光り ‐警備員日誌(完全版)‐ 作 ダーザイン

痕跡 投稿日:2002年08月03日(土)02時11分24秒
昨日から三日間は道路を離れ、また札幌駅の地下通路。工事区画への立ち入り禁止と
工事で誘導帯が途切れている為、白い杖の人の誘導などが任務なのだが、通行人にと
にかくひたすら道を聞かれる。札幌駅の地下は広大で複雑だ。地元の者でもわけが分
からなくなったりするので、地方から来た人にはJRの改札へでたり地下鉄駅やバスタ
ーミナルにたどりつくのはやっかいなことなのだ。トイレだのホテルだの、観光地だ
の、とにかくひたすら一日中いろんな事を聞かれる。
花金だ、大勢の人間で地下街も溢れかえる。いろんな奴がいる。俺はひたすら人の動
きを見る。酔っ払いが工事区画の閉鎖膜を破って中に入り込もうとする。頭のおかし
い女性が大きな声で「お巡りさんお巡りさん、私を不幸にしないで」と俺に詰め寄る。
俺はお巡りさんじゃないし、君の幸福を祈っているよ。
晩方になると、浴衣姿の女性が友達同士で、或いは彼と手を繋いで大量に地下通路に
溢れる。今日は豊平川の花火大会の日だ。何十年もこの街の界隈に住んでいるが、
俺は一度も見に行ったことがないな。場末のバーへいたる薄汚れたビルの窓辺から遠
く垣間見たり、通りすぎる車中から横目にしたことがあるだけだ。
偶然、昔、鬱になって職を失う前の知人と出くわす。年収が今の仕事の4倍にもなる
幸せだった頃の知人だ。彼は俺が鬱でそういった社会から消えたことを知っている。
しばし互に近況などを語り、「業界に戻る気はないのか」という彼の問いに対して「こ
の仕事しょうにあっているんだ」と答えて笑う。彼の表情の中にかすかに憐れみを感
じ取る。
帰る所なんてないんだよ。どこにもないんだ。
ニ度と会うことのないだろう彼の名刺をポケットにいれて別かれたあと、激しい寂
寥感に襲われた。俺はこの街を行く誰とも繋がっていない。みな二度と会うことの
ない見知らぬ人々だ。
道行く女性に声をかけたい衝動に駆られる。
「あなたは幸せですか?寂しくしてはいませんか?」と。
無論そんな既知外じみた振る舞いは実際にはしない。かわりに言い知れぬ空しさを
憶えるだけだ。
俺の遺伝子は残らない。俺は宇宙のどこにも繋がっていかない。ひとりで生まれて
ひとりで消えていく、それだけだ。
せめてただひとつでも、人の胸に残る詩の言葉でも残せたら。俺の詩の言葉は、無
数の人々が交差する広大な地下駅の無の構内に刻む、俺の存在の痕跡なのだ。
そしてまた今夜も、ワイヤードにこうしてコネクトしている。偏在する、誰でもな
い誰かに繋がろうとして。
24時を回り閉鎖された駅の横にあるバスターミナルには、大勢の浮浪者が集まり、
ダンボールを敷き始めていた。
白い杖 投稿日:2002年08月04日(日)02時51分51秒
今日も大勢の白い杖の人を誘導した。年配者が多いのだけれど、ひとり、小学校に
入ったばかりくらいの小さな男の子がいた。彼は母親に手を引かれていたので、僕
は見守っていただけだったのだけれど。全てこれから始まる人生に、あの小さな命
に、光を失わなければならないどんな理由があるというのだろう。闇の中で生きね
ばならないどんな理由があるというのだろう。あの少年の前にはどんな人生が開け
ているのだろう。それを思うと、涙がボロボロと出て止まらなくなり、雑踏の中で
彼らの背中を見送りながら鬱病患者丸出しで阿呆のように泣いた(今日は出勤前に
抗鬱剤を飲み忘れたのだ(^^;。
でも、ほんとうは泣いてはいけないのだ。泣くべきことではないのだ。彼の世界に
は無際限の音があり、匂いがあり、肌で感じる世界のぬくもりがあり、彼の命も広
大な世界の中に在る、たったひとつの暖かい命なのだ。
勤務を終えると、駅の周りで眠りに付こうとしている浮浪者と少し世間話をする。
意外と気楽な話。
それにしても、やはり神は、あまりにも多くの人生を見落としている。
盆 投稿日:2002年08月12日(月)02時47分51秒
はて、昨日からまた3日間、札幌駅地下街での夜勤です。
僕の立ち位置の近くに大きな液晶画面があり、ニュースや歌謡曲のひっとチャート、
地下街商店の宣伝なんかが放映されていて暇つぶしになるんだけれど、
昨日のニュースに、
