
第一部
試合開始
6
「はい、うるさいわよ。天色さん」
舞知が少しいらだったように言った。さっきから、口調が早まってきている。なぜかはわからないが、あせっているようにも見えた。
「落ち着け、真夜!」
背後でまた声がして、利夫は振りかえった。
言ったのは天色真夜の恋人、都ゆきひろ(男子二十一番)だ。このクラスには川田、慶子の二人以外にもこの二人が公認の仲だ。あとは、まあ、水面下で恋の戦争が繰り広げられている。――――と、そんなことを言ってる場合ではない。都だ。どうするんだ。下手にすると舞知に……。
「ああああ、ゆきひろくん。……ケージくんが、ケージくんがぁ!」
「落ち着け。とにかく……今は落ち着け!」
がたっと都が席を立ちかけて、真夜の言葉を制した。
「うるさいわねぇ、二人とも。処分しちゃうよぉ」
「待ってくれ、少しだけ時間をくれないか。……おい、真夜。とにかく、落ち着いて静かにしてるんだ。……後は。……俺がなんとかしてやるから」
「いやよ、いやよゆきひろくん。怖い。怖いわ」
真夜がばっと席を立って、斜め前にいる都に歩み寄ろうとした。涙をぼろぼろ、ぼろぼろこぼしながら。
「いけない! くるんじゃない。落ち着くんだぁ!」
「どうして!? どうして、いっちゃいけないの? 助けて。……助けて、ゆきひろくん」
「ちょっと、あなたたちぃ!」
「座れ! いいから座れ、真夜!!」
「席につきなさい。……でないとぉ〜」
「真夜っ!! 座れえええ!」
しかし、真夜はふらふらと彼へ向かって歩き出した。もう、彼女の目はただ彼だけしか捕らえてなかっただろう。次の瞬間最悪の展開が待っていた。
舞知が撃った。
もう何度目かの銃声が室内に響いた。
まるでスローモーションのように天色真夜が後ろ向きに倒れこんだ。額から赤い軌跡を空に残しながら。
「真夜ぁ!!」
都がたまらず真夜に駆け寄った。
その後ろ向きの背中にまたも舞知が銃弾を二発浴びせた。真夜に覆い被さるようにして、都が前のめりに倒れた。
立て続けに発射された銃声が、ぐわんぐわんと利夫の耳に耳鳴りを起こさせた。――――クソッ、これじゃ聴覚麻痺になっちまうぜ。しかし、なんてこった。殺し合いどころじゃない。一方的な殺戮じゃないか!
舞知が銃を左右に振って何か叫んでいた。口の動きから、おそらく座れ、といってるようだ。ちくしょう。まだ耳がおかしいぜ。舞知がこちらに銃を向けてその動きを止めた。銃口が真っ直ぐ利夫の頭をねらっていた。
はっと気がついて、利夫は席についた。いつのまにか興奮して立ちあがってしまっていたようだ。
「――――のよ。いいかげんにしなさいよ。どうして先生の言うことが聞けないのかしら。変なことをしたらもう予告無しに――――」 舞知は後ろを振りかえって、「あなたたち、自分の判断で撃ちなさい」 と言って、また前に向き直った。
「いい? もう次からは容赦しませんよ。予告もなしです。邪魔したら即刻撃ちます」
ふう、と一息おいて、舞知は再び言った。
「もう時間がありません。予定の時刻をかなり過ぎてしまいました。さっそく出発してもらいます。他にも何か言っておくことがあったと思うけど、もういいです。あなたたちが悪いんですからね」
めちゃくちゃだ。自分に統率力がないのに、人のせいにしてやがる。――――しかし、ここは何も言えるべきところではなかった。
「ええと、何をしてたのかしら。――――ああ、そうそう。出発の順番を決める封を切ってたのね。――――えー、最初に出発するのは……女子十七番、野ノ原遥花(女子十七番)さん。あなたからです」
いっせいに全員がそちらを見た。野ノ原遥花……このクラスの、いや、この学校の”ワル”だ。限りなく金髪に近い茶色の髪をした遥花が、すっと席を立った。切れ長のすっとした目は、ときに美しさを覗かせるときもあるのだが、たいていの場合、それは”睨み”にしか使用されなかった。
「準備ができたならさっそく出発してもらうけど……」
「……構わないわ。いつでもいいわよ」
まるで口から冷気でも放出するかのように、おそろしく落ち着いた声で遥花が言った。そのハスキーな声も今は余計に場を震撼させるほどの迫力があった。
「じゃあ、ここの廊下を出たところにあなたたちへ支給分のデイパックがあるの。そこにいる兵士たちがあなたたちに渡すから、それを受け取ったらこの建物からすぐに出て行くのよ」
遥花は静かに肯くと席を離れ前にでた。何事もなかったように遥花は部屋を出ようとした。
「あっ、ちょっと待ってくれるかしら。野ノ原さん」
もうドアに手をかけていた遥花の手が止まって、振りかえった。――――ぞくっとするほどの流し目だ。
「みなさんも聞いてください。今から教室をでるって人は、そこのドアから出る前に宣誓してもらうことがあります。――――え〜、それは『私たちは殺し合いをする』、と三回みんなに大声で伝えてから出てください。――――はい。じゃ、野ノ原さんどうぞ」
とまどいぎみに遥花が舞知を見た。さすがの彼女も動揺が見られた。
「さあ、どうぞ。――――最初だから先生も協力してあげる。――――私たちは、殺し合いを、するっ。はいっ!」
「わ……」 一旦言葉を飲みこんで、言った。「私たちは殺し合いを、する」
かすかな、小さな声だ。
「はい、もう一度。私たちは殺し合いをするっ!」
「私たちは殺し合いをする」
「はい、元気出して! 私たちは、殺し合いをするっっ!!」
「私たちは殺し合いをする!」
最悪だ。
こんな宣誓があってたまるものか。他のみんなも出る時にあれをやらされるのか……。そして自分も。――――宣誓! 我々はあ、スポーツマンシップにのっとりい、正々堂々とお、殺し合うことをちかいます!――――ちっ。
「では、次。『やらなきゃやられる』。これも言いなさい。――――はいっ、やらなきゃやられる!」
「や……やらなきゃやられる」
「やらなきゃあ、やられるうう!!」
「やらなきゃ、やられる」
「やあらぁなぁきゃあぁあ、やあぁらぁれぇぇるるぅぅううう!!!!」
「やらなきゃ……やられるっ!!」
舞知の最後の『るぅ』のところはいくらか巻き舌で叫んでいた。それにつられたか、遥花もいくらか最後の『やられる』のところは語気が強くなった。
「はい。行っていいわよ。時間もないから」
つとめて落ち着いた声で舞知が促した。――――ちくしょう。時間がないだと? なら、こんな無駄なことをやらすんじゃねーよ。ちくしょう。ほんとに腹がたつぜ!!
「みんなあれぐらい素直にしてくれると先生も楽でいいわぁ。――――それじゃあ今から約二分後に次の人、男子の十八番の人に出て行ってもらいますからね」
そう言われた男子十八番、間壁春人(男子十八番)が大きく目を見開いて硬直していた。
そのいつもの陽気な表情とは違って、こわばった表情が顔に貼りつき、小刻みに震えていた。
【川田章吾優勝まで あと39人】