BATTLE ROYALE 外伝


第一部
試合開始


 沢村利夫(男子八番)はすうぅっと息を吸いこむようにして深呼吸し、身体を起こすとようやくあたりが妙にくらいことに気がついた。少しだけだがめまいもする。
 なんだ、もう授業は終わってたのか。だとすると今は放課後、この暗さだと夕方か夜。おいおい、なんで誰も起こしてくれねーんだ。俺を学校に寝止まりさせる気かい? どういうことよ、良子サン。
 利夫は今一番最初に思い出した人のことを想った。
 しかし利夫は目の前の席、江口美奈(女子三番)の白いブラウスの方が先に目に入ってきた。いつも授業中にワイワイと騒いでは先生に迷惑がられてる生徒だ。そのせいもあってか、彼女は一番前の席に指定され(ほんとはこのクラスは席替えはくじびきだった。つまり利夫は前から二番目の席で、ほぼ真ん中の位置だった)、いつも先生の目の届くところにおかれていた。ただ、彼女はさっきまで利夫がそうしていたように、机に身体を預けて寝ていた。おかげで今は静かだったが……。
 川上良子(女子五番)は利夫の真後ろの席だったので後ろを見た。
 なんだ、いるじゃないか良子。ああ。他のみんなも。まだ学校は終わってなかったんだな。なにしてんだ、良子。お前が寝るなんてさ。はは、珍しいな。良子が学校で寝るなんて初めてのことじゃないか? ――――ああ、それより、クラスメイト全員が寝てることのほうが珍しいな、はは……。
 その利夫の皮肉な笑いとはうらはらに、表情は硬く緊張していった。クラスメイトが教室で全員寝ていて、机に突っ伏しているというのはどう考えてもマトモではない。いや、そんなもの考えなくてもわかるか。
 利夫は自分の席からざっと全体を見まわした。教室……と最初に勘違いしたのも無理はない。席順が三年C組のままで、錯覚したからだ。実際には、窓のない室内。黒板の代わりのホワイトボード。チョークの代わりの水性ペン。そして、学校のよくあるパイプと木でできた机の代わりの長机。(あの、脚の所が折りたたみで、たまにPTA会議とかで使われる安っぽい長い机だ) 折りたたみのイス……。
 ちょっとした事務所の一室を教室風にしただけで、学校のそれとはまったく違っていた。
 本来なら右隣の席の新浦亮(男子十五番)とは間があった席が、今は同じ机に寝ていたようだ。
 その向こうに大貫慶子(女子四番)の姿が見えた。
 同じクラスの大貫慶子は川田章吾(男子五番)とクラスのみんなから、いわゆるお似合いのカップルとして知られていた。慶子は少しきつそうな目をしているが、これは本人いわく、目が悪いそうだ。コンタクトをしているとも言っていたが、あまり目に合ってないのかも知れなかった。それでもメガネをしてないほうがかわいく見えるのだから、それはそれで良かったのかもしれない。そこでふと思って川田を探した。慶子のそんな話を聞いたのも、彼が沢村にとってごく親しい人間だからだ。川田は一番後ろの席だ。どうやら彼も気がついているようで、自分とちょっと目が合った。ただほとんど何も見えないぐらい薄暗く、ぼやけていた視線がようやく焦点が合ってきたところなので、表情までは見えなかった。暗く感じていたのは何も教室が暗いばかりではなく、自分の目がもうろうとしていたことにも気がついた。
 しかしどう見てもこの異常自体に、何かあったとしか思えない。いったい、何があったというのだろう。その前に、俺たちはこんなことになる前になにをしていたんだろう。いやいや、それよりも重要なのはいっこくも早くこの状況を把握するべきではないのか? ……しかし待て。こんな状況でなにがわかるというのだ? ならば、先に誰かをとにかく起こした方がいいのだろうか。それだと混乱を招くだけだろうか。とにもかくにも良子だけでも先に起こすべきか。
 利夫は短いがさらりとした女性のような髪を一度かきあげると、首を振るように暗い室内をじっくりともう一度見まわした。が、やはり利夫と川田以外は起きてはいなかった。川田になにか言おうかと思ったが何を言っていいかわからなくなったので、ぼおと見ているだけになった。その川田のもっとも親しいといえる(もちろん恋人の慶子は除く)、土岐公太(男子十三番)が見えた。利夫の席から言うと左後ろの方だ。やや細身ではあるが趣味でボクシングをやりにジムに通っているというだけあって、鍛えられた肉体は川田のそれ、とほぼ互角だ。川田自身は運動神経の良さでスポーツはなんでもこなしたし(ただ、走るのはあまり得意でない)、柔道、剣道、合気道、茶道、空手、などなど、少しづつではあるがかじっていた。というのも、川田の父親が『この国には伝統的な文化がある。それを親しまずしてなにが大東亜人だ』と、よく言っていた。川田の父と利夫の父は高校の同級生で武道仲間でもあるらしい。だから一通りのことは幼い頃より武道を経験していている川田の肉体は、それはすばらしいものだ。剣道一本の利夫とは違う。(もっともこれは利夫の父が一つの道を極めてこそ他のこともできるようになるという考え方に対し、川田の父は何事も柔軟に幅広く知ることが必要という教育方針の違いが息子たちに出ていた) 川田の父親は医者でもあるができるだけ薬に頼らない、どちらかと言えば東洋医学と呼ばれるものに近かった。しかし、川田自身は医学には固定観念は必要ない、と父親によく反発し(この辺は融通の利かない父親で変わっていると川田は言う)、西洋医学の勉強を中心に(というか医者になるにはそちらの方がベターだ)やっていたので、双方のよいところをあわせた柔軟な考えを持つことを心に誓っているらしかった。もちろん、医者なんて目指してるぐらいだから学校の成績も学年でトップだった。
