BATTLE ROYALE 外伝


第一部
試合開始


 まずい、まずいぜ。こんな時だけ視線を動かすのは自由なのか、舞知よお!
 ぎりっと歯をくいしばって沢村利夫はいらだちを押さえた。これではますます疑心暗鬼になるじゃねえか。クソ。
 舞知は全員の様子を卑屈な笑みを浮かべながら見ていた。
 「はーい。じゃあ、こっちむいてぇ〜」
 全員がはっとして前を向いた。また、視線硬直モードだ。
 「それじゃあ……あ〜ん。先生どこまで言ったか忘れちゃったぁ。もう、だめね先生。こまっちんぐ、ウフ」
 例の『こまっちんぐ』の格好をしていたが、笑えないし目をそらすこともできなかった。だが……。
 「はい、そこ!」
 がん、とまたも銃声が響いた。背後で「ぐわっ」、と叫び声が上がった。利夫の左後方、教室のやや後ろのあたりの席、杉田慶史(男子九番)ががたがたっと席の間に倒れこんだ。口から赤いものが飛び出していた。
 「う〜ん。まだわかんないのかなぁ。先生が喋ってる時は先生をちゃんと見ること、いい? ――――はい、じゃあ、早く自分の席に座りなさい。いつまでも寝そべってないで。早くしないと、あなた邪魔だから出走取消にしちゃうわよ」
 杉田慶史は胸のあたりを押さえてまだ、うずくまっていた。――――あの状態で立てだと!? 無茶言うんじゃねえ。
 横から及川大輔(男子四番)が手を出して起こそうとしていた。小さく、「大丈夫か」と声が聞こえた。彼はそっけない男としてこのクラスでは通っていたので意外だった。なにごとにも無関心な、ちょっと冷たい感じのする男だと思っていたが……。彼に肩を借りながら慶史は必死に起きようとしていたが、途中でずるっと体勢を崩すとその場に倒れこんだ。その拍子に、げほっと口からまた血を吐いた。――――もう、彼はだめかも知れなかった。みなから『ケージ』と呼ばれて好かれていたごくいいやつだったのに。利夫とはあまり交流のないクラスメイトではあったが、さっきの茜や西岡同様、知っている人間の死に様をみるのは嫌気がさした。――――ちくしょう、なんでこんなことになるんだ。
 「ほらぁ、もうダメかしら。――――ちょっと及川くん。そこをどいてくれる? やっぱり邪魔だから殺しちゃうね」
 そう言うと舞知は銃を構えなおした。――――やられる!
 「待て! 無茶を言うな! 時間が押さなければいいんだろうが!」
 突然、川田章吾が叫んだ。言ったが早いか川田はさっと慶史に歩みよると、後ろから脇の間に手を通して席に座らせた。川田は一瞬及川と目を合わせるとさっさと自分の席に戻った。それを見て及川の方が遅れて自分の席、慶史の隣に座った。――――かろうじて。かろうじて慶史は生き長らえた。
 舞知は黙ってその一部始終を見ていたが特には何も言わなかった。しんと静まり返る室内に慶史の血のしたたる音だけがぴちゃぴちゃと鳴っていた。そうとうな出血量だろう。あの、独特の臭い。文字通り血なまぐさい臭いが辺りに充満した。そしてそれは十分気分を悪くさせるのに効果があった。――――せっかく川田が助けはしたが、とても生き長らえるとは思えなかった。そして、静かに舞知が再び話を続けた。
 「……はい。ではルールの説明を続けます。ここを全員がでたらぁ、自由に殺し合いをしてもらって構いません。どこにいっても自由だし、何をしてても結構です。ただし、この島は海に囲まれてますがぁ、実際に海に潜ったりすることはできません。なぜかと言うとそこは禁止エリアだからです。それと、地図には書いてませんがこの建物をはさんで反対側にも、図でいうと01の左の方ですね。そちらにも島がありますがそちらも禁止エリアです。ちょっと会場にするにはこの島は広すぎるんでほぼ真ん中で分割しました。おかげで今度は逆に狭く感じるかも知れませんがごめんなさいね。でも隠れるところが減ってやる気のある人にはチャンスですからねぇ。――――はい、ではそこでえ、自分の首を触ってみて下さい」