「すすきの交番に泊めてくれと頼んできた男、断られ、ガラス窓を割って逮捕され、
希望かなう」というのがあり、笑わされた。
ヒットチャート一位の「ワダツミの木」、さびの部分しか聞いたことないんだけれど、
なんか凄い唄っぽいな。凄まじい歌唱力だ。わけもわからず涙がでそうになる。
深夜、人道りのなくなった地下街に、空調の風に運ばれて風船がひとつ、僕の元
に流れ着いた。何かの縁だと思い家に持ち帰り、一昨年無免許信号無視の屑など3台
もの車に次々と轢き逃げされて死んだ、享年8歳の可愛い可愛い甥っ子の写真立てに
結んだ。
近しい者、愛しい者を失ったことがある者なら誰もが知っていることだが、死ん
だ者は決して消えてなくなりはしない。残された者の胸の内に、抱きしめた腕に消
え残るぬくもりの中に、いつまでも、いつまでも、えいえんに生き残っているんだよ。
悲しい笑みで、微笑んでいるんだよ。いつまでも。
本日の業務、異常なし。
夕日 投稿日:2002年09月02日(月)19時45分15秒
今日は増改築工事が行われている酪農大学の広大なキャンパスの一隅で、クレーン
作業の警備についていた。道路封鎖、通行者誘導など。
僕の立ち位置の近くに豚舎があって、夕方、可愛い女の子が豚に餌をやりにきた。
豚の世話はゼミの課題だそうだ。えさやりを終えて帰り際に、
「ご苦労様です、中に入って豚見てもいいですよ」と声をかけてくれたので、
「いや、豚じゃなくて君があんまり可愛いから美の鑑賞をさせていただいていたん
です」と笑って答えると、彼女は真っ赤になって下を向いた。可愛い(*´Д`)萌。
彼女が去ると夕日が地平線の方に転がって行き、人気のない広大なキャンパスに巨
大なクレーンの影が伸びた。風に吹かれて藁色のかたまりが、影の中を横断してい
った。どこから来て、どこへ行くのだ、おまえは。また問いが始まる。
激しい寂寥感に襲われ、また自殺を考える。
光 投稿日:2002年09月06日(金)17時18分23秒
今日もクレーン作業の警備で酪農大学へいく。たった2時間で終わってしまい、
1500円の稼ぎだ。馬鹿らしい(;´Д`)ンムハァ
もうこっちは寒くって、ももしき履いて、制服の下に2枚もシャツを重ね着し、雨がぱ
らついていたのでカッパを着ていたのだが、それでも寒い。このままこの会社にいて
冬になったらどうなってしまうのだろう。(;´Д`)
酪農大学に来ると死にたくなる。まるで俺の失われた可能性の象徴のようなものに
なりつつある。もしここで働けたらどんなだろう、もし人生をやり直し、このキャン
パスで青春を送ることができたらどんな人生になっただろう。生きる喜び、愛するこ
との喜び、生まれたばかりの幾つもの思いを抱えて、青春をやり直すことができたな
ら!と。馬鹿みたい。
無論かなわぬ望みだ。人生は一回限り、闇の中から生まれ出て、闇の中に帰っていく。
俺の乗っていた電車のレールはもう草むらの中に途切れて、痕跡のようなものになっ
てしまった。老いすぎた。
帰り際、ちょうど餌やりの時間かなと思い、豚舎に行ってみたが、シャッターが閉ま
っており、可愛いあの娘はいなかった。
帰り支度を整え、車に乗り込もうとすると、雲が割れ、一筋の光の帯が牧草地に射した。
黄金色に光る草原、焔のようだ。見上げると、切れ切れにたどられたのは、冷たい光の道筋。
光が、迫っていた。
無縁仏 投稿日:2002年09月18日(水)02時09分43秒
今仕事から帰った。でもって明日ももちろん早朝から仕事なのですぐ寝る(;´Д`)
今日はひさしぶりに札幌駅にいたのだが、通行人が「あっちの階段で人が倒れている
よ」というので行ってみると、どう見ても死んでいる(;´Д`)ンムハァ
駅員に連絡し、救急車を呼ぶ。浮浪者だ。200万都市の巨大な駅の構内で、
名も知れぬ無縁仏がまたひとり。合掌(ρ_;)
俺の最後もきっとあんなふうなんだろうな。
郵便屋さんの帽子 投稿日:2002年10月02日(水)20時25分27秒
強風で電柱が倒壊したのですぐに出てくれという電話で深夜にたたき起こされ、現場に直行すると、数本の
電柱と街路樹が根こそぎなぎ倒されて道路をふさいでいた。警備棒に火を灯し、撤去作業が終わるまで通行
止めをする。時々作業員の目を盗み、電柱を蹴る。一度蹴ると脅迫神経症じみた癖のようになって何度も何
