
第二部
中盤戦
37
及川はしばらく信じられない面持ちでモニターの画面をじっとみつめていた。しかし、それは間違いなく誰かが反応して返ってきた答えなのだ。
目をこらしてモニターを見つめなおした。
『マジか!? これ』
『おおーい』
『東側の生徒なのか?』
『俺は大阪市立湊中学校3年8組。片岡孝之。応答願う。』
とチャットが開始されていた。
書きこみの時間をみると午前十一時十分。現在時刻は……午前十一時十分!
及川は眠気などふっ飛ばしてキーボードを叩いた。
[俺は及川大輔。現在プログラム真っ最中。そっちはどうだ?]
そう打ち込んでバシッとエンターキーを叩くと文字が画面の中に反映された。ついキーを叩くのに力が入る。
しばらく間があってやや緊張して次の瞬間を待つ。
返ってきたのだ。及川が出した信号に相手が気づいて反応したのだ。しかもこっちもあっちもプログラム真っ最中という同じ環境でだ。
興奮を押さえきれないまま及川はもどかしい時間を過ごした。返信までに実際には一分もなかったであろう。及川の予想に反して相手の反応はごく普通のものだった。
『あ、こんにちわ』
だから、こちらも、
[はじめまして]
と、あまりに間抜けな会話が始まった。
『はじめまして。』
[驚いた。そっちでもプログラムが行われてたんだね]
『そうなんや。まさか西と東で同時になんてなあ。』
[そっちでも先公は舞知だった?]
『ああ、まいちんぐやった(笑)。』
[(笑)。そうか、こっちは五人も殺された(怒)]
『なんやって!? こっちは誰も殺されへんかったで』
[舞知のクソやろう 凸(`△´)]
『けど、禁止エリアの発表がないねん。おかげで禁止エリアにみんな引っかかりまくりや。そやから二時間おきにドキドキもんやで。』
[え? マジ? 白紙のうえにエリアの報告もないの?]
『白紙って?』
[地図だよ]
『地図? 地図はちゃんとある。』
[ちゃんと? ちゃんと、って白紙の地図じゃないの?]
『何言ってる? 舞知にはランダムで禁止エリアが指定されて、運が悪い人は一発でアウトだって言ってた。』
及川はモニターの画面を見ながら考えをまとめようとした。
つまり、『彼』の話だと、禁止エリアは生徒たちには報告されないってことか? そういえば、六時の放送では湊中学の死亡者と神戸二中の死亡者は言っていたが、湊中学側の禁止エリアは放送されてなかった。てっきり禁止エリアは共通で言っていると思っていたが。
『なあ、もしかしてそっちは地図が白紙になってるわけ?』
その通りだ。及川は舞知の薄ら笑いが頭に浮かんできた。
[つまり……まとめるとこっちは白紙の地図を掴まされて、そっちは禁止エリアの報告がないわけだ]
『……みたいやね』
ヤロウ。手を抜きやがったな。――――いや。なんて悪趣味なことをするんだ。
イライラしながら及川は歯を食いしばった。どうにも腹が立つ。
しかしまだ聞きたいことが山ほどあった。
[そっちには誰か他にいるのかい? こっちは五人一緒にいるんだが]
『えらいなぁ。五人も! あいにくこっちは二人だけや。』
[仲間か?]
