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BATTLE ROYALE 外伝


第二部
中盤戦


20

 右腕を失いながらも園村包実は意識をまだ保っていた。
 うつぶせに倒れた状態のままなんとか左腕だけで立ちあがろうとするが、今度は左の肩に電気が走ったようにびりびりと強い刺激がきて、起きあがることを困難にさせた。
 土の味がする血の混じった唇をぐっと噛みながら痛みをこらえて、ようやく座ることはできた。
 右腕は完全にその機能を失い、ちょうどひじのあたりから先がなにもなかった。ひゅうひゅう、と口から息をこぼしながら全身を狂わせるような痛みが神経を逆なでしていた。
 痛い。痛い。痛い。
 狂ってしまいそうなほどの痛感が脳髄を刺激した。
 口から声を発してその苦痛を表現することすらままならなかった。園村のブラウスはすでに白い部分がほとんどなく、胸部からも止まらない鮮血があふれ出ていた。
 あたし、もう、死んじゃうのかしら。
 ぼんやりとした視界の中にかつてよくお喋りをしていた仲のよかった女友達の顔が映った。
 「くるみ……ごめんね。あなたまで襲うつもりじゃなかったのよ」
 眼鏡をかけていないせいでその表情までは読み取れなかったが、その声には後悔の念が含まれていた。
 「あたし、怖くて、怖くて。――――きっと、あたしを、こんな状況になったらあたしをあいつらが一番最初に殺そうとしてくるんじゃないかって……」
 すぐに誰のことを言ってるかわかった。いつもいじめられていた野ノ原遥花たちのことだ。
 「ずっとね。隠れてたの。この公園に。――――ほんとはもっと遠くに逃げようと思ったんだけど、怖くて。ちっとも足が言うこときかなくて。そしたらあなたたちが見えて……くるみが一緒だったからあたしも二人に混ぜてもらおうと思ったんだけど――――」
 愛子は後ろを振りかえって仁が消えた方向を見た。それから向き直って、
 「岩瀬くんと三島くんがきたでしょ。――――あたし、三島くんはともかく、岩瀬くんってちょっと厭な感じがして、あんまり印象よくなかったから。……そしたら、沢村くんはケンカしだすし、三島くんもなんか怒鳴ってたし、それで……あたし、なんだか怖くなって。でも、勇気をだして近づいていったの。あたし。……仲間にしてもらおうって。それで、三島くんの落とした荷物を拾ったところにくるみがあたしを指差して――――」
 愛子はわなわな震えるように空いてる左手で右の腕をぎゅっと掴んで、
 「怖くなって……。ほんと、撃つつもりなんてなかったけど」
 目をそらして首を振った。
 その態度に園村は無性に怒りをおぼえた。
 なんですって? 撃つつもりはなかったですって? それであたしはこんなになったのに。三島くんもどっか撃たれてたみたいなのに。
 「でもね。今撃ったら思ったの、あたし。これは……いい機会じゃないかって。あの不良たちに復讐するチャンスじゃないかって。いつもあたしがいじめられてても助けようともしてくれなかったクラスメイトたちへの復讐ができるって」
 「馬鹿なこと言うんじゃないわよ」
 園村は痛みを堪えて言った。
 なんてことなの。この子。絶対おかしい。こんなところに放り込まれて頭がおかしくなったんだわ。
 「みんなあたしのことを無視してたわ。――――そうね。くるみだけは少しはあたしの相手、してくれたかな。でも助けてはくれなかった。遥花たちがあたしをいじめようとしたら、いつもあたしの側には誰もいなくなった。それはとても悲しかったし、悔しかった。……誰も、あたしの味方じゃないんだ、って」
 園村はぎっと歯を食いしばった。この馬鹿女に怒鳴ってやるつもりだった。だが、
 「あたし、復讐してやるわ。クラスメイト全員に。あたしを助けてくれなかったお礼に。だから、あなたも……今、楽にしてあげるわ。く・る・み」
