第一部
試合開始
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「あなたが、好き、なの。付き合いたいと、恋人になってほしいと、思ってるわ」
彼女は彼女らしく、実にさっぱりと、そしてはっきり言った。
沢村利夫(男子八番)は思ったほど驚かない自分に不思議な感覚でいた。
利夫は非常に運動神経のすぐれた才能の持ち主ではあったのだけれど、特に部活動に入るなどはしていなかった。もっともその点では学年で常にトップの成績で運動神経も優秀な、川田章吾(男子五番)とも似てはいたのだけど、彼とは違い、本当になんの活動もしていなかったわけではなく、学校以外のところでは剣道をしていた。というのも、沢村の家が剣道道場で、父親が師範代でもあった。幼い頃より(実際に利夫自身に記憶がない、物心つく前から)剣道の練習をさせられ、今や全国レベルでも一、二を争う実力の持ち主だった。同じ剣道をやる同世代の中学生にとって、彼を倒すことが、すなわち日本一であるとでさえ言われていた。
学校をいつものように登校した利夫は、いつものように席についた。ただし、明日からはお待ちかねの夏休みだ。クラブ活動をしていない利夫にとっては非常にありがたいものだった。(ただ彼は家に帰るといつも剣道の練習をさせられていたが)
「今日は三年生だけ先に講堂で朝礼するんだって、みんなにも言っといてね」
と川上良子(女子五番)が声をかけてきた。クラスの委員長としての働きをしているのもあるが、彼女には誰にでも気安く話しかけられるという得意技があった。むろん、友達は多い。
川上良子はそれだけ言うと、次々とやってくるクラスメイトに声をかけていった。あっという間に騒がしくなり、結局、良子が言いまわらなくても自然と良子のまわりに輪ができて、話題はもう違うことに流れていったようだ。人気ものは大変だねぇ。ふと、利夫は思った。
川上良子はその気軽な話し掛けやすさとは別に、もう一つみなから好かれる理由があった。ごく単純な、恋に勉強に忙しい中学生にとっても、もっとも単純な理由。良子は誰もがうらやむほどの美しい少女だった。あの神戸二中にはすげー美人がいるぞ、と噂になってよその学校から男子がわざわざ押し寄せてくるほどの(いや本当に大げさではなく、昔なんかの雑誌に街のかわいこちゃんとかいうコーナーで写真付きで載ったことがあって、神戸二中の名前が載ったので実際見に来た男子どもがいたのだ)、とにかくいい女だった。実際のところ、これは本人に聞いたのだが、ある大手のプロダクションがアイドルとして芸能デビューしませんか、と話も来たらしい。本人は丁重にお断りしたそうだが、理由は聞いていない。
そんな彼女だからもっと高飛車になってもよいものだが、ほんとに彼女はごく普通にみんなと会話し、ごく普通の中学生を地でいっている。
川上良子に告白されたのは、昨日の放課後のことだった。
良子とは中学に入って知り合った。と言っても単に席が隣同士だったと言うだけだ。しばらくして、良子が剣道部に入ったので、少なからず交流はあった。利夫の家の剣道場に練習をかねて遊びにくることもよくあった。さらにクラス替えはあったが三年間ずっと同じクラスだった。良子とはつかず離れずの、いわば一番仲のいい友達という意識の方が強かった。だが、彼女は、
「ずっと。ずっとよ。初めて会った日からずっと好きだったのよ」
と言った。
「なぜ突然告白したくなったんだい?」
思ったよりも冷静な声が出て自分でも少々びっくりした。
「卒業までには言うつもりだったわ。――――ただ」
「ただ?」
「卒業まで待てなかっただけ」
不思議だった。思ったより、心に響いてこなかった。
何度か考えたことはあった。良子と恋人になったらどうだろう? ――――しかし、彼女が好きとか嫌いとか言う前に、彼女のような美人が、はたして俺なんかと釣り合うものだろうか、と考えて、いつも気持ちは萎縮していた。自分の器量が、女子から見てどうなのかはわからないが、決して大手を振って喜ばれるものではないだろうと、今までの経験から思っていた。たしか、小学校三年生の時に思いきって、当時好きだった女の子に告白したことがあった。青臭い、今から思えば冗談みたいな恋だった。いや、恋とも呼べないか。何々君の方がかっこいいから。そんな言葉だっただろうか。もう忘れた。その子の顔すら覚えていない。以来、俺は自分から告白するのはやめにしようと思ったし、少なくとも恋人にする人の基準に、『自分の顔とバランスのとれたほどほどの人』が加わった。顔がいい人とは釣り合いが取れないから、付き合うのはやめよう。そんな意識が自分の心を支配した。――――あさはかだと笑え。自分でもわかっている。
だから、良子の告白には驚きよりも、なぜ俺なんだ、と疑問が湧いた。良子なら言い寄ってくる男子は無数にいるし、当然俺よりかっこよくて、いいやつだっているはずなんだ。現に良子に想いを寄せている土岐公太(男子十三番)だっているじゃないか。あいつは俺よりかっこいいし、いいやつだ。だから――――なぜ?
彼女の告白には卒業までに答えを出すと言った。ひきょうだったかもしれない。
昨日から寝れないでいた。――――真剣に、彼女とのことを考えた。彼女は……俺のどこを気に入ってくれたのだろう。少なくとも容姿ではないことはたしかだ。
そんなぼおっとしていたからだろうか。朝礼中にばたっと倒れてしまった。――――おやおや、昨年の剣道チャンピオンが聞いてあきれるね。貧血で保健室行きかい? ずいぶんと病弱な日本一だこと。
利夫は意識を失う前にわずかに、なんだ俺以外も倒れてるじゃないか、みんな熱射病かい? 七月に、講堂で。と思ったが、そこで意識を絶ちきられた。
講堂で朝礼をしていた学生達はいつのまにか全員眠らされていた。そこにいた校長も、他の先生も。マンモス校の神戸二中の三年生がいる講堂の中から、三年C組がいた場所だけがすっぽりと空間を作っていた。
マスクをつけて迷彩服を着た人間達が次々と生徒を運ぶ中、外のグランドでは選手を運ぶ為の大型トラックがぽつんと止まっていた。アクセントには、朝礼にはでない先生たちの、遺体がぱらぱらと散らばっていた。
事情を知らない一年生たちの一部が、「この学校ってこんな時期に学芸会とかするんだ」と、言っていたが、二年生のほとんどは青ざめていた。
大型トラックは荷物を、ある場所へ運んでいた。ずいぶん長い間揺られていたのだが、もちろんここは利夫たちの知るよしではない。どこだか、別の場所から来た大型トラックもそこへ入っていくと、入り口にあった大きな門は閉じられた。利夫たちを乗せたトラックはその場所のある地点に来るとエンジンを止め、中に運び出された。そして、すべての準備作業が終わると、その建物はしんと静まりかえった。
【川田章吾優勝まで あと43人】