BATTLE ROYALE 外伝


第二部
中盤戦


42

 彼はファイルに記載された男子八番沢村利夫と書かれていた場所にチェックを入れると、そのファイルを無造作に机の上に放り投げた。
 「おーい、ケンタくん。落ちたぞ!」
 そう言って兵庫県神戸市立二中三年C組の死亡者が書かれたファイルを持っていたのは、同じ兵士の中でも仲の良い、幼馴染のカメという眼鏡をかけた近眼の男だ。
 ケンタと呼ばれた男は濁った目を擦りながら、
 「俺は今から休憩の時間だ。しばらく変わり、頼むよ」
 と相手の意見も聞く前にその場を立ち去った。
 取り残されたカメという男は、
 「まったくケンちゃんは昔っからずる賢いんだから」
 とぼやきながら、それでも渋々変わりに席についた。そして生徒たちの首輪にしこまれている盗聴器からの音声を聞くためにヘッドホンをして、目の前のモニターのチェックを始めた。
 その様子を監視室から出るときに目の端で拾いながら、ケンタは消防署の二階の通路にでた。
 ケンタという男が向かった先はこの階の隅の部屋で、そこは今回のプログラムの管理をするパソコンや唯一この島から外部へ連絡できる回線があるいわば集中管理室であった。元々は消防署のなんの変哲もないただの一室であったのだけど。
 鉄板が全体に覆われた窓際には専守防衛陸軍兵士たちが、銃眼の穴から外の様子を時々伺いながら銃を構えて立っている。外の光を遮っているので照明は点けっぱなしだ。
 外の様子を伺っている兵士たちとは別に、パソコンの席に向かっている兵士たちが数名。ケンタはそのうちの一人に歩み寄った。
 やや太りぎみの彼はひっきりなしに響く内線電話の音と、外部からの入電。それを忙しそうにやり取りしながらパソコンに次々と何かを入力していた。ケンタが背後に近づいたことも気がつかない様子だった。
 何かを感じたのか、ちょうど手が開いた時にその太った彼が後ろを振り返った。
 「おや、ケンタ? どうしたんだ?」
 「忙しそうだな、金三。――――休憩だよ、こっちは」
 「そうか、こっちは休めそうもない。――――いつもよりかなりペースが早いんだ。どちらとも」
 そう言った時にはもう顔をパソコンのモニターの方に戻して、何やら入力をしていた。おそらく死亡者リストを打ち込んで、その詳細などを本州にある本部へデータを送っているのだろう。
 この金三という男もケンタの幼馴染の男で、昔はよく三人で一緒に遊んだ。実は三人ともあの舞知担当官が昔、学校の先生で現役の時の教え子で、よく悪ふざけをして先生を困らせたものだ。その頃は馬鹿で単純なエロ教師だった彼女も、自分たちにいたぶられ続けた結果、三十を過ぎた辺りで精神病院に入院した。二年後、退院した彼女はすっかり以前の面影を無くし、歪んだ心を持つ邪悪な性格へと変貌をとげていた。その冷酷な性格はどうやら政府の専守防衛陸軍幹部にたいへん気にいられ、現在に至るというわけである。もっとも自分たち三人が今彼女の下で働いているのは拉致同然で部隊に入れられたからなのだが。
 その舞知はどうしているのかと言うと、彼女は今どこかと電話しているようだった。金三のいる机よりも一人だけ少し離れたところだ。パソコンの画面やら書類やらに目を通しながら、タバコを咥えつつお喋りに余念がない。ケンタは近くの開いていた席に座ると、テーブルの上に無造作に置いてあった誰の物ともわからないタバコを手に取った。
 見るともなしに、ぼおっとパソコンの画面を見ながら、近くにライターを探したが見当たらなかったので、ちっと舌打ちして一旦咥えたタバコを手に戻した。
 ここだと舞知の声はさらによく聞こえてきた。――――あとでライター貸してもらうか……。
 忙しそうな回りの連中を尻目に、タバコを手に持ったまま聞くともなしに彼女の話に耳を寄せた。
 「――――でっしょう!? ね、言った通りじゃない、先生? ――――え? ああ、はいはい。そうですよ、こっちは。――――ええ、そりゃあもう順調に進んでますよ。かなり早いペースですね。やっぱりこっちの実験はどうしても生徒ら全員に不利になってますからねぇ。ええと――――先生のところは例年通りのやつでしたか? ――――ああ、ああ、なるほど。去年の優勝者を入れてプログラムを行うのは先生が一番なれてらっしゃるからと教育長が――――ははあ。それもそうですね。いくらなんでも毎年同じ実験だと飽きちゃいますよね。でも優勝者ってのはクセのある生徒が多いですから、そこはやっぱり大ベテランの先生でないとだめなんじゃないかしらねぇ……。――――そうそう! わたしもこの任務を聞いたときにはちょっとびっくりして何考えてるんだろう、って思いましたね。