BATTLE ROYALE 外伝


第二部
中盤戦


26

 ついさきほど数名の血を吸った刀を上にかざしてまじまじと眺めた。
 仁村はこの刀の刃にまったく傷らしきものが見られないことに気がついた。多少の血がまだついていたので、ぴっと一度だけ刀を振り払うと地面にぱぱぱ、と血が飛んだ。それからもう一度かざして刃を見ると、もうそこにはわずかな汚れさえも見られなかった。
 ――――化け物みたいな刀だな。あれだけ切ってもまったく刃こぼれがしていない。
 それもそのはず、仁村が手にしているこの刀の名称は『村正』。よく見れば柄の部分にかすかながら旧字体でかかれているのが確認できる。人の肉体を切る為だけに生まれ、幾人もの血を吸い、究極の切れ味を半永久的に保つ妖刀、村正。
 仁村は今、古より伝わる呪われた名刀を手にしていたのだ。
 銀色に輝き、妖しく光るその刃の鋭さに仁村の目は奪われていた。
 不思議なことにこの刀を見てると気が高揚してきて、誰かをもっと切りたくなる。高まる気持ちをなんとか押さえて、刀から目を離した。
 人間の肉体ならばこの刀で切れないことはないのだが、土岐の肉体を切断することはできなかった。
 土岐に振り下ろした刀はすんでのところで止まった。首の皮膚にわずかに掠めるほどであったのにもかかわらず。
 仁村は自分の意思で土岐を殺すことを中断した。やめたのではなく、あくまで――――中断。
 「借りができちまったな」
 うずくまったままの土岐を見て、はたして助かるだろうか? と思案してみた。
 屈みこんで傷跡に軽く手をあてて触れてみた。ざっと見ただけでも十数本の釘が刺さっているように見える。
 「下手に動かさねえほうがいいかもしれんな。――――しょうがないやつだ。小屋に戻ってなんか手当てできそうなもんがないか見てくるぜ」
 そう言うと仁村は立ちあがってきびすをかえした。
 とりあえず借りを返すつもりだった。いや……本当にそう思っただけなのだろうか? 仁村自身わからないまま、とにかくこの場は土岐を助けてやることにした。いずれまた土岐を殺そうとする時が来るかもしれないが。
 そして表の入り口から戻ろうと壁に沿って小屋を回ろうとしたときに、いきなりがつんと顔面に衝撃が走った。まったく見えてなかったのでまともにそれをくらった。後ろにあとずさって、そのまましりもちをついた。鼻から血がこぼれてきた。
 見上げたそこには間藤が仁村を睨みつけるようにして立っていた。手には木刀。――――逃げたのではなかったのか。
 「うらあああ!!!」
 続けて間藤のへなちょこ蹴りが飛んできた。ただ、今の仁村は焦点が定まってなかったので避けることすらできず見事に顔面に当たった。
 ばこん、と重い音がして仁村はそのままひっくり返った。――――クソッ。今日はよくひっくり返る日だ。
 立ちあがろうとして体勢を変え、後ろ向きになると背中にがっ、と衝撃がきて一瞬、息が止まった。木刀で後ろから殴りつけられていた。ひざに手をやってなんとか踏みとどまるとまた、間藤のゆったりとした蹴り(事実仁村にはそう見えた)が下から見えて、顔に蹴りが迫ってきてるのはわかったのだけど身体の方が反応してくれず、下から蹴り上げるようにくらって頭が持ち上がった。ゆるい速度で迫ってきたわりには痛すぎるんじゃない? そんなことを誰かに言うわけでもなく思った。
 かろうじて持っていた刀も吹っ飛んで、ごろごろと転がるようにひっくり返り、無様にも大の字になって伸びた。
 その仁村に今度はほんとにゆっくりと間藤が近づいてくる。
 「よくもやってくれたなぁ! ぶっ殺してやるぜ」
 間藤が近寄る。そして驚いたことに間藤の手には拳銃も左手に持たれていた。その銃を下に向けて仁村の頭の方へと向けた。
 「このまま一発で殺してやってもいいんだがなあ。てめえは一発じゃもの足りねえ!!」
 足りねえの「ね」のところで右手に持っていた木刀で、さらけだしていた腹のところに一発もらった。ものすごい痛みが全身を突き抜けて腹を抱えるように横になった。――――ふふ、この一発で足りないだと? サディストだな、兄ちゃん。
 意識とは別に涙目になって、腹の痛みをこらえた。もう一発もらうのはかなりヤバそうだ。
 間藤は仁村が取りこぼした『村正』と木刀を持ち替えた。
 しかし、こんな状況の中でも仁村はこの戦いに勝機をみた。わかってても避けられないような身体の状態でありながら、必ず間藤には勝てると確信した。それは今までの仁村のケンカをしてきた中での経験からくるものなのか、それとも彼自身の本能がそう感じたのかは本人でさえわからないでいたが、悲観的になることもなく、死を感じることもなかった。決してその感覚が麻痺してたというわけでもない。