 にこっと愛子が微笑んでいった。狂気の目だ。完全に精神が狂っている。
 クルツが園村の頭の前に持ってこられた。万事休すだった。もう逃げる力など残ってはいなかった。――――ああ、どうせなら愛しいあの人の手で死にたかった。こんな女と友達だと思っていたなんて。ちょっと怖い感じがする三島くんはとってもいい人だった。暗い感じだけど真面目な男の子だと思ってた岩瀬は最悪の男だった。あたし、ほんと見る目ない。沢村くんだけはあたしの理想の王子様だったけど。
 観念した園村はすっと目を閉じた。最後に頭の中を大好きな男の子のことでいっぱいにしてわずかな至福の時を過ごすつもりだった。それが自分の最後の幸せだと思った。しかし、彼女の王子様は彼女を見捨てはしなかった。
 「殺されたくなかったら銃を捨てろ。高橋」
 利夫がタリクを手に、愛子の頭のところにそれを当てていた。
 「あ……。い、生きてたの!?」
 「お前は狂ってるぜ。――――岩瀬と同じだ」
 愛子はゆっくり手を上に上げた。サブマシンガンは肩から不恰好な感じでぶら下がっていた。
 「園村、無事か?」
 ああ、なんてことだろう。沢村くんにやさしく声をかけてもらえるなんて。あんなぼろぼろの精神状態でも彼はあたしを気遣ってくれている。
 園村はうれしさのあまり泣きだしそうになったのだけど、忘れかけていた痛みがぶり返してそれすらさせなかった。存在しない右腕がいやというほど痛んだ。
 「さっさと消えろ。高橋。――――今回は見逃してやる。二度と俺たちの前にあらわれる、な」
 ゆらゆらと体が揺れていた利夫が迫力のない声で言った。それで利夫もずいぶんと傷ついているのが読み取れた。
 利夫の銃は弾が入っていない。あれは脅し用でしかない。――――弾はあたしのスカートに入っている。ああ、こんなことなら銃と弾を別々になんてすることなかった。
 顔色の悪い利夫の動きをちらっと見た愛子がばっ、と動きを早めた。
 がっ、と何かが当たる音がすると、利夫がみぞおちのあたりを押さえてくの字に体をゆがめていた。愛子がサブマシンガンの柄で油断したところに一発かましていた。立っているだけが精一杯の利夫にはそれをかわせるほどの力がもう残ってはいなかった。
 「あははは。せっかくのチャンスが残念ね。殺したっていいんだけど――――沢村くん。くるみを診てやってちょうだい。彼女。あたしの友達なの。助けてあげなきゃだめよ。――――あたし気が変わったわ。これから悪魔を退治しにいってくる。あたしをいじめたあいつらに。いっつも、いっつも。あたしからお金を取ったり家に勝手に上がりこんで来たり……あたしを売春させようとしたりしたあの馬鹿どもを」
 強い怒りをあらわしながら、愛子の顔が歪んだ。
 「誰も助けてくれなかった。クラスのみんなはあたしがいじめられてることを知っててほったらかしだった。男子なんかみんなあたしを汚いものを扱うような目で見ていた。あたしをいじめてたのはあの不良女、三人だけじゃない! 男子もよ! 男子はあたしがぶさいくだからって決まって意地悪してきたわ。美人にはやさしいのに。委員長とか大貫さんとか、体の弱い遊佐さんとかにはすごくやさしく接するのに。あたしにはひどいもんよ。男子もみんな憎い。――――沢村くん。あなただってそうよ」
 見下ろすように利夫の方を向いて愛子が言った。
 「委員長とは元々仲がいいから許すとしても、顔がいい子には甘いんだから。あたしとか。顔の悪い子には冷たいくせに」
 そんなことない! 沢村くんはそんなことない。沢村くんはちょっと天然っぽいところがあるから意識して誰かと誰かに差をつけて接するなんてことはない。現にあたしにだってやさしくしてくれた……。
 「とにかく……くるみがいるから今は見逃すけど、今度会ったら――――殺してやるから」
