第一部
試合開始
4
大貫慶子(女子四番)は隣の鮎川真尋(女子一番)の腕から流れる血を、どうすることもできずに見つめていた。何か治療をしてやりたいのだが、いかんせん舞知が銃を構えて狙っているのだ。逆らえば容赦なく撃たれる。――――慶子はただ、がたがたと震えた。
彼女は一瞬振り向くのが遅れた。それもしかたがないことだった。少なくとも彼女はさっき後ろで撃たれた西岡祐太郎に好意を持っていたはずだった。どこまで好きなのかは、はっきり言ってくれたことはなかったが。――――慶子は思った。もし、さっき撃たれたのが章くんだったら……ゾッとした。とても考えられない。とても想像したくないことだった。何しろ彼は一番後ろの席に座っているのだ。撃たれたのが一瞬、男子だったので冷や汗をかいた。彼じゃなくて良かったと思ったことは事実だ。西岡君には申し訳ないが……。
わたしだったらきっと、振り向いたままで、いえ、きっと駆け寄って一緒に撃たれてるかも知れなかった。真尋には気の毒だけど、命があるだけでも良かった。真尋は肩口を撃たれたものの、致命傷、というところまではいってなかったように思えた。章くんなら、医者の息子で自身も医者を目指す彼なら治せるのではないか、と思った。しかしもちろん、そんなわけにはいかなかったが。
「さあ、もういいかげんルールの説明をさせて頂戴。あまり時間が押すと皆さんもつかれるでしょぉ?」
慶子は前を向いたままだったのだけど、できるだけ教室の生徒の様子を見ておこうと思った。――――これから殺し合いが始まるのだ。まだ細かいルールは説明されてないけど、殺し合いを喜ぶ人間もこのクラスにはいるのではないか? そんな気がした。
恋人の川田章吾がこのクラスで親しくしていた人物を思い浮かべた。無口だが、真面目でやさしい性格の土岐公太(男子十三番)だ。この二人は除いてもいいだろう。あとは……沢村君と三島君。この二人もどちらかといえば章くんと仲がよかったはずだ。あとは……わからない。不良グループのボス的存在、仁村俊幸(男子十七番)あたりは何かしでかしそうだけど、他の男子たちもよくわからない。今になって、同じクラスメイトとはいえ、希薄な関係だったんだなぁと痛感した。元々このクラスは全体的に仲のよかったクラスなのだろうか。特にまとまりがあったようには思えない。
女子は……。信用できるのはこの真尋だけだ。悪いけど。
女子たちのいじめは陰険だった。仁村くんたちが鈴村鋼(男子十番)をいじめているのとはわけが違った。たしかに彼らは鈴村くんに休み時間に蹴ったり、ボールやなんかを投げつけたりしていたけど、学校が終わればそれまでの関係だった。高橋愛子(女子十一番)みたいに放課後に呼び出されて、金品を要求されたり、集団リンチされたりとまではなかったはずだ。売春して金を持って来いとか言われたこともあるらしかった。慶子もそんなことは許されるべきではないと感じてはいたものの、もし彼女に味方すれば自分もいじめの対象になってしまうと……まあ、誰もがする言い訳で逃げていた。そう、たとえ川田が守ってくれたとしても、彼女たちは家にも、あるいは兄弟にも関係なく襲いかかってくる。とにかく陰険で、水面下でいじめは続いていくのだ。
彼女たちとは野ノ原遥花(女子十七番)を含む、保坂千春(女子十九番)と田口はるな(女子十三番)だ。他の不良はよそのクラスだから直接は関係ない。野ノ原遥花はそうとう悪どいことをやっているとも聞く。信用などできるわけがなかった。彼女たちは左隅のところの席でひとかたまりになって座っていた。
他に仲のよい友達もいるが、それがたとえ川上良子のように人望のある人間でも、信用とまではいかないと思った。――――わたしを理解してくれる人は章くんと真尋だけだ。
真尋は傷口の右肩らへんを押さえてじっとしていた。目が……目の焦点がどこかおかしいように見える。もしかすると、意識が朦朧としているのかもしれなかった。でも……真尋が殺されなかったのはそれでもラッキーだったといえるのだろう。殺されては何にもならない。そうだ。このプログラムが始まったら章くんとなんとか合流して逃げればいい。章くんなら……なんとかしてくれるはずだ。今まではずっとそうだった。
「うふふ。いい子たちねぇ。今ぐらい静かだと先生も説明しやすいわぁ」
教室は静まり返っていた。誰も……何も喋らなかった。いや、喋れなかった。
舞知は再びホワイトボードに何か書き始めた。と、同時に舞知の後ろに数人ならんでいた兵士の内の一人がプリント用紙のようなものと鉛筆を配り出した。
慶子も前の席の方だったので、それは割と早く配られた。目を落とすと、どうやら地図のようなものだった。横に細長い”島”が書かれていて、一箇所だけこの”島”と”本土”を結ぶような橋が書かれていた。後は特になにも記載されていない。ただ将棋のマス目のように縦と横に線(グリット線というやつか?)が引かれており、縦にA,B,Cと続いて、横軸に01、02、03と書かれていた。マス目は10×10になっていた。
前を見ると舞知もホワイトボードに同じようなものを書いていた。ただ、このマス目で言うとG=01のところに×印を書いて、拠点と記した。
「さあ、今みなさんの手元に地図と鉛筆が配られていますが、見ての通りこの地図には何も記されていません。ですから実際に自分で歩き回って書きこんでいってくださいね。ただし、先生それだとみんなが困っちゃうと思ったんで――――」 また、あの困った顔をした。 「親切にも今みなさんがいる場所だけは教えておきます。――――はい、これですね。いいですかぁ? Gの一番のところですよぉ。書いておかないと迷子になっても先生知りませんよぉ。あとぉ、ここは島なのでぇ、当然島の人には出て行ってもらいました。だから誰もいません。思う存分殺し合っちゃって下さいね。うふ」
その言い方、声にうんざりした。クラスメイト同士に殺し合えなんてどうかしてるわ。たしかにこのクラスは特別仲が良かったわけではない。でも、本気で殺し合いなんてする人は……いないと信じたかった。
教室が異様な空気に包まれた。
だが慶子は見てしまった。クラスメイトたちがちらちらっと疑うような目つきで目配せしたのを。
そう、自分が唯一女子で信用できると思った真尋でさえ、ちらっと慶子を見ていた。……まさか。
【川田章吾優勝まで あと41人】