F91LDインナーより ──まず監督ご自身、今回のF91を、どう評価されますか。 評価と言われても、一概にどうこう言える物ではないです。 純粋に作品としての評価もありますが、、商業作品としての評価もありますが、 商業作品である以上、まず最初にビジネス・ベースでの評価がありますしね。 しかし当初考えていた目論見の一部、 新しいガンダムの流れを作るという点においては、 ある程度の成功は収められたと思います。 物語の背景の奥行き。キャラクターの配置。今後の展開の可能性など。 特に設定の広がりは、とうてい劇場用作品1本で収まる物ではありませんから。 もっとも逆に物語を広げすぎたために、消化不良になったという感も拭えません。 その指摘をご覧になった方から受けたら、これは素直に謝るしかないかなと(笑)。 ですから、今後も商売として成立しうる作品を作った…… というビジネス面においては成功。 しかし作品単体として見た場合においては、反省点が数多くある、 という言い方になります。 ──では、近いうちにF92なりF93なりという形で、続編がありうると。 このインタビューを受けている段階では、何とも言えない、としか言えません。 もっとも、発売後何年化してこのソフトを購入された方なら、 その解答が分かると思います。 ──話題を変えます。今回、エンディングでのラストカットに見られるように、 鉄仮面が主人公以上に重要なキャラクターとして扱われているように感じましたが。 今まで数多くの作品で、キャラクターに様々なセリフを喋らせましたが、 やはり記号の上に成り立つ“絵で描かれた”人物である以上、 言えるセリフには限界があるんです。 いかに生々しい、人間の本音の言葉を語らせても、 絵からそれが放たれた瞬間、途端に絵空事になってしまう。 もちろん、本当に絵なんだから仕方ないだろうと言われればそれまでですが。 ところが今回の鉄仮面は、言わば仮面自体が喋るという、無機質な存在なのです。 アニメのキャラクターの記号論から、はずれた存在とも言えるでしょう。 だからこそ逆に、生々しい言葉を言わせても、何の違和感もなかった。 へんに目鼻がついていない分、セリフがアニメ絵にかき消される事がなかった。 仮にジレなり、マイッツァーなりが鉄仮面のセリフを言えば、 あまりにも現実臭が強すぎて、とても滑稽に聞こえるか、臭くなったでしょう。 素直に言いたいことをそのまま、フィルターを通さずに言えるキャラクター。 それが鉄仮面なんです。 だから他のキャラクターはアニメ向きアレンジされていますが、 鉄仮面のセリフには、ぼくの思っていることがそのまま入っています。 それともう一つ。鉄仮面自体、見た目のインパクトが大きいので、 F91と並べるキャラクターとして、エンディングや、 広告などにも出演してもらっています。 ──物語のもう一つの主役であるモビルスーツ。 今回も、様々な意表を突く新兵器が登場しますが、その発想は、どこから来る物ですか。 正直、前から何度も言っていますが、ぼくはロボット物が好きではないんです(笑)。 ロボット物を作らせたら、ぼくより遥かにうまい人は大勢いるでしょう。 ただ、様々な周囲の状況やその他もろもろ併せて、 やはりロボット物を作り続けなければならない。 それならばプロとして、他ではやられていないことをやってやれ、 という意識がまずあります。 それにキライな物だからこそ、素直に頭の中に浮かんでこない。 だからこそ、常に一生懸命アイディアを模索しています。 仮にもし、今回の作品のなかで面白いアイディアがあるな、 と思っていただけたのなら、それはロボット以外の所から、 アイディアを引っ張って来ているからでしょう。 何度も繰り返すようですが、ぼく自身ロボット物は好きでなく、 仕事でない限り他の人の作った作品は見ません。 それはミリタリー物にしてもそうです。 もしこれがロボット物やミリタリー物が好きで、 そこからアイディアを引っ張ってくるのなら、 どうしても既存のワクからはずれた物は生まれてこないでしょう。 同じフィールド内でしか、物事を考えられなくなるからです。 SFの知識、科学知識にしてもそうだと思います。 もっと言えば、ドラマ作劇論にしても。 ──別の所から何かを持ち出して来る、懐の深さが必要と言うことでしょうか。 簡単に言えばそうです。 例えば、世の中で大科学者と称される人の多くは、 面白いことに、楽器の趣味があるんです。 ぼくなんかは、正直それがすごくうらやましいんですが。音楽ベタなので(笑)。 