 ――――死ぬのはてめえだ。
 「ぐふふふふふ。――――まとぉう。勝った気でいるんじゃねえぞぉ」
 ゆっくりと手をついて起きあがった。ぼたぼたと落ちた血は口から出てるものなのか鼻から出てるものなのかわからなかった。たぶん、両方だろう。
 「狂ったか、仁村」
 「殺ってみろよ? ああん? 俺を殺せるもんなら殺してみろ。てめえには絶対殺られねえぜ」
 ゆらりと体を揺らせながら仁村は言った。睨みの鋭さ、かつての悪どい目が甦っていた。
 ほんの一瞬だけ間藤が萎縮したように足を一歩後ろに引いた。刀を構えたまま。
 仁村は間藤の目を見据えた。へびに睨まれたかえるのように間藤は視線を外せずにすらいた。顔がぎゅっとこわばって頬をぴくつかせている。
 「エセ不良が。自分より弱いものだけをいじめて強いものにはおよび腰の癖がでたのか? ああ? かっこつけだけの空威張りは俺には通用せんぞ。そんなものに頼るか不意打ちしか脳のないやつめ。一対一じゃなんにもできねえくせに。俺ぁ、今ふらふらしてるけどなあ。それでも素手ならてめえなんかには負けねえぜ」
 仁村は左手の手のひらを上に向けて誘うように、「こいよ」と言った。
 刀と銃を持った男が後ろに後ずさって、ようやく立っている傷だらけの男がケンカを誘っているという奇妙な状況になった。
 「その手には乗らないぜ、仁村」
 恐れながらも間藤は刀を前に突き出した。
 「たとえ卑怯と呼ばれても勝てばいいのさ。俺は優勝する!」
 「ケッ。本性だしやがったな。てめー。どうせ、伊達や戸篠も後で殺すつもりだったんだろうが?」
 「そうさ。お前を殺した後に一緒に殺すつもりだった。あまり長くいて疑われだしたらやっかいだしな。少しは貢献してくれたよ」
 間藤は手に持った刀は捨てて銃を両手で構えた。
 「ゴミ野郎め。一生、ニセモノの人生をおくってそんなのが楽しいか? 人のものを奪っていらなくなったら捨てるのか? 刀を手にしたら木刀は捨てて、銃を手にしたら刀は捨てるのか? そんなことばかりですべてがうまくいくと思うなよ」
 「勝てばいいのさ。俺はずっとそうやって得してきた。とっても楽しい人生を送っているよ」
 はははは、と乾いた笑い声を間藤は出した。
 「この距離では外しようがないぞ、仁村サンよ」
 「心配するな。――――俺の勝ちだ」
 けげんな顔をして間藤が表情を歪めた。
 ――――その銃を撃ってみろ。それがお前の死だ。
 「言い残すことはないか、仁村?」
 「それはお前の台詞だな」
 ――――引け! そのトリガーを引け!
 「クソが! 最後まで俺をコケにするつもりか! だったら死にやがれ、バーカ!」
 紅潮して怒りをあらわにした間藤がその銃を発射した。
 小爆発とともに、ばん、という破裂音がしてその拳銃は銃身が吹き飛び、ついでに間藤の両手の指まで吹き飛ばした。
 うぎゃあああ、と叫ぶ間藤の指は二、三本だけが残っており、それもかろうじて小指などがくっついているというものだった。
 何かへたくそなマジックで指先から水を噴水のようにだすのが昔あったが、そのように間藤の指先からも赤い液体がぴゅうぴゅうと飛んでいた。
 「何だあああ!! これはああ!! 指がぁあ。俺の指があ!!」
 仁村の支給武器、南部十四式拳銃(取扱い注意書き付き)はバレルのところに詰め物がしてあって、弾を発射させると、その銃を持っている本人が被害を被るという仕掛けが施してあった。もちろん、これは一緒に付いていた注意書きに記されていたことである。
 「警告したはずだ、間藤。人のものを奪ってばかりですべてうまく行くと思うなよ、と」
 ゆっくりと仁村は間藤に近づいた。間藤がしたようにじらしたわけではなく、彼自身もかなり深手を負っていることもあってだ。
 落ちている刀を拾うと仁村はそれを頭の上に振りかぶった。真下には間藤が倒れてうずくまっている。
 「土岐にその銃を渡したがやつは俺を撃たなかった。――――だが、お前は撃った」
 間藤が媚びるような目つきで仁村を見上げた。その目は許してくれ、ということらしい。
 仁村は刀を振り下ろした。
 ざくっと切れ味の良い、いい音がして間藤の頭部が胴体から分離して転がった。
 「たったそれだけの違いさ。――――生きるか死ぬかなんてな」
 そう呟いて後ろを振り返った。
 土岐はまだ倒れたままだ。
 助かるだろうか? ――――それとも助けるべきだろうか?