 そう言って愛子はデイパックを抱え走り去った。いつも教室で見ていたおどおどとした態度はどこにも見られなかった。いじめに対する怒りが今ごろ爆発したことによって、そして、相手を脅かせることができる存在となったことによって、愛子は初めてその内在した恨み、辛みを放つことができた。皮肉なことに、今、彼女は生き生きとしていた。
 そして二人の心の中に苦々しいものだけが残った。
 利夫はヒザをついたまま腹のあたりを押さえていた。腹部の鮮血がおびただしいほど広がっている。それから利夫の表情を伺おうとした園村だったが、くらくらとめまいがして座った体勢のまま地面に伏した。
 「そ……のむら。大丈夫、か?」
 利夫の方も息も絶え絶えなんとか声をかけてきた。
 頭の上から愛しい人の声が聞こえる。だが、もう園村は目を開けることすらままならなかった。全身をびりびりと電気が走ったかのように痛感が貫いて、ありもしない幻覚すら浮かんできた。ぐるぐると地球が回って、どっちが上か下かもわからない状況になった。
 「これを……」
 かろうじて発した言葉で、園村は身体をずらし、スカートのポケットに入っていたマガジンをなんとか取り出した。
 もう限界だった。園村はすでに死を意識していたのだけど、最後はどうしても彼の手の中で死にたかった。それが最後のわがままだと神様に祈った。
 その気持ちが通じたのか利夫の手が園村の首の後ろに回った。手のひらで後頭部を支えられ、ぐっと楽になった。そのおかげでもう少しだけ話ができそうだった。
 「痛いよ……。お願い……あたし、もうだめだから……せめて――――」
 「死ぬな。園村、死ぬんじゃない」
 利夫の肌のぬくもりを感じながら園村は左手を浮かした。その手を利夫がしっかりと握ってくれた。
 幸せだった。
 ずっと、ずっと想いをよせていた人に、最後に自分を見てくれた。もう、それだけで十分だった。
 利夫の顔はもう見れなかった。最後にちょっとだけでもみておきたかったが目が開かなかった。
 「頼む。……お願いだ。死なないでくれ。――――もう誰も死んで欲しくない」
 上を向いた園村の顔にぽたぽたと温かい液体が落ちてきた。そのぬくもりが園村の心の奥深くに染み渡り、彼のやさしさに心から感謝した。
 「この、絶望的なゲームの中で、愛する人に殺される。それも、悪くない、かな……だから――――」
 ぎゅう、と利夫が左手を強く握った。
 「楽にして」
 顔は自分の血だか、誰かの血だかで汚れていて、自身も口からも鼻からも血を流していたから、そんなことをしても意味はないとわかっていたけど……でも、彼に、愛する人に、自分の最後の笑顔を見てもらおうと思った。――――それが、あたしの一番のいい顔なんだもの。
 すう、と息を吸いこむと次が最後の声になるであろうと想像できた。
 「利夫クンの手で……死にたい」
 ふっ、とほほ笑んで言った。
 この不条理なゲームに放り込まれた時から思っていた。自分は生き残れないだろうと。自分は誰かに殺されることになるだろうと。
 だから……どうせなら好きな人に殺されたかった。他の誰かに殺されたなら、悔しさとか恨みとか、きっとじょうぶつできないだろうと思っていたから。利夫の手で殺して欲しかった。
 園村は最後の言葉で利夫のファーストネームを呼んだ。いつか――――平和だったあの頃にそう呼べるのが一番の理想だったけど。でも、最後に、そう、言えて…………。
 ぐったりと園村が利夫に身体を預けた。命の炎がもうすぐ燃えつきようとしていた。
 利夫は震える手でタリクに弾を込めた。彼女の胸の動きが小さくなっていく。
 「良子と、一緒に待っててくれ。――――俺もすぐそこにいくさ」
 そして一発の銃声が月夜の空にむなしく響きわたった。

【川田章吾優勝まで あと34人】


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