
第一部
試合開始
11
「ありがとう……ごめんね、真尋」
慶子が呟くように言うと、真尋は慶子をちらっと見てあいまいなほほ笑みを返した。
「慶子。見た?」
真尋が唐突に聞いてきた。
「えっ? 何を」
「部屋を出るときよ。あの兵士たちに荷物を渡された時」
思い返してみたが深い印象がない。ただ怖くて荷物を受け取るとすばやく立ち去ったように思う。
「あたしのね。……前にでた男子なんだけど――――」
真尋の前――――岩瀬也守(男子一番)。陸上をやってる足の速かった男子だ。
「それが……岩瀬君がどうかしたの?」
「彼、デイパックじゃなかったわ。あたしたちはこれだけど」
そう言って、真尋は片手に持ったデイパックを軽く上げて見せた。
「ちらっとね……遠くに見えただけだから何とも言えないんだけど、彼、ゴルフバックのような大きな荷物を抱えていたのね。それで、あたしも慌ててたから気がつかなかったんだけど、たしかデイパックを渡された時にたしかに大きなバックもいくつかあったように思うのね。支給される武器で大きな物って、あんまり想像つかないけどたぶん殺傷能力の高いものじゃないかしら」
慶子はゆっくり考えながら答えた。
「わたしは……わたしもよく覚えてないんだけど、そう言われたらそんな気もするわ」
「慶子の武器って何?」
真尋が質問を変えてきた。
「まだ見てないわ。――――真尋は、なんだったの?」
先に出ている彼女はもう武器ぐらい確認してるだろう。そう思って聞いた。
真尋はデイパックの中から手のひらサイズぐらいの石ころを取り出した。
「こんなもので撲殺でもしろって言うのかしら」
おどけるような感じで喋ってはいるものの、顔の表情は固いままだった。真尋が促すようにこちらを見ていたので、慶子はその場でデイパックの中身を確認してみた。あまりの小ささに最初それが武器とは気がつかなかった。
「何それ、慶子? 先割れのスプーン?」
「そう……みたい。これがわたしの支給の武器らしいわ」
「どうやら――――二人とも武器は”外れ”だったようね」
そう言って、真尋は少しがっかりしたように息をついた。
そこでまた慶子はさっきまでの考えが頭をよぎった。――――わたしは無条件に真尋を信用してるけど、彼女自身はどうなのかしら? わたしのことを疑ってはいないのだろうか?
「でも、慶子がいてくれると安心する。あたし、が信用できるの、慶子だけだから」
馬鹿だった。真尋はわたしのことをまったく疑ってはいなかったんだ。だって、そりゃそうよ。彼女はわたしを助けにきてくれたじゃない。どうして信用できないものですか。疑ったのは……わたし自身がそういう目で彼女を見ていたからなんだわ。
慶子はなんだか自分が恥ずかしくなってきて真尋に言った。暗くてお互いの顔の表情ははっきりしないが、いつもの真尋の顔に対して、自分は強い後悔のような表情をしているだろう。
「真尋……わたし。……疑ってた。なんだか、さっきの教室でも……わたしのことを疑ってるんじゃないかって。馬鹿ね。わたし。真尋が……真尋がそんな目でわたしを見てたわけじゃないってのは考えたらすぐにわかることなのに。ごめんね。ほんと」
少しの間があって、それからぽつりと真尋が言った。
「……イヤね。……あたしが、慶子のこと疑うわけないじゃない。慶子のことは誰よりわかってるつもりよ。慶子の人のいいところも、性格も、もしかしたら川田くんより知ってるかもしれない。それに――――」
ああ、真尋は……真尋はこんなにもわたしのことをわかってくれてたんだ。少なくとも、それだけ見ていてくれたんだ。
「それに――――色んな男の子にもてるところとか。――――だから」
真尋。わたしはうれしい。ずっと一緒よ。わたしたちはずっと友達、いえ、親友よ。生涯の。たとえ、どんなことになってもそれだけは変わらないわ。
