
第二部
中盤戦
25
山小屋と呼ぶのか、ログハウスと呼んだ方がいいのかわからないが、木でできた小屋に仁村と土岐は隠れていた。別荘と呼ぶにはあまりにも程遠い、小さな部屋が一つあるだけのシンプルな構造で、他にトイレやバスルームがついていた。1LDK? とにかくいくつかの窓があって、天井は高く、そのせいか部屋はその面積の割には広いように思えた。
先ほどの深い茂みからやや東よりの南側に進んだところ。D=07付近。北の山に登る道があって、その脇にこのログハウスを見つけた。
あまり隠れ場所としては最適とは言えなかったが、他に身を隠せるような場所がないので仕方がなかった。
仁村の腕の火傷は思ったよりは軽傷で、ほおっておけば跡形もなく直りそうであった。それでも仁村は腕の火傷部分をしきりに気にしてはいたが。
この山小屋で隠れてから、二人はさっきの皐月儚が襲ってきたことについて少し話をした。仁村は絶対やる気があったに違いない、と言ったのに対して土岐の意見はこうだった。
「そうとは限らないぞ、仁村。だって襲われる直前、俺たちは叫んだりしていたじゃないか。彼女は俺がお前を殴るところを見たのかもしれない。そしてきっと二人は殺し合いをしてるに違いないと思ったのかもしれない。――――考えてみろ。彼女にとっちゃ、恐れながらこわごわと歩いてる時に誰かが言い争っている現場を見たんだ。あのケンカがきっと次の瞬間には自分に振りかかってくるかもしれないと思ったんじゃないかな。次は自分が襲われると、殺されるんじゃないかと。――――だから、怖くて俺たちを襲ったのかもしれないぞ。彼女は脅えていただけなんじゃないかな?」
土岐の言うことはもっともだった。皐月のことは仁村は何も知らないが、クラスでも目立たないような地味目の子だった。だから仁村にとっては印象などなく、何も知らないのは当然だった。
「しかし――――そいつはまるであの女が人殺しなんて無理だって決めつけてるような言い方だな。そいつはちょっと……甘いんじゃないか?」
仁村が言った。
「だが、彼女が俺たちを初めから殺そうと考えていたとは思えない」
「甘いぜ!」
仁村がきっぱりと言いきった。
「そりゃあ甘ちゃんの考えだ。あの女はやる気だったのさ。相手が誰であろうと……殺せるチャンスがあるなら殺すつもりだったのさ。でないと自分が生き残れないからなぁ。俺たちをまとめて葬る最大のチャンスを見逃さなかったのさ。あの女は」
土岐が黙り込んだ。
とても納得できたような表情ではない。
「……お前とはいくら話し合っても噛み合わないだろう」
土岐がとても残念そうに言った。
「へっ、今に始まったこっちゃねえぜ」
結局、この話に結論はでなかった。
「それよりも――――」
もったいつけるように仁村が一旦言葉を切った。こういうしゃべり方は彼の癖なのかもしれない。
「さっきから気になってたんだが、銃声が時々聞こえるのを気づいてたか? ずいぶん遠くから聞こえるような気がする。おかしいと思わないか?」
土岐は目だけを仁村にやって黙っていた。自分がじらすのは平気なようだが、相手にじらされるのは嫌いらしい。仁村は土岐が喋る前に言った。
「遠くから……それも西側から聞こえる。俺たちはこの地図でいうところの島の中心部におそらくいることになるが、さっきから聞こえるのは西の方角からばっかりだ。あるいは俺が聞き逃してるのかもしれないが、少なくとも俺たちの近くで銃声は一度も聞こえなかった。なあ? なんかおかしいと思わないか? ぜってぇ、何かあるぜ。あちら側の島にもよ」
仁村は支給の白地図の西側を指でくるくると指しながら、今度はそのまま左手であごをさすりだした。
