の方を向いた。阿字も彼女を凝視した。なにせ自分と同類の幽霊がもう一人現れて半田と話しているのだから。
桜木こじかはそのまま阿字には目もくれず半田に話しかけた。

「半田警部、機械警備のスイッチを切ってもらえますか?そうしないとうちの係長が入ってこれないんで」

半田はうなずくと先程のマニュアルを片手に通用門の場所の機械警備をオフにした。
これで瑞希警部も通用門から用務員室までだが学校内に入ってこれる。
しばらくすると、瑞希警部が部屋にやってきた。

「こじかちゃんが言った通り、騒ぎを起こさない限りあなたを除霊するつもりはありません」

開口一番、瑞希は阿字に言った。半田は複雑な表情で瑞希を見て言った。
阿字も急な来客に驚いたが、人間の他に幽霊すらも、警察官とわかり落ち着いていた。

「ずっと見てたの?」

「課長の親心です。危なくなるようだったら手伝うように・・・って」

「あーぁ・・・見られてたんだ・・・なんだか俺一人でなにやってんのかね・・・。で、除霊しないってホント?」

「はい、課長は暴れたり、悪霊にならなければそのまま用務員を続けさせるようにと」

「あ、そう・・・ふぅーん・・・なんか、疲れたな・・・。阿字さん・・・これからも用務員、がんばってください」

半田はゆっくりと阿字に向いて話しかけた。半田一人じゃどうにもならないが、瑞希警部をはじめとする心霊犯捜査係がいるならばなにもしなく
ても大丈夫だった。

「うむ。ワシも消されることはないようじゃな・・・半田君もがんばるのじゃぞ・・・しかし・・・今は警察にも幽霊がいるとはなぁ・・・
 みんなありがとう。これからも学校を見守るよ」

阿字も安堵の表情で零課の面々を送り出した。
このことは零課のファイルのみ記録された事件であり、文部科学省、教育委員会や学校を管轄している東京都には知らされることはなかった。



そしてまた明日から阿字は用務員としてこの学校で働いていた。
代々木署地下にある零課では半田が課長と話していた。

「課長、瑞希警部を待機させてたんですね」

「うん、半田はそのまますぐに居なくなっちゃったから後詰めのこと話す余裕なくてさ。
 で、少しはなんか経験値あがった?」

「そりゃ、あがったとは思いますが、レベルアップするほどじゃ・・・」

「なんだよ・・・それじゃせっかく幽霊捜査に・・・まぁいいや。しっかりと報告書書いておいてね」

手をひらひらとさせて話はおしまいとばかりに半田を解放した。
半田は報告書を書く前に亀有署へと向かった。
隕石落下の被害は中学校の窓ガラスが割れただけとなり、本部も解散、応援部隊もそれぞれ戻り、
署自体も平常業務となり平穏さを取り戻していた。もちろん中学校の一件は誰も知らない。
刑事課で事件簿を読みあさった。そしてわかったことがあった。
亀有署管内で学校に不審者が侵入するケースがあるなかで南金町中学校に侵入されたケースも無し。
火災が発生してもいない。事件事故が皆無だったのだ。
半田も事件記録を読んでから知ったが南金町中学の目と鼻の先にある小学校は不審者が侵入して、取り押さえられる事件があり、
南金町中学のとなりの中学にあたる北金町中学では夜間の放火によって校舎の一部が火事で損傷している。
もしかしたら、南金町中学校というのは何かに守られているのではないか・・・そんな気がした半田だった。
もちろん、それを今回の報告書に書き加えることはしようと思わなかった。憶測に過ぎないからだった。
零課に戻りなかなか進まないまでも報告書を書いていった。
しかし・・・優秀な用務員によって学校が維持管理されていることは末筆に付け加えていた。

半田は報告書を書き上げ、その日、一日の仕事を終わらせると歩いていた。
初台の駅を通り過ぎ、いつのまにか新宿ルミネ付近へと来ていた。今日はちょっとだけ一杯飲んでいこう。
そう思いながらガードを越え、大ガード手前のなじみの寿司屋へと入っていった。



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