BATTLE ROYALE 外伝


第一部
試合開始


 女は三十ぐらいで、ものすごく短いスカートをはいていた。ひざは当然丸出しで、ちょっと高い段の上に乗っただけでも下着が見えるのではないだろうかとさえ思った。上の服装も軽装といえる半そでの黄色いシャツだ。胸にでっかい『M』のマークがついている。女は何気なく見ていた沢村利夫(男子八番)と目が合うと、パチンとウインクした。――――な、なにを考えてるんだ。この女は。
 何もすることがないといったふうに、女はきおつけをしたような格好のまま、身体を左右に揺らして下を向いていた。――――暇なのか。こいつ。
 まったく意味がわからなかった。この状況下で混乱ぎみだというのに、この女と後ろの兵士たちの登場でさらに意味不明になった。どうしていいのかもわからず、ただぼおとしていた。さっきまで色々考えてたことは頭の隅へ追いやられた。
 ようやく思考が正常に働き始めて(といっても実際にはほんの何秒かの出来事だっただろう)、はっと我に返った。何者だ、こいつら。いったいどういうことなんだ。
 今にも口から声がでかかった時、ううんと唸るような声がした。見ると他のクラスメイトが目を覚ましだしたようだ。次々に目を覚ましていく生徒たちをよそに、前に立つミニスカート女は楽しそうにニコニコしていた。まるで、これからデートでもするかのような表情だ。目を覚ました生徒も、どうしてよいのかわからず、また何が起こっているのかわからずにぼおっとしているものが多かった。最初の方に目が覚めた分、利夫は気持ちがある程度落ち着いてきたのか、まわりをざっと見まわした。ほとんどのものが目をこすったり、眠そうな顔をしている。中にはまだ寝ている者もいるようだが。
 その時川田が言った。
 「俺たちはプログラムに選ばれたのか」
 独り言のように言った言葉は、クラスのみんなをぎょっとさせるのに十分な効果を与えた。
 「……あなたは川田君ね。さすがね。学年トップの成績はだてじゃないわねぇ」
 やけにねちっこい声を出す女が、身体をくねくねさせながら言った。
 「はーい。じゃあ、みんな起きたわねぇ。うふふ」
 いかにも楽しそうにしているのはこの女ただ一人。あとの生徒たちは現在の状況と事態をのみこもうとするだけで精一杯だったようだ。
 川田はちっ、と舌打ちすると睨むように女を見た。
 大貫慶子がそれを不安げに見ていた。
 利夫はとっても、何か、とってもいやな予感がした。
 顔はほころばせながら、眼光は狼のようにするどい女が笑った。
 利夫はその言いかたと、この理不尽な状態に奮起していたのだけど、うまく考えが一つにまとまらなかった。
 おい、これ以上俺を混乱させないでくれ。ただでさえ、良子のことで昨日も眠れなかったというのに。
 「じゃあ、ちょっと自己紹介するわねぇ。あたしの名前はぁ〜」
 そう言うと女はホワイトボードにペンで何か書き始めた。キュッキュと音がして、最後にしゅっと文字の後にハートのマークを書いた。
 「あたしの名前はぁ〜舞知マチコ。あなたたちの新しい担任で〜す。前の学校ではマイチング・マチコ先生って呼ばれてたわ。――――いや〜ん。そんな冷たい目で見ないで! 先生こまっちんぐ。ウフ」
 こまっちんぐの、『ま』ぐらいのところで、この女(新しい担任だと? 何言ってやがる)が片足を上げて、手は口元にやり、スカートがひらひらと舞った。見たくはなかったが白いパンツが見えた。利夫のこの前列から二番目の席からはどうしても目がいく。
 「さっきもぉ〜。川田くんが言ったようにぃ〜。あなたたちは『プログラム』に選ばれたの。だからぁ〜、これから殺し合っちゃってぇ〜、ウフフ」
