BATTLE ROYALE 外伝


第二部
中盤戦


32

 刺されてから約六時間ちかくたっていたこともあって、へその横にできた傷跡はもうかさぶたとなって血は止まっていた。傷は思ったより浅いらしい。ただ表面を横長に十センチほど傷つけているので出血が多いように見えたのだ。
 大貫慶子はそのことに少しだけ安堵をおぼえ、ふーとため息をついて空を見上げた。今日はいい天気でよく晴れそうだ。きらきらと光る木漏れ日の下で慶子はもう一度ため息をついた。
 切れて裂けたようになった白いブラウスを手で丸め込むようにして穴を隠し、肌を見えなくした。お腹に刺さったナイフはこのブラウスと、へそ近くまで上げたスカートのせいで肉体まで深く傷つけることはできなかったのだ。既存の制服を少しでも可愛く見せるために、短く見せようとしてスカートを上まで上げたその先にもナイフはかすめていた。お蔭で二重にナイフの侵入を防いだことになる。
 しゃんしゃん、とセミが鳴き出した。本格的な夏の日を今日は感じることになりそうだ。
 南の山頂付近でとりあえず身を隠していた慶子は、ここで夜を明かしたのだ。山道から少しだけ茂みの中に入ったところだ。あまりいい隠れ場所とはいえなかった。
 慶子は腕時計の時間を確かめてから少し道を下ることにした。
 六時の放送を聞いた慶子は、舞知が言った最初の言葉に驚いたが(慶子のいた場所は爆発音にまぎれることなくちゃんと聞き取れた)、それよりも死者の数があまりにも想像の範疇を超えていたことになによりも驚いた。いやもちろん、そこに彼女の恋人である川田章吾の名前がなかったのにはいくらかほっとしてはいたが。
 彼は生きている。
 その想いが慶子の心を強くした。
 あまりの恐怖に恐れ、信じられない裏切りやクラスメイトがゲームに乗ったことにも動揺していたし、この夜は眠れないまま過ごした。ただ川田のことを想い、ただ彼の無事を祈って、そして彼と再会できることを強く望んで朝を迎えた。
 もしかすると彼は自分のことを探してくれているかもしれない。慶子はなんとなくではあるがそんな気がしていた。
 いつもやさしかった彼。いつも楽しく笑わせてくれた彼。それからたくさんの幸せを与えてくれる彼。
 きっと探しているだろう。彼はとても頭がいい。きっとこの状況でも何か考えているに違いない。もしかするとこのプログラムから助かる方法とか。あの舞知に立ち向かう方法とか。
 いてもたってもいられなくなった慶子はその場から移動を試みた。もし彼が探しているのだとしたらここでじっとしていては見つからないだろう。危険は増えるかもしれないがもう少し”いかにも人が隠れていそうな場所”に行った方がお互いに見つけやすいかもしれない。
 慶子は山を降りた。
 場所的にはF=06からF=07へ移動しているのだが、もちろん本人の地図は白紙なので慶子にはわかっていない。ただ、南の山頂のあるF=05は最初の禁止エリアと指定されたので、そこに近い位置にいる慶子はもしかすると今いる場所が禁止エリアに引っかかっているかもしれないという意識もあったので移動せざるをえなかった。
 最初の禁止エリア、F=05は地図のど真ん中。
 島のほとんど中心部にいる慶子が不安になって移動してみる気になるのも無理はなかった。
 道なりに下っていくと道がうねりながら下のほうまで続いているのが見えて、しかも見えたのは下に続く道だけではなかった。
 誰かがいた。
 それが誰かまでは木やら崖やらにまぎれてはっきり見えなかったけど、スカートを履いていたので女子に違いなかった。
 一度姿を消した”彼女”の姿だが、再びうねる道の先から現れた。遠目にもこちらにむかって走ってきているのが見える。それもかなりのスピードで。時々後ろを振り返りながら必死に走ってくる。誰かに追われているようで、前方の慶子にはまったく気がつく様子はない。