 言われた通り首を触った。――――イヤな。とてもイヤな感触がそこにあった。――――首輪だ。利夫はすでに気がついてはいたけど(何しろ振り向いたりするたびに擦れて気になる)、ちらほら「えっ」とか声が上がった。初めて気がついたものもいたようだ。そりゃあそうだ。この異常事態の中で利夫のように比較的冷静な判断のできるものなどそれほどいるはずもなかった。
 「もしぃ、禁止エリアに入るとその首輪爆発しちゃうの、あは。おもしろいでしょ。それでね、今いるこの建物から全員が出ると二十分後にここは禁止エリアになっちゃうのね。だからこのGの一からは早く出ていった方が無難だってことはわかるわよねぇ。それで出発の順序だけど、男女交互に出席番号順にでていってもらうのね。それとこれから支給する武器や食料と一緒に。渡す武器はランダムで、出て行く最初の人もくじで決めちゃうの。一応、不確定要素、っていうの? そういうのを作るためにね。――――ああ、それとね。あ〜んもう、先生いけないなぁ。忘れっぽくて。二時間ごとにぃ、禁止エリアが増えていくのね。どんどん動ける場所が少なくなってきて、みんなと遭遇する確率が上がっていくのね。それでどこが禁止エリアかっていうと、それは零時と六時、午前と午後にわけて一日四回放送でみんなに伝えま〜す。その時に何人死んだかも報告するから参考にしてねぇ、えへ。――――あとは二十四時間だれも死ななかったら全員失格。つまりは全員の首輪が爆発するので適度に殺し合ってね。あ、でも今までのプログラムで時間切れになった確率は0.5%ぐらいだからたぶん大丈夫よ。ああ、その首輪外そうとしても無理だからね。無理にはずしたらこれも爆発しちゃうのよね。だから注意して」
 視線をロックされたままなので、首輪をいじってるものはいないとは思ったが、一部、落胆の声が聞こえた。
 「それじゃあ、さっそく出発してもらおうかしら」
 そう言って舞知が何やらポケットから封筒を取り出した。さっと横にいた兵士がはさみを舞知に手渡して、舞知は封筒の上の部分を丁寧に切りだした。しゃきん、とはさみが封を切り終えた時に後ろで、どさっ、と何かが倒れる音がした。視線のことを忘れて思わず振りかえった。
 杉田慶史が床にうつぶせで変な姿勢に倒れていた。完全にその動きを止めていた。慶史のまわりが血で染まって、小さな水溜りを作って横たわっていた。その時なぜか利夫は横に座っている及川を見ていた。及川は横目で慶史を見ているだけで今度は何もしなかった。もうだめだと思ったのか、それともさっきのは芝居だったのか……。だったら名演技だったぜ。ごく自然で。むしろ川田の方が怪しいぐらいだ。たしかに川田は運動も勉強も優れている優等生だけどさ。(まあ、なにしろ、自身が医者を目指しているというだけのことはある) 学年トップの成績で。それでいておごることのない性格で。少しだけだが――――。ほんとに少しだけだが、川田こそ良子にぴったりのいい男だと思ったこともある。もっとも川田には大貫慶子という恋人がいたが。
 その時、「……ぃぃぃいいいいいいい。ひいいいいいい!」 と奇妙な声を上げた女子がいた。
 慶史の真後ろの席、いつも大人しくて、ちょっとお嬢様育ちのような天色真夜(女子十五番)が、全身をがたがたと震わせながら……泣いていた。

【川田章吾優勝まで あと40人】


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