 とにかく、そんな川田がもっとも信頼してる仲間が土岐公太だ。公太はやはりボクシングを本気で取り組んでいる為、体調管理や、考え方も大人びていた。ただ、ちょっと変わった性格の三島仁(男子二十番)は彼のことを実直なネクラ少年だよ、とよく言っていた。たしかに公太がギャグをとばしたり、大きな笑い声を上げたりしたことは見たことがない。思いこんだらこれだけ、と言ったところのある。まあ、真面目な性格で、とにかくいいやつではある。心が素直すぎるところが彼の長所でもあり短所だ。あれでユーモアに長けていたら女子たちが取り合い合戦をしているかもしれなかった。(もっとも彼は良子が好きらしいので他の女子には見向きもしなさそうだった)彼は男前だったけど良子の話だと、ちょっと怖い感じがする、とクラスの女子は言ってるらしい。良子はどう思ってるんだ? と聞いたことがある。もちろん公太が良子を好きなのを知って、だ。私はそんなこと思わない。だって、とってもいい人よ。土岐君。――――そうだ。その通りだ。おまけに良子のことを好きだときてる。――――じゃあ、両想いかもな。そう言いかけたのだけど、言わなかった。いや、言えなかったのか……? 良子と誰かが両想いになるのを言いたくなかったのか……?
 その公太と違って対照的にユーモアのある皮肉屋こと三島仁とは利夫と一番仲が良かった。中学生にしてその身長はゆうに百八十センチを越えて、クラスでは一番の身長だった。少し茶色がかった髪を伸ばしてパーマを軽くあてていた。特に不良というわけではないが、細く整えた眉、鋭い眼光、整った顔だちはあきらかに女子が好んでいたし(アイドルグループの人気のある人に似てるらしい)、男から見てもいい顔をしてる。まあ、多少好き嫌いのでる顔をしてるが。ただ、彼は時々シャレにならない冗談を平気で言う、ちょっと口の悪いところのあるやつだった。アーチェリー部なんていう変わった部活動をしていて、彼の実力は全国レベルでもトップに入るらしい。たしかに利夫も剣道の道では中学生では一、二を争う位置にはいたけど、彼の場合は中学生レベルにとどまらず、高校、大学、社会人とあわせたその中でも上位に位置すると言われている。もちろん、そういった正式な大会があるわけではないので、あくまでそう噂されるほどの実力、ということになるが。ただ、これも彼に言わせると、アーチェリーなんかやってる中学生なんてほとんどいないから、どうしてもちょっとできるだけですぐ人気になるのさ。――――ということになる。ただ気の弱い男子にとっては恐れるに値する雰囲気を持っていた。喋ってるとそんなことはないが黙っている時はちょっと怒ったようにも見えたためだ。女性にはやさしく、が彼のモットー(?)らしく、そのユーモアと合わせて彼は女子に人気があった。ただし彼は手当たりしだい女の子に手を出しては遊んでいた。女性には真摯な態度で接するので、とてももてている。特定の恋人は作らないそうだ。その方が何かと都合がいいと言っていた。とんでもないやつだが、頭の回転が早く、人を傷つけることを(肉体的に)極端にきらった。運動神経はそれなりにいいが、いつも本気を出さないので真価はわからない。人を食ったような態度に閉口するものもいるが利夫とは不思議と気が合った。口は悪いが心はやさしい、そんな彼が利夫も好きだった。
 だが、まあそういうこともあって仁以外にも川田や土岐あたりとも比較的仲が良かったといえる。
 もう一度慶子の方を見た。なんとなく川田がそちらを見ていたようなので。――――慶子の隣は、彼女と仲のいい鮎川真尋(女子一番)だったので、今は寄り添うように同じ机に突っ伏していた。――――特に変化はなかった。慶子と真尋は比較的仲のよかった子だったはずだ。活発で行動的な慶子に対して、この真尋という子はどちらかというと内気で、仁なんかに言わせると慶子にあこがれ的な感覚で付き合いをしている友達、ということになる。
 とにもかくにも、まず今の状況を理解しないことにはどうすることもできなかった。とりあえず横にいた新浦亮を起こそうとしたときに光が走った。
 思考が混乱したさなか、それまで薄暗かった灯りが(ここでわずかに外の廊下と思われるところから灯りが漏れていたことに気がついた)、急に明るくなったかと思うと、教室の……いや、その今いる部屋の電灯が点った。
 ちかちかっと蛍光灯が光をもたらし、やがて一定の明りが室内に広がった。目に光を浴びて少し顔をしかめたが視線はその時、がらっと入って来た女に注がれた。

【川田章吾優勝まで あと43人】


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