『恋人』
[彼女か]
『そっちはどうなってるんや? いったいどこからアクセスしてんねん?』
[ああ言ってなかったね。電算室。大きな病院があるんや]
『病院か! それでこの診療所と繋がってるんやな』
[あるんや……って、言葉うつってもうたやん]
『あははは。そら、ベタや(笑)』
[(笑)]
なかなか気が合いそうだった。
お互いの情報をもう少しやり取りすると、どうやら『彼』、片岡孝之は恋人とうまく逃げることができて診療所に隠れていた。パソコンは早くに発見していて、外界との連絡に使えるかもしれないと思ってバッテリーを探し出し、思考錯誤の上、なんとか繋ぐことができたそうだ。ただ、しばらくどこを触っても通信には使えないとわかってあきらめて放っておいたそうだ。
画面に変化があってもしばらくの間気がつかなかったらしい。それも当然だろう。こちらと違ってずっとモニターを監視していたわけではないのだから。表示に気がついても、これは舞知の罠かもしれないと思って少し様子をみていたそうだ。しかし、恋人と相談した結果、チャットを開始させてみることにしたそうだ。
もう少し彼らの情報を詳しくまとめるとこうだ。
自分たちと同じように学校の終業式で拉致された彼らは、気がつくと消防署の二階の部屋にいたそうだ。(そういえば、消防署の地下からでるときに右に曲がって出口に向かったが、左手には別の階段があったような気がした) 舞知は武器類の支給とルール説明をして、それはちょっとこちらが聞いたものとは少し違うけど、ほぼ同じような内容で、ゲームがスタートした。四十名のクラスで、十数人がもう死んでいるそうだ。その大半が禁止エリアに引っかかったらしいのだ。彼、片岡の親友もそれで死んだらしい。うまく彼女と合流できたのは彼女の片桐亜紀という名前が幸いしたらしい。出発順序が近かったのだ。西側の島のほぼ中心にある診療所で今は身を潜めているそうだ。
『君たちが出発するころに消防署が爆発して大変じゃなかったか?』
チャットはまだ続いていた。もう三十分近くしている。そうだ、河村たちにもこのことを報告しなければ。ひとまず区切りがつくまで会話を続けるか。
[爆発あった。あれはなんだったんだ? 俺が消防署を出た直後だった]
『もう出発してたんやな。あれは俺の親友が死ぬ直前にやったんや』
[なんの爆発?]
『プロパンガス。消防車の出入り口付近にあったんや。……あいつ、あれで吹き飛ばしてやる、って言って消防署に戻っていったんや』
[それはうまくいったんだね]
『ああ。……禁止エリアに飛びこんだお蔭でな』
[あっ]
『俺たちにうまく逃げ延びろよ、って言い残して』
[……]
『結局なんのダメージも与えられへんかったみたいやけどな。せめてホストコンピュータを置いてる部屋にダメージ与えられたらよかったんやけど』
[……待って。ホストって、今回のプログラムを監視してるやつ?]
『え?そうやろ。舞知が言ってたやん。』
[それは初耳だ]
『そうなんか。説明、ずいぶん手を抜かれてたんやな』
[しかしそうなると……待てよ待てよ]
『???』
及川はキーを打ちながらも考えていた。今回のプログラムを一括管理しているホストコンピュータがあの消防署にあるとなると、そこへの通信手段は、現在は絶たれているとはいえここのパソコンから通信できるはずだ。そして自身が仕掛けたトラップはその消防署側からのアクセスによってウィルスを侵入させるものだ。もし……もし、そのホストコンピュータに自家製ウィルスで麻痺させることができるのなら……。
いよいよ及川の計画が現実的になってきた。それまでは、わずかばかりの抵抗を見せるための自己満足とも言えるかもしれないようなものだったが、ホストコンピュータにダメージを与えることができるとなると、自分たちを監視しているシステムが破壊されるから、この首輪も禁止エリアも役に立たないものになるのではないだろうか。この分だと舞知側が俺たちをあなどっていたら痛い目に遭うことになるだろう。
そうなるともう少しこのトラップの改良が必要だと及川は思いなおした。あくまで一矢むくいるためにやっていたこのパソコンの作業が、こんな大脱出計画に化ける可能性を持つことになるとは……。政府だって馬鹿じゃないからそう簡単にはいかないかもしれない。だけど、わずかな可能性があったっていいじゃないか。及川はチャットを続けながら考えた。
このパソコンにアクセスしてきたときに確実に相手にウィルスを送りつけるようにする作業は困難だ。そう簡単な手には引っかからないだろう。ましてや、一度失敗したら次からはもっと警戒されて二度とうまくはいかないだろう。いいや、それどころかそんなことをしていると舞知が気がついたらこの……冷たい首輪に何かしらの電波を送って無条件に爆発させるかもしれない。……やっかいだ。
及川はチャットでそのことを話した。片岡にはさんざん、すげー、すげーと言われたが、可能性はあいかわらず低いまま。希望的観測にすぎない。
何か具体的な方法はうかばなかった。ただ、一つ思いついた案があって、それを実行してみることにした。もっともそれを実行するにはまたしばらくパソコンをいじっていないといけないが。
もっと複雑な罠を仕掛ける必要はあるかもしれないが、単純である方がかえっていいかもしれない。及川はその作業をする前に先に河村たちにこれらのことを言っておいた方がいいと思って、。
[みんなにもこのことを知らせたい。少し待っててくれないか?]
