
「あそこにいるの誰です?」
「あぁ・・・見たことあるよ・・・本店のお宮係だ」
「お宮係?」
「お前はまだ研修出たばかりだから知らないか。本庁にすら本部を置かせてもらえなかった可哀相な連中。
あちこちから手柄を横からさらっていく割には事件をお宮入りにしちゃう無能集団。
連中こそ本当の税金泥棒って言うのさ。捜査零課って名前はあるらしいがみんなお宮係って言ってるさ」
「そんな部署、上はよく潰さないですね」
「あそこは警視庁の吹き溜まりさ。公務員だから簡単にクビにできないからだろ。ほら、聞き込み行くぞ」
警視庁捜査零課事件簿「大きな桜の木の下で」
「では失礼」
香庵理事官が現場を後にした。4月中旬と言えど夜になると肌寒い時もある。
今日はそんな日だった。事件は零課が正式に出るまでも無いものだった。
本庁を通じて上野署からの応援要請、内容は国立科学博物館に陳列されている人体模型や動物の標本が夜中になると動き出すということだった。
上野署では事件性を確認できずしかしながら防犯カメラから狂言とも考えられず、イタズラの線で捜査は一応開始された。
しかし、手がかりが少ないために本庁に鑑識の応援を要請したところ、
捜査零課という聞いたことも無い刑事部の部署から、香庵という聞いたこともない名前の警視が現れ一緒に現場へ行くと言うのだ。
そして鑑識課の人間が来ることは無かった。これには裏があり本庁に応援要請が届いた時点で素喜多課長の判断でこの一件は零課が扱うことになった。
しかし、それぞれの捜査係も手一杯で取り掛かれないでいたために、ひとまずの連絡調整として理事官が上野署の刑事と共に現場にいった時、
巡回中の警備員二人を脅かしている現場に遭遇した。悪戯心ある霊がしでかしただけだったので厳重注意に留め、犯人も大人しくなった、反省しますと言うので今回は事件として扱わなかった。
上野署の刑事と関係者の記憶から事件のことをあらかた消し去ったあと零課に戻るところだった。
必要な書類は翌日改めて取りに行くことにした。
最寄りの上野駅公園口は博物館から歩いてすぐのところであったが夜桜見物を兼ねて上野の山を下り広小路口から乗ろうと思っていた。
人通りが無いわけではないが、この付近を通ってる人は足早に歩いてる人が多かった。
みんな足早に通過しているが、桜が満開になればみな足を止めて夜桜見物に興じるのだろうと香庵は思った。
桜は例年よりも遅咲きで4月の半ばと言えど咲いている花よりも蕾の方が多かった。そんななかにあって1つだけ満開の桜の大木が目に止まった。
なぜあの花だけがきれいに満開に咲き誇っているのだろうと思ったとき、一つの考えが頭をよぎった。
桜の下には死体が眠るなんて話がある・・・あの木の下には死体が眠っていて、その血を吸い取って桜が綺麗にいているのだろう。
そこまで考えたところで頭を横に振ってそんな考えを払拭しようとした。
自分は警察官で死人や霊をたくさん見てきたからこんな考えが浮かぶんだ、少々疲れているのかもな。
そう自分に言い聞かせて桜の前を通り過ぎようとした。桜の木の下には小学生くらいの子供が膝を抱えうずくまっていた。
夜の10時を過ぎようという頃、子供が一人で出歩いて良い時間ではない。子供に声をかけた。
「ぼく、こんな時間にどうしたんだい?夜はもっと寒くなる。早くおうちに帰りなさい」
すると子供は答えた。
「でも、ぼく帰りたいのに帰ることができないんだ。家へ帰ろうと走り出してもいつの間にかここへ戻っちゃうんだ・・・」
そんなことはないだろうと言うつもりだったが口をつぐんだ。
この少年は何かがおかしい・・・少年をまじまじと見つめた・・・この少年・・・霊!?
