BATTLE ROYALE 外伝


第一部
試合開始


13

 真尋は今、胸部を打ち抜かれ息も絶え絶えの死にそうな状態ではあったのだけど、完全に死んでしまうところまではいってなかった。
 幸いなことに胸部に刺さった黒い矢(アーチェリーで使用する矢で、ブラックシャフトに黒い羽のついたものだ)は急所をわずかに外しており、ただちに治療すればなんとかもちそうな傷ではあったが、矢は意外と深く突き刺さっており、自力で抜くことは困難に思えた。
 横向きに倒れこんだような体勢になっていた真尋は身体を起こそうと試みたが、ずるっと手がすべってまた倒れた。
 ――――ふふふ。きっと天罰ね。
 真尋は自分のした行為を恥じた。とても愚かな、人間としても最低なことをしてしまった。
 遠い記憶が蘇った。中学生になって同じクラスになった慶子と初めて出会った日のことだ。
 どこかちょっとおどおどした感じの眼鏡をかけた大人しそうな子だった。真尋もまた、慶子と同じように教室の雰囲気になじめず友達を作れないでいた。その時は真尋が出席番号二番で慶子が三番だった。そのせいもあってか、少し二人の間に会話が生まれた。そしてそれはしだいに自然なものとなり、二人はいつも行動を共にする友達へと変化していった。とても楽しい記憶だけが残る一年生時代だった。
 ざっざっと、土を踏みしめる音が聞こえてきた。誰かが真尋に近づいてきた。顔を少し動かしてみたが残念ながら空はまだわずかに明るいものの、ぼやけて見えなかった。自分の目の焦点が合わなくて見えないんだとわかり、もう自分は長くはないな、と感じ取った。
 また古い記憶が蘇る。
 二年生になると慶子とは別々のクラスになった。だけど慶子と放課後に遊びに行ったり、お互いの家を交互に遊びに行ったり(泊まっていくこともあった)、二人が一緒にいる時間が減ったのは授業中だけだった。自然と戯れることが二人の間で流行って、ハイキングや山にバードウォッチングに行くようにもなった。二人とも同じような体力だったので、同じペースで歩くことができるから、それはとても快適なことだった。それから時にはそれぞれのお気に入りの服を交換して着てみたりした。二人はよく似ていた。いや、ずっと一緒にいたから似てきたのか? とにかく何もかもが同じだったと言ってよかった。もちろん、好きになった人も同じだった。だけどそこで何かが少し狂った。
 慶子は最初から川田くんのことを好きだったわけではない。これは川田自身もおそらく知らない事実だろうが、最初、慶子は二年から同じクラスだった西岡祐太郎のことが好きだったのだ。だから、というわけではないにしろ、あたしも西岡君のことを気に入っており、二人で恋の話に盛りあがったりもした。西岡君と付き合えることになったら……そんな話もした。あたしはその頃、西岡君以外に自分と同じクラスの川田くんにも惹かれていた。彼は男らしく、それでいて頭も大変良かった。(西岡君はちょっとやさしい感じの母性本能をくすぐるようなタイプで頭はあまりいいとは言えなかった)
 あたしは西岡君は慶子に譲って、川田君にのめりこんでいった。だが、昨年の冬。慶子が川田君と付き合っていることを他の生徒から聞いて知った。クリスマスを彼の家で過ごしたことも人から聞いた。悔しいというより、なんだか哀しかった。川田君を取られたこと自体はさほど苦にはならなかった。そんなことより、慶子が自分に隠し事をしていたことの方がショックだった。たしかに慶子は川田君をあたしが紹介してあげた時から各段に綺麗になっていった。眼鏡はやめてコンタクトにしたし、着るものも今まで二人が選んでいたようなものではなく、ちょっと大人びた、素敵な服を好むようになった。髪型も、身だしなみも、すべて行き届いてるような”きれいな女”になっていった。――――あたしは何一つ変わることがなかった。だからといって、川田君のことを慶子より好きじゃなかったというわけでない。同じくらいかそれ以上、想う気持ちは負けてはいないと自負していた。――――表現方法が違っていた。慶子とは。
 とても落ち込んで、悲しくて、裏切られた気持ちでいっぱいだったけど――――慶子を嫌いにはなれなかった。好きだった。とても。憎らしいぐらい。
