BATTLE ROYALE 外伝


第二部
中盤戦


35

 潮風が吹くと、湿っぽい空気が身体をすり抜けた。砂浜へ打ち寄せるさざなみが、さっきから足元に絡む。
 江藤大希(男子二番)は北の海岸沿いに座って海を眺めていた。
 日の弱い照り返しが海を当たり、きらきらと輝かしい光を反射して、陽炎が美しいオブジェをそこに誕生させた。大希は目を少し細めて遠くに映る地平線の行方を追った。わずかにその先に見える隆起は本州だろうか。――――帰りたい。神戸へ。自分が生まれ育った街へ。しかしそれは儚い想いなのか。あの街へ帰れる人間はたった一人の生徒だけ……。
 砂を噛む音。大希に近寄ってくる人影があった。
 「ヒロ」
 そう呼んだのは彼の兄。江藤真希(男子三番)だ。
 「ああ、兄ちゃん。いいものはあったかい?」
 兄の真希は黙って弟の大希のとなりに座った。共に小柄な双子の兄弟ではあったが一卵性ではなかった為、うりふたつと呼べるほどではなかった。弟の輪郭が丸くて幼い感じなのに対して、兄は頬がすっとしていて、少し大人びてみえる。それでもたまに、新任の先生とかには間違えられたりもするが。似てないとはいえどやはり双子ということだろうか。
 「これを……どう? いいと思う?」
 手に持った空き瓶を真希が弟に見せた。円筒型のキャップのついた透明なガラスでできたやつだ。
 「ああ、見つかったんだ」
 それから、瓶をよく見た後に、「うん、ちょうどよさそうだね」と言った。
 「ヒロは何を書くのか決まったのかい?」
 真希が弟に尋ねた。
 「うん。まだ、書いてないけど。一応」
 「そうかぁ。俺も何書くか決めちゃわないとなぁ」
 遠くを眺める二人のしぐさは同じようなものだった。そこはさすがに双子。よく似ていた。
 「兄ちゃんってさ。このクラスに・・・好きな子、とかいた?」
 言ったのは弟の大希だ。
 「何だって?」
 「だから……。……好きな子……いた?」
 二人は仲の良い双子だったと言って間違いではなかったのだけど、こういった恋愛の話は過去に一度もしたことがなかった。二人とも今までに恋人といったような人を作ったことも、ほんとの意味での恋愛というものもしたことがなかった。
 「おれ・・・今になって思うんだ。やっぱ、好き、だったんだなぁ、って」
 遠くを見つめながら大希が言った。それを聞いて兄が、「ヒロ、好きな女の子がクラスにいたんだ」と言った。
 そして言いながらも弟の意外な想いに兄の真希は少し驚いていた。
 「うん。おれ、下山のこと。……好きだったんだ」
 「ああ……」
 真希は言葉を失った。下山茜は一番最初にあのブサイクおばんに殺されたんだ。
 「どこが……よかったんだ? あ、いや。別に下山がだめだっていってるんじゃなくて」
 「うん。……まず、可愛かっただろ。それで……やさしい感じで。保健委員なんてしてて、マジで看護婦なんてしたら、似合うんじゃないかなぁって思ったり……」
 真希は黙って聞いていた。
 「きれいな髪しててさ。ちょっと、横を通った時なんかすっげーいい匂いがしたりするんだ。それから――――」
 ははあ、と真希は思った。いつまでも自分と変わらない子供だと思っていたけど、大希はもう恋愛ということをしていて、大人に一歩先に近づいていたんだなぁと思いが巡った。
 真希は特に誰かを好きになってはいなかった。だけどわかった。大希が大貫や川上のような美人じゃなくて、下山の方がいいと思っていたのは。たぶん、いいや、確信はないが、自分が好きになるとしたらたしかに先の二人よりは下山を選ぶかもしれない。下山茜はたしかに、可愛いと思ったことがあった。
 理解はできる。弟の気持ちは。
 気持ちが通じているというのはやはり双子だからだろうか。二人は消防署を出た後、すぐ目の前の公園でばったりと出会った。双子の不思議な力が働いたのかどうかはわからないが、二人は難なく一緒に逃げおおせることができたのは事実である。
 「――――なんてやっててさ。ほんと、すげー可愛かったんだよ。彼女。プールの時間にさ。ほら、スクール水着だけど。いやほんと変な話だけど、おれ、彼女しか見えなかったなぁ。もうめちゃくちゃ可愛いのなんのって――――」
 大希はとてもうれしそうに話していた。真希もなんだか嬉しくなってきた。
 二人は公園を抜けた後、この北の海岸に出た。閉ざされた海の家を発見して、そこに侵入して夜を過ごし、今朝までじっくり話し合った。兄弟としてではなく、一人の人間として。男同士の語り合いだった。
 意を決意した二人は付近に必要な物を探しに行くことにした。そして一足先に弟が戻ってきていたのだった。