 ふざけるなこのクソぶりっ子アマァ。
 教室、いやただの部屋の一室か。……が騒然となった。当然だ。
 利夫は目が覚めたときにはもう、『何か』起こったんだということは理解できた。普段より剣道で、体力的なことや技術的なことだけでなく、父親から教えられたのは精神力の精進だった。常に平静を保ち、精神を安定させること。何事にも動じない心を作り上げることが、真の道を極めるものにとってもっとも必要とされることだと鍛えられた。(だが、どうやら利夫にとってはそれはとてもできそうにない、無理難題のように思えたが)――――いやしかし、今の利夫にとってこのプログラムの話と良子の告白の話をどうするかがほぼ同じぐらい重要に思えた。(つまりは命の問題と恋愛の問題が)――――良子は今どうしてるんだ? 席が真後ろなので振り向かないとわからない。
 室内がざわついたその隙に、利夫が振り返って後ろを見ようとしたら、
 「いや〜ん。もう、みんなぁ。こっち向いてぇ〜」とまた気持ち悪い声を舞知があげた。
 てっきり、またあの『こまっちんぐ』のかっこをしているのかと思いきや、手には拳銃を持って両手で構えていた。
 「はやくぅ〜、こっちを向かないとぉ――――」次の言葉はある程度想像できたが、それが現実に起こるとまでは予想できなかった。
 「撃っちゃうよ」
 がん、と耳をつんざくような大きな音が響いて、利夫の耳がツーンと鳴った。プールに潜っている時のように、外の歓声は聞こえるが、何を言ってるのかはまるで聞き取れない。そんな感じだった。――――まだ、耳がおかしい。舞知が何か言っているのは見えるが、声が聞こえない。だが、その視線を追うと……。
 どさっと何かが倒れた音が聞こえたのは、はたして耳かそれとも振動を感じ取ったのか、とにかく利夫は横を見た。左のこめかみのところに小さな赤い噴水を作る、下山茜(女子八番)の姿が見えた。下山茜は利夫のすぐ左の席、そこから利夫との間のところにどさっと落ちたのだ。そして、ようやくかすかに舞知の声だけが聞こえてきた。
 「――――でしょっぉ。もう。……でもね、あなたが悪いんですよ。なにしろ、あなたがあたしを見るのが一番遅かったんだから」
 全部の話は聞き取れなかったが、つまりはこうか? はやくこっち向かないと撃っちゃう、と言ったから、一番振り向くのが遅かった彼女が撃たれた、ということか。
 何なんだ。し、死んでしまったのか……。
 こんなのが、こんなのがアリなのか? プログラムってやつは。ずいぶん聞いてた話と違うじゃねえか。――――殺し合いだと!? おお、上等だ。なら、こっちにだって考えがあるぜ。――――殺ってやるよ。何人でもな。ただし死ぬのはてめえらだ。
 親友の三島仁(男子二十番)なんかだと、そんなに熱くなるんじゃないよ。やけどするぜ?トシ。――――そう言われそうだ。そうだ、と思って仁を見ようとした。左端の席の彼は利夫の位置からはちょっと後ろを向くようなかたちにならないと見えない。ただ、それだと舞知が銃を向ける恐れがあった。――――慎重に振り返ろうとしたが……無理だった。その瞬間、舞知と目が合ってしまった。舞知は無言だったけど、その目は余計なことをするなよ、と言っていた。良子の様子も利夫の席からは真後ろなので見ることはできなかった。
 さっきまで何も聞こえなかった耳が回復してきたのに気づくのが遅れたのは、室内がしんと静まり返っていて何も物音さえしてなかったからだ。それにまだクラスメイトが死んだというのにまったく実感がなく、虚無空間の中にいるようだった。――――こんなに冷たいやつだったか、俺?
