
第一部
試合開始
9
大貫慶子は教室をでたあと廊下にいた兵士からデイパックを受け取ってすぐに先に進んだ。舞知の話だとこの中に武器や食料が入っているらしい。間壁春人の遺体はできるだけ見ないようにしていた。
廊下は真っ直ぐな一本道で、突き当たりに左右に別れるところがあった。左の道に抜けるところは五、六メートル先にまた別の武装した兵士が銃を脇に抱えてこちらに向けていたので、考えなくてもそちらに行ってはいけないのだということがわかった。向きを変えて右側を向くと、すぐ目の前に上に上がる階段があった。外の出口付近だろうか。その辺りがぼやあっと明るかった。そこで、ここが地下だったことに気がついた。
慶子はデイパックを肩にかけるようにしてその階段を上がった。
外は暗く、出口にある外灯が光っていた。星一つ無い真っ暗な空が一面に広がり、今出てきた建物の玄関の外灯だけがわずかな光源だった。それほど真っ暗だった。
わずか数メートル先も見えないほど、そこには闇が存在した。
――――章くんを待とうかしら……。
そんな考えが浮かんだのはごく自然なことだった。次に出てくる生徒はなにしろその川田なのだから。
しかしこのプログラムにおいて、それが大変危険だということは、明りの下でぼおっと立っていることは自殺行為にも近い。慶子はまだ、クラスメイトたちを信じていたので(多少疑ってはいるが)、そのことが――――自分が今危険な状態にあるということを認識できないでいた。
本当になにも見えない。ここがどこなのか(舞知は島だと言っていたけど)、どれくらいの規模なのか、どんな地形をしているのか。そして――――。
はっとそこで慶子は気がついた。――――今、何時なんだろう。
慶子は腕時計を見てみた。すると時刻は零時四十五分を指していた。今はどう考えても夜だから午前の零時四十五分が今の時刻となる。慶子が順番で部屋を出る前に、すでに三十分はたっているから、この試合は零時過ぎにスタートしたということになる。舞知が時間が押していると言ってたので、おそらく零時にスタート予定だったのだろう。なぜ、舞知がそこまで時間を気にしたのかはわからなかったが慶子はとりあえずそんな計算をしていた。
もう最初の人間がスタートしてから三十分もたつのだ。ここがもし起伏のすくない島なら、相当遠くまで逃げて行くこともできているはずだ。この拠点がたしかG=01で西の端だったから、とりあえずは皆、東へと流れて行ったんだろう。――――今だったらみんなを集めて……。いいや、無理だわ。今更みんなを集めてどうなるというの。特に最初に出発した生徒はあの野ノ原遥花だったんだ。へたをすればもう彼女は誰かを殺しているかもしれなかった。そりゃあ、わたしだって彼女が人殺しを平気でするとは思えない。だけど、普段の素行の悪さから、彼女がそうやってクラスメイトを襲っていくんではないかと、疑われても仕方がないだろう。実際彼女は部屋を出るときに恐ろしく冷静なように見えた。あの宣誓で”やる気”になったと言えなくもない。
慶子はぶるっと身震いして、さっき自分がした行為を思い出した。
――――やらなきゃやられる。
その言葉が慶子の頭からくっついて離れないでいた。口にだしていったもんだから(慶子はこわごわと小声で言っただけだけど)、暗記するにはもってこいの方法だ。どれだけイヤでも意識の中には残ってしまう。
慶子はやる気になったとは言えないが、それで信じることができなくなったのは事実だ。自分がこれだけ疑ってしまうのだから、他のみんなだって自分のことを疑ってくるかもしれない。それが舞知のきたないやり口とはわかっていても、やはり頭の中から払拭はされなかった。
ふと、なにか物音、いや、足跡か? 聞こえる。
慶子は振りかえって後ろを見た。――――章くんなの?
と、その時気がついたのだけど、慶子が今出てきた建物に『矢ノ島中央消防署』と書かれている看板があった。
矢ノ島?
聞いたことがなかった。瀬戸内にあるどこかの島だろうか。
考えをめぐらせる前に、人影が目の端に映った。はっとしてそちらを振り向くとそこにスカートが見えた。
「誰っ?」
「――――しっ、あたしよ。慶子」
ぼやあっとした闇の中から浮かんできたのは、慶子がもっとも信頼している鮎川真尋(女子一番)だった。
「真尋ぉ! よかった。無事だったのね」
思わず大声で叫んだ慶子に真尋は顔の表情を歪めた。
「静かに! 慶子、ここは危険だわ。早く隠れないと!」
言うのもわずらわしく、真尋は慶子の手を掴んで引っ張り、建物の影へと連れ去った。「章くんを待って・・・」川田を待っていることを言おうとする前に、もう外灯の光が届かないところまで引っ張られた。
「ちょ、ちょっと待って、真尋。今、章くんを待ってたのよ」
「何言ってるの!」
強い声でさえぎられた。
「あんなところにいたら殺して頂戴って言ってるようなものよ」
「で、でも――――」
「でもも、へったくれもないの!」
また言葉をさえぎられた。
「川田くんと会う前に死体になっちゃうわよ。――――さ、とにかくこの近くは避けた方がいいわ」そこで一旦言葉を切ると続けて言った。「この先に公園のようなところがあったわ。割と広そうな公園よ。まずはそこに避難しましょ」
真尋は慶子の手を握ってどんどん進んで行った。――――ああ、もうそろそろ章くんがでてくるころだわ。……でも。――――と慶子は思い直した。真尋はきっと外灯のしたでぼおっとたっている慶子をどこかから見つけて、身の危険をかえりみず慶子を助けようとして来たのだ。そうだ。今は殺し合いの最中だったんだ。あんなことをしてては命がいくつあっても足りない。
慶子は真尋に感謝した。真尋は慶子のことを思って、助けにきてくれたのだ。そこでようやく思い出したのだが、真尋は肩口を怪我していたはずだったのだ。にもかかわらず……。
「……もう、ここまできたら大丈夫かしら」
ふう、と息をつくと真尋は慶子の手をそこでやっと離した。真っ暗で、かなりぎこちない歩き方を続けたせいか、ちょっと歩いただけなのにすでに二人ともぜいぜいと息をはいた。生暖かい風が吹いてじわりと汗が下着に染み込んだ。
【川田章吾優勝まで あと38人】