しばらく沈黙が流れたが、土岐がふいに話し出した。
「あと三十分で六時になる。舞知が禁止エリアを放送をすると言っていた。その時になにか他にも言うかもしれない。――――ほら、たしか。何か言い忘れてることがある……って舞知が言ってたじゃないか」
仁村は黙って聞いていた。それからぴんぴんに立てた髪を少しいじって、「そうだったな」とだけ言った。
また沈黙が続くのだろうと、仁村は予測していたが、土岐が続けて仁村に話しかけてきた。
「なあ……。さっき、お前……川上サンに会ったって言ってたよな」
土岐は視線を下に向けたまま喋っている。とても言いにくそうな感じだ。
「それは……本当なのか、仁村?」
がっくりと肩を落としたように土岐はしている。やはり――――好きな女が犯されたという話は冗談だったとしてもショックなのだろうか。特にこいつのような真面目人間には……。
「その前に聞いていいか、土岐?」
「ん? なんだ?」
「お前、川上に会ってどうするつもりだったんだ?」
ぎょっとしたように仁村を見た。まるで台所から盗んだおかしを食べてるところを母親に見つかったような表情だ。
――――自分がしてること、言ってることが恥ずかしいような……そんな感じ。
「べ、別に……。ただ、彼女に会えたら守ってやろうと思っただけだ。――――お前みたいなやつからな」
土岐は精一杯の皮肉を言った。それで腹が立つということはなかった。
「土岐……。いいか、よく聞け。大丈夫だとは思うが叫んだり喚いたりするなよ。……こっちまで危険に身をさらすことになりかねないからな」
すう、と息を吸いこんで一呼吸置いた。これはじらしたわけではない。事実、言いにくかった。
「川上はな。俺が見たときにはすでに――――」
「誰かいる!」
話の腰を折られてずるっと気が抜けてしまったが、その言葉の内容を反すうして緊張が高まった。
外から誰かの声が聞こえて話が途切れた。――――誰だ!?
続けて、とんとんとノックするような音。
「仁村。土岐。いるんなら返事してくれ。俺たちはやる気なんてない」
仁村と土岐はお互いの顔を見合わせた。性格は合わない二人だったが、こんな場合では気持ちは同じにならざるを得ないものだ。
「俺だ。間藤だ。――――伊達や戸篠もいる。もう一度言う。俺たちはやる気なんてない。話があるんだ」
かっこつけの間藤諭史(男子十九番)。それに伊達公一(男子十一番)とチビの戸篠博和(男子十四番)だと!?
二人はしばらく中腰のまま見合いをしていたが、土岐が入り口に行こうとして仁村が手を引っ張って止めた。
「――――待て」
小声で土岐に言った。
「まだ信用するな。何かしてくるかもしれないぞ」
土岐は仁村を見ていたが、「大丈夫さ。もうちょっと人を信用したらどうだ?」と言って仁村を振りきって入り口の扉の鍵に手をかけた。
「おい! 待てったら」
その手をがっしりと掴んで、
「いきなり襲われたらどうする!」
「そんなに心配するな、仁村」
「そうじゃない。――――だが、無防備で出ることもないだろうが」
怒りをこめて言った。――――このおとぼけ野郎。今がどんな状況かわかってんのか!?
かしゃん、と鳴って扉が開いた。ぎぃぃと小さく音をたてて扉が開いた。
その瞬間、仁村は間藤が最初に二人の名前を呼んだのを思い出した。何故、俺たちがここにいると知ってるんだ!?
「まずいぜ! 土岐!!」
そこに無防備な姿で二人の男が立っていた。いつもの自慢話をする時のような表情こそ見られないが、どこか坊ちゃん坊ちゃんしてる間藤。チビで姑息な感じのある戸篠(ちなみにニックネームはスネオ)。女にもてるためにテニス部に入ったという噂の浅黒く日焼けした伊達……はいない。一人足りないじゃないか!