 何か今まで味わったことのない不思議な感覚が沸き起こった。どこか奇妙でありながら懐かしいような感情。
 仁村は土岐に歩み寄るとすっとかがんで土岐の体を抱え起こしてやった。数え切れない程の無数の傷が胸部全体にあった。足元はびちゃ、と鳴るほど血の海ができあがっていた。
 「俺にはお前の考えてることがさっぱりわからねえぜ」
 目をぎゅっとつぶったままの土岐に向かって囁いた。
 口を少し開けてなにか話したそうなそぶりをみせた土岐だが、苦痛に顔を歪めて声は出なかった。
 「いまさらお前のことを理解しようとは思わんが、今までにお前のような人間には出会った事がない。いや、最初で最後かもしれんな、お前みたいなやつは」
 苦しげに呼吸を続ける土岐を後ろから抱えてやるようにして呼吸を助けてやった。血みどろの制服がいかにも痛々しく、はたして治療しても助かるものかどうかさっぱりわからなかった。
 ただこの状況に身をまかせてやるしかなかった。土岐の生死よりも気になったことがあって聞いてみようと思った。いや、普段の仁村ならそんなことは気にもしなかったのだろうが、なぜか今日だけは気になった。
 「なあ、土岐。お前はどうしてそう、人を信じようとするんだ? 俺にはお前が無理に人を信じようとしてるように見えるだけで――――別にお前が馬鹿で単純で、ただのあほだとは思えないな。お前は裏切られることも承知で行動しているのか? なぜなんだ、土岐? お前が人を信じようとする理由はなんだ?」
 はあ、はあと苦しげに息を吐きながら土岐はうっすら目を開けた。視線の定まらないその目を見て、仁村は土岐の寿命を測った。おそらく――――このまま放って置けば確実に、死。
 「にぃむらぁ……」
 錆びついたようなかすれた声をようやく出した土岐は、うつろな表情のまま言った。
 「俺の――――」
 言いかけてグハッ、と血の塊を吐き出した。肺を損傷したのだろうか? それでも懸命に土岐は何か伝えようとしていた。
 「何だ? どうした?」
 「……俺の、オヤジは飲んだくれでどうしようもなかった」
 土岐がすうと息を吸いこんで声をためた。何か昔話があるらしい。仁村は黙って聞いていた。
 「母親を……いつも殴っては生活費を持っていって、働きもせず、それを、ギャンブルとか……ゲホッ。――――使って、酒におぼれて……・・・よくある、能無しの男だった」
 仁村は軽く背中をさすってやりながら少しでも土岐に楽な状態にさせようとしていた。とにかく――――話を全部聞くまでは。
 「いつものように……金を持ってどこかへ出ていった。――――ああ、小学生の時だ。そんときはなぜか俺、どうしても許せなくて。それで……オヤジとケンカした。……オヤジは、その金を持って働き口を探すから、と言って生活費を取っていった。母親も泣いてそれだけは手をつけないで欲しいと哀願した。……だけどオヤジは母さんを殴って、俺の言うことを信用しないのか! って怒鳴った。――――俺は……殴られてうなだれている母さんに泣きつきながら……『父ちゃんなんか、死んじゃえばいいんだ』って、心から……ほんとに、心から神様に祈った。――――そしたら……死んだ。交通事故で、あっさり。……俺、子供心ながらにちょっと恐ろしさを感じたんだけど、だけど、これで母さんも殴られずに済む。お金も持って行かれずに済む。――――そう思うと嬉しくてしかたなかった。けど、やっぱ、それは……ダメなことだったんだ。オヤジ……。実は背広を買いに行ってた帰りに轢かれたんだ。――――ちゃんと、仕事につこうとして、それで背広を買いに行って。……結局、オヤジの言ったことは本当だったんだ。オヤジの葬式の日。いつもツケのたまっていた酒屋の店長が来た。――――たまってた借金、全部返すから。だけど、酒におぼれるとダメになっちゃうから。オヤジ、酒屋の店長に絶対俺に酒を売らないでくれって。……しらふでそう言ってたらしい。――――いつも、嘘ばっかりついて、母さんや俺を騙して、そんなひどいオヤジだったけど……オヤジ、死ぬ前だけはほんとのこと言いやがった。散々嘘つかれて騙されて、それでも信じようとしていた母さんでさえ、最後の日だけは、俺に、言った。『お母さんも……お父さんなんて死んじゃえばいいと思うわ』――――って。――――二人して……泣いたよ。……懺悔したよ。母さん、最後にどうしてもう一度だけ信じてあげられなかったのかしら……って。母子で……父さんを殺しちゃった、って」
