BATTLE ROYALE 外伝


第二部
中盤戦


23

 仁村俊幸(男子十七番)は人目につかないような茂みの中で腰を下ろしてじっとしていた。腰ぐらいの高さまで茂みが覆っているので座っていれば遠目につくということもなかった。欠点としては動くたびにがさがさと音がすることと(誰かが近づいてくる合図にもなるので一概にそうは言いきれないが)、蚊だとか草の先が肌に当たるとちくちくして気持ち悪かった。それに今はようやく明るくなりだしているが、さっきまでの真っ暗な中での孤独感。同時にわきおこる闇がくりだす恐怖感は終始心を不安定にさせる。
 ただ、仁村はさほどそれを苦にはしていなかった。汗ばむ肌の気持ち悪さと蚊に刺されたところだけは慣れなかったが。
 場所は北の山のふもと。エリアでいうとC=06になるが、白紙の地図しかない仁村には当然というべきか、そこがC=06であるということは、はっきりとはわかっていなかった。
 ふと落ち着いた時にたばこを持ってないのに気がついてちょっといらいらした。しかたがないので静かに耳だけをすませて利き手の左手であごをさすりながら、ゆっくり考え事をはじめた。
 仁村は建物を出た時にちょっと違和感を感じていた。
 たしかにそこには『矢ノ島中央消防署』と書かれた看板があったのだが、その消防車が出入りする場所がすぐ近くに見当たらないことに気がついたのだ。――――つまり、そこは裏口だったのだ。
 仁村はなんとなく裏手に回ってみようと思った。仁村がでたのを最後に二十分後にはここは禁止エリアになるのだから建物より西に移動する生徒はまずいないはずだった。
 仁村が確認したかった点は二点。部屋にいた時の爆発の原因とそこで何が起こったのか。(誰が死んだかは特に問題ではなかった)
 ぐるっと建物に沿うようにして行くと、途中で金網に遮られた。ちょうど建物の半分、真ん中から西側に行けないようになっていた。乗り越えてみたいという欲求に駈られたが下手にして首輪を爆発させられてもやっかいだと思って考え直した。
 結局何もわからずじまいで仁村はその場を離れて今にいたるのだが、その途中である生徒を見つけていた。
 岩瀬だった。消防署横の広い公園で彼は”一人”でいた。まだそこは禁止エリアに入っていたはずだったが、彼は”一人”で人間は”二人”だった。もはや自分の世界に入ってしまっているのか、仁村がすぐ近くにまで来ているのを気がつかなかったようだ。
 死体を犯していた。
 川上良子の死体を懸命に犯していた。恍惚の表情を浮かべながら。さすがに仁村も顔を歪めてイヤな気分になったがそれでも仁村は静観していた。この後、岩瀬がどうするか興味が湧いた。少し離れて様子を見ようとしていたら鮎川真尋の死体を発見した。頭を矢が貫いていた。岩瀬のそばにそれを撃ったと思われる洋弓があったので、これも岩瀬が殺したんだろうと仁村は思った。
 彼はやる気十分なようだ。川上の屍姦を終えたら今度は鮎川の死体を犯しにくるのであろうか?
 ――――ゾクっと背筋に冷たいものが走った。そしてそれは仁村にとって今まででもっとも快感に感じるものだった。――――おもしろい。岩瀬。お前、狂ってやがるな。
 狂人を間近で見るのは初めてだった。映画や小説ではよく出てきていた。それはそれで面白かったけど、本物を見るのがもっとも面白かった。
 つい先ほどまでは仁村はクラスメイトを殺すことを考えていた。相手が誰であろうと。それが自分が生き残る方法なのだから。それがルールだから。だがしかし、この岩瀬という男は生かしておくことにした。理由は――――面白そうだから。
 ちらっと腕時計を見たときに仁村が消防署をでてから十分たっていることに気がついて、そろそろ離れようと思った矢先に岩瀬が立ち上がった。なごり惜しそうにしてから、ズボンを上げて腰にクィーバーをぶら下げてその場を去った。後を追うのはやめた。その狂気の表情を見ただけで十分だった。
 ククク、と仁村は思いだし笑いをした。茂みがかすかに揺れた。