「ああ、土岐! ――――よかった。ああ、安心したよ」
間藤が破顔して土岐に言った。場違いに、にやけた顔の間藤と戸篠が二人を交互に見ていた。
何を思ったのか土岐は二人を快く受け入れようとしていた。たしかに間藤も戸篠も無防備のように見えるが戸篠の右手は間藤の背中の影に隠れて見えてなかった。
仁村はさっと土岐のベルトの後ろに挟んであった南部式拳銃を手に取ると外に突っ立っつ二人に向けて構えた。
「手を上げろ。二人とも」
仁村が銃を構えながら銃口を入り口に立つ二人に向けた。
「おい! 仁村、何考えてるんだ」
「うるせぇ、てめえは黙ってろ。土岐!」
呆然とする間藤たちを鋭い目つきで見ながら仁村が言った。
「いいか、そのまま両手を上げて頭の後ろで組め。――――早くしろ!」
「待て! 仁村。彼らは武装してないじゃないか――――」
「もう一人いない。――――手を組んだらそのままじっとしてろ! おい、土岐。もう一人を探せ。それからお前がボディチェックしろ。油断するなよ」
早口で仁村が言いきると、ゆっくりながら間藤たち二人は手を頭の後ろで組んだ。戸篠の右手が妙な動きをとったように仁村には見えた。
「早くやれ、土岐」
土岐はしばらく逡巡していたが、あきらめたように前にでると、外の様子を見た。
「伊達はそこにいるよ、仁村。中からじゃ死角で見えないだけさ」
「よし。じゃあ、ボディチェックしろ。――――三人ともだぞ」
あきれ顔の土岐がまず間藤の体を調べだした。
「すまんな……間藤」
「余計なこと言ってんじゃねえ」
きっと土岐が仁村を睨み返して、「仁村……俺は別にお前に従わなくたっていいんだぞ」と言った。
「いいんだ。土岐。気にするな。ここはやつの言うことを聞いていればいい」
間藤が土岐に言った。偽善者野郎め! こんな状況でもいい子ぶる気か!?
先生の前だけで優等生ぶる中途半端なエセ不良だ、こいつは。――――たしか色黒の伊達とチビの戸篠はこいつについて回る金魚の糞みたいなやつらだ。
土岐のボディチェックが終わると間藤が、
「まさか仁村のやつと一緒にいるとは驚いたけどな」
とびっくりした表情をしていた。――――違う! こいつは俺がいるのも知っていたはずだ!
「仁村……。やっぱりこんなことは意味がないと思うんだ。襲う気ならすでに何かしてるだろ?」
「黙ってやれ」
仁村は目を逸らすことなく言った。が、それを見て土岐が戸篠のボディチェックをやろうとはしなかった。それから、「やっぱりやめだ。こんなことは意味がない」と言って、仁村の方を見ていた。土岐の冷めたい視線と三人の視線が仁村に集まった。どう見てもこれは……四対一。
居心地の悪い首輪に生暖かい汗が落ちる。――――信用するな、土岐。こいつらは何か隠している。
だが、下手なことを言えばこの拳銃が発射できない物だと土岐がばらしかねない。
ここは一旦信用したように見せかけるべきか。それとも――――。
「仁村、もうやめよう。その銃だって――――」
振りかえって土岐が間藤に背を向けた瞬間、一番後ろにいた伊達がまた死角に消えた。
それからのことは仁村にはまるでスローモーションを見るかのようだった。
土岐の頭の付近で茶色い線が残像を残して、ぐらりと土岐の身体が揺れた。安心しきった顔の土岐が表情を変える間もなく姿勢を崩した。
間藤が扉から一気に侵入してきて、ぱっと下にかがんだ。それを見てから視線を前に戻した時には戸篠の手から真っ直ぐ突き出された棒のようなもので手を叩かれた。ちょうど火傷を負ったところに当たって拳銃を取りこぼした。そしてその拳銃が床に落ちる前に、かがんでいた間藤の体当たりをくらった。
