アオシマの1/600 ジグ・マックに入ってたチラシより 『イデオンへの執着』         総監督 富野喜幸 『伝説巨人インデオ』はテレビにあっては挫折の作品であった。その おとしまえをつけるというのが映画版であるというのは不遜にきこえ よう。  この種の映画版のリリースは、好ましいものではないと思う我々ス タッフにとって、『イデオン』を『ガンダム』と同じスタイルで公開 することは、極力排除したかった。  そのために、『イデオン』は2部構成、一挙上映というスタイルを とることにした。  一部はテレビ版をなぞる悪辣なダイジェスト版。しかし、『イデオン』 を知らない方にも要点が判るようにシンプルな構成をとった。  二部は、かつて描くべきであった『イデオン』の終局を予定通りの 構想で描いたものである。  そのために、一部、二部を通して均整のとれた作品となっていない という事実は、おとしまえをつけたいと欲する監督個人の意思とは、 はるかに遠い。映画にあっては作品として完成させたいという願望が あるために……。  しかし、これで良いと信じている。  二部の80分以上にもおよぶ部分の別作は、この1年近くの間細々と 続けられた。そして、確実にフィルム化されていく映像の中に、我々 は『イデオン』の終局を発見しつつある。  それは、“イデ”という無限の力が有するものにもて遊ばれる人々 でもなければ、従容として死にゆく運命を待つ人々の姿でもない。  それは人の業なのだ。そして、その“イデ”なるものでさえも、人 との関係の中でしか成立し得ないという時、人は活生し得るのではな いだろうか?  そんな願望をこめたフィルムが『イデオン』である。そのエピロー グを吐き出せなかった我々スタッフの無念さが、確実に表現を獲得し つつある。その信心が映画版『イデオン』である。第一部“発動編”。 我々の映像の復権を期している。 *『伝説巨人インデオ』は原文のまま