「――――だから」
ぱっといきなり空が明るくなったかと思うと、またたくまに轟音がそこらじゅうに響いた。それは雷が鳴った時のようなシチュエーションにも似ていたし、大地を揺らすような地響きが慶子たちのいる公園の広場のようなところにも届いた。
体のバランスを崩しながらも光の差した方角を見ると、さっきまでいた消防署の建物の背後から赤い炎がたちこめていた。(実際には真っ黒な煙の塊も立ち昇っていたのだけど、慶子のいる位置からは公園の木々にまぎれて暗いこともあり、はっきりとは見えなかった)
「何? 何が起こったの!?」
突然の爆発(?)に驚きを隠せずにいた慶子はしばし呆然とそれを見ていた。――――真尋に背を向けるかたちで。
真尋は落ち着いていた。そんなことよりもっと重要な問題があった。建物が爆発しようが誰が死のうが、もう関係無い。
すっとデイパックを開けると中から”本当に支給された武器”を取り出した。デイパックを下に置き、右肩の傷をややかばいながらその柄の部分を両手でしっかりとにぎると、そこから先に見える銀色のとがった部分を慶子に向けて構えた。炎の光を反射しながら。
「ねえ、真尋、章くんが心配だわ。わたしやっぱり見てく――――」
振りかえりながら喋ろうとした時にどん、と体がぶつかったので最初、慶子は真尋が倒れてきたのかと思った。明るくなった空が二人の体の間から流れる赤い液体を写しだし、思わず慶子は真尋の怪我がひどくなったのかと思って、大丈夫? と声をかけそうになったが、遅れてにぶい痛みが自分のお腹のあたりからして、一瞬息ができなくなった。
慶子のへその横らへんに細いナイフが突き刺さっていた。柄の部分には真尋の手がしっかりと握られ、慶子を見据えていた。その瞳は、憎しみと怒りと、どこか遠くをみるような哀しみの目をしていた。
「許せなかったの。あなたが」
震える声で真尋が言った。
なぜ? どうして???
そう問いかける前に慶子はその場に倒れこんだ。傷の痛みのショックよりも何か、別のするどい痛みが胸のあたりに走った。バラバラと何かが壊れていくような感覚だった。どっ、としりもちをついて地面に手をつきながら、開いてる片手でお腹の刺されたところを無意識に押さえていた。
――――どうして???
真尋は手に血のついたナイフを持ったまま立ち尽くしていた。がくがくと身体を震わせながら、顔と口を歪ませながら真尋が言った。
「あなたが……憎かった。ずっと……昔から」
「ど……ぅして……?」
かろうじて声を出して慶子が訊いた。
しかし、その答えが返ってくることはなかった。ひゅん、と空を切る音がすると、どつっ、と真尋の胸のあたりから音がした。細長い棒のようなものが真尋の胸の真ん中あたりから飛び出していた。
「あ」
それだけ言うと真尋はくずれ落ちるように倒れた。
矢の飛んできた方角を慶子は見た。小高い丘になった公園の花畑の中から学生ズボンをはいた生徒が炎の明りに照らし出された。
また、ひゅん、と鳴って慶子の顔の近くを何かがかすめた。当たらなかったが、確実に何かが慶子を襲った。腹の痛みをこらえて慶子は走り出した。一番近くの茂みにまぎれこむつもりだった。だん、と音がして、慶子のすぐ近くの木に細い棒が突き刺さった。必死に走って、木々の間にまぎれこんだ。走ったせいか、血がぼたぼたと少しは遠慮してほしいぐらい流れ出ていた。
慶子の姿が公園から消えると、アーチェリーを持った岩瀬也守(男子一番)は、「ちっ」と舌打ちした。それから続けて独り言のように、「こんなことなら三島に使い方でもならっとくんだったぜ」と言ってぼやいた。
そしてそれからゆっくりとまだ息をしている真尋に近づいていった。
【川田章吾優勝まで あと38人】