がつんと間藤の頭が自分のあごに当たって、一瞬視線がさまよったが、身体はすでに反応しており、間藤の身体をがっちりつかんで身体をひねり、その場に柔道の体落としをかました。すぐに立ちあがろうとしたら目の前の空気を何かが裂いた。かろうじて交わしたソレは木刀で、戸篠の手に握られていたものだった。山小屋の側面の窓にすばやく手をやって開放した。後ろで戸篠が木刀を振りかぶるのをちらっと見た後、その窓を棒高跳びをするかのように枠の中へ飛びこんだ。戸篠の木刀はがこんと窓枠に当たって、仁村には当たらなかった。
外へ飛び出た仁村は受身を取りそこなってひじを思いっきり擦った。だが、痛いと発する前に仁村の意識を捕らえたのは山小屋の外から回ってきていた伊達が目の前に銀色に光る長い刃の刀を持って立っていることだった。――――なんてこった。ヤクザ映画か時代劇で見るのと同じ物だぞ。まあ、家にも同じ物が飾られてたりするが……。
ぴゅっ、とさっきの木刀とはまるで違う、これこそ本当に空気を裂く、という表現にふさわしい音がした。刀は仁村の頭を掠めて、もう少し長髪だったら綺麗に散髪されてるところだったな、と仁村は思った。そして、そう思ったときにはもう伊達のみぞおちに蹴りが入っていた。――――ケンカで勝てると思うなよ。ちくしょう。
「うげっ」
と、伊達の身体がくの字に曲がって、色黒の伊達の顔がさらに浅黒く曇った。もう一度蹴りをいれようとしたが、窓枠から飛び出してきた戸篠に邪魔をされて避けるのが精一杯だった。空振りした木刀は地球を叩いていた。
戸篠は剣道のように木刀を中段に構え直すと、一人では不利だと思ったのか、仁村とにらみ合うかたちになった。
そして伊達がようやく立ちあがって、これも戸篠と同じように刀を構えた。
「てめえら、いったいどういうつもりかわかってんだろうなぁ」
凄みのある睨みに一瞬脅えたような表情を見せた二人だったが、今は態勢が有利なせいか、一人前ににらみ返してきた。――――上等だ。クズども。
背後から足音がして、間藤が現れた。ご丁寧なことに彼の手にも竹刀が握られ、棒を構えた三人に囲まれるような状況になった。
「疑い深いやつだ。仁村。……大人しくしてればいいものを」
背中の間藤が言った。三人は仁村を中心に三角形の頂点を描くような位置に回った。あらま、見事な連携プレイだこと。
「学校のように好き勝手はさせないぜ、仁村」
刀を持つ伊達だ。
「今までよくも好き放題やってくれたな。けど――――プログラムになりゃあ、もう関係ないぜ」
これは木刀の戸篠。
「残念だったな、仁村。お前に恨みを買うやつはたくさんいるんだよ。今更ちゃんとした友達を作っておけばよかったなんて後悔すんなよ」
間藤がにやつきながら言った。
たしかに仁村は今まで学校では不良でも逆らえないほどのワルだったし、それなりに悪行もしてきた。仁村ははたしてこいつらに何か恨みを買うようなことしたっけな? と考えてみたがまったく覚えていなかった。まあ、何かしたんだろう。こういうことは過去にも何度かあった。不意打ちで襲われたことも幾度となく。だが、負けなかった。仁村は相手が何人でも負けたことはなかった。ケンカの強いやつらとはさんざんやってきたせいで、仁村にとってこういう戦いは別に非日常的なことではない。ただ、今は特殊な状況ではあるけど。
「やっとお前にも借りを返せる日が来たぜ。――――あれから俺はお前にいつか復讐してやるチャンスを探していたんだ」
間藤について何か思い出そうとしたが、やはりこいつがかっこつけの不良もどきであること以外は何も知らなかった。はて? 俺はやつに何をしたんだっけ? ああ、あれかな? 中学に上がった時にいきがってたんでぼこぼこにして救急車で運ばれたやつ? それとも、たばこの火をケツの穴に焼きつけてやったやつ? それとも、回し蹴りの練習にしてたやつだったかぁ?