と、画面に向かって打ち込んだ。
『オーケイ!仲間は多い方がいい』
それからすぐに席を立って及川は電算室を出た。期待はもちろんあったが不安も大きかった。ただ、本格的な大脱出計画がたてられそうでうれしい気持ちはあった。仲間は向こうにもいる。島の東側と西側から同時に消防署を攻撃することだってできるし、それだと攻撃のバリエーションが増えそうだ。及川は十分に落ち着いていたし冷静だった。
それでもその時はうれしくなって駆けるように及川は階段へ向かった。段を飛ばしながら階段を昇って二階に上がるとすぐにナースステーションと作動しないエレベーターが見えてくる。
すぐ近くの病室に入ってそこにいるはずの恵理子や菱倉ゆかりに電算室でのことを伝えよう思っていたが、病室は空だった。部屋を見まわしてみても誰もいない。ここにはカーテンの向こう以外隠れるような場所はない。
部屋を間違えたのかと思って、一旦、外に出てみた。しかし、それはさっき入った病室に間違いなかった。
あれ? と思ってもう一度中をよく見てみた。――――やっぱりいない。意識を失って寝ているはずの沢村さえいない。
沢村が寝ていたベットに近寄るとシーツが乱れていた。触ると暖かい。最近までここにいたのは間違いない。
ふと足元を見ると血が点々とついていた。出血の激しい沢村がどこかへ移動したということだろうか。
跡を追うように見ると、部屋の外へと続いている。さっきまでは特に注意して見ていなかったので気がつかなかったのだ。
そこで妙なことに及川は気がついた。部屋のカーテンがなびいている。なんとなく厭な予感がして窓に近寄った。カーテンをめくると窓が開いていた。たしかそこは、音や姿が外に見えないようにと窓を閉めてカーテンをしていたはずなのだ。なぜ開いているんだ?
二階から誰かが侵入して……まさか! そんなわけない。そんな冗談みたいなことは――――。
及川は開け放たれた窓からそっと顔を出した。見通しの良い景色が広がる。空はやや曇っている。それから視線を下にやると、妙な形をして人が倒れていた。首を奇妙な具合に折り曲げた高木恵理子の身体があお向けに倒れていたのだ。白目を剥いて舌をだらりん、とだらしなく垂らしていた。
「馬鹿な」
及川は思わず口走った。
何が起こったというのだ? いったいこの三十分ほどの間に何があったというんだ。
愕然としたまま、及川はしばらくその場から動けなかった。
ようやく思考が定まってきて、二階の病室を出て勢いよく階段を降りていった。死んだのか? 死んでいるのか?
日頃の運動不足がたたってか、心臓がばくばくと跳ねていた。もちろん、それだけが理由でもなかったけど。
階段を降りて、出入り口の玄関へ向かってロビーを突き抜けるときに、一旦止まって受付カウンターへ向かった。
飛び越えるようにしてカウンターを乗り越えると、受付下のせまい隙間をまさぐった。
この病院にみんなが集まった時に、各自の武器や食料をここに隠しておいた。いくら見張りをたてているとはいっても、いつ不測の事態になりかねないので(事実今がそうだった)、ここにまとめて置いていたのだが、武器で無かったのは見張りで河村が持っているはずのソーコムだけだった。恵理子の支給武器だった硫酸の入った瓶や、沢村が持っていたイラク将校用タリク7.65mmもそのままあった。菱倉ゆかりが持ってきたデイバックもそのままある。武器はソーコムなので、中には食料などしか入っていないが。さらに河村に支給された、あまり武器としては役にたちそうもないハサミもあった。
及川は一番強力な武器で元々自分に支給された、ベネリM3ショットガンのショルダーを肩から掛けると立ち上がった。さらにタリクも手に取って腰のベルトのところに挟んだ。その他の食料などは置いたまま今度はぐるっとカウンターをまわりこんでロビーにでた。さすがに重量のあるベネリM3を持ったままでは軽快には行動できない。
さっきまでの勢いとは別に、慎重に足を進めて玄関のところにまで出た。
玄関の自動ドアは現在動かない。ただ鍵をかけれるようにはなっていないので手で簡単に開けることができる。そのままだといくら見張りをしているとはいえ無用心なので、ロビーのそこらにあったソファや机などをめちゃくちゃに積み上げて入りにくくしていた。決して完璧ではないがないよりはましというものだ。
