
第一部
試合開始
16
その部屋に最後に残った生徒は仁村俊幸(男子十七番)だった。仁村は今までクラスメイトをずっと静観していたのだけど、自分の前に出て行った中村友美(女子十六番)の姿が見えなくなると名前を呼ばれる前に立ちあがった。
どんな時でも彼は慌てた様子を誰かに見せたことはなかった。冷静……というよりは、つねに残酷な姿勢を保ち続けているといったほうがよい。人との距離を置いて、何気ない会話の中にも一つの見えない壁を作っていた。さらに彼は笑うことが少なかった。おもしろいことがないわけではない。少しは笑うことだってあった。ただ、それが不良、と分類される人間たちを袋叩きにして病院送りにした時に、わずかににやっと口を歪ませるだけだった。
仁村は利き腕の左手で軽くあごをさすった。何か考えている時の彼の癖だった。短い髪をピンピン立てている彼は、鋭い目つきで舞知の正面に向かって歩いた。
彼はケンカに負けたことがなかったので、気がついた時にはこの神戸二中の不良のボスに祭りたてられた。他校から因縁をつけられて泣きをいれてきた不良たちのかわりにそいつらを叩きのめすことはあった。だが、仁村自身は決して自分が不良などという部類の集まりとして見られることを嫌った。いつも「お前ら馬鹿の相手は疲れる」といっては、誰かとつるんで悪さをする、ということもなかった。(ただし無断欠席はよくあった)その為につねに不良と言われる学生たちには目をつけられていたものの、彼に勝てるものはいなかったので、いつのまにか不良たちは嫌っているが逆らわない。普通の生徒たちは怖い不良の一人と変わらない。とそれぞれに見られていたので、どっちつかずのまま彼は孤立していた。だが、彼はそれを好んだので(人に干渉されないことを好んだ)苦にはなってなかった。
仁村は現実だけを信じる無神論者だったが、不思議なことに己の予感、感性などは信じていた。かぎりなく本能をそのまま受け止めて生きるのが彼の考え方だった。だから――――彼はこのプログラムに選ばれた時も、特に何も感じなかった。ただ、そうなんだと理解した。彼は昔から何も変わっていない。生まれた時からこうだった。目の前にある現実だけを見て生きる、人生の傍観者のようでもあった。
仁村は生徒が舞知に殺されていく時、舞知の銃の弾の数を数えていた。(死体になった人間の数も数えていたがこれはわざわざ考えなくてもわかっていた)六発撃っていたので、銃の知識は詳しくなかったが、たぶん舞知の持つ銃はもう弾が入ってないだろうと思っていた。(ちなみに舞知が持っていたのはブローニングハイパワー9ミリだったので装弾数は六発どころではないのでこの推測は間違っている)
それから舞知が一つ重要なことを言っていた。さらりと言っただけだったので他の生徒はプログラムのルールの説明に気がいって忘れてただけなのかもしれないが、担当官は五人まで殺せると言っていた。現在政府側が殺した人間……下山茜、西岡祐太郎、杉田慶史、天色真夜、間壁春人。……五人。
つまり舞知の言った言葉を信用すれば、政府はもう誰一人生徒を殺せないのだ。これ以上殺すと何か問題が政府側で起こるか、舞知がなんらかの制裁をもらうことになるのだろう。
それらをふまえた上で、仁村が言った。
「俺が今お前たちを襲ったら、お前らは俺を撃ち殺すことができるのか?」
舞知がいる前まで歩み寄った仁村が微動だにせず、舞知の目を見ていた。
虚をつかれて舞知は少し眉をぴくつかせた。「なんのことかしら。当然でしょ」そうは言ったものの、舞知の表情はあきらかに動揺をしめしていた。瞳孔も少し開いていた。
「俺が宣誓をせずにでようとしたらお前らは俺を撃つのか?」
「何を馬鹿なことを言ってるの? 早く宣誓して――――」
「俺は六人目だよなあ? まずいよなあ? 俺を殺しちゃ」
すると今度は舞知がふふ、と笑って仁村の目を見返した。獰猛な獣の瞳がそこにあった。
「なんだ、そんなことを心配していたの? ありがとう、ご心配無用よ。貴方が部屋を出たあとに死んだことにすれば問題ないんじゃない?」
そう言って、今にも牙を向きそうな凄みのある睨みが仁村の目を見据えた。
はったりかも知れなかったが、わからなかった。そんな”改ざん”をすればそれはそれで問題が起きるに違いない。だけど、それはもしかすると過去にもあったことで黙認されているかもしれない。――――確信できるものは何一つなかった。何も――――わからなかった。
「宣誓がしたくないならもういいわよ。生徒……みんなでていっちゃったしねぇ」
「あれは皆に聞かせるためのものだったのか?」
間髪いれずに訊いた。
「それもあるわよ。もちろん。でも、それ以外に――――」
「自己暗示をかけさせるための効果も狙っているのか」
仁村が舞知の声をさえぎって言った。舞知は軽く肩をすくめて「そうよ」と、一言だけ言った。
それだけ聞くともう部屋を出ようと思った。だが扉の手前で振りかえって訊いた。
「誰が本命なんだい?」
すると今度ははっきりとわかるぐらい舞知が驚いたようだった。
「ふふふ。すばらしいわ。わたし、あなたに賭けていればよかった。オッズも良かったのに」
どうやら仁村は”一番人気”ではないようだった。だが、確実に上位人気しているだろう。仁村はなんとなく訊いてみただけで、実際に生徒が賭けの対象になっているとは思ってなかったが、彼の本能は正しく推理されたようだ。
廊下で死角にいた兵士にデイパックを渡される時に、後ろで舞知が独り言のように言った。
「土岐公太よ」
少し……意外だった。
そして仁村は階段を上がって外に出るときに、他に方法はなさそうだし……じゃあ誰から殺していくことにするかなぁ、と頭の中で人殺しのシュミレーションをはじめた。
【川田章吾優勝まで あと35人】
第一部 試合開始
了
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