
第二部
中盤戦
29
拡声器がどこにあるのかはまったく見当がつかなかったのだけど、声だけはしっかり聞こえてきた。
『みんな元気だったぁー? うふ、マチコは元気よぉー』
そこでようやく千春は思い出した。たしか六時になると禁止エリアの放送が流れると。
『ええと、みんな気になってることがいくつかあると思うけどぉ。先に神戸二中の子には重要なお知らせがありますよぉ』
なんなんだ、いったい。重要なお知らせ!?
それも気になった千春だが、この舞知の放送をまったく気にすることがないような容赦ない遥花の攻撃に驚いていた。銃声は止まない。いつまでもここにはいられない。舞知の放送が終わる前にゲームを退場することになってしまう。
『実はねぇ、みんなには言ってなかったんだけどぉ――――』
千春は放送の内容を意識しながら外に飛び出た。遥花の襲撃にも注意しなくてはいけない。
『みんなに渡した地図に書かれたエリアの外でぇ――――』
そこまでだった。舞知の放送が聞こえたのは。
ごおん、という爆音と共に後ろで交番が爆発した。振り向くまもなく、千春は爆風に背中を押されるように吹き飛んだ。まるで世界陸上の走り幅跳びにでている米帝の選手のようだ。下はやわらかい砂じゃないけど。
四、五メートルは宙に浮いただろうか。土の地面に足から叩きつけられて千春は転がっていった。
どんどん、と何度かバウンドして腰やら肘やらを痛打したが文句を言う間もなく茂みに突っ込んで身体をうまくキャッチされた。茂みがほどよくクッションのかわりをしてそれはさほど痛みはなかった。いや、もちろん腕や足のあちこちの肌にはすり傷やなんかはたくさんできているだろうが。
吹き飛んだ交番の壁が空に舞い、灰色の塵となって降ってくる。
見上げるとそこにはもうもうと煙が舞っていて、千春はこんなときなのに何か違う考えが頭をよぎっていた。頭を打ってどこかおかしくなったのだろうか。
どこかでみた光景……。ほんの数時間前に見た……。
しかし思考はそこで中断された。耳はすでに舞知の放送の方が重要なことを告げている。
『――――ね。というわけでよくわかったかしら。――――じゃあ、次に死亡者の名前を言ってくわよぉ。ええと、まずは男子からぁ。男子はぁ、七番、佐藤雅之君でしょお。九番の杉田慶史君にぃ、十一番の伊達公一君。十二番、堤貴悠君。十三番、土岐公太君。――――まだいるわよお。十四番のぉ――――』
驚いた。
集中できないでいる思考がさらに混乱を招いた。
ちょっちょ、っと。いったいどうなってるわけ!? いくらなんでも死にすぎ――――。
『――――戸篠博和君。十六番、西岡祐太郎君。十八番、間壁春人君。十九番、間藤諭史君。二十一番、都ゆきひろ君。――――ぶはぁ、だいたいこんなもんね。男子は。じゃあ次、女子の死亡者ねぇ――――』
死亡者の名前が次々と呼ばれているのはわかっているのだが、それがはたして本当に死者の名前であるということを理解するにはあまりにも時間が足りない。
なんなんだ。こんなにも……こんなにたくさんのクラスメイトがもう死んでいるのか!? それにこの悪夢はまだ続く……。次は女子……。
『女子一番の鮎川真尋さん。五番の川上良子さん――――』
――――良子! あの川上良子が!? とても誰かに恨まれそうにもないあの子が!?
良子の名前から連想して、そこで千春はようやく思い出した。男子にあの人の名前はなかった。――――沢村くんは生きてる!
『――――七番、皐月儚さん。八番、下山茜さん。九番、園村包実さん。十三番、田口はるなさん。十五番の天色真夜さん。二十番の水野真琴さん。……いっじょうでーす。はー疲れた』
もはや親友の名前が出てきてもその衝撃度はうっすらとしていて、耳に入った情報がそのまま外に漏れていくような感覚を味わっていた。
馬鹿な。十人? いや、もっとだ。ウソでしょ。そんな。
殺し合いゲームは確実に死者を増やし、そして、確実に殺人者を増やし続けていた。何かがずれているような不思議な感覚を味わいながらも千春は混乱した頭を何とか整理しようとしていた。その千春の目にはごうごうと燃え盛る交番の炎が映っていた。
『あらあ、喋ってる間にまた一人死亡者リストが増えちゃったわ。女子十一番の高橋愛子さんねぇ。――――今死んだわ』
千春は舞知の放送を聞きながら身体がガクガクと震え出した。今さっきまで自分の目の前にいた少女まで。
交番が爆発したんだ。そりゃ中にいる彼女は生きてはいまい。あのプロパンガスが爆発したのだろう。――――遥花の銃撃によって。
これは現実なのだ。疑いようのないまぎれもない現実……。殺戮と死の危険がリアルなものとして今、千春の目の前に叩きつけられたのだ。
そばの木にもたれながら身体の傷を見まわした。幸いなことにかすり傷程度ですんではいたが、くらくらとめまいがした。とても立っていられない。
だが誰も待ってはくれない。この爆発を聞きつけて誰かがやってくるかもしれない。そしてそれは千春にとってありがたくない相手かもしれない。
あたしを殺そうとする人間はすぐそばにいるのかもしれない。さらにそれは千春がよく知っている、いや、知っているだけでなく、あたしの親友かもしれないのだ。
紅い炎を上げる交番を見ながら千春は、ああ、これは消防署から爆発音が聞こえたときとすごく似てるな、と思った。それでわかった。さっきどこかでみた光景だと思った理由を。
また戦いののろしが上がったのだ。遥花が言っていたあの戦いの宣誓が再び繰り返されたのだ。――――そう、それは遥花と千春との決別の証でもある。
舞知の放送が続いていたのに千春はようやく気がついた。
『――――でぇ、次がAの六ぅ。わかったあ? しっかりメモメモしてなくちゃダメよぉ。――――いい? あなたたちはとても若いわ。だから傷ついても傷が癒えるのも早いのよ。ちょっとやそっとのことでくじけちゃダメよ。――――やる気のある子はすぐそばにいるんだからね、アハ。んじゃあ、みんなぁー! またねぇー。あでぃいおーっす!!!』
ブツッと機械音が鳴って放送が止んだ。舞知の全島放送はこれで終わりのようだった。
何を考えていいのか、どうしたらいいのか、まったく考えが及ばなかった。いくつかの悪夢が想像の範疇を超えて千春の理解能力を機能させなくした。
どうすれば良いのか。何をすれば良いのか。――――血色の悪い黒マントの死神が千春にほほ笑んだ。さあさ、こちらですよお嬢さん。アッチの世界はいかがですか?
現実をつきつけられると幻が見えた。
千春はなんだか可笑しくなって、ふふと笑った。
視線はちゃんと前を向いているのに見えているのは死神だ。現実じゃないのに見えているのは死神だ。
ふふふふ、あはははと千春は笑い出した。
もうすぐ死んじゃうんだから。……みんな。……一人だけを残して。
あたしは死ぬのかしら?
あたしは生き残れるのかしら?
あたしも沢村くんも死んじゃう。……それともあたしが殺しちゃう!? 遥花みたいに。
あはははははははははははははははははははははははははははは。
おかしい。おかしい。おかしいおかしいオカシイオカシィ。
千春は視線をさまよわせながら木々の中へと姿を消した。
……その手に包丁だけを握り締めながら。
【川田章吾優勝まで あと24人】