 突然大希が泣き出した。
 「どうした!? ヒロ」
 うっうっ、としゃくりあげながら、涙をこぼした。
 「おれ……おれ、彼女が撃たれたとき何もできなかった。おれ、彼女の席の隣だったのに。撃たれた時どうすることもできなくて……ただ呆然としていたんだ。――――手を伸ばして助けようとすることさえ……できなかった。その後でケージが撃たれた時、及川が助けようとしてただろ。それがおれにはできなかった。自分の……好きな人の最後に……何もしてやれなかった」
 「ヒロ……」
 ざぶんと二人の足元にちょっとおおきなさざなみが押し寄せた。つま先はもうとっくに濡れていたが、今のでズボンのお尻のところも濡れてしまった。
 「ヒロ……俺は、お前がしてやれることはそうやって彼女のことを想ってやることだと思うよ。彼女……もう撃たれた時点で即死だったと思う。仮にヒロが手をだして彼女を抱きとめてやったとしても……もう、だめだったと思う。それにそんなことをすれば、あのおばんが黙っていないだろうからな。――――ヒロ。お前がこんなに彼女のことを想ってるんだから、彼女だってきっと天国で喜んでるよ。自分が死んでもこんなに想っていてくれる人がいる……ってな」
 言って恥ずかしくなったのか、真希はぽりぽりと頬をかいた。
 真希は胸のポケットから支給された地図を取り出して、裏に向けた。そして鉛筆も胸のポケットから出して何か書き出した。
 「兄ちゃん?」
 真希は書きながら答えた。
 「俺、決めたよ。何を書くか。――――ほら、ヒロも早く書きな。もうあまりゆっくりする時間もないぞ」
 真希が促すと大希も同じように胸ポケットから地図を出して、裏に何か書き出した。
 生暖かい潮風が、今日の天気をなごませた。あまりすきっとしない空だ。――――ほんとうにこれでいいのか真希には判断しかねた。
 「ヒロ……。お前は生き残ってもいいんだぞ」
 真希はやさしく言った。弟に死んで欲しいとは思わなかった。だから……これは少々センチメンタルすぎる話かもしれないが、下山のために弟が生き残ってもいいんじゃないか、と思った。
 大希は黙々と書きこんでいる。それから視線は紙に落したままで、
 「でも、おれがほんとに好きなのは兄ちゃんだから……」
 と、予想しない答えを返した。
 真希は黙ったまま視線を落とした。じんわりと目頭が熱くなった。
 そして二人ともほとんど同時に書き終えた。
 真希がさっき拾ってきた瓶の蓋を開けて、中にその紙を入れた。同じように大希も中に紙を入れた。
 「俺たちの遺書……いいや、意思だ。――――国に届くといいな」
 そう言うと真希は立ち上がった。
 「行こう。ヒロ。――――俺たちの生きる道へ」
 こくっと大希が肯くと、「じゃあ、それは兄ちゃんが持っててよ」と瓶を指差した。
 「ああ、わかったよ」
 真希は手紙の入った瓶をポケットにしまった。
 それから二人は海へ向かって歩き出した。そして腰ぐらいまで海に浸かった時に兄が言った。
 「引き返してもいいんだぞ」
 弟はちょっとびっくりしたように真希を見つめたが、にこっとほほ笑んだだけだった。そしてまた前に進んだ。
 「そうだな……さっき話したばかりだもんな」
 二人は人を殺すことより自らの死を選んだ。たとえ最後まで生き残ったとしても、兄弟で殺し合わなくてはいけないという最悪の結果が待っている。そんなことは二人ともできないとわかっていた。最後まで二人が残ったら俺が自殺するよ。と兄は言った。だが、同じことを弟も言った。所詮、無理な選択だった。もう誰かが死ぬのを見たくなかった。もう誰も死んでほしくなかった。だけどそれは叶えられぬ思いだった。もう誰も……。
 二人は正午の舞知の放送が流れる前に決断をしたのだ。そう、もう誰の死も知りたくはなかった。
 そして二人とも同じような速度で北へ、北へと泳ぎ出した。意外と泳いでも泳いでも何事もなく進んだ。
 このまま本州まで泳げるんじゃないか? あるいは首輪が濡れて、機能しなくなったのかなぁ、と泳ぎ進む中でぼやあっと思ったが、もちろんそんなことはなかった。
 真希のすぐ横で、ぼん、と何かが爆発して水しぶきが上がった。そちらを見るまでもなく、また、ぼん、と音がしたが、それはもう真希には聞こえてこなかった。
 よく似た身体をした二つの首なし死体が海の中にぽつんぽつんと浮かんでいた。

【川田章吾優勝まで あと17人】


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