自分自身の霊感が強いということもあり、霊がしっかりと見えてしまい、夜の暗さということも重なり、少年が人間のように見えてしまったのだ。
香庵は夜桜見物を諦め、少年と話すことにした。ここに居るということはここで何かあって少年の意志とは無関係に思念がここにとどまれと言っているのかもしれない。
もっとも、他の理由もないわけではないが、恐らくそうだろう。
「ぼく、どうしてここにいるの?ここでなにしてたのかな?」
「うん、お母さんと動物園に来たんだ。そうしたら僕、お母さんとはぐれちゃって・・・
そしたらお母さんを捜してくれるって人がきてくれたんだ。だから僕その人と一緒にお母さん捜しに行ったんだ。
でね、この木のところでね、その人がちょっと待っててて言うから僕ここで待ってたんだ。
そしたら・・・あれ?僕どうしたんだっけ?」
首をかしげながら少年は必死に思い出そうとしているがなかなか思い出せないようだ。
それもそのはず、恐らく彼はその直後にでも殺されたのだろう。
香庵は少年の頭をなでながらゆっくりと話しかけた。
「いいんだ、もう、いいんだ・・・今は落ち着いてゆっくりしていればいい」
香庵は手を広げ少年を包み込むように抱きしめた。少年自身の気持ちが落ち着けば少年の姿も多少は見えにくくなる。
そうすれば霊感の弱い人間には見えなくなり、外部からの刺激が更に少なくなれば少年も次第に落ち着くはずだ。
しばらく抱きしめ、大人しくなり、少年の姿がぼやけてきたのを見計らってその場を後にした。
上野駅に着いたときには既に24時を回っていた。今日はこのまま帰宅した。
明日・・・零課に出勤したら少年がいつ亡くなったのか調べてみるとしよう。
上野署へ書類をもらいに行くついでに花でも持って供養に行こう。
翌日、零課に登庁した時、課長に昨晩の博物館での一件を報告した。
しかし、少年との出会いは伏せておいた。このまま大人しくなってくれていれば特に報告するほどのことでもないと思ったからだ。
「そうですか。それならば今後特に捜査する必要は無さそうですね。理事官、お疲れ様でした」
「上野署から持ってくる資料や監視ビデオの映像は報告書にして提出します」
「おねがいします。本庁の方にはこちらから一言入れておきます。報告書ができてから報告しますので」
香庵は自分の机に戻って来てお茶をすすって机の上に溜まっている書類に目を通す。
昨日の午後から机を空けただけなのに書類が結構溜まっていた。これでは報告書を作るどころの話ではない。
まず、課長に上げる書類がないか見ていった。課長に上げる必要のある決済書類、
他の部署へ回す書類や、至急作成する必要のある書類が出てきたりとなかなか昨日の仕事に手をつけることができなかった。
それでもウィンドウズ95のパソコンと旧式のプリンタが派手な音を立てて書類を印字していく。
用紙を束ね、決済書類を課長のところへ持って行ったものの、課長は会議のために本庁へ行っていた。仕方なく机の上に置いてきた。
香庵は代々木署を出て近所の蕎麦屋で少し遅めの昼食を食べていた。
食事が終わって零課に戻って荷物をまとめてようやく上野署に行くことができそうだった。
13時半になろうかというくらいでランチタイムのピークは既に過ぎていて店内は落ち着いていた。
鴨南蛮を頼み、何気なくテレビを見ていた。昼の情報番組のニュースコーナをやっていた。
『では次は幼い少年が殺されるという残酷なニュースをお伝えしなければなりません』
この口上で始まったニュースは今朝上野公園で少年の遺体が発見され殺人事件として上野警察署に特別捜査本部ができたことを伝えていた。
しかし、この後香庵は驚いてしまった。その殺人事件の被害者として遺体となっていたのは昨日、香庵自身が上野公園で抱きしめてあげていた少年だった。
ニュースを食い入るように見つめていた。そのため店員が鴨南蛮を持ってきたのも気がつかなかった。
テレビでは特捜本部が立ち上がったことくらいしか報じておらず、死因等は今後の捜査の進展を待たなければならないようだった。
話題が次へ進んでからようやくテレビから視線を外した。テーブルの上には鴨南蛮がのっかっていた。そばを急いで平らげ店を出て零課へと戻った。
「上野署に行ってきますんで。課長に伝えておいてください」
課長は未だ不在であったので吉田管理官に一言言って零課を出てきた。
昨日のことは伝えていないのであくまでも予定の行動と見せた。
上野署には午前のうちに資料を取りに行くことは言ってあった。
しかし、上野署は今朝の事件でてんてこ舞いのようで昨日の資料等をもらうだけでも予想外の時間がかかってしまった。
書類をもらってから、そのまま殺人事件の特別捜査本部が置かれている会議室へと向かった。
会議室はがらんとしていて、捜査員はそれぞれの捜査に出かけていたようだった。
本部の方に詰めていたのは、捜査一課管理官や上野署刑事課長、庶務担当の刑事や資料を整理している人間の数名だけだった。
中に入ろうとしたところ、刑事長と鉢合わせになる。
「おや?こんなところにお宮係の警視殿がいったい何のご用で?」
嫌みたっぷりの言葉を無視して中に入る。相手も追っかけてまで嫌みは言ってこない。
この事件の実質的な指揮を執っている一課の梅宮管理官が香庵を見つけて寄ってくる。
「香庵警視、どうされたんですか?この事件はまだウチの管轄です。そちらに移ったわけではありません」
「えぇ、それは知っています。ただ、どうしても気になることがあって。捜査資料を見せていただけませんか?」
「捜査は今も進展しています。捜査関係者以外に見せるわけには・・・」
「それもわかっています。それを曲げてお願いできませんか?」
しばらくの沈黙の後、管理官が折れた。キャリアで同階級の警視だが経験は香庵の足元にも及ばない、
その辺を梅宮は尊重したのかもしれない。ぎりぎりの折衝の結果・・・
「この捜査は我々一課が担当しています。零課の出番はまだのはずです。警視はこちらに来なかった。
そして私は何も見なかった、何もしなかった。よろしいですね?」
まだ?果たして我々の出番があるのだろうか・・・
それよりもこの管理官は零課のことをわかっているのだろうか?