度も繰り返し蹴らずにはおれなくなり、作業員にあぶないぞ何やってんだと怒られた。仕方ないのでじっと
我慢していると、交通誘導棒が神経症患者の激しく痙攣する顔面のように明滅し、先ほどまで電柱を蹴って
いた足先がほのかに青く光り始めた。我慢しきれず監督の目を盗み、再び電柱を蹴ると俺の足先から巨大な
青い火の玉が膨れ上がってスパークし、一瞬深夜の都市の一隅が青く闇の中に浮かび上がった。
こんなことをしていると向こう側に行ってしまうなと思い至り、その後は朝までじっと立っていた。風の
音を聞きながらじっと立っていると、いつものように激しい寂寥感に侵蝕され始める。そしてお決まりの子
宮回帰願望だ。存在の全体性が無の顔をして立ち現われるわけだ。わらぃ。
帰りに、都合のいいおみくじが出ることで有名な神社によって占ってもらうと、札幌駅地下街アピアの広
場で郵便屋さんの物に似た帽子をかぶった19歳の女の子が待っているというのでアピアに行ってみる。郵便
屋さんの帽子というのがどんなものだか知らないのだが、丸くて茶色で可愛い帽子だそうだ。しばらくアピ
アに立ってみたが丸い帽子の女性は一向に現われず、どいつもこいつも四角い帽子をかぶっている。小一時
間ほど待って諦めて帰ろうとしたときだ、パン屋の柱の陰からまさしくイメージどおりの帽子をかぶった少
女がこちらの様子をこっそり伺っているのを見つけたのは。ユリイカ!彼女に違いない。僕に発見されたこ
とに気付くと彼女はあわてて逃げ出した。迷路のような地下街を右に左にぐるぐる回り、メリーゴーランド
のような彼女とのおっかけっこが延々と続く。いい加減くたびれ果てて嫌になったころには彼女の息も切れ
て、捕まえた彼女の顔をみると、黄色い目でのっぺりとした顔の小人の宇宙人だった。
彼女は俺の手の中でドロドロに融けて消えてなくなり、もう自分がどこにいるのかわからなくなった僕は、途方にくれた火星人のよ
うな僕は、とりあえず朝焼けのロンドを口笛で吹いて、カラフルなガシェットに満ちあふれた地下街を、海
の匂いのかすかな幻臭をたよりに左に曲がった。
夢 投稿日:2002年10月29日(火)20時44分06秒
氷雨と霰の降る中、白い息を吐きながら今日も一日立っていた。交通誘導だ。身も心もかじかんで、
もう金なんて要らないから早く終わってくれと思う。人生も、もういい。
すっかり日も暮れて、やっと仕事が終り、かじかんで思うように動かない指で車のキーを回し、
近道をしようと路地裏に入る。選択は失敗で、古びた精神病院の裏で川に突き当たった。
川というよりは半ば人造の暗渠。車をとめて、闇の中でタバコを一本吸う。
精神病院の窓から漏れる明かりにかすかに照らされた黒い暗渠の水の背中が、
時々見知らぬ奇形の魚の背中のようにぬるりと光る。
石狩湾の広大な原野の一隅にその娘と母親が住むなかば廃墟のような家はあった。
切れ切れに続く砂丘と、どこまでもうねり続く原野の一隅に、そのあばら家はあった。
缶詰工場で働く、運のなかった人生をたどる母親と、中学生になったばかりの娘。
僕らは時々荒涼とした海辺で会って、茫々と、茫々とした話をした。
今日の空の色、海の色が時間の経過の中で変容していく様子を、海に映る星の光を数を。
病気がちだった母親が亡くなって、小さな神経病みの少女だけが残された。
くたびれたセーラー服が風になびき、孤独な異郷の神像のように、
少女はたったひとりで、荒廃した海辺の原野に立っていた。
荒れ果てた家は本当にあばら家になって、彼女には助けが必要だった。
僕はこの世の底辺の収入で、彼女を養わなければならない。
彼女には勉強させてやりたいし、綺麗な服も着させてやりたかった。
僕はなんとしても、死んだ母親の替わりに彼女を幸せにしてやらなければならないと思った。
どんなことでもする、どんなきつい労働にも耐える、酒も煙草もやめる。
今朝、そんな夢を見て、白々と冷たい部屋で目覚めた。俺には守るべきものなんて何もなかった。
少し泣けそうになったが、自分の為に泣くのは不愉快だなと思い、耐える。
洗面で鏡を見ると、絶望に慣れることのできない歪んだ笑みが映っていた。
作 ダーザイン(武田聡人)
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