BATTLE ROYALE 外伝


第一部
試合開始


 大貫慶子(女子四番)は眠たい目をこすると、ふぁあとのんきにあくびをした。
 ごしごしと手の甲で目をこすっていると、なんとなく恋人の川田章吾(男子五番)のことを思い出した。――――章くんって、結構細かいところあるんだから。
 ある記憶が蘇った。
 それは約半年ほど前、去年のクリスマス。慶子にとっては忘れることのできない思い出の日のことだった。彼の家に初めて泊まった日のことだ。付き合ってそれほど長いわけではなかったけど、彼といる自分が好きだった。それまでは自分の容姿にさほどの自信もなかったし、ましてや、ややネクラに見られがちな性格のおとなしい慶子にとって、これほどまでに自分の魅力を引き立たせてくれる人は今までにいなかった。自分に自信喪失ぎみだった慶子が他で唯一自信を持ってできることは、勉強ができる(彼女の場合、元々の実力はさほどでもなかったが、努力家なのでしだいに成績が上昇し、それが喜びとなってさらに勉強するという好循環の中にいた)というのが、自分を支える力となっていた。二年生になるころには頭がいいというイメージが先行して、なにかとたよりにされること(というより宿題を押し付けられることが多いのだが、ややのほほんとした彼女はそういったことにも面倒見がよく、友達に信頼され、人徳と呼ばれるものはかなり高かった。そこでも彼女のまわりには好循環が作用していた)――――が多く、三年生になった今では学級副委員長だった。(普通、女子が副だと男子が委員長、あるいはその逆になっていることが多いのがこの学校では一般的だったが、このクラスにかぎっては委員長も女子で、あの美人で有名な川上良子(女子五番)が委員長だった)
 とにかく慶子にとっては、いわば人がいいだけがとりえの、どこにでもいる何の変哲のない普通の中学生だったが、川田章吾と二年で同じクラスになって出会った時から、その環境が変わりだした。何よりもまず、彼に好かれたい。その一心だけで、それまでしていたメガネはコンタクトに変えたし、内気な性格もできるだけ誰とも会話できるようにと、積極性がでてきたし(それにはもちろん、川田と何かのきっかけで話すチャンスがあった時にどもったり緊張しないための予行練習みたいな意味合いがあった)、やたらと自分の服装だとか髪型だとか気にするようになって、無理に綺麗にするというよりは、ごく自然に彼の前では綺麗でいたかった。何事にも努力家の彼女の一面が垣間見えた瞬間でもあったが、それを知っているのは本人だけだ。そうこうしているうちに、自信はそれほど付いたってわけではないけど、ある種の開き直りみたいな、これでだめならしかたがない。わたしはわたしにできることをしたんだから、と思うようになった。
 結果として、今はその人を彼にしたのだから、間違ってはいなかったということだろう。副産物として、他の男子にもてるようになったのは意外だったが。つまりはそこにも好循環が作用して、彼女は幸運を自らの力で引き寄せるような、そんな才能があった。
 そしてある日に彼と初めて身体を交わした。もちろん初めてだった。彼はどこまでもやさしく、そしてたくましかった。これまで生きてきた中でもっとも充実した日を過ごしたように思う。
 彼は医者になるのが夢らしく、『この国に生まれ、傷ついた人たちを心から癒せるような医者になりたい』それが口癖だった。だから彼はとてもよく勉強していたし(事実学校ではそれほどやってないのに、家に帰ると必ず毎日勉強して、学校でも成績は優秀だった。それを知らない人は不思議に思っている、あるいはねたみに思っている人も少なからずいた)、努力をするということでは、慶子自身とは非常に気が合っていた。その、幾度か身体を重ねたある日のある朝、彼が言った。「あまり手でごしごしやると、目を逆にいためるぞ」――――医者の息子だからか、元々細かい人なのか微妙なところだったけど、わたしが彼の胸に寄りかかりながら起きる時のくせだったので、毎回のように言われた。
 またごしごしやってしまった。でも今は章くんがそばにいない。――――あれ? ここどこだろう。
 ふと横を見るとこのクラスでは一番仲のいい(もちろん彼氏を除いて)鮎川真尋(女子一番)が机に突っ伏すようにして寝ていた。まあ、彼女が授業中に寝るってのは別に珍しいことではないのだけど……。どこか様子が変だった。なによりも奇妙なのは、そのセーラーの襟元から見える、銀の――――首輪のようなものだった。――――あら、変わったネックレスねぇ。あなたの首にぴったり。どう? 締まり具合は。
 そこでふと自分の首に手をやった。――――まさかとは思うけど。……しかし、あった。そこに触れるとたしかに金属質の冷たい何かが。
 ――――ゾクッとした。手に触れた冷たさではなく、背筋に走る何かだ。
 そこでようやくといったふうに慶子はあたりを見まわして、ここが教室、いつもの、学校の教室ではないものの、教室と同じ席であると気がついた。だから慶子は自然と振りかえった。彼の姿を確認するために。
 川田章吾はじっと両手を机の上ににぎり拳をしたまま前を向いていた。いや前を向いていたというよりは睨んでいたというほうが正しいかもしれない。あまり怖い顔をした川田の顔を見たことがなかった慶子はなんだか寒気がした。――――そんな、そんな怖い顔しないで、章くん。
 川田が睨んでいる方向には、一人の女がホワイトボードの前に立っていた。何か考えるまもなく、次に武装した兵士達が次々と室内へ流れこんできた。そして何を思ったのか武装している銃を構えると、あろうことか席に座っている生徒たちに向けた。
 こ、これは何なの。いったい何が始まるというの。――――章くん、これって何? と振りかえろうとしたとき、その川田が――――睨んでいた。自分を。
 ――――どうして!?
 独り言のようにささやくと慶子は恐くなって川田から視線をそらした。
 ――――どうして、どうして章くんが? わたしを睨むの?
 正確に言うと川田は慶子を睨んでいたわけではなかった。前にいる女と、その胸についた紋章。その後ろに並んだ武装した兵士達。この不可思議な出来事。それらすべてを材料に判断してだした答えが……。自分たちがプログラムに選ばれたのではないかと、クラスの誰より先に気がついたのだ。だから険しい顔になって……そして、自分の愛しい人のことが心配になって見ていたのだ。
 慶子と殺し合いを……、クラスメイトと殺し合いをしなければならない。そんな状況を思い浮かべながら。

【川田章吾優勝まで あと43人】


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