今、そのバリケードは外されていた。これが内側からどかしたものなのか外から無理やりこじ開けてきたのかはわからないが。
どうやら電算室にいるとまったく物音が聞こえないようであった。ドアを閉めてパソコンを続けていたことを少し後悔する。
タクシーが玄関の前までこれるようにと、出入り口のところは小さなロータリーのような道路になっている。病院の建物に沿ったまま、壁に背をつけながらそっと様子を伺って、それからゆっくりと外にでて前進する。壁を背に建物を回った。一度角を曲がってしまえば、恵理子が倒れていた場所が見えるはずだった。
ことさら慎重に回りの様子も見ながら角を曲がった。やはり、少し離れたところに人が倒れているのが見える。その他には人がいる気配はしない。
あたりは歩道と車道が続いていた。ただ、すぐにたんぼに紛れてどこが道だかなんだかわからなくなる。しかしわからないのは道だけで、視界はひらけててわかりやすかった。
思いきって及川は恵理子が倒れている場所まで走っていった。どちらにしても身を隠す場所なんてない。すばやく行動した方がいいと思ったのだ。
近寄って恵理子の側でかがんでみる。首に手を当てると脈がない。青白くなった顔が死を意味していた。ついさっきまで生きていたのに……という感傷にひたる間はない。心の中で強く、彼女の死を弔ってやりながら手で目を閉じてやった。だらりと伸びた舌はちょっと気持ち悪くて触れなかったのでそのままにしておいた。すまん、高木。
この辺の気持ちの切り換えは早い方だと自分でも思う。消防署で、杉田慶史が撃たれた時もそうだった。助かるのなら助けてやりたいがもう死んでしまう者には手助けしない。してやれない。理屈を理屈で通してしまうのは悪い癖になるのかもしれない。
恵理子の首筋をよく見ると、青痣のようなものができていた。首を締められたのだろうか?
及川は二階の窓を見上げながら考えた。
落ちて首の骨を折ったりしたのだと思ったが、この分だと首を締められてから二階から落されたという方が正しい展開のようだ。――――しかし、なぜ!?
誰にやられたんだ? まさか、沢村が意識を取り戻して彼女らを襲ったんじゃ……。
そんなことを沢村がするだろうか? ……わからない。特に親しいクラスメイトでもなかったのでよくわからない。いや、親しくないといえば全員になる。では、他に? 河村……? 河村がそんな風にいきなり襲ってくるとは思えない。それに河村が犯人ならやつは銃を持ってるのに銃を使わずに首を締めて殺したということになる。ましてやサイレンサー付きの銃だ。隠密行動なら銃でも良い。――――河村ではありえない。
ひとまずその場から退却することにした。
もっと病院の中を調べる必要がある。もしかすると誰かが知らぬ間に侵入してきたのかもしれないし。
及川は玄関へ戻ると出入り口付近をよく見てみた。――――特におかしい点はない。
電気が供給されていない自動扉は普通に手で開けることができるので誰でも侵入は可能と言えば可能なのだが。
非常用の病院の自家発電は完全に電気を供給しているわけではない。最低限必要なところにしか電気を送らないようだ。
ひとまず電算室に戻ろうとした及川はロビーを抜けるときにちょっと厭な予感がして立ち止まった。
ふと、目がいったのは武器類を隠している受付のカウンターだ。
おおまかな武器のたぐいはもうなかったはずだが、まだ硫酸が残っていた。これは十分武器になりえるだろう。
及川は受付に向かった。
ぐるっと端から回ってきて受付カウンターの下にもぐる。いくつもの荷物が置かれていた。
慎重に中を調べてみる。食料はいくつかのパン。数人分の水。ハサミ……。
それだけだった。それ以外にはもう何もなかった。
「硫酸がない……」
さっき外にでる前にはあったはずだ。ちゃんとこの目で見たんだから間違いない。
……犯人が……この病院のどこかにいる……。
及川は誰もいないロビーを見つめながら不安な気持ちを隠せずにいた。
【川田章吾優勝まで あと16人】