 慶子はどうしようかと逡巡したあげく、とりあえずその場は近くの茂みに身を隠すことにした。さいわいちょうどいい具合の茂みがあってその中にうまく身を隠した。
 はっ、はっ、と荒い息遣いが聞こえてきてようやくそれが誰かはっきり見えてきた。
 江口美奈だった。
 流れるような鮮やかな黒髪が慶子の長い髪とよく似ている。背格好も同じようなものなので後ろ姿ならほとんど同じ人物に見えるのではないだろうか。
 手に金槌を持っている。それが彼女の支給の武器だろうか。
 緊張して慶子は息を潜めていた。――――お願い。どうか気づかずに過ぎ去って!
 しかし今にも慶子の前を通りすぎようとした江口はちょうどその場で足を止めた。
 目をしかめながら今来た方角をことさら慎重に見つめて、しばらくするとほっとそこで息をついた。それから少しキョロキョロしたあと、道を引き返しだした。ただしかなりゆっくりとした歩調で先を確かめながら。そしてその様子をじっと我慢しながら見つめていると、やがて江口は道のカーブの先に姿を消した。
 そこでようやく慶子もほう、と息を吐いた。
 江口の行動の不可思議さに頭を激しく回転させた。
 何かが下で起こったのだろうか? 彼女が血相を変えて逃げてきた理由は!?
 ドキドキした鼓動がやまない中、一つの答えしか思い浮かばなかった。
 彼女は誰かに襲われて逃げてきたのだ。
 それ以外に何があるというのだろう。わたしだって襲われたんだから……。
 襲われたんだから……。クラスメイトに、親友に……。
 鮎川真尋の顔が浮かんできた。一緒に授業を受けて馬鹿な話をしていた時の楽しげな顔ではなく、憎しみと恐怖と、何かに恐れて小動物のように怯える幼き目。
 何を理由に彼女は自分を襲ったのか。……わからなかった。
 もうその答えも聞くことができないのだった。真尋は六時の放送で名前を呼ばれていた。
 あの時慶子を襲ったもう一人の誰かが彼女を殺したに違いない。あのアーチェリーで。
 放送で彼女の名前が呼ばれた時に動揺は意外なほどしなかった。割と冷静に落ち着いていたものだ。川田章吾の名前が呼ばれなかった時点で慶子は安心感が先にたっていた。
 真尋は親友……たとえ何があっても……。
 そう思ったのが彼女に刺される直前。
 そう、なにがあってもわたしたちは親友……。
 チクリと胸が痛む。心の奥にある何かが自分は嘘をついていると告げている。
 真尋……。あなたはもう答えてくれないのね。もうあなたには逢えないのね。もうあなたは……。
 ぽろりと涙がこぼれた。わたしは彼女を親友だと言えるの? いいえ、親友だったとなら言えるの?
 それほど悲しくはなかったけど涙は出た。ものすごく胸の中にもやもやとしたものを抱えながら、慶子は現実に戻った。
 ――――忘れよう。……とにかく今は。今は生きるんだ。生きて章くんに会うんだ。
 肩や腕にふりかかった木の葉っぱやら草を払いのけて茂みから道に戻った。
 先ほど江口が戻って行った道の方角を眺め見る。
 ――――生きよう。とにかく今は。
 何が起こっても。これから何があっても。章くんだけを信じて……。
 強く心に決めて慶子は再び歩き出した。
 さきほど江口が消えたカーブの先にはもう人影はなく、ただ下りながら道は続いていた。
 五分ほど歩き続けると、右手に崖が見えてきて下に道が見えていた。そのまま道なりに進むと、何か、下の道に人影のような、誰かが倒れていてそのそばに誰かがいる姿が見えた。
 学生ズボンを履いた二人なので男子生徒であることには間違いない。
 慶子は慎重に近づいていって、崖の上から覗いてみることにした。
 倒れているのは小柄な少年。横にいる男子にしては髪の長い、大柄な、だけど身のこなしのよさそうな体をした、そして何より慶子がもっとも捜し求めていた少年がいた。
 肩近くまでさらっと伸ばした髪をかきあげたときに見えたその横顔は間違いなく、川田章吾(男子五番)のそれだった。
