第一部
試合開始
15
茂みを抜けると視界が広がって、海が見えた。
かすかに潮騒の音が耳にも聞こえてくる。かなり髪が明るい色をした少女がそこに降り立った。
野ノ原遥花(女子十七番)はD=2のこのほとんど何も書かれていない地図で唯一目印のある橋の近くまできていた。どうやらそこには先客がいたようで、遥花は警戒しながらもその人物に近づいていった。
白いブラウスがかすかにさしてきた月明かりに照らされ、遥花の目に写し出された。
――――あれはどっちかしら。
遥花は頭に浮かんだ二人の人物をそこに想像していた。女子生徒のシルエットは彼女が描く二人のうちのどちらかのはずだった。だが、そこにいたのは彼女が想像したそのどちらでもなかった。
ショートカットの髪が見えて、その髪が揺れると遥花と向き合うようにして目があった。
皐月儚(女子七番)が驚いたように遥花を見ていた。
「ああ、皐月。……千春たち見なかった?」
遥花は普段と変わらない口調でごく自然に聞いた。ここに本当は保坂千春(女子十九番)と田口はるな(女子十三番)がいるはずだった。
しかし脅えたようにして皐月は遥花を見て、がたがたと震えていた。
「どうしたの、皐月?」
遥花が皐月にすっと近づいた。
「こないで!」
緊張した皐月の声があたりに響いた。「こないで……お願い」半歩後ろに下がって皐月は身を引いていた。
「どうしたのよ。心配することはないわ」
遥花が皐月にぐっと近づいた。
「……こないで」
かすれて声が小さかった。遥花はさらに彼女にぐっと近づいた。
「信用できないのよ。……あなたがどう、とか言うんじゃなくて――――あたし、誰も信用できない」
脅えた表情のまま皐月が言った。
そう、この子はよくわたしたちを突き放した目で見ていたわ。学校で、教室で、いつも、優等生ぶって、わたしたちを不良のできそこないだとでも思ってたんだわ。
「恐れることはないわ。わたし、あなたになんか興味ない。ただ――――」
皐月が後ろの橋の断崖のぎりぎりのところまでさがった。「ただね。ここで待ち合わせしてるの。だから、わたし、ここにいなくちゃいけないだけなの」
「待ち合わせ!?」
ぽかんとして皐月が言った。その言葉の真意を確かめているに違いない。
「どうやって……待ち合わせなんか」
ほうらきた。この子はわたしの言うことに疑問を抱いている。いつもこうだ。この子は。わたしたち不良の言うことなど違う種族の生物が喋っているかのように下卑する。
「方法は色々とあるものよ」
うっとおしかったし嫌いだった。この女は。
自分の考えがいつも正しく、道徳や誠実がこの世の正義のすべてだと信じている。この女はまだ世の中を知らない。ガキだ。
突然、皐月がビール瓶のようなもので襲いかかってきた。遥花はなんなくそれを避けたが……。
「いやああぁぁぁぁ!!」
めちゃくちゃに瓶を振りまわして突進してきた。さっと避けると皐月はそのまま遠くへ走り去った。遥花は特に追いかけることはしなかった。
何なのよ。あれは。
一瞬ムッとしたがそれだけだった。彼女はただ恐れていただけなのかもしれなかった。どうでもよかった。ただ、殺すチャンスを失ったことだけは確かだった。
まあいいわ。まだ、そう急ぐこともないでしょう。みんなを殺していくのは三人集まってからでも遅くはないはずだわ。
遥花はあたりを見まわして見たが気配がなかった。――――ちょっと来るのが遅かったかしら。
遥花は消防署を出てから真っ直ぐこのD=2を目指して一旦到着したのだけど、部屋を出てから一時間ちかくたった時に消防署の方角で爆発が起こった。D=2からははっきりと見えなかったので、様子を見るために丘になって少し高くなっていたD=3の方へと移動していたのだ。そして遥花が移動している間に皐月が橋のところへ迷い込んできたというわけだ。
丘から見た消防署は建物の西側から炎が上がっているらしかった。さすが消防署だけあって(?)すぐに火は消えてしまったのだけど、もうもうと舞いあがる煙がまるでこれから起こる戦いののろしを上げているようで、いくぶん緊張した。――――殺し合いを始めるための幕は上がったのだ。ふふ、わたしが最初にみんなの代表で宣誓もしたことだしね。
遥花はぐるっと見渡せる丘から景色を一望した。ただ、そこよりもさらに高くなっている東の山から先は当然見えなかったが。
その時に確認したのだが、交番の赤いランプが東の方角に見えた。もしかするとそこにこの島の地図があるかもしれないと思って、だいたいの位置は頭の中にいれておいた。今はまだそこには行けない理由があった。遥花は保坂千春と田口はるな二人と橋のところで待ち合わせをしていた。同じ不良仲間で信用できるという理由もあったが、それ以上に三人には深い絆があった。それこそ、誰も介入することのできない深い深い絆。――――友情とは少し違う。