いくら経費節減、リストラだからって担当官の人数まで減らすことないでしょうにねぇ。こっちの身にもなって欲しいわぁ。――――あ、今の教育長には内緒ですよ。――――まあね。そりゃあ成功したら無条件で階級特進というメリットはありますけど。――――わたしですか? ええ、今のところ特に問題はなさそうですよ。――――ああ、そうですそうです。同時進行ですから大変と言えば大変なんですけど。でも先生のところより早く終わると思いますよ。――――そうです。大阪の方が禁止エリアの未報告実験記録で、兵庫の方が地図なしプログラムです。――――大阪は早いですねぇ。ちょうど十一時の禁止エリアで十人も死んじゃいましたから。アハハハ。ええ、そうなんですよ。え、と、残りがもう九人しかいませんね。半分以上禁止エリアで死んじゃってますからこっちはほんと、楽ですね。かけもちでも全然問題なし、ってやつで。でも兵庫の方も思ったよりペースが早いですし――――ああ、はい。そうなんですよ。一人で大活躍してる生徒がいましてね。……まあ、下馬評では人気のなかった生徒なんでトトカルチョの方も大荒れ模様になってますよ。――――あら? 先生、うちのプログラムを買ってたんですか? あらやだぁ、だったらもっと早く言ってくださればインサイダーでもなんでも情報流しましたのに、ウフフ。あ、大阪しか買ってないんですか? 兵庫もなかなか楽しいことになってきたのに。え? 兵庫の情報はいらないですって? 大阪の情報? ははあ……。情報といわれましても……。だったら先生。先生は女子五番はお買いになったでしょうか? ――――はい、五番です。片桐亜紀という名前です。――――あら、買ってらっしゃらないの? わたしはこの娘が本命だと思ってますけど。――――ええ、そうですよ。この娘が優勝すると大穴になりますね。――――自信? うふふふ、ありますあります。――――ええと、今は男子五番の片岡孝之と一緒に行動してますね。――――どうも盗聴の会話からするとこの二人、恋人同士のようですが……。きゃははは。恋人同士の方が疑心暗鬼で殺し合うなんて過去のデータでそろってますからねぇ。もちろん、この二人もそうなるとは思いますが何よりも確定的なのがこの娘が過去に父親を殺したことがあるというデータがありましてね。きひひひ――――。でしょお? 過去に殺人の経験があるプログラム参加者は優勝の確率がかなり高いですからねぇ。このデータは裏を取るのに時間がかかりすぎてプロファイルには載せれなかったんで。――――ちょっと進行上、大阪の方のプログラムには問題が出てきたのですが、なんとかなると思います。――――いえいえ、たいした問題じゃございません。時間がくれば解決する程度のものですし。ただ、生徒同士はちょっとやりにくくなるでしょうが。――――え? 禁止エリアの報告がないだけで十分やりにくいですって? ぎゃははははは。そりゃ、その通り! ぶはははははは」
 舞知の馬鹿笑いが一層部屋中に響きわたったところでケンタは手に持っていたタバコを机の上にポイと投げ捨てた。ライターは当分借りることができそうになかった。
 何気なく目を通していたモニターの画面に生徒たちのリストが載っていて、そこに一人一人の武器の詳細や、プログラム直前に行われた学校での体力測定の記録、トトカルチョの掛け率によるオッズが表示されていた。担当している部門が違うので細かいことはわからなかったが、そういった詳細情報を本部へ送るメインコンピュータと接続されているパソコンのようであった。もちろん死亡者情報もここから送りこまれるのだろう。ただ入力や操作はこのパソコンから直接操作するのではなく、ここはいわば緊急時の非常用の予備のパソコンであったようだ。だからこの席には誰もいなかったのだろう。
 ケンタは暇つぶしに適当にプロファイルを調べては、優勝者の予想をたてたり誤字や誤報が混じってないか、その確認もかねて色々調べていた。
 それでも舞知の話は一向に終わる気配をみせなかった……。