それに歴史に名を残した小説家にしても、医者であったり、学者であったり、 すでに別の分野のプロでいて、なおかつその上で小説を書いていたんです。 人としての幅の広さとでも言いましょうか。 別の視点から社会を眺め、それを踏まえた作品を世に送り出しています。 その姿勢は、アニメーションでも必要と痛感しているから、とても意識します。 ぼくは最近、中世ヨーロッパの歴史に凝っているのですが、 今回のF91でも、表だって目につかない所で、その知識が役立っています。 それは軍政の仕組みについてだったり、 軍隊に必要な馬の徴用だったり━━モビルスーツに相当するわけです━━、 城下町の構造だったりするわけです。 もちろん、画面を見て明確にそれだとは、決して判りません。 ただそういう姿勢こそが、作品を作る上で必要だと感じます。 ──それは、現在の若手スタッフに対しても言えることですか。 もちろんそうです。 それに、この業界に参加したいと考えている人達にも、同じことが言えます。 もし学生だったら、アニメはその仕事に就けばいやというほど見れるのだから、 とにかく、一般教養を身につけ、スポーツでも恋愛でもなんでもいい、 学生時代にしか出来ないことをやって欲しいですね。 こう言うと、ありがちなお説教のようになってしまいますが、 アニメーションというメディアはそうそうなくなりはしないので、 安心して、その分知識を広げてほしいのです。 知識と言うより、人間の幅を広げるべきです。 そうでないと、最初はそれまで見た作品の焼き直しやアレンジで仕事ができても、 いつかそれが枯渇し、いずれどうにもならなくなる時が来るはずです。 そうならないためにも、という事です。 ──では監督ご自身、これからどのような作品を作っていきたいと考えておられますか。 ……端的に言うならば、趣味のいい作品を作っていきたいですね。 趣味が良く、えげつなく、なおかつ面白い。 えげつないという意味の捉え方が微妙な所ですが。 別の点で話をすると、ぼくは、自分の過去の作品を、 出来うる限り忘れようと努力しています。 そうでないと同じ人間である以上、必ず感覚が似通ってきてしまいますから。 例えば、作品を作る前の心の決め方、視点の置き方一つで、 構図一つとっても変わってくるはずです。 万人向けの作品なのか、マニア向けの作品なのか、 エッチな作品なのかとかありますよね。 ただしそれを忘れ、慣れで作ってしまうと、 違う主旨の作品なのに、前作と同じになってしまう。 だからこそ、無理強いしてでも過去の作品は忘れないといけない。 そういうスタンスでこれまで仕事をしてきたし、 これからもそうしていきたいと思います。 ──では締めくくりの言葉として、このソフトを購入された方になにかありましたら。 繰り返し言います。 もしあなたが、アニメーションの職場につきたいと思うのなら、 まず良い感性を磨くことが大切です。 ですから今は、直ちにこのソフトを封印し、 別の何かを数多く見て、数多くのことを感じて下さい。 そして数年後、この作品を思いだしたように見て、 それでもなお、面白いと言っていただけたなら、 仕事をする者として、これに勝る喜びはありません。 そしてあなた方がこの業界に来て、ガンダムを継ぐ新しい何かを形にするまでは、 ぼくも現役でがんばり、この業界を支えていきたいと考えます。 また、この作品を見て、初めてガンダムという作品に触れた方。 少しでも面白いなと感じて下さった方。 そういう方は、中古ソフト屋なり何なりを探して、 手前みそな話で恐縮ですが、ぜひ最初のガンダムを見てください。 最初のガンダムに参加した、単なる一スタッフ、 単なる一演出家として言っているのです。 あの作品は、個人の著作物などという範疇を越えた所にあると思っています。 最初のガンダムには、作劇上の慣れや妥協は一切なかったし、 それでいて、ロボットアニメというジャンルが 完全に確立されて間もない頃の、勢いが内包されています。 また単なるアニメーションの一作品であることを越えた、何かがあります。 『アルプスの少女ハイジ』や『未来少年コナン』などのように、 その時代そのものに認められる力を持った、何かを秘めていると思います。 事実ぼく自身、当時のファンに意外な所で出会い、 現在の自分を支える糧にもなっています。 制作時から10年以上たち、ようやくそのムーブメントの大きさを、 ぼく自身が実感しているわけで、当事者も気付いていない力があるのではないか、 と想像するからです。             (1991年10月7日、上井草・サンライズスタジオにて収録)