NT6月増刊FSSissue 永野 僕が監督と対談するのって、じつは初めてなんですよ。 富野 ウソだ、一度や二度はしているはずだ・・・と思ったんだけど・・・ どうもしていないみたいだね。 −監督は永野さんを「重戦機エルガイム」でキャラ&メカのデザイナーとして 大抜擢したわけですが、注目していたのはいつごろから? 富野 彼が描いた小物の設定画を50枚程度見たことがあって、それで「彼を 呼んでください」とお願いした、それが初めてだったと思います。ただ、いま でもわからないのが、何を見て彼にキャラクターまで頼んだのか、ということ。 彼と会う前に彼が描いたキャラクターを見たことがなかったのにね。 永野 あ、そうですか。僕は当時、メカだけ描いてもしかたがないんでキャラとか、 いろいろ出していましたよ。 富野 企画を進めているなかで、なし崩し的にキャラまでお願いしたんだろう、    という記憶しかなかったが、それはやはり正しいのね。 − では別のデザイナーを考えていた? 富野 いや、それも考えていない。僕は基本的に情報不足の人間なんでしょう    ね、いつも周囲にスタッフがいないという状況から始めているから。実    際に作業を進めていくうちに「これなら永野君に頼もう」という、よく    いえば現場主義、手の届く範囲でお茶を濁していたということです。高    名な誰某を連れてきて、こういう仕事をしましょうというのは一度もや    らせてもらえなかった(笑)。 永野 それはしょーがないですよ、サンライズ自体に人材が少なかったし、「機動戦士ガン    ダム」という作品を見て「こういうものをつくれる人がいるんだ」と監督に寄って    きたのは僕が最初の世代なんですから。 富野 永野君が初めての世代という意識はあります。だけれど僕は”さばき屋”だというのが    嫌ではなくて「それでいいんだ、でなければこんな日銭仕事はやっていられない」    という意識もあった。いまの現場にもつながるけど、自分をアーチストだとかクリ    エーターだと思っている人ほど、ものをろくにつくれない。アーチスト、クリエー    ターというのは自分がそうだと意識していない人のほうが多いということです。天    才に近いところにシフトしている人以外はクリエーター、アーチストっていないん    じゃないか、と最近わかってきた。 永野 「俺はアーチストだ、クリエーターだ」って言っている人に、「じゃ、芸術家なの?」    と聞いたら大半の人ことばに詰まってしまう。つまり”芸術家”っていうのは周囲がそ    う言ってくれるものなんです。 富野 まったくそのとおり。ことばを大切にしたいから”クリエーター””アーチスト”てこと    ばは使ってほしくないです。自分自身が経験しているから言えるんですが「自分に    も何かがつくれるのではないか」と思いたいとき、そういう自分にしがみついてい    ないと自滅していく気分があって、そうしたときには「自分はクリエーターなんじ    ゃないか」と思ってしまうことはありますね。 永野 (富野)カントクは”監督”で、それ以外の何者でもない。「カントク」という愛称、    そして”監督””ディレクター”という職業、それが全部入っているんですよ。でもそれ    って類まれなことですよ?だって宮崎駿監督も押井守監督も、”職業としての監督”    だけど富野さんは単純に”監督”(笑)。 アニメ業界の中で「俺が監督だ」と言いはじめたのは富野さんが初めてで、 それまでは誰もいなかったんだから。 富野 意識的に言ったというのはあります。それは「職業として確立させる」ということ    ではなくて、アニメ業界の中で自分の居場所を見つけていこう、ということでした。    自分は作家にも絵描きにもなれない、それで「監督」しかないというのはあったね。 −  「エルガイム」のころから現在、アニメーションの状況は変化したのでしょうか? 富野 アニメ全体、それ以外の部分も総合してビジュアルの仕事は変わっていくだろうし、    変わらなくちゃならない。変わるためには永野くんのような才能を拾い上げなくて    は、という意識があった。それが15年たって、サンライズの外にはいくつか出て    いるようになったんだけれど、サンライズ内に明快に後続が出てこなかったという    のは問題ですね。 永野 ロボットアニメの寿命が尽きてんだから仕方ないですね。 富野 いや、ロボットじゃなくて”ものをつくるという回路”そのものまで変えなくては、と    思ったんだけれども、それはできなかった。 −  永野さんがデビューした時代はアニメ界にスターがいたんだけど、ここ数年は新し    いスターが出ていないですよね。 富野 ニュータイプやアニメージュのようなアニメ誌はパラパラとしか読まないからよく    知りませんが、でも何人かはいるはずですよ。 永野 いたとしても、それってゲームから来たり、アニメとはぜんぜん違うところから出    てきているわけでしょ?たとえば「∀ガンダム」の安田朗くんだってゲームなんだ    し。安田くんは「ストU」であれだけの絵を描いて、いまの若いゲーム好きの子に    ものすごい影響を与えているのに、名前は表に出てこない。それはゲームのある意    味の弱さですね。で、どうして出てこないかっていうと、アニメーションはハリウ    ッド・スタイルで作品をつくる、つまりプロダクションとして人を集めて1本つく    って終わったら解散、という形に対して、ゲームは会社から始まるからお互い足の    引っ張り合い、企画のつぶし合いなんですよ。 