横からさらっていくということしか知らないのではないだろうか。
とりあえず、まずは現時点までの捜査資料を見ることができた。
現場は上野公園内。夜に香庵自身が少年と出会ったあの木の下だった。
あの少年の遺体は浅草に住む藤原竜太君、今年の春から小学校に入学を控えていた。
死亡推定時刻は昨晩の19時。引きずられてる痕跡等が無いため木の下で殺害されたと断定。
死因は出血多量によるショック死。そして、ショック死の後も血液を抜き取られた形跡あり。
身体にストローくらいの口径のような鋭いものを刺した跡が数カ所あり、そこから血が抜かれたと考えられる。
猟奇殺人や模倣殺人の線を考え、まだマスコミには手口を伏せていた。
当日昼間、母親と上野動物園に行った帰り、公園内の縁日でやきそばを買うため、目を離したスキに居なくなった。
当日、自宅から東京メトロ銀座線にて上野まで来ていたが、歩いても帰ることのできる距離のため母親もそれほど心配せず、そのまま帰宅。
母親は15時には家に着いていた。外も暗くなった19時になっても帰宅しないことから地元の浅草署に申し出る。
連絡を受けた上野署と浅草署の応援要員で公園内を捜索するも竜太君及び不審人物は見つからず。
歩いて何度も来ていることから迷子の可能性は低く、家庭内でのいざこざも特になく家出の可能性も低い。
誘拐の可能性も出てきたとして本庁に応援を要請。増援として私服姿の機動隊員らが上野公園を中心に竜太君の捜索を開始、
また、JRや東京メトロ、京成電鉄の各上野駅に協力を仰ぎ、監視カメラの映像を見せてもらったものの、
竜太君らしき少年を発見することはできなかった。
そして、時間だけが残酷にも過ぎていった午前5時半頃、公園の近所に住んでいる老人男性が掃除にやってきたとき、
桜の木の下に男の子がぐったりと倒れていたのを発見。警察に通報して少年が最悪の形で発見されることとなってしまった。
この時点で殺人事件へと切り替わり捜査が開始されたということだった。
本格的な捜査が開始されて間もないとは言えど、機動捜査隊、所轄署、捜査一課、
捜索に駆り出されていた機動隊員らも現場付近に散り、凶器の発見や目撃者の発見に努めていた。
その甲斐あってか、少年と共に歩いていた人間がいるという証言が付近のホームレスを中心に集まった。
長髪で身長おおよそ160cm前後、服装は黒っぽいジーンズに黒っぽいパーカーということだった。
遠距離からの目撃だったりするのでおおよその表情を似顔絵に起こしている最中だという。
一課では目撃情報を重要視し、この人物の発見に全力を挙げるということだった。
現在はマスコミに目撃情報は伏せているが、思うように情報が集まらない場合、情報を公開し広く目撃情報を集めるようだった。
現在までの進展情報が克明に記されていた。これをすべて読むと時間が相当かかってしまう。
あまり長々と居ては規則を曲げて資料を読ませてもらっている梅宮にも申し訳ないと、香庵は飛ばし飛ばし読んだ。
しかし、ポイントポイントはすべて押さえてある。香庵くらいになってくると捜査資料の読むべきポイントはつかんでいる。
読む必要のないところは飛ばし、読むべきところはしっかりと頭に記憶する。
しばらくして読み終わった香庵は資料を管理官に渡し、上野署を後にした。
上野署を出て、昭和通りを超えて上野駅が近づくころ、香庵の携帯に着信があった。素喜多課長からだった。
「どうされました、香庵さん?何か昨日の件で気になることでも?」
「いや・・・今朝、発生した事件の方で。少し気になることがありまして。調べてみたいと思うのですが」
「わかりました、香庵さんの思う存分がんばってください。こちらは我々で何とかしますので」
「ありがとうございます」
普段はどちらかと言えば第一線に出ず、本部で課長の補佐役として捜査の指揮監督や捜査員不在時の留守番業務の一切合切を取り仕切ってきたイメージがあるが、
豊富な現場経験とそれに裏打ちされた捜査手法は今でも健在のはずだった。
香庵は再び上野公園の殺害現場と思わしき場所に行った。
今は立ち入り禁止のテープが張られ、警官が現場が荒らされないように立ち番をしていた。
周りにはマスコミがカメラを向け、アナウンサーが報じていた。
腕時計を見るとちょうど夕方のニュースの時間だった。現場からの中継としてあちこちの局がやっているのだろう。
なるべくカメラに写らない角度からテープの内側に入る。
鑑識の作業もとっくに終わり、今はマスコミのライトだけで木々が照らされているだけだった。
立ち番も1名だけで、他の捜査員がマスコミや野次馬に紛れて、現場にやってきた犯人を探すということはしていないようだった。
この木だけが桜が散ることもなく満開を咲き誇っていた。不謹慎だからだろうか、それを報道する局はどこもない。
ゆっくりと木を見上げながら香庵は思った。
・・・昨日頭をかすめた 「桜の木の下の死体」 思った通りになってしまった。
いったい誰がこんなことを・・・目撃情報にあった長髪で黒い服を着ていた人間・・・これが関わっていることは間違い無いのだが。