 土岐の目から少し血の混じった水滴がこぼれた。
 「……馬鹿な話かもしれないが、俺――――自分が殺したんだと思った。オヤジを殺したのは俺だと。俺も――――信じることができなかった。オヤジを。やっと更正して真面目に生きようと決心していたオヤジを」
 「それは――――しかたのない話じゃないのか? 誰もお前ら母子を責めたりしないだろうし、むしろ、そういう状況にしてしまったお前のオヤジが悪いんだろ。当然の結果さ――――。ああ、もちろん死ぬのが当然って意味じゃないぜ」
 「――――それまではほんとに信じてたんだ。いつか、いつか必ず……。たった一度だけの、後悔。――――わかってくれ、仁村。人は信じあわなくちゃいけないんだ」
 「そいつは極論だぜ」
 「いや……必然だ」
 こんな気持ちになったのはいつ以来だろう。人の気持ちを理解しようと思ったのは。
 いつからだろう。俺はいつから誰も信じなくなったのだろう。俺はなぜ誰も信じなくなったのだろう。――――土岐、やはり俺にはお前の言うことはよく理解できないようだ。
 土岐の背中をさすってやるその手は、先ほどよりもいくぶんやさしくなっていた。
 「土岐……選ばしてやるぜ。さっさと楽になるか、それとも――――このまま苦しみに耐えながら生きていくか」
 すると、土岐はゆっくり首を振った。
 「死ぬことなど、考えてはいないさ。俺は……守りたい人がいる」
 口を歪めて、苦しげな表情がさらにひどくなった。だけどそれで本人は笑っているつもりらしい。ちゃんと表情を作れればさぞ男前に見えるというのに。
 「あの女か……」
 「彼女は、今、どうしてるのかな。怖がったり、震えたりしてないのかな。怪我とか、してないのかな。……心配だな。守ってやりたいな」
 「泣くんじゃねえよ! 土岐ぃ!」
 仁村の語尾が震えていた。急速に土岐の顔色がすぐれないものになっていく。
 「……逢いたいな。川上サンに逢いたいな」
 「おい、しっかりしろよ! 馬鹿! 死ぬんじゃねぇよ!」
 がたがたと土岐の身体が震える。そして青ざめていく顔色に仁村は気がついた。よく見ると胸部、腹部に大量の出血が見られて、あきらかにこれは大量出血によるショック状態だとわかった。
 土岐は言葉を発することもままならぬようだった。瞳孔が開いて白目をむいている。ぐううう、と喉元から音がでてげぷっと血を吐いた。びくびく痙攣を起こす土岐の身体にどうすることもできず仁村は後ろから抱きかかえていた。
 「クソがああああ!!!! 死ぬなァ!!!」
 ありったけの声で叫んだ。なぜ土岐の死を迎えるのが厭なのかわからないまま。
 土岐の痙攣が止んだ。
 静かな呼吸を取り戻した。それは命の炎が燃え尽きる前の最後の力。
 「にぃ……む……らぁ。……川……上……サン、は」
 「生きてるよ! 川上は生きてるよ! 俺は川上が一人でいるのを見たんだ! 一人で脅えてたよ。守ってやれよ。お前が守ってやれよ。居場所を教えてやるからさあ! 彼女に告白でもなんでもしろよ。だから死ぬなよ土岐ぃぃぃ!!」
 「彼女が……無事で――――」
 「土岐いいぃ!!!」
 「――――よかった」
 青白い顔は白くなり、血の気がなくなった。そして土岐の呼吸も止まり、ようやく今になって胸から血が流れなくなった。あまりにも安らかすぎる表情……。
 「土岐ぃ…………」
 そして静けさがやってきた。何も聞こえない静寂。
 誰かの呼吸の音すら聞くことができない。
 仁村は一人、五つの死体が転がるその場に取り残された。朝のまばゆい光を浴び、それがとても目にしみて痛かった。

【川田章吾優勝まで あと26人】


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