遥花は橋の欄干にもたれかかって、自分に支給された地図をスカートのポケットから取り出した。それは不器用に一部切り取られていた。あの部屋で遥花自身が破いたせいだ。あの部屋で……この地図が配られた時に遥花はすばやく地図の島の部分とはおよそ関係のない海になっているところを二箇所切り裂いて、裏にD=2と記した。それを兵士たちが次々と他の生徒たちに配っている間に隣接する席にいる二人に渡した。おそらく気づかれてないはずだった。いや、気づかれてたら人を撃つことに何の抵抗も感じられない舞知に撃たれていただろうから、やはり気づかれてはないのだろう。
なぜD=2かと言うと、この地図で唯一目印らしきものが書かれていたからだ。書くのは『一番東』とかでもよかったかもしれないが、他に何も書かれていないこの地図では実際そこがどうなってるかわからなかったので、こっちの方がいいだろうと判断した。
まずはこのゲームに勝つには仲間が必要だと思った。見張りだとか武器の調達とか(ちなみに遥花の支給武器はちかんよけスプレーだったので殺し合いには実用的ではない)、具体的な理由と、他になんとなくではあるが一人でいるよりは三人の方が生き残れる可能性が高そうに思えた。――――あくまでも遥花自身の直感だが。
最後に三人が残れば……。それも考えてある。彼女たちに話せばきっと理解してくれるだろう。――――わたしたちは必ず最後の三人になるまで生き残る。それだけは遥花の中に自信があった。
それに……わたしは生き残らねばならない。どうしても。死ぬわけにはいかないのだ。わたしには待っている人がいる。わたしを必要としている人がいる。わたしはどうしても生きて生還しなければならない。
思った。
――――舞。必ず帰るから。わたしはあなたの元へ必ず帰るから。待っていて。
遥花は振りかえって海を見つめた。遠くにかすかに見える水平線。あのわずかな隆起は本土だろうか。あそこには神戸の明りがさしているのだろうか。
――――舞。
彼女のやすらかなほほ笑みが思考を廻った。
がさがさっと音がして、さっき遥花がでてきた茂みの方角から一人の女子生徒が出てきた。まっすぐ遥花に向かってきていた。小柄なショートの髪をした保坂千春だった。わたしは手を軽く上げてほほ笑んだ。彼女もまた遥花を見てほっとしたようだ。彼女の話だと、爆発があったので消防署の方を見ようと丘の方へ行ってたそうだ。まったく遥花と同じことをしていたのだ。戻ってきたら遥花が立って待っていたというわけだ。
しばらくお互いのここへ至る経緯を話していると、今度は田口はるながやってきた。彼女のスタートは爆発後だったのでその話になったが、周りの様子を見てくる余裕はなかったようだ。ここまで誰とも会わずにこれたことにほっとしていたようだ。遥花はちらっとさっき皐月と会ったことを言おうかと思ったが、話がややこしくなりそうなのでやめた。
そして遥花は言った。――――私たちは殺し合いをする、と。ただし殺すのは他のクラスメイトで自分たちは協力しあうと。気の早いはるながじゃあ最後に三人だけ残ったらどうするのか、と聞いてきた。それも説明した。最後に三人だけ残ったらどうするか。あまり普段と変わらない淡々とした口調だったかもしれなかった。だが、二人とも納得した。わたしの提案に二人とも合意した。これでわたしたちはパートナーだ。いや、殺し合いをする一つのチームと言った方が正しいか。とにかく殺人集団になったことは間違いない。私たちを見てクラスメイトたちは恐れ、逃げ惑うかもしれない。私たちは容赦しない。みんな殺してやる。――――私たちだけが生き残るために。
その作戦を説明しながら遥花の思考は別のところへと飛んでいた。淡々と語る自分を見ながら思い出していた。――――舞。
「じゃあ、ちょっと移動しましょ。さっき交番みたいなところを発見したの」
「――――あ、あたしも」
遥花が言うと千春も言った。さっきはよほど近くにいたのだろう。
「もしかするとこの島の地図が手に入るかもしれないわ」
そう言うと二人とも驚いていた。千春はそこまでは思いつかなかったらしい。
「うまくいけばずいぶん有利になるんじゃない? あたしたち」
はるなが嬉しそうに言った。――――無邪気な……笑い。
――――舞。
三人は三人とも警戒しながら移動を試みた。少なくともいきなり襲われる心配はなさそうだった。
移動しながら……遥花は思った。――――舞。
わたしは必ずあなたにもう一度会うわ。あなたにもう一度会ってあなたを抱きしめて……二度とあなたを一人にはしないわ。ごめんね。夏休み前の終業式なんてでなければよかった。どうでもいいのに。そんなの、どうでもいいことなのに。ごめんね。――――お母さんを許してね。舞。
【川田章吾優勝まで あと35人】