見上げるのをやめてふと周りに視線を戻した。そして自分に向けられている強烈な視線に気がついた。殺気とも言うべき鋭い視線。
その元は・・・居た・・・人垣に紛れているが黒いパーカー、パーカーの前に髪の毛が胸元まで伸びている・・・長髪で・・・
顔の表情は見えないが鋭い視線がこちらに向いてるのはわかる・・・
目撃情報を伏せているのが仇になってしまった。この人物に誰も注意を払ってない。立ち番すら気にもとめてない。末端まで情報が伝えられてないのかもしれない。
なるべくカメラを向けられないよう、顔がバレないよう、テープをくぐり不審者の後を追う。
こちらに気がついたのか・・・こちらの動きを最初から見ていたからか、不審者はすぐにその場を離れていく。
角を曲がりカメラやマスコミがこちらを見えなくなる場所になってからは、全力で走っているが追いつけない。
いや・・・追っているようで、誘われているようだった。そんな奇妙な感覚に香庵は囚われた。
不審者との距離は追いつくことはできなかったが、見失うこともなかった。やはりこれは誘われているのだろうか。
数分全力で走っているところでついに根を上げてしまった。
いくら経験や知識があるとは言え、寄る年波には勝てない。腰を痛めていればなおのこと。
それでも香庵は必死に走った。
歩くことすらできなくなる。手を膝に置いて肩で息をしながらも視線だけは不審者の背中をにらみつけている。
後ろからの気配が消えたことを察したのか、足音が無くなったからか、振り返ることなく不審者は走るのをやめ歩き出した。
香庵は最後の気力で腰を手で押さえ、かばいつつも走る。そして、携帯をとりだし零課に電話した。
時間は19時になるかならないか。この時間ならばほとんどの人間が残っている。
「こちら香庵、上野・・・動物園裏、上野高校付近・・・警官を・・・不審者を追っている・・・至急・・・」
「もしもし?理事官?大丈夫ですか?」
電話に出たのは榊管理官だった。榊は香庵からの外線を保留にしたままボタンを押し、
上野警察署に設置されている特捜本部、管理官宛に直接電話をかけ状況を伝えた。
「こちら捜査零課榊管理官、うちの香庵理事官が現在、そちらの事件の関係者と思われる不審者を追跡中。
場所は上野動物園裏、上野高校付近。警官を急いで向かわせてください」
「え!?香庵警視が? 一課梅宮管理官、了解した。すぐに向かわせる。ただし、あとで詳しい話を伺いますよ」
耳を澄ませば受話器の向こうでは梅宮が大声で指示を出し、捜査員が走る音がして、無線で何かを伝えているのがわかる。
これならば大丈夫だろうと、上野署との回線を切断して、理事官の回線に戻す。
「榊です。理事官、上野署には伝えました。特捜本部もすぐに動いているようです、大丈夫ですか?」
榊の問いかけにも受話器からはハァハァゼィゼィと荒い息しか伝わってこない。どうやらまだ走って追跡中のようだった。
理事官からの話を待っていたら、急に電話が切れた。おそらくはあっちの方で電話を切ったのだろう。
向こうからの回線が切断されたため、こちらで待っていてもどうにもならない。榊は受話器を置いた。
「う〜ん・・・香庵さん、なんかやっかいなことになっているようですね」
「どうしたんです?」
声の主は素喜多課長だった。榊はことの一件を課長に話した。
「ふむ。こちらから応援を出したいのですが、まだ零課の仕切りじゃないから大っぴら動けませんからねぇ・・・」
「しかし・・・上野署に行って書類もらってくるついでに調べ物。そしたら、既に不審者追跡ですからね・・・なにかあったのかもしれません」
「わざわざ単独で動くんです、何か理由があるのでしょう。応援は香庵さんが帰ってから考えましょう。ちょっと、お茶でも飲んできます」
その場を離れようとした素喜多。見透かしたのか、意地の悪そうに榊が声をかける。
「上野署の安いお茶を飲みにですね?車、出しますか?」
「それじゃ、榊さんお願いします」
険しい顔、腰に手をあて、大きく乱れた呼吸をしながら、重い足を引きずるように不審者を追う。不審者は既に歩みを止めている。
「ようやく大人しくなったじゃないか・・・観念したのか?」
呼吸を整えながらも不審者に詰め寄る。意外にも不審者は冷静だった。ゆっくりと振り返り、
「・・・他の桜がまだ蕾なのに何故あの桜だけが満開なのか・・・わかりますか?」
女性の声だった。大人しくか細い声。ようやく間近で不審者の姿を見ることができた。
顔はフードをかぶっていてよく見えないものの、マッチ棒のように細い身体の線。
身体が極端に細い。スタイルも凹凸がなく直線のようだった。
声を聞かなければ、性別もわからない。
「人の血をあの木が吸って咲き誇ってるとか言うんじゃないだろうな・・・」
不審者との距離はまだある。しかし、女性がが逃げ出す気配はない。
香庵も呼吸をさらに整え質問に答えながらも距離をさらに詰める。
「迷信や物語の中の話とでも思ったんですか?あの木は実践しましたよ」
「じゃぁ・・・君があの木に血を吸わせたとでも言うのか」
