∀GUNDAM the MOVIE SOUND TRACKS〜 惑星の午後、僕らはキスをした〜より 私信より                    菅 野 よ う 子 様  ポーランド、クラクフの街路樹の下、粒立った陽ざしのなかに、あなたの赤いランド セルがゆれていたのを忘れることができません。八年も前のことです。狐のようだけ ど、狸のような愛嬌のあるお顔。それが、次に、アウシュビッツのガス室からの帰り道 の草地のなか、おなじような明るい陽射しにゆれていましたね。  陽射しはあっても、秋が深まった強制収容所の史跡の風は冷たくて、ぼくと妻は、 かつてゲシュタポの士官たちが暖をとっていたであろう三階の監視室のガラス窓 から、あなたのお姿を見下ろしていました。その部屋の物たちは、その陰影を無理に 強くして、かつての歴史を語ろうとしているようでした。  ぼくはあのような史跡の意味を体感できる世代のつもりですが、あなたはあの物 たちを正面から見つめようとなさりながらも、とまどっていらっしゃると拝察したもので す。ですから、ぼくは、あの物たちの陰影は影ではなく現実なのだとお話したかった、 という記憶がございます。それができなかったのは、あのときは、あなたが何者か 知らされていなかったからです。  そして、今、スタジオで『月光蝶』のための楽曲を耳にしながら、あなたは、あのとき の記憶をご自身のなかで咀嚼なさったと感じ、とても驚いています。BGMのいくつか には、東京では生まれようがない鋭い旋律がふくまれているからなのです。自覚 なさっているとは思いませんが、体験が記憶になって現在という時に現れるのが 創作だとも考えておりますので、そのように感じてしまうのです。  ぼくの感じすぎかもしれませんが、そのようなものをあなたは『∀ガンダム』という 作品に与えてくださいました。ありがとうございます。  ガンダムという作品は、リアルタイムであれ、フィクションのなかであれ、少なからず 歴史というものがございます。あなたは、その歴史感覚を∀の作業をとおしてご自身 のものになさり、かつ、人の歴史の感触をガンダムにあたえてくださって、ガンダムと ∀を“事実”にしてくださいました。それはとても嬉しいことで、創作をするということ を教えてくださったとも感じております。  そして同時に、あなたはぼくに才能というものを愛し、それに嫉妬することも教えて くださいました。嫉妬することは苦しいことですから、そのような才能には出会わずに 平穏な人生であったと回顧したかったのですが、その夢はぼくの手からはこぼれ 落ちてしまったのです。それでも、命が豊かになることだと自覚できるようになれば、 悦びでもあると呑み込めるようになりました。  だからといって、あなたが完璧な女性だとも思っていないのは、その才能ゆえでも あるのですが、“おまえは仕事をしていても遊ぶときがあるんだよね”と、腹のなかで ののしったりすることがあるのです。  それでも口惜しくも、演奏者をまえにして指揮をなさっていらっしゃるときのあなた の一挙手一投足は、どれほど拝見させていただいていても飽きることがないのです から、“おまえ”呼ばわりした覚えなどはないとも断言できるのです。  いとしくも愛するあなたへ、永くご自愛くださいませ・・・・・・。                              富野由悠季 まゐる 返  信 私は、辛い思いをしたことがありません。 おじいちゃんもおばあちゃんも既に亡くなりましたが、命の順番に還っていきました。 身近な人の理不尽な死や事故、悪意、もちろん戦争による別れの経験もありません。 だから、富野さんがかつて、自分を痛めつけ過ぎて、家から一歩も出られないような 数年間を過ごされたと聞き、そんなにまで傷つくということがどういうことなのか、想像 もできませんでした。 奥さまが、「それでも、<コンクリートの上じゃなく>土の上だけは歩けたのよ、気持ち いいって。」と、その時のことを話して下さいました。でも監督は、そう思ったことすら 覚えてない、と、おっしゃっていました。数年間、霧の中にいたような感じだと。 傷ついた心の有り様を思いやるのは、私には難しく、それよりも、心を閉ざしていても 足のウラは土の柔らかさを覚えていたということに、人間の不思議を感じました。 ターンAという作品に関わりながら、私は、富野さんがいっとき癒された、土を踏んだ ときのハダシの感覚のことを、ずいぶん長いこと考えていたように思います。 クラクフで収容所跡を訪ねたとき、誰かを痛めつけてやろうという暗い情熱を何年も ずっと持ち続けることは、私にはできないと思いました。 それが他人に差し向けられたものでなく、自分自身を傷つける力だとしても同じこと です。幸せな者が思わせぶりに悲しみを語ったところで、それは下品なこと。 不幸を知る人にも納得してもらえる音にするために、と、眉間にしわを寄せるうち、幸せ であること、今ニッコリと笑えるということを恥じている自分に気づいたりもしました。 私は愛されて育った記憶があり、何か大きな力に守られていると感じていて、土の 暖かさを知っている。そんな音を、富野さんに届けたかった。わたしがそうである、 というより、すべての人間に、そう感じる権利があるという思いを込めて。 文章は本業ではないので・・・・。 劇場版のエンディングに流れるすべての曲たちが、ラブレターへのお返事です。 また、一緒に遊びたいな。                                 かんのようこ