――――何かはしたのかも知れないが、仁村の記憶にはなかった。
「ずっとこういう日がくるのを待っていた。たとえ俺がお前をぼこぼこにしてやっても仕返しがあったからな。卑怯だぜ、お前は。なんかあったらヤクザの親父に言えばいいんだもんなぁ」
「親父だとぉ?」
「ああ。お前、今まで自分の実力だけで偉そうにできてるなんて思ってないだろうなァ。いくらなんでもそこまで自惚れちゃいないよなぁ?」
「ふーん」
仁村は大げさに納得してみせた。
「そっか。そういうことか。俺の親父が組の会長やってるから俺にケンカ売って勝ったりしたら親父がでてくるとでも思ってやがったのか。なーるほど、これは参考になったよ。うん」
「そうだよバーカ。ヤクザがからんでなけりゃ誰がお前に従ったりするもんか」
戸篠がしたり顔で言った。
まったく。ほんとの馬鹿はどっちだ。中学生のケンカごときにヤクザが出てくるかよ。
仁村の父親はたしかに組長だったが今は隠居の身だったので、もうゾクな世界からは足を洗ってるし、それにもし仁村がケンカで負けて帰っても、父親は子供のケンカにしゃしゃりでてくるような男ではない。――――お前ら、そんなんで俺に対してびびってたのか。
「つまらねえ話だな」
「いきがるのもそこまでだぜ、仁村」
じりっと間藤がにじり寄った。後ろや前から戸篠と伊達のやじが飛ぶ。
「一つだけ聞いていいか、お前ら?」
「泣きを入れても、もう遅いぜ」
戸篠が見下したような態度で言い放った。また、一喝してやろうかと思ったが間藤が先に答えた。
「クク。最後の望みか、仁村? ふん、いいだろう。何でも答えてやるさ」
「なに、たいしたことじゃないさ。お前ら――――どうやって三人揃ったんだ?」
「ああ、そんなことか。――――俺が集めたのさ」
「どうやって?」
「消防署の前でだよ。――――俺はお前が嫌いだったから仁村を殺すのは俺の手でやってやると思ってたのさ」
「そりゃどうも」
「だけど、やっぱ最初は俺も混乱してて消防署を出たのはいいけどどこで身を隠せばいいかわからなかったんだ。それに俺に支給された武器はこの竹刀だったしな」
間藤は中段で構えたままぶんぶんと竹刀を振って、
「しばらくどうしようか考えたんだが、公園を抜けて迷ってる時に消防署の方角で爆発があっただろ? 気になって消防署の方へ戻ったんだ。――――そういやそこで川田を見たな。誰かの跡を追っているようだった。ちゃんとは見てないけど大貫だったと思う。彼女を追いかけてたんだな。俺は川田も嫌いだがとりあえずお前の方がもっと嫌いなんで、結局消防署前の公園の入り口付近で身を潜めていたんだ。そこで戸篠たちを待っていたらうまくいったよ。あとは順調に集まることができた」
ぺろりと舌をなめて話を続けた。
「こいつらは最初びびってたけど仁村をぶっ殺すことだけには意見が一致した」
「ほう、そりゃありがたい話だ」
「その後だった。仁村、お前が消防署から出てきたのは」
ということは、最初からつけられていたのか。
「――――だが、お前の手に握られた拳銃も見つけた」
「それでいきなりは襲ってこなかったんだな」
「ああ、チャンスを待っていたよ。お前がスキをつくるのをな。――――だけどお前は抜け目のないやつだ。用心深くずっと警戒していたからな。……まあ、土岐とお前が接触したおかげでスキはできたが……やっぱりお前は本当に卑怯なやつだ。土岐を盾につかって出てくるとは思わなかったぜ」
卑怯なのはどっちだ。と、言いたかったが、今の言葉で土岐のことを思い出した。
「土岐は殺したのか?」
「いや、中でおねんねしてるぜ」
「そうか、それなら良かった」
「ケッ。がらにもねえこと言うんじゃねえよ」
「土岐は俺が殺すつもりだったんだ。邪魔されたかと思ったよ」
戸篠と伊達の表情が変わった。かすかに青ざめている。そしてあきらかに仁村に対して恐れを抱いている。
「強がったことを言うなよ、仁村。お前が土岐に拳銃を渡していることも知ってるんだ」
「そういわれてもなぁ……。ほんとに殺そうと思ってたし」
にやっと仁村が笑った。間藤の手元がかすかに震えているのが見てとれた。