「桜の木が人間の血を吸い、元々白かった花が赤く染まる。たくさんの花がついている桜は真っ赤な血が花の数だけ薄められ、
ピンク色の花が生まれる。その血で桜はきれいに咲き誇る。桜も喜んでますよ」
「そのために人間が犠牲になっても良いのか!」
「グルメなのは人間だけじゃない・・・木にも美味しい物を食べさせてあげただけです。もうあの木は人の血しか吸わない」
「吸血『木』にでもなったって言うのか・・・私のギャグよりも笑えないな」
「あなたは他の人間とは違う『能力』がありますよね・・・昨晩、見てましたよ子供をあやして。あの力楽しく使わないんですか?」
「私が使うのは人の生活の安全を守るため・・・」
そこまで言って口をつぐむ。
「まさか、君は・・・」
「えぇ、人が持ってない能力を持ってしまいました・・・木をそそのかすこともできます。他にもいろいろできますよ」
ようやく女性との距離があと数メートルになった。香庵は押さえ込もうと飛びついた。
「甘いです」
女性はあくまでも冷静だった。右手を身体の正面に出し、左手は右手首を持ち軽く目を閉じ何かしらつぶやいた。
そこにはまるで見えない壁ができたかのようだった。香庵はそれにぶつかった感触。女性を目の前にして地面に落とされた。
空気がふるえるような、風が吹いたような・・・その拍子に彼女のフードが脱げた。
香庵はハッとした。多少面長の顔、細い目、きれいに整った表情。そして一番目に着いたのは・・・香庵から見て右半分が火傷にあったかのようにただれていた。
彼女は自分の右腕の袖をまくった。そこには顔と同じように二の腕から下は腕もただれているような感じだった。
「今みたいなこともできます。この身体、昔は忌み嫌っていましたが、今は結構楽しいです。面白いですよ」
「ま・・・待て」
呻きながらも地面の上から手を伸ばして彼女を捕まえようとする。しかし、彼女は再び香庵に手をかざした。
強烈な衝撃が香庵の身体に当たる。身体が重い。重力が変わったかのようだった。
そしてそのまま香庵は失神してしまった。香庵が最後に見たのは彼女の悲しそうな表情だった。
香庵はようやく目が覚めた。
「ここは?」
「香庵さん、やっと目が覚めましたか。あ、先生、目が覚めました」
白い天井、素喜多課長と榊管理官の顔が視界に入る。次に白衣の男性がこちらを見る。
「ここは?」
香庵は再び質問した。そこでようやく返事があった。
「ここは、上野署の医務室です。香庵さんは倒れていたところを駆けつけた警官に抱きかかえられて運び込まれました。いったいどうしたと言うんです?」
「それは私も聞いてみたい」
遠くの方から声がした。首を捻る。痛みが伴った。そこには昼間会った一課の梅宮管理官が居た。
「我々の捜査員が足取りを追うことすらできなかった不審者をあなたは接触することができた。どうしてです?」
香庵はそんな管理官の言葉を無視して榊に尋ねた。
「今、何時ですか?」
「え?今は・・・23時5分ですね。ここに運び込まれたのが19時15分。4時間近く気を失ってましたね」
「そうか・・・。それで!犯人はあの木だよ・・・桜の木が人の血を吸って・・・」
「ばかばかしい!」
梅宮が声を荒げた。
「何を言い出すかと思えば・・・あなたはそれでも警察官ですか。現実を見てください。どこの誰が木が人を殺したって言うのを信じるんです。
目撃情報の人間を重要参考人として指名手配しました。そいつを捕まえてみればすぐにわかります。もう3人目の犠牲者は出させない」
「え?3人目の犠牲者?」
香庵が言葉の最後だけ反芻した。
「えぇ、そうです!3人目ですよ!2人目の犠牲者は既に出ているんです!
あなたが零課に応援を要請してウチの捜査員が現場に急行している頃、あの現場で殺しが行われたんです!
近場の警察官がみな上野高校に向かってる時、犯人はあなたを失神させた後、マスコミが警官を追ってみんな居なくなった隙に人を一人殺してるんですよ!
また全身の血を抜こうとして、今度は余裕がなかったのか身体全部の血を抜くことができなかったようだが、出血多量で死んでました!
今度は警官殺しですよ!現場保存で立たせておいた警官が殺されたんですよ!」
「そうなの?」
香庵は榊に聞いた。梅宮は明らかに高ぶった感情を持て余していた。今、彼に聞くのは余計に高ぶらせてしまう。
「はい、香庵理事官が気を失ってる間、事件が大きく動いてしまいました。梅宮管理官が言った通りで、立ち番として立っていた地域課の戸坂巡査が・・・
それと共に捜査本部はこの人物を重要参考人として・・・」
榊は手配書を香庵に渡した。香庵は痛みで呻きながらも上半身をベッドから起こして目を通した。
着ていた服装は香庵も見ていたあの黒いジーンズと黒いパーカー。長髪までは同じだったが・・・顔が違っていた。
「この顔は違う。犯人の顔は犯人を見て右半分が火傷にあったように焼けただれている。彼女の右腕も焼けたようだった」
「信じられませんね」
梅宮は一言で切り捨てた。
「そんなね、犯人が桜の木だの言ってるような人の言葉、信じられると思いますか?錯乱もいいところだ!