 ちくしょう。これで誰かに気づかれたら岩瀬のせいだな。また――――ククク、と笑い声を押し殺した。
 仁村は支給武器の南部十四式拳銃(取り扱い注意書き付き)を手持ち無沙汰に揺らした。
 それにしてもこの首輪ってのはなんとかなんないものかねえ。暑苦しいし、痒くて仕方がない。まだ早朝ですずしいからなんとか汗もかかずにすんでるが、これが昼になって動いたりするとかぶれたりするんじゃねえか。そういや金属アレルギーのやつはどうするんだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。ちっ、なんにしてもこれには慣れないな……。
 左手を首のところにもってきて、軽く首を動かした。少しだけ汗ばんでいた。視線をまた前に戻したときに、かすかに人影のようなものが見えた。――――誰だ!?
 ここからはまだ遠い。朝の光もまだ弱い。誰かは、男か女かもわからないが、確実にそこにいる。
 神のいたずらか偶然か、日の明かりがさしだした。ぼやっとしていた何かが、はっきりと形を作った。五分刈りに近い、野球少年のような髪型で、だけどりりしく引き締まったその顔は十分に男前と言える。それからスタイルのいい細身の身体。
 ククク。見つけたぜ。あんちゃん。
 仁村は”彼”を確認すると静かに、極力物音を立てないように前に進み出た。
 ”彼”は一向に気がつく様子はない。茂みが擦れる音が聞き取られない限界まで近づいた。手には南部式拳銃を持ったままだ。
 仁村はそっと後をつけて、隙をついて彼を襲うつもりだった。仁村は別にこのゲームに完全に乗ったわけではない。必要とあらば、殺す覚悟はできていたが、わざわざみんなを殺しまわるつもりはすでになかった。ただ、いつものように自分が楽しめたらそれで良かった。
 仁村が彼を襲おうとする原因。――――彼は一番人気だったから。一番人気の男が早々にこのゲームから退場して自分たちを対象に金を賭けている政府たちをがっかりさせてやりたいから。
 仁村が土岐公太(男子十三番)を殺そうと思ったのはたったそれだけの動機だった。
 土岐公太はふらふらと歩くようにしていると、突然、キョロキョロしだした。仁村は木の影に隠れていたので問題なかった。すると、土岐は大きなスポーツバックを置くとちょっとそこから離れて、木の影に入り、木と向かい合うようにして立っていた。両手が体の前にいっていた。
 小便か。――――ククク。
 歪みに似た笑みを顔に浮かべて、仁村はなるべく足音のたちにくい固まった土の上を選んで近づき、ほんの数メートルのところまで来たらダッシュして一気に間合いをつめた。そして無防備な土岐を後ろから取り押さえようとしたその時――――。
 まさに仁村の手が土岐の背中に届きそうになったとき、土岐の姿が目の前から消えた。
 もちろん実際に消えたのではなく、すばやくかがんで仁村のふところに入って土岐がまるでクリンチするように仁村を抱きかかえた。
 「何をたくらんでいる?」
 土岐が耳元でささやいた。がっちり身体を押さえられていた。ほほう。さすがボクシングマン。すばやい動きですこと。ってことは何か? 今、君の下半身は剥き出しか?
 「ヘッ。何言ってやがる。こんな状況じゃ、殺す目的以外ねえだろよ」
 がっ、と力を入れて振りほどこうとしたが土岐は力強く仁村を押さえたままでびくともしなかった。がっぷり四つ。もろ手差し。体勢不利ですねぇ。仁村くん。
 「そうなのか?」
 「ケッ。どこまでお人よしなんだ、てめーは。後ろからそっと近寄ってってそれ以外に何があるってんだ」
 「仁村……」
 どん、と突き飛ばされるように土岐に胸を押された。予想以上に力があり、細身な身体をしてるがボクシングをやっているというのはだてではないようだ。土岐はちゃんとズボンを履いていた。――――あ? フリか? こざかしい芝居しやがって。
 「――――なら俺には近づくな。俺は誰かと殺し合いをしたいわけじゃない。だが、もしお前が襲いかかってきたら俺はお前を殺してしまうかもしれない」
 突き飛ばされた仁村はなんとか体勢を取り戻してから言った。