富野 初めに資本ありきだとそうなってしまうんだよね。ということはゲーム会社は官僚    になっていくし、いまがそうだものね。 −  「機動戦士Zガンダム」以降、永野さんはサンライズ作品からしだいに離れていく、    という形になりましたね。 永野 「エルガイム」後、監督には「これでやってください」という要求で僕がすごいデ    ザインを出していたの。それは「僕のモビルスーツはこうだ」とか、「こういうもの    をやりたいんだ」というものでもなかったんだけどね。 −  でも、それは採用されなかった・・・。 富野 そのころ、僕がいちばん心身症にかかっていた時期だったんです。「これはヤバイな」    というのがわかってきたころで、単純な言い方をすると、守りに入ってしまって、    前に行くことをやめてしまったんだろうね。それが僕だけならまだよかったんだけ    ど、サンライズ自身も同じ方向に走っていたために、全部がそう流れてしまった。    僕はさばき屋だから発注される仕事がなければ話しにならない、だから適当なとこ    ろで手合わせをするようになってしまったというのがある。そのころに本当の意味    でうぬぼれることができて「俺は作家だ、アーチストだ」と思えていたほうがよか    ったのかもしれません。自分は作家だという自信がもてないまま「Zガンダム」を    やるぞ、と決めたときに僕の敗北が始まった、と。そういうことです。 永野 それ反論していい?監督が敗北だという「Zガンダム」が、実はいま唯一のタネと    して残っているわけでしょ?「ファースト」ではなく、なぜか「Zガンダム」が。 富野 でも、いまはその残り方が気になって「こういう残り方はいけないんだ」という意    識がある。自分の心身症も含めて業界全体へのカウンター的意味合いで「Zガンダ    ム」を出して「本当はお前らがこうなんだぞ」ということを言いたかったけど、そ    の部分が15年たって、また同じ状況が回ってきて「Zガンダム」が浮上しちゃっ    てるのね。 永野 だったら監督は新しい「Zガンダム」をつくっちゃえばいいんですよ。「Zガンダム」    はシャアの内ゲバみたいな話だったけど、いまの子たちはゲームの影響で「サイコ    ガンダムのパラメーターは強すぎ。こんなの反則だ」とか、そう思っているわけ。    見方が当時のファンとはぜんぜん違うんですよ。そういう子供たちの話を聞いて    「Zガンダム」はこういう話だったのか、と確認してつくる(笑) 富野 なるほどね、はいはい。 永野 たとえば「宮本武蔵」の物語はオリジナルの小説を読んでいる人はいなくて、マン    ガ家がかみ砕いた焼き直しの「バガボンド」(原作=吉川英治?/画=井上雄彦)を    読んでいるわけ。監督も自分の「Zガンダム」を忘れて新しい「Zガンダム」をつ    くっちゃえばいいんです。そしたら僕はタダで最新版ナイチンゲールを描きますよ    (編注:永野メカの中で最もスゴイといわれるモビルスーツ。いまだ未発表・・・)。 富野 うーん、いいのよ、新しい「Zガンダム」も。いいんだけどね、僕は余命いくばく    もないのよ?(笑) 永野 監督は10年前からそう言いながら「ブレンパワード」をつくったり、いろいろや    っているんだから、まだまだつくれますよ。監督というのは作家と同じで、つくれ    る本数とか活躍できる年数は限られていることが多いけど、富野さんは長い間活躍    してるでしょ。これってすごく稀なことですよ。 富野 稀だというのはわかるし、そこで自分の力を信じてもいいはずだし、もっと乱暴に    言うと「富野は天才で特別なのよ」という気持ちもある。でも前例がないから、ど    こにすがれば今年と来年を生き延びられるか、というのがわからない(笑)。 永野 まぁた、なんでそーなのかな(笑)。監督はそれだけのネームバリューがあるんだか    ら、たとえばハイブリットな映画をつくったりもできるでしょ。”ハイブリット”って    のは、このキャラは安彦さん、こっちのキャラは安田くんがつくるってユーさ。監    督が脚本とコンテを統括していれば映画はできるでしょ。 富野 それはそうね。 永野 監督はサンライズの中に弟子や子供はつくらなかったけど、監督が思ってもないと    ころで子供が大勢生まれているんです。僕は鬼子だけど、いちばんの子供で「ブレ    ンパワード」のときもけんかしたけど、あれは親子げんかなんだから、そういうレ    ベルでけんかできる子供がいることを誇りに思いなさいよ。僕は富野さんをボロク    ソに言うけど、でも富野さんをバカにするヤツがいたら、僕はマジギレしますよ。    そういう子供たちを集めて次の作品をつくったらどうですか、と僕は言いたい。い    ろんな業界にいる富野の子供たちに向けてニュータイプで「興味のある人は連絡し    てくれ」って告知すりゃいいじゃん。そうすればゲーム業界からも人が来るし、優    秀な原画マンだって集まってくる。原画マンが15人いれば映画を1本つくれるで    しょ。 富野 できるけど、そういうことをよく平気で言えるなあ(笑)。 永野 でもそれはやらないとね。そうやってサンライズではないスタッフをつくっていけ    ばいい。子供がいるなら、その子供を使いなさいよ。富野監督だったら、何をやっ    ても許されるんだから、やっちゃいましょう。 富野 僕はねぇ、それがダメなの。みんなに好かれていたいから(笑)。 永野 若い女の子から好かれればいいんですよ、サンライズから嫌われても(笑)。 終