あなた方、零課がなんて言われてるか知ってますか?お宮係ですよ!せっかく一課がもう少しで追いつめられる事件だったのを横から持って行ったと思ったら、
迷宮入りさせてしまう。だからといってウチの二係にも回さない。今度は桜の木が犯人だなんて!そんなデタラメな部署の話なんて信じられますか!」
梅宮は言うだけ言うと医務室を出て行ってしまった。医務室の先生がようやく、
「本当に大丈夫かね?なんだったら精密検査でも明日受診するかね?」
「いや、それには及びません。横になったんでもう大丈夫です」
と、香庵はベッドから降りて、隣のあいてるベッドに置いてあった上着を羽織った。
「課長、すべてお話しします」
「そう?じゃぁ、車の中で聞こう」
上野署の正面玄関にはマスコミが大勢詰めかけていた。被害者がもう1人増えてしまったことにより、社会的関心もより高まってしまった。
時間は既に23時半になろうかというころ。この正面玄関だけはマスコミのライトで昼間のようだった。
零課の3人はその正面玄関を避けて、裏口に止めてあった車に乗り込んだ。
「さて・・・」
香庵は全てを包み隠さず話した。昨日の夜、国立科学博物館の一件を片付けてからあの竜太君の霊との出会い、会話。
昼のニュースでピンときて、上野署へ出向いて梅宮管理官に捜査資料を読ませてもらって、課長との電話の後、現場へ向かったこと。
殺害現場となった桜の木の下、あの重要参考人との邂逅。会話。そして・・・不思議な力・・・。
香庵自身が気絶させられるまでの全てを漏らさず課長に話した。
霊現象、異星人犯罪、怪生物、妖怪、魔法・・・社会の表に出ない様々な事件を扱う捜査零課。さすがにこの程度の事件を聞いても驚きもしなかった。
「今度は超能力少女に血を吸う桜の木ですか・・・」
「はい、彼女は自分が桜の木をそそのかしたような発言をしました」
「桜の木が直接人間の血を吸う・・・か。ずいぶんその木も勇気出しちゃったね。榊さん、その木の周りってどうなってるの?」
「誰もが警官に不意に近寄らせないように、立ち入り禁止のテープを木の周囲、だいぶ離れたところに張ってあります。立ち番も3名。
鑑識の作業もそろそろ終了するでしょう、夜のニュースも終わってるのでマスコミもほとんど居ないと思いますが。
テープの張り直したということと・・・木がちょうど奥まったところにあることと重なって、マスコミは木を直接撮影できるところに居ませんが」
「そうですか・・・立ち番の3名も危ないですね。行ってみてください」
課長は車の中で携帯を取り出し
「もしもし?素喜多だけど。あ、吉田管理官?木にキツーイお仕置きするから衛生看護係をこっちによこしてくれる?場所は上野公園。なるべく目立たないようにね」
話を聞いていた榊は
「衛生看護係で対処できますかね?霊がとりついてるわけでもないでしょうし・・・」
「心霊犯係は青森県警捜査零課へイタコの霊能力についての勉強会に行ってる。呼び戻すにしても時間がかかる。
それに・・・木についた憑き物を払うって感じだろうから、衛生看護係の方が適任だよ。
じゃ、私はこれでちょっと」
と、素喜多は車のドアを開けた。
「さすがに特捜本部の目と鼻の先にある事件現場で関係ない人間ががうろうろするんだ、
ちょっと一課長に電話して、あと・・・あの若い管理官も押さえておかないとね。また色々言われちゃうし。
じゃ、後は香庵さんよろしくお願いしますね」
「わかりました、衛生看護係を加えてなんとかやってみます」
上野署を出た車はアッといういう間に上野駅の映画館が並ぶ坂を上がり公園口に出た。
車を止めて歩いていく。マスコミも中継車を公園口の入り口付近に何台も縦列駐車している。
時刻も24時半を周り中継スタッフも朝のニュースの前に車内で仮眠をとっているところだろう。
この位置から現場の桜までは直線でも300m、木々に囲まれているので声も通らないだろうし、
道なりに歩けば500m近くある、これならばお払いをしてもバレることはないだろう。
木の付近には臨時の照明が置かれ、3名の制服警官が立ち番をしていた。
幸いにもマスコミ関係者は一人もいなかった。この付近には制服警官3名と零課だけだった。
二人は腕章を付けず、警察手帳を見せてテープの内側へと入っていく。
「ほんとだ・・・この木だけ桜が満開だ・・・」
着いてすぐに感想を漏らしたのは榊だった。制服警官にも聞こえてはまずいと小声だった。
「それに・・・私、花粉症なんですが、この木の付近だと花粉症の症状が出ないんですよ。
それもこの事件と何か関係あるのですかね」
毎年花粉症で悩まされている香庵が言う。
「夜とか夕方だから花粉が飛んでないからじゃないんですか?」
花粉症には縁の薄い榊が言う。それでも今年の花粉は鼻がムズつくことがあるという。
「じゃ、衛生看護係が来たらスムーズにできるように手順だけでも段取りつけとく?