「お前ら――――三人いれば勝てるとでも思ったのか?」
がん、と睨みつけてやると間藤の身体がびくっと震え上がった。
「や、やっちまえ! 伊達! 戸篠! 仁村なんかぶっ殺しちゃえ!」
たじろぎながら伊達と戸篠が少し動きを見せたが、仁村がそちらをばっ、と睨むと二人とも足がすくんで動けずにいた。
「お前ら二人とも間藤に従って俺を殺した後はどうするつもりだったんだ? プログラムのルールを忘れたのか? 最後の一人になるまでの殺し合いなんだぜ。もしかすると――――」
一つ間を置いて言った。
「後ろを向いたときに間藤に殺されるのは自分たちかも知れないぜ」
はっ、としたように伊達と戸篠が互いを見合った。そしてその目線はゆっくり間藤の方へ向かった。
「おい! 冗談じゃないぜ。馬鹿なことを考えるな。仁村の策略だ! 話に乗るんじゃない、二人とも!」
間藤が慌てて弁解するように言った。
「いいかぁ? 生き残るのはたったの一人だけだぜ」
間藤の三角シフトはもろくも崩れ去った。これから先は連携プレイは期待できないだろう。
しかしそれでも間藤は強気に言い放った。
「……二人とも、忘れるな。どっちにしても仁村を殺すのはかわりないだろうが。伊達も戸篠もやらないんなら俺が仁村をぶっ殺すだけさ」
「ふん、そんな簡単にいくかな?」
「とにかく仁村をぶっ殺せばいいんだよ! 考えるのはそれから先の話だ!」
間藤が一歩近づいて竹刀を振ってきた。当たらない距離だと見極めた仁村は一歩も動かずに睨み返してやった。竹刀は空を切って地面に当たった。ばちんと弾けたような音がして、それがスタートの合図の鐘のように二人が反応して、本人たちはたぶん必死で仁村にそれぞれの武器で襲いかかってきたのだけど、仁村にとってそれは襲いかかってきたというより、ゆっくり歩み寄ってきたと言った方が正しいように思えた。
まず、伊達の素振りを避けて、戸篠の馬鹿の一つ覚えのような突きを交わした。
身体が流れて仁村の横を通過しそうになった戸篠の足を引っ掛けてやって、見事なヘッドスライディングを演出してやった。伊達も闇雲に刀を振り回してきたので(こいつは当たるとちょっとヤバイ)、後ろに退いた。真後ろには間藤がいたが、「うらあああ!」とわざわざ叫んでくれたので振りかえる必要もなく、さっと横に飛びのいた。地面で回転レシーブするようにくるっと反転すると、がむしゃらに突っ込んできた伊達に間藤が切りつけられそうになっていた。
「うおっ、あぶねえだろ! よく見ろ! このボケ」
間藤が怒り狂って喚いていた。
勝手にやってろ。
間藤がこちらに向き直った瞬間、地面の土やら石やらをばっと掴んで投げつけるように撒いた。二人が顔を覆っているうちにダッシュして、起きあがろうとしていた戸篠に向かって一直線に走った。全力で走ったその勢いで戸篠の顔面に飛び蹴りをくらわし、小柄な身体が吹っ飛んでひっくりかえった。普段、殴られたりしたことのないやつに想像を超える痛みを与えておけばそれで戦意は喪失するはずだった。案の定、戸篠はすぐに起きあがってくることはなかった。あるいは最初のヘッドスライディングですでに気力をそがれてたのかもしれない。
また、後ろで叫び声を上げながら誰かが走ってきたので、戸篠が落とした木刀をさっと拾うと振り向きざまに真っ直ぐ突いた。どすっと手応えがあって、刀が空から降ってきた。仁村の真横の地面に突き刺さってどきっとしたが、それは仁村の突いた木刀が伊達のお腹に命中し、振りかぶっていた刀が手から離れて上から飛んできたというわけだ。さすがにこれは一瞬肝を冷やしたが、チャンスとばかりに刀の柄を掴んで地面から引き抜いた。また、引き抜いた勢いで伊達に一太刀浴びせた。かっ、と目を見開いたのが最後に見えて、伊達の胸部に一筋の赤い線ができあがった。とどめとばかりに、仁村は心臓を目掛けて突き刺した。今度は、えっ、というような表情を浮かべて伊達が串刺しになった。刀を引き抜いて、赤い染料を飛ばしながら弧を描いて水平に刀を振り切った。そして見事に伊達の頭と首から下が分離した。――――ケケ、すげえ切れ味だ!