 「――――まあ、それもアリじゃないかと思ってますよ。――――ああ、ないですね。あ、そんなことないわ。あったあった、ありました。兵庫の方は大人しいもんなんですが、大阪の方はいきなりやってくれましたねぇ。――――出発が大阪が先だったんですけど、爆弾抱えて建物に突っ込んできた生徒がいましたよ。――――被害? いいえぇ、そんなのあるわけないじゃないですか。まさに犬死ってやつですよ。だいたいわたしたちのような絶対権力に逆らおうとする時点で彼らの死は決まったも同然じゃないですか。そう言えば、大阪の子供たちは出発前に誰も殺さなかったですよ。元担任の先生の死体を見せただけで大人しくなっちゃいましたから。――――兵庫の先生は説得に応じたので『さらし』にはしませんでしたから、かわりに何人か殺しましたけどね。兵庫の生徒たちは運動能力が全国平均より飛びぬけているのが数名いたので、そいつらはちゃんと生かしておきましたけど。――――こっちはほんとすごいんじゃないですかねぇ。この中から優勝するのはずいぶんとタフな生徒だと思いますけど。――――え? あははははは。それはそれは楽しいご冗談を。まあでもいいかも知れませんわね。兵庫はわたしの目から見てもなかなかの役者ぞろいですし、じゃ、優勝者は来年の先生のところでプログラム参加、ということで。あはははは」
 再び高笑いが響いた時、ケンタの目がパソコンのある表示部分に注目した。
 通信記録、という欄に精神病院アクセスログ、という項目があった。
 詳細を見てみると詳しい意味はわからなかったが、精神病院のパソコンを誰かが操作しているという記録らしきものが残っていた。
 ケンタは先ほどまでの盗聴記録を思い出していた。ずっとその病院にいる連中を耳で監視していたわけではないので確かではないが、及川という生徒がパソコンをいじってどうのこうの、という話をそこにいた他の生徒が喋っていた記憶がある。
 ケンタは立ちあがって、まだ忙しそうな金三の隣に身体を割り込んだ。
 しばらくすると金三が目配せだけで、何? というような表情を作った。
 ケンタは本来の仕事の邪魔にできるだけならないように小声で、
 「精神病院アクセスログ、っていったいなんのことなんだ?」
 と聞いた。
 金三はああ、という納得したような表情を作ってから、ちょっと待ってくれと早口に言って、てきぱきと作業を続けていた。
 少しの間待っていると、金三が「これのことか?」と、よくわからない英文や文字列を見せてくれた。
 「それはいったい何なんだ? 盗聴の方の記録でたしか及川と言う生徒がパソコンをいじっていたという記憶があるんだが……」
 「何、たいしたもんじゃないさ。非常用の電力が病院にあったんでパソコンが動いたんだろ。――――なんかついさっき、あちこちにアクセスを試みているようなんだが、すべて失敗に終わっている。しょせんチュウボウレベルだな。――――ああ、だけど隣の湊中学側の診療所にはアクセスが成功したようだ。遠隔で色々操作しているよ」
 「なんだって!? 中坊? ……それよりアクセスが成功したってお前……それはまずくないのか?」
 「どうせたいしたことはできやしないさ。こっちのホストコンピュータ側にはいっさい触れることもできないし。――――そう言えば診療所側にも生徒がいて、もしかしたら何かのツールを使って会話ぐらいはしているかもしれないな」
 「か、会話って! お、お前そりゃあ、まずいよ。それは結構重要な問題じゃないのか? その会話は見れないのか?」
 「おいおい。ただでさえ俺の仕事はたいへんだってのに、これ以上仕事を増やさないでくれよ。生徒同士の会話ぐらい――――」
 「俺はその生徒同士の会話を監視する役目なんだ。できるかぎり知りたい。なんとかならないか?」
 金三はずいぶんと渋った顔をしてから、
 「しょうがねぇ。ケンちゃんのたのみじゃな……。なんとか調べとくよ。わかったら後で連絡するから」
 「頼むよ」
 これ以上言っても仕事の邪魔になりそうなのでケンタは立ちあがった。
 ここのパソコンをいじっているのも少々飽きてきたので、そろそろ退散することにした。
 あいかわらず忙しそうな金三に軽く挨拶すると、その部屋をでた。外に出ても舞知の馬鹿でかい声だけは響いてきていた。――――いつまで喋ってんだ、ったく。おかげでライターも借りれなかったじゃないか。
 ぶつくさと独り言をぼやきながらケンタは最初にいた、自分の担当する仕事の部屋に戻った。
 「ケンタくぅん。遅いじゃないかぁー」
 眼鏡のカメが口を尖らせるように言った。
 「ああ、ライターが借りれなくてね」
 カメが摩訶不思議な顔をしながらケンタを見ていた。
 「――――ああ、そうだ。ケンタくん。データが間違ってるところがあったから訂正しておいたよ」
 と言って大阪市立湊中学校三年八組の死亡者リストを渡してくれた。
 それを受け取りながら言った。
 「――――あれぇ? どっか間違えてたっけ?」
 「うん。気をつけないと教育長に怒られちゃうよ。大事な情報なんだから」
 ぱらぱらと湊中学のファイルをめくってみるとカメが訂正したと思われる場所があった。ぼおっとしていたのだろうか……?