 思いかけず会えたその喜びに声にもならない慶子はうれしさのあまり駆け出しそうになった。だが、ここからでは真っ直ぐ彼の元には行けない。一旦、下りの道を進んで下の道にでなければならない。道は大きくカーブを描いたまま木々に紛れ込んで、かなりぐるっと回ってこないと下の道には行けそうになかった。
 慶子は崖のそばまで寄ってきて、下の川田に声をかけるつもりで下を覗き見た。
 「しょ……」
 川田の名前を呼ぼうとした瞬間に目に飛び込んできたのは、頭がぐしゃりと潰れた、その小柄な少年の方だった。
 首から上にあるはずの部分は醜く変形していて、何か鈍器のようなもので叩き潰された感じの状態で、それを検証するかのように川田が手で変形した部分を軽く触れながらあれこれと体をいじくっていた。
 絶句して声にならない慶子は思った。たしかに彼は医者の息子で検死もできるのかもしれない。しかしだからといって死体を平気で触れるような、そんな男だったのだろうか? それにその死体は彼が作ったものではないのだろうか!?
 いいや、そんなはずはない!
 慶子は頭を振ってその考えを打ち消した。
 さあ、いますぐ彼に声をかけて助けてもらわなければ。たとえ助かる道がなくても最後は彼と一緒にいなければ。愛する人と一緒にいなければ……。
 視界がぐらりと揺れて目に映るビジョンが崩れた。まるで受信状態の悪い安物のテレビのようだ。
 章くんは彼を助けようとしてそこにいるのか、それとも彼を殺したからそこにいるのか?
 そしてそれは彼が生きているかどうか調べるためのものだったとしても、彼を生かしておくためのもなのかとどめを刺すためのものなのか???
 そんなはずはないそんなはずはないそんなはずはない。
 ……だけどもし、彼が、殺ったのだとしたら?
 心臓がばくん、と跳ねた。
 恐怖。
 そこにあるのは恐怖。そして疑心。
 章くんが人殺しでも構わない。それが彼が生き残れる手段だったのだとしたら。章くんがわたしを殺しても構わない。それが彼が優勝する手段だったのだとしたら。
 もうずいぶんと前に考えていたことだ。彼と付き合うかどうかという頃。やはりこの国に生まれた限り、プログラムに選ばれたらという想定はたてるものだ。その時から決めていた。もし章くんと同じクラスでプログラムに選ばれたなら、わたしは彼と共に最後まで生き残り、そしてわたしは自殺しようと。
 だから彼のために死ぬのは平気だ。彼のためにすべてをささげることも……。
 だけどもし、彼がわたしを普通に殺そうとしてきたら!? わたしの気持ちを裏切ったら!? 親友だった鮎川真尋のように!
 そんなことがあるはずがない。そう信じている。いいや信じたい。
 でも裏切りはあるのだ。クラスメイトの誰かが同じクラスメイトを現に襲っているように。この殺し合いゲームで誰が誰を信じられるというのだろう。
 ざわっと背筋を冷たいものが走る。
 彼はわたしのことを探していたのだろうか?
 何故疑う? どうして彼を疑わなくてはいけないの?
 もう一人のわたしが言う。
 なぜこんなにも彼のことを不安に思わなければならないか。疑う必要がどこにある? 彼はいつもの彼だ。いつもと変わらないやさしい章くんじゃないか。
 ……だけど。
 ……だけど。
 その時だった。
 下りの道の先から誰かが走って向かってきていた。
 「大貫さんっ!!」
 こちらに向かって真っ直ぐ走ってきたのは野ノ原遥花だった。
 その声に反応した川田が上にいた慶子に気がついた。はっとした表情で慶子を見る。そして目が合った。教室で睨まれた時以来。
 走ってくる遥花。慶子を見つめる川田。
 慶子は……川田を見ていた。目をそらすことなどできなかった。
 信じている! やはり信じられるのは彼だけだ!!
 しかし川田の眉間にぐっと皺がよった。睨みつけるような形相で慶子を見る。