まず・・・結界張ってもらって、憑き物払いの要領でいいのかな?」
香庵の提案にすかさず榊が口を挟む。
「って、段取りもなにも衛生看護係が来ないと何にもできないし、
係の連中の言うとおりにやらないと何にもできないですよ」
「じゃ、しばらくこの満開の桜でも見ているしかないか・・・」
香庵がポツリと漏らす。その言葉が届いたかのように桜の枝が風も無いのに揺れた。
桜の花びらがヒラヒラと落ちる。状況が状況じゃなければ、夜桜見物にもってこいの桜だった。
何もせず、見上げているだけの二人を不思議に思ったか、制服警官が近づいてきた。
「警視、これから何をされ・・・おッ」
警官は最後まで言葉を言えなかった。地上に張り出している桜の根か幹に足がつまづいてしまったからだった。
倒れそうに警官は前傾姿勢になった。手を出し倒れる身体を支えようとした。
しかし、手が地面に着く前に身体は空中に固定された。
いつの間にか桜の枝がロープのように伸び、警官の手足の自由を奪ったのだった。
「遅かった!桜は今度はこの警官の血を吸おうとしているのか?」
ざわついているのを認めた他の制服警官もこちらに近寄ってくるが、その途中で彼らにも枝が絡みついた。
3人の制服警官は木の上まで逆さにつり上げられてしまった。零課の二人は見上げるしかできなかった。
『言ったでしょ・・・この木は人の血しか吸わないって・・・』
いつの間にか先程の彼女が木に寄り添うように立っていた。
黒いパーカー、黒いジーンズ、黒いスニーカー・・・フードは被らず背中までかかる長髪が前に垂れている。
一つ違うのは・・・化粧をしていることだった。肌色のファンデーションを厚く塗っているのだろうか、
先程香庵が見た焼けただれているようには見えない。恐らく手配書の似顔絵に協力した人物はこの化粧した時の姿を見たのだろう。
それならば納得がいく。少年もこうして化粧していればただれた顔から不信感や恐怖感を覚えずにこの女性についていってしまうだろう。
母親とはぐれ、不安がってるところに付け入って、優しく母親を捜してやると言えば安心してしまうに違いない。
「いつの間に・・・木を操るのをやめて警官を今すぐ下ろせ!」
「操る?言ったはずです。これは私がしたのではありません。木が自らの意志でやってるのです」
「お前が木をそうするように吹かしたのだろう!木に下ろすように言え!」
榊の説得も功を奏しなかった。そうこうしている間にも木はゆっくりと鋭い枝を警官に刺そうとしていた。
くぐもった連射音が辺りに響いた。その音は木に当たり、警官を地面へと乱暴に下ろした。周りを見渡すと・・・
「吉田さん!」
香庵の言葉が聞こえたのか、吉田管理官が手を振る。その手には銃が握られていた。
二人の視線が木や女性から外れた。その隙に彼女は森の中に消えていった。
「あっ!待て!」
「榊さん、今は警官を!」
香庵の声で逃走する女性を追わず、榊も警官に近寄った。
幸い3人の警官とも血を吸われる前に地面へと下ろすことができた。
吉田が走ってテープをくぐり、近づいてくる。
「大丈夫です?隠密にって言うから、車を上野公園の裏に止めて走ってきましたよ。」
「吉田さん、助かりましたよ・・・あれ?その銃・・・」
「え、あー・・・これですか?強襲係のIthaca巡査部長が使ってるG3を短くした特殊タイプなんですが、
これは以前から異星人犯の半田警部が持ってたんです。予算が付いて自分にも同型が回ってきて。
結構便利で取り扱いやすいですよ。でもって・・・隠密にって言うから、
自分の銃じゃなくて、半田警部のカスタムしてある方ちょっと拝借しました。消音器装着されてるんで」
「半田の仕事も増えるだろうな・・・いつの間にか自分の銃が射撃されて汚れてるんだから・・・手入れも大変だろうに」
榊は他人事とばかり哀れそうに言った。うなだれながらも銃手入れしている半田の情景が浮かぶようだった。
枝を銃で切り取られたことで、用心して木もこちらに新たな枝を伸ばしてくる様子はなかったが、
吉田は桜を正面にとらえ、香庵たちを少しずつ木と距離をとるように下がらせていった。
「そうですか・・・何にせよ、助かった。衛生看護係は?」
「なんか・・・胸騒ぎがして自分だけ走って来ました。たぶんそろそろ・・・」
という背後から数名の駆けてくる足音がした。吉田は木に集中して振り向かなかったが、
香庵達が振り返ると、道具を詰め込んだバッグを手に持ってくわはら警部補達衛生看護係の面々がやってきた。
「うわっ!デカッ! でも綺麗に咲いてるわね」
とはくわはら警部補の桜の木の感想だった。彼女もこんな綺麗な桜が人を襲うなんて信じられないようだった。
「桜の木の下には死体が・・・なんて言うけど。これだけ綺麗だとそら死体も埋まってるわ」
と、話しながらも手際よく道具を取り出す。衛生看護係の他の捜査員も無駄なく動いている。
その間も吉田は木に注意を払っている。この時に桜が暴れ出し、枝を向けられたらたまったものではない。
「よし!これで準備できたわよ」
ものの数分で結界や御札が配置された。そこで吉田が口を挟む。
「この量・・・普段よりも多くない?」