あぜんと立ち尽くす後ろにいた間藤との間合いを一気に詰めて、刀を振りかぶった。――――死ね!
「やめろお! 仁村ァ!!!」
背後から声がして仁村の手が止まった。同じような叫び声を以前に聞いてなければそれが土岐の声であるとはわからなかったに違いない。土岐の声だとわかって瞬間ためらった分、間藤の身体は分離しなかった。身体をひねる間を与えたために刀は腕に当たった。ただし、確実に間藤の二の腕には深い切り傷ができあがった。
「うわあああああ!!」
切りつけられた左腕を押さえて間藤が地面を転がった。戦意喪失、戦闘不能。――――もう終わりか?
「仁村! よせ、それ以上やるな!」
土岐がいがぐり頭を押さえながらやってきた。
「なんだ、頭から血が落ちてきてるぞ。ははは、そうとうこっぴどくやられたんだなぁ」
どうやらここにいる人間で一番無傷にちかいのは仁村だけのようだ。
頭を押さえながら土岐が、
「なぜ伊達を殺した!」
と叫んだ。
真っ直ぐ駆け寄ってきて、仁村の胸元を荒々しく掴んで、
「何も殺すことはなかっただろう! お前、それでも人間か! いったいどういうつもりなんだ!」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。お前だって襲われてるじゃないか。――――俺がやらなきゃお前だって殺されてたんだぞ」
「あいつらはやる気がないって言ってじゃないか。お前が銃なんて向けるから……そりゃ、びっくりして反撃しようと考えちまうだろ」
「バッカか! てめえの脳みそは何でできてんだあ? 相手の言ってること全部鵜呑みにしてどうすんだ!」
ばっ、と土岐の腕を振り払って、どん、と突き飛ばした。
「うざいこと言ってるとてめえから先にぶっ殺すぞ」
仁村は刀を構えて刃の先を土岐のひたいの前に突きつけた。
どうしようもない馬鹿だ。自分が殺されそうになっても相手の言うこと信じてたら命がいくつあっても足りない。きっと、こいつは今まで誰にも裏切られたり、信じてたやつに騙されたりしたことがないのだろう。あまりにもこいつは……素直。いや、単細胞すぎる。
「仁村……とにかくよせ。それ以上は……」
ぐっと下唇を噛んで堪えていた。土岐の目は真剣そのものだった。
「綺麗事はたくさんだ。――――俺を止める気なら俺はお前を殺す。いや……元々殺す気だったがな」
「仁村……」
土岐の表情はそれほど変わらなかったが、少しだけ寂しい目をしていた。
「じゃあ、あれは? 拳銃は俺に渡してくれたじゃないか」
「お前……ほんとの馬鹿だな。お前ほどの馬鹿は見たことないぜ。あれで俺を信用してたのか? あの銃はなア――――」
背後でざっ、と足音がして振りかえろうとした瞬間、腰のあたりにタックルされた。だが、すぐに身体をひねって振り払らった。ぶざまによろけながらこけた間藤がちょうど仁村の足元にひざまづくようなかたちになった。両手をついて土下座のような格好で、こいつにはお似合いだな、と思いながら刀を上に振りかぶった。――――首を切り落としてやる。
今、まさに刀を振り下ろそうとした瞬間に土岐に腕をつかまれた。あいかわらず土岐の動きはすばやくて接近を交わすことは無理だった。
「よせ。――――やめるんだ仁村」
「離せよ」
土岐ともみ合いになりながら、刀を取り合って力勝負になった。ぐぐぐ、と力がこもって、その勝負は互角に近かった。が、仁村は土岐の腹にひざを曲げて一発入れた。ボクシングになれてるだけあって、足元のからの攻撃には油断していたようだ。土岐の身体ががくんと下に落ちる。
しかし、本当に油断していたのは仁村の方で、またも背後から間藤に抱きつかれ、羽交い締めにされた。
「ぐっ、なんだてめえ。そんなことしてどうするつもりだ」
仁村が力任せに身体を揺らしてその締め付けが一瞬緩んだ時だった。
「今だあああ!!! やれえええええ!!」
間藤が力の限り叫んだ。
仁村の真正面の木の影から飛び出してきた人物がいた。センターで綺麗に分けた髪の毛。間藤のもう一人の友人、堤貴悠(男子十二番)だ。その距離わずか三メートル!