 三年生になって四人とも同じクラスになった。川田君と慶子はより親密になっていたようだ。あたしはもう、二人の邪魔をしなかった。哀しいかな二人とも好きだった。憎んでも憎みきれない、そんな気持ちを払拭したかったのだろう。自分でも。慶子がいい見本だった。あたしも変わらなくちゃいけない。もっと、もっと綺麗になって川田君よりいい人見つけるんだ。元々二人は同じ位置にいたのだ。彼女がちょっと先に大人になっただけよ。慶子がしたように、あたしもまた、好きな人を見つけて綺麗になろうと思った。――――ちょうどその頃に西岡君が声をかけてきた。新しいクラスになって間もない時だった。「また同じクラスになったね。女子では鮎川さんだけなんだ。二年と一緒なのは」――――本来、川田君より先に彼を好きになりつつあったのだから、すぐに彼を好きになるのはたやすかった。一度だけ四人でダブルデートをしたことがあった。もっとも西岡君とは付き合ってはなかったけど。悪い感じではなかった。もしかするとあたしを気に入ってくれてるのでは? と思うことさえあった。だけど彼はあたしではなく慶子のことが好きだった。慶子と仲のいいあたしを介して慶子と話をすれば川田君に気をつかうこともなかったから。――――あたしが彼に告白した時に、そう、言われた……。
 あたしの暗い闇の中に沈んでいた、深い狂気がふつふつと湧きあがるように膨らんできた。その憎しみに似た心は一度慶子に向けられ、それはなんとか自制できたものの二回目の今回は押さえることができなかった。心の隅のどこかで、彼女に復讐する機会を待ち望んでいる自分が見え隠れしていた。
 なぜか……チャンスだと思った。あの女……舞知とか言うおばさんにプログラムに選ばれたことを言われた時に……待ち望んでいたチャンスが来たのだと思った。慶子をちらっと見たときに目が合ったのでその心が悟られるような気がして、それからは慶子とは目を合わせなかった。部屋を出るときも、さっき再会した時でさえ、実はちゃんと目を見れなかった。
 とても――――愚かで――――惨めで――――最低な女になった。
 なぜだろう。慶子とは同じスタート地点にいたのに……。なぜだろう。慶子はあたしの生涯の親友だと思っていたのに……。なぜ……。あたしは慶子を憎まなければならなかったのだろう。
 そして、真尋は小さな声ではあるがはっきりと呟いた。
 「慶子は、もてるし、あたしなんかと違って垢抜けてて、恋人も自分の力で作ったし、それなのにおごるようなところがなくて、努力家で、あたし……だから許せなかった。なぜ、慶子ばかり……どうしてあたしが好きになった人は慶子に取られるのか……」
 それから、真尋は涙をこぼしながら言った。
 「でも…………ごめんね。慶子」
 だしゅ、という音がして真尋のこめかみのあたりにブラックシャフトが突き刺さった。
 岩瀬也守(男子一番)は「ふん」と真下に横たわる真尋を見下ろして、足で軽く彼女を蹴った。真尋はすでに頭部を黒い矢が貫通していたので死んでいたのだけど、反応を試してみた。
 「これで二人」
 岩瀬は身をひるがえしてさっきまで自分が隠れていた花畑に取って返した。
 「ほんとは大貫の方がよかったんだけどなぁ」
 ぶつぶつと独り言をいいながら、花畑に横たわる下着を引き千切られた女の死体に近寄った。
 岩瀬は手に持ったおおぶりなアーチェリーを横に置くと、その死体の太腿あたりを手でさすりながら下腹部の方にまで手をやった。まだ、生暖かい胸のふくらみの部分に顔を押し付けるようにしてまさぐりながら、学生ズボンを下ろした。
 「さっきは爆発とかあって邪魔されちゃったからねぇ。へへへ」
 赤黒いうっ血のある女の首元を首輪を避けて這うようになめずりまわし、その、かつては美しかった顔にキスをした。今は首を締められた時の影響でむくんで見える、とても美しいとは言いがたい顔の表情だった。苦しみと、悔しさをいっぱいにした女の遺体。
 そこは最初の禁止エリアに引っかかっていたが、岩瀬は気にせずに女を屍姦していた。
 川上良子(女子五番)の身体はすでに冷たく、白い人形のようになっていた。

【川田章吾優勝まで あと36人】


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