「何言ってるの!こんなに大きいのを丸ごと憑き物払いするんだから、いつもの量じゃ全然足りないのよ。ほら、下がって」
と、最後まで銃口を木に向けていた吉田が結界の外に出る。すぐにくわはらが手の平を合わせ目をつむり、何やら口を開きつぶやき始める。
すると、結界や御札が薄く青白い光を帯び始める。すると、桜の木がすぐに反応する。
風が吹いていないのに木々がざわめき、花びらが落ち始める。しばらくするとくわはらが目をパッと開いて何か唱えた。
それが合図なのか、御札は青白い光で燃え尽き、結界も瞬きをしてるあいだに消えてしまった。
「で、くわはら警部補成功したの?」
「成功ですよ・・・ほら、あれを見てください」
くわはらの指が指し示した先には先程まで満開の桜だった桜の花が蕾になっていた。
「ほんとだ・・・蕾だ・・・」
榊が上を見上げながらつぶやいた。
「ほーら、蕾をいつまでも見てないでまだやることあるんじゃないんですか?」
くわはらが言うと、香庵、榊、吉田はそれぞれ三人の制服警官のところへ行き、
フラッシュと共に直前の記憶が消去された。
「さて、上野署で課長を拾って零課に戻りますか」
上野署では素喜多が待っていた。現在は午前1時半になろうかというくらいだった。
特捜本部の指揮を執る管理官よりも、署長よりも階級が上の素喜多は二人を下座に座らせ、
署長室脇の応接室でお茶をすすっていた。
軽いノックがされた後、庶務の女性警察官が入ってきた。
「あの・・・警視正、零課の方がお見えになりました」
「では。部下の者が戻ってきましたのでこれで失礼させていただきます。署長、管理官、今後も困難が予想されましょうががんばってください」
素喜多はこれで終わりだとばかりに席を立ち二人に言った。
「はい、素喜多課長もお疲れ様でした」
「今回こそ零課に持って行かれないようにすぐ解決するようにしますので」
梅宮管理官はあくまでも強気だった。
しかし、この事件は指名手配した重要参考人の足取りがまったくつかめず、
また、人を殺して血を最後まで抜き取るというような同類の事件が発生しなかったために
この事件はお宮入りとなり、継続捜査として続けられたが力及ばず時効を迎えてしまうこととなるのは未来の話である。
翌日、零課では各々が昼食を取りながら喋っていた。
「いやぁ・・・今回は散々だった・・・せっかく治りかけていた腰痛もこれで再発して・・・まったく・・・」
とは、のり弁当に幸福を感じている香庵。
「でも・・・あの黒の超能力女、いったいどこへ消えたんだが・・・一課はまだ捕まえてないんですよね?」
と、唐揚げチャーハン弁当をほおばる榊。
「うん、そもそも・・・手配書の似顔絵が微妙に違ってたりするんでしょ?足取りすらまだつかみ切れてないようだよ」
だしカツ丼のふたを開けてにおいをかいでにっこりしている素喜多。
「我々は異星人や幽霊相手に捜査していたけども・・・これからはあぁいう超能力者相手に捜査しなきゃいけないんですかね?」
「あれはヤバイよ。死ぬかと思った。もー、これからはここで仕事してる。これ以上腰を痛めたら歩くのもシンドイ」
「あれ?吉田さんは?」
「今回使った銀の弾丸の補充申請のために本庁へ行ったらしいのですが、
その帰りに代々木駅で飛び込み男性の霊に取り憑かれたらしいって言うんで、くわはら警部補に頼んで除霊してもらってますよ」
「ふーん・・・なんかまた何かに取り憑かれたんだ・・・忙しいな、吉田さんも」
「しかし・・・私が彼女に失神させられる直前、彼女、悲しそうな顔をしてたような気がするのは気のせいなのかな」
「悲しそうな顔?哀れみの間違いじゃないんですか?」
「そうなのかなぁ・・・もしも、なにか人生を踏み間違わなければ今頃もしかしたらこうして我々と一緒に食事してたかもしれないのに」
「どうしてです?香庵さん」
興味深そうに身を乗り出して素喜多は聞いた。
「あれは・・・超能力っていうカテゴリーかな。それも相当に強力な能力だった。
何かの原因によってあぁやって自分の力を利己的に自分の楽しいと思うままに犯罪に手を染めたけども、
もしも、まっとうに学生生活を送って社会人とかになっていたなら、公務員を目指していたなら、警察官になっていたなら、
きっと零課に来て我々と共に仕事をしていたかもしれないな〜なんて漠然と思ってね」
「そういう意味ですか・・・どうして、あんな風になったか・・・それは本人を逮捕してみないとわかりませんがね」
「ごちそうさま、さて、午後には心霊犯係も異星人犯係も研修から戻ってくるんでその受け入れ準備しないと」
弁当をかき込んだ榊はお先にとばかり席を立った。
「あー、榊さん、二つの係、両方ともしっかりと報告書書かせてよ。
しっかりと保存して今後に役立てるんだから」
はしでのりをはがしつつ榊に釘を刺す香庵。
「さて・・・私もごちそうさまでした。ちょっと本庁行ってきます。
今後そういうこのになった場合やら、あの子がまた我々の前に現れた時のことを刑事部長と話してきます」
「じゃ、私は溜まった書類でも片付けるとしますか・・・」
こうして多少肌寒い4月の午後が始まっていった。