 無言のまま舞知はすぅと目だけを動かして生徒たちを見まわすと、ようやく喋り始めた。
 「みなさんは、もう中学三年生ですからぁ、ご存知でしょうが。このプログラムというのはぁ、基本的にあなたたちに殺し合いをして最後に生き残った人だけが優勝というルールです。でもぉ、みなさんは知らないでしょうが今までにもあなたたちのように騒がしくしたり、時には先生たちに逆らったりする人もでてきます。……残念ながらぁ、そういう人たちには制裁を加えてもいいようになってるんですよねぇ。だって、収集がつかないでしょ? これは皆さんには関係ない話なんだけど、最大五人までは殺しちゃってもいいのよね。先生が。そういう場合はその生徒は出走取消になって返金……あっと、――――それはともかくぅ、みんな静かにしてねぇ。先生もこれから大事な話をしなくちゃいけないし、間違ったら大変なのよねぇ〜」
 そこまで言うと舞知は困った顔をしてあごに手を当てた。よく困ったふりをするやつだ。
 「でぇ〜、先に優勝したらどうなるか教えるね。これは知ってる人もいるだろうけど、優勝すると総統陛下の色紙がもらえるの。まちこ、みんながうらやましぃ〜」 ケッ、勝手にうらやんでろ。もし俺が優勝したらてめーの口に色紙を丸めて突っ込んでやる。「おまけとして生涯の生活保障もあるけど、それはいらないなら辞退してもけっこうよ。――――じゃあ、次。ルールの説明ねぇ〜」
 舞知がくるりと後ろを向いてホワイトボードになにか書き始めた。生徒のほとんどのものは舞知のペースに引っ張られて(かくいう俺もそうだが)、みなそこだけを見ていた。利夫は前の方の席だったのでまったく気がつかなかったのだけど、この『教室』の後ろ。最後尾の席で右端の生徒、西岡祐太郎(男子十六番)がすぐ横の後ろの扉に手をかけて逃げようとしていた。突然、背後からがらっと音がして、利夫は後ろを振り返った。西岡祐太郎が後ろのドアから駆け出そうとした、まさにその瞬間、だだだだと爆音がして西岡が後ろ向きに吹っ飛んだ。反対の壁にぶつかって止まり、壁を背にもたれるようにしていた西岡はずるっと身体を沈めて、その壁に血の跡を作った。全身からどくどくと血液が流れていくのが見えて、これは治療してもとても治りそうにない致命傷であることはすぐにわかった。
 「あらあら、残念ねぇ〜。先生、みんなを信用してたから、わざと後ろのカギはかけてなかったんだけど、万が一誰かそこから逃げようとした時に、すぐに撃ち殺せるように兵士達を置いておいたのよねぇ。でないと、カギをかけるかここにいる兵士たちが逃すわけないもの」
 ――――わかっていたはずだ。誰かがそこから逃げようとするに違いないと。こいつは――――と、そこまで思っていると、「さあ、じゃ。こっち向いてぇ〜。でぇないとぉ〜、先生ぃ〜」 例のカウントダウンが始まったので、さっと前を向いた。やはり、銃を構えていた。利夫はこういったところでは気の機転と冷静さを保つことができるのだが、他の生徒は必ずしもそうとは限らない。舞知の目が一点を捕らえた。
 「撃っちゃうって言ったでしょ」
 がん、とまた大きな銃声が響きわたった。窓のない密閉された空間では、音の反響はすさまじい。利夫は……二回目も慣れなかった。ツーンと耳が鳴って、物音が聞こえない。皆が目をしかめながらも撃たれた方向を見ようとした。が、舞知が「ほらっ、よそ見しない!」 と叫んだので無理やり視線を前に戻した。――――誰が。……誰が撃たれたんだ。右の方だったが……。緊張のあまり身体がこわばっていた。剣道の試合でもこんなことはなかった。全国大会決勝で一本先取されて、あせっていた時もこれほどではなかった。
 舞知に……視線の自由さえ奪われていた。

【川田章吾優勝まで あと41人】


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