 「全部直しておいたからね」
 「全部? ああ――――サンキュー」
 そう言うと、そのファイルを兵庫の死亡者リストの上に重ねて置いた。
 けだるそうに近くの椅子に座ると、深いため息を吐いて眠い、とぼやいた。するとカメがまた困った顔をしながら、
 「頼むよケンちゃん……。あ、そうだ。たいへんなんだよケンちゃん。大阪のプログラムで今ね――――」
 「ああ――――?」
 「ケンタくんってば。――――しっかりしてよ。たいへんなんだって。ちょっとまずい問題がでたんだ」
 カメがモニターの画面を指差しながらこっちを見ていた。
 渋々眠い目を開けて顔を画面に近づけると、それは西側の島、つまり湊中学の禁止エリアが描かれた地図で、すでに禁止エリアになったところが薄く灰色のブロックになっていた。見る限り、どこも異常はないように感じられた。
 何がたいへんなのかさっぱり意味がわからなかったので、肩をすくめると、あきれたようにカメが解説しだした。
 「ここ見てよ。ここ――――十三時に禁止エリアになるんだけど、ここが禁止エリアになるとこことここが通れなくなって殺し合いができなくなっちゃうんだよ」
 うまく回転しない頭が事態を飲みこむまでには少し時間がいった。
 つまり、カメが言いたいのは地図上で十三時の禁止エリアでそれまでの禁止エリアが連なってしまい、島が上下二手に切れてしまうということだった。上側にいる生徒は下側の生徒と接触することができず、殺し合いもできないということだ。……おかしい。そういうことはプログラムでならないようにプログラムされているはずだ。
 そう言えば先ほど舞知がそれらしいことを言っていたのをケンタは思い出した。
 「いいじゃん、別に。時間がきたらいずれ死ぬだろ」
 「そうだけど……。だけどもし、そうなったら長引いちゃうよ、ゲームが。そうなるとボクらが帰るのも遅くなっちゃうし……」
 「……そうか。……それは問題だな」
 ケンタはこの禁止エリアを操作する方法を考えてみたが、禁止エリアはホストコンピュータがランダムで割り振るので、自分たちのような一般の兵士にはどうすることもできないのであった。
 「いっそのこと神戸の連中が大阪の生徒も殺してくれんかな? ほら、一部共有部分があるじゃん、地図上でも」
 「そんな無茶な……。だいたいどうやって連絡するの?」
 「――――あ」
 金三が言っていた精神病院と診療所とのやり取りがあったことを思い出した。――――うまく騙せば及川らに湊中学の生徒を殺させることができるのではないだろうか? その理由と方法を作ることが最大の難関ではあるが。
 「なんとかなるかもしれないぜ」
 にやにやとケンタが笑いながらカメに言った。
 カメはなんのことかさっぱりわからずに、ただ首を振っていた。
 金三がケンタに会いに来たのはそのわずか数分後である。
 「オフレコで頼むよ。仕事増やしたくないんだから……」
 そう言いながら金三は精神病院と診療所でチャット機能のある通信ソフトで会話をしていたらしいことを教えてくれた。ただ、その会話の内容は今はわからないということだった。しかし病院のパソコンに侵入してハッキングしたので(これには苦労したよ、などと余計なことも言っていた)、これから通信が行われた場合、こっちでも表示できるようにしてくれた。もちろん割り込みも可能だ。チャットする気はないが、場合によっては誰かのフリをして会話に加わることも可能だろうと言ってくれた。
 金三に礼を言ってから、ケンタは盗聴記録と同時にそのチャットの監視を始めるため、通信ソフトを動かした。
 まだ何も動作なく、変化もみられなかったが、チャットが始まればここにも表示されることになる。
 そして……当然といえば当然なのだが、及川が密かに狙っていた作戦がまず第一段階を突破した。
 及川が仕掛けた作戦とは……それは、政府たちに自分がパソコンを使ってあちこちにアクセスし、わざと見つかる事。そして政府が捜査のため、及川のパソコンに侵入してくること。さらに、それには政府側のパソコンと病院のパソコンが通信して事実上繋がる必要性がある、ということ。
 それがいったい何を意味するのか。
 その真意は及川自身しかこの時点ではわからなかったが、ただ、確実に言えるのは、及川が賭けた可能性はゼロパーセントから確実に上昇した、ということだった。

【川田章吾優勝まで あと14人】




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