 「馬鹿か。お前。……お前が俺に勝てるとでも思ってるのか?」
 仁村は少しいらいらしながら訊いた。たばこを吸っていないからだ。
 「ああ。負けない」
 「ふん。たいした自信だな。それも過剰な。――――俺とケンカしてみるか? ボクシングとストリートファイト。どっちが強いか異種格闘技戦してみようぜ」
 「無駄だ。さっきお前が俺の後をつけてきていたのも知っていた。後ろから飛びかかってくる時も殺気を感じた。仁村。お前に俺は殺せない」
 「……なるほど。こりゃだいぶ頭がいかれちまってるようだな」
 そう言って仁村は南部式拳銃を構えて土岐の頭をポイントした。
 「これでも……勝てるって言う気かい?」
 だが、土岐は動揺することもなく、
 「仁村。お前。銃を持ってるならなぜ遠くから撃たなかった? いや、俺が背を向けているときにはお前にはそれを撃つチャンスがいくらでもあったはずだ。いまさらなぜそんな物を向けるんだ」
 仁村は銃を構えたまま動かない。
 沈黙が流れた。
 「オーケイ。いいだろう。――――そうさ、こいつには弾が入っていない。ただの脅し用さ」
 そう言って仁村は拳銃を下におろした。
 くるっと拳銃を回転させて、グリップの方を土岐の方へ向けた。
 「やるよ」
 仁村はそう言って、南部式拳銃を土岐に渡そうとした。
 「いや、俺はいらない。――――たとえ弾が入っていたとしてもな」
 「何。俺の気持ちさ。取っておいてくれよ。――――もっともこれだけじゃ、もうやる気がないって証拠にもならないか?」
 と、仁村が訊いた。
 土岐はしばらく考えていたようだが、表情を変えずに黙って仁村の渡した銃を受け取った。それから仁村が土岐を睨むようにしたまま訊いた。
 「お前。これからどうすんだ? 優勝するつもり――――はなさそうだから……。逃げる計画でもあるのか?」
 土岐はこれも黙って首を振った。少し黙っていると、「わからない」とだけ答えた。
 「ところでさ。お前の武器はなんだったんだ?」
 ちらっとさっき土岐が下に置いた大きなスポーツバックを見て言った。
 「外れだったよ」
 「は?」
 「外れさ。その中には馬鹿でかいケースが無理やり押し込められてた。兵士から受け取った時にほんとにそこに置いていこうかと思ったぐらいだ。やたらと重くて……わからないがたぶん三、四キロぐらいあったと思う。中に入ってた食料やペットボトルの水なんかと合わせるとあまりそれをもってうろうろはできそうになかった」
 「で、それってなんだったんだ?」
 「ライフルだよ。スナイパーライフルってやつかな? 簡単に脚立とかを組みたてたりするような説明書きもあったが、とても素人に使えそうな物じゃなかったし、持ち歩くにはとにかく不便だった。だから隠してきたよ。あの消防署の近くに」
 「置いてきちまったのか……。しかし、それはもったいないことをしたな。禁止エリアに入っちゃ元も子もないぜ。……もう取りに行くのは不可能だな」
 「そんなことないぜ」
 土岐が答えた。どういう意味だ? と聞く前に土岐が答えた。
 「――――だが、その説明をする前に……ここは危険じゃないか? お前みたいに誰かが襲って来るかもしれないぞ」
 たしかにここは遠くから見渡せた。明るくなりだした空が余計に拍車をかける。
 「まあ、そうだな。ここは危険だ。少し安全そうなところに移動しよう。俺も聞きたい事がまだある。だけどな――――」
 土岐が黙って聞いている。仁村は少し間を置いて言った。
 「お前みたいに……は余計だぜ」
 あの堅物土岐が少し笑った。仁村も少し笑った。これで第三者がいたなら二人は打ち解けたように見えたかも知れないが、仁村は心の中で、これからどうやって仕留めてやるかな、と思っていた。
 土岐は当然そんなことも知らずに、この仁村に対して警戒心を少し解き始めていた。

【川田章吾優勝まで あと32人】


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