 ――――なぜ!?

 川田の手が後ろに回って何かを取り出した。
 イングラムM11サブマシンガン。川田はそれをしっかりと握った。
 馬鹿な!?
 慶子は混乱して遥花を見た。遥花は素手のまま走り寄ってくる。もう一度川田の方を見た。彼は下からサブマシンガンを構えた。
 「いやあああああああああああああああああああ!!!」
 大声を上げて川田は一瞬躊躇したように動きが止まった。しかし遥花の方は真っ直ぐ慶子に向かってくる。
 慶子は川田の位置からは見えない場所にしりもちをつくようにかがんだ。遥花は崖の端を走ってきて川田の位置からでもよく見えていた。
 遥花の手が後手に回り、そこから金槌が取り出された。
 あと数メートルのところで川田のイングラムが発射された。
 古いタイプライターのように、ぱららららっと音がして崖の一部が削り取られた。
 誰にも当たらなかった。
 舞い散る削り取られた崖岩の一部がほこりとなって視界を遮る。
 慶子は目をつぶっていたのでその一部始終を見ていなかったが、たしかに遥花は笑っていた。それも川田の方を見て。
 「大貫さん! こっちよ、早く逃げて!」
 遥花はがちっと慶子の手を取ると、無理やり引っ張るようにして慶子を立たせた。そしてそのまま走る。
 「待て!」
 川田が叫んだ。
 ちらり、とだけ遥花は後ろを振り向くと、川田の見える位置からは姿を消した。遥花はやはり笑っていた。
 息を切らせながら慶子も走った。
 もう、なぜ自分がこんなにも一生懸命走っているのかわからなかった。なにが起こっているのか正しく理解できていなかった。
 走る遥花に手を取られてなすがままだった。
 道の途中でぐっ、と強く引っ張られた。
 「こっちよ」
 遥花は道を逸れると茂みに突っ込んで行った。
 手を引っ張られるまま、わけもわからずついて行くとぽっかりと隙間があってわき道にでた。
 「ここから真っ直ぐ下まで降りられるのよ」
 遥花はそこで一旦止まり、親指を立ててくいっと下を指差した。
 「もう少し行けば安全なところに出るわ。そこは川田くんも知らないもの」
 「ど……どういうこと!?」
 遥花はいかにも気の毒そうな表情をして言った。
 「ほんとは知らない方が……いいのかもしれないけどやっぱり言っておくわ。彼……川田くんね。みんなを殺しまくってるわ」
 「そんな!」
 唖然として口を開いたままぱくぱくとさせていた。次の言葉はでてこなかった。
 「わたしも驚いたわ。まさか……彼がねぇ……。でも聞いて。彼、間違いなく殺したのよ。わたし、見たの。彼が人殺ししてるとこ。――――見たでしょ? あの死体。あれ、山田くんなのよ。ひどいことするでしょ? わたし、江口さんと一緒にいたの。でも彼に見つかってバラバラに逃げたわ。そしたら彼女も……」
 遥花は暗い表情をして視線を横に流した。遥花が見つめる先に草の根からスニーカーが見えて、まだ血色のいい肌色の素足が見えた。顔は見えない。
 「顔は見ない方がいいわ。金槌で……ひどいものよ」
 言いながら遥花は、その金槌が入ったデイバックを肩にかけ直した。口に少し歪みが走る。
 遥花は道を舞い戻ってきた江口にこの茂みから飛び出して彼女を襲った。不意をつかれた江口に抵抗する間はなかった。首を締められ、手に持っていた金槌を落としたところを拾われて、頭を一撃。ほぼ即死だった。そのあと再び手に入れた武器を持ってさきほど遥花自身が撃ち殺した山田豊にとどめを刺しにいったのだ。そしてそのシーンを川田に見られた遥花は走って逃げて道を駆け上がったところに慶子が現れて機転を利かした。ほんの一瞬の判断である。
 だから当然、江口美奈が川田が知らない茂みの抜け道で死んでいるのかは説明がつかなかったりと、万全の芝居ではなかったが、今の混乱した慶子には十分なほどの名演技だった。
 突然慶子が泣き出した。
 「そんな……そんな……」
 慶子はもうそれしか言えなかった。ただぼろぼろと出てくる涙にどうすることもできずにがくっと体も崩れ落ちた。
 慶子の頭を覆うように遥花は抱きしめてやって、
 「もう大丈夫、もう大丈夫よ。大貫さん。一緒に……一緒に逃げましょ」
 と、頭を軽くさすってやった。それに共鳴するかのように慶子はぼろぼろと泣き崩れた。
 遥花は新しい”見張り”を見つけた。
 こみ上げてくる笑いが押さえきれず身体が震えて、いかにも慶子と共に泣いているかのようだった。

【川田章吾優勝まで あと21人】


次へ

トップへ


[PR]《完全無料》ゲームサイト登場:追加料金一切なしで安心遊び放題