堤の手に何か握られていて、次の瞬間には、タカカカカとそこから発射音が鳴った。
思わず仁村はぎゅっと目をつぶった。さすがに今度は避けれそうになかった。
ばすばすばすっ、と肉に何かが食い込んでいくような音がしたと同時に、横から殴られたように突き倒された。どさっと地面に突っ伏して衝撃があったが、痛みは倒れた時にぶつけたところからだけだった。
「クソやろうめ。まだいたのか!」
ばっと反射的に立ちあがったが、自分の身体にたいした傷はついてなかった。足元に誰かが倒れている。――――土岐だ。
俺を――――かばったのか!?
しかし、思い起こす間もなく、一気に銃のようなものを持った堤との間合いをつめた。
堤は驚いたような表情をして、土岐の方へ目をやっていた。そしてやっと気がついたかのように仁村に目線を戻し、ようやく手に持った武器を仁村に向けて構えたが、次の発射音が響くよりも先に仁村の刀が一閃した。
するどく振りきられたその刀は堤の右の首横から左腕の脇にかけて通過し、胴体と首から上(左腕付き)を真っ二つに切り離した。醜い塊となって地面に転がった頭部だが、綺麗に散髪された髪だけが行儀よく整っていた。
異様なほどの刀の切れ味に仁村自身も驚いたが、それよりも先に確認すべきことがあった。
仁村はくるっと後ろを振り返った。
背を向けて逃げる間藤が見えて、それを見送ると倒れている土岐に視線をやった。完全に突っ伏した状態で動きがない。
もう一度仁村は振り返って堤の手に握られていたものを見た。
それはサブマシンガンのようにも見えたが、よく見ると鋼板なんかに釘を打ちつける釘打ち機だった。ぱっと見ただけでもあちこち改良されている跡が残っているのが見て取れた。支給武器用に政府が改良を施したのだろう。だとすると――――。
土岐はまだ生きてるかもしれないな。
釘打ち機だけを拾って、倒れている土岐に歩み寄った。が、仁村は途中で方向を変えて気を失っているらしい戸篠に近づくと、釘打ち機を頭に押し付けるようにしてトリガーを引いた。
ドガガガガ、とさっきよりは幾分重い音がして、戸篠の頭にめちゃくちゃに五十ミリぐらいの釘が刺さった。
最後にかこん、と音がして釘がなくなった。
「押しつけなくても発射できる釘打ち機なんて、ずいぶんな欠陥品だな」
そう言ってそれをポイと捨てた。
仁村は土岐のそばに近寄ってきて見下ろした。
ぐう、と声を発しながら土岐がうめいていた。土の地面に血が吸いこまれて、土岐の胸のまわりにチカチカと光る釘がいくつも刺さっているのが見えた。
仁村は土岐を睨むように見下ろしながら、
「バカヤロウが。……俺をかばってなんになる? 俺がお前の味方になったとでも思ってたのか?」
と言って、刀を頭の上に構えた。
「思惑が外れて残念だったな」
そして土岐の首を目掛けてそれを振り下ろした。
【川田章吾優勝まで あと28人】