BATTLE ROYALE 外伝


第三部
終盤戦


45

 仁村俊幸(男子十七番)は、ようやく舞い散る白い煙の中を抜けて呼吸を整えた。
 「クソッ、なんだってんだ」
 道無き木々の間をすり抜けて、一つの木にもたれるように身体を預けてもう一度深呼吸した。
 鞘に収まった妖刀を腰のベルトに挟み、まるで時代劇の侍のようないでたちで汗を拭い、そのまま手はピンピンに立った短い髪を一度手でかきあげた。
 もう少しでとどめを刺すことができたはずだった。ほんとうに後は引き金を引くだけの状態だったのに、突然頭の上から野球のボールのような形をした黒い玉が落ちてきた。
 なによりもこれはマズイ物だと瞬間的に判断した仁村は、とっさに身をひるがえし、近くの茂みへダイブした。
 案の定、それは激しい光と爆発音と共に破裂し、白い煙を吐いた。しかし、思ったほど爆風や衝撃はなく、ただ煙だけがそこらじゅうに広がって視界を遮られた。
 やたらと目に染みるし、これは一種のおどし爆弾(仁村はこの時スタングレネードという単語が頭に思い浮かばなかったので、適切な表現を自分の中で勝手に作った)か何かで、殺傷能力はないに等しいのだろうと思った。
 「やれやれ、お仲間がいたとはな……」
 鈴村はおとりか何かで自分をどこかへ誘導しようとしたのかもしれないと仁村は思った。が、すぐにその考えは否定し、おとりにするにはいささか頼りなさすぎる相手だ、と思い直した。
 鈴村はどこの学級にでもよくいるいじめられっこ、というやつだった。
 (仁村曰くの)お馬鹿ちゃん間藤グループがよってたかって彼をいじめていたのを知っている。これはクラスメイト共通の事実だ。女子にもそういった人物がいるようだが、仁村はよくしらない。そんなことにいっさい興味は無い。
 だから鈴村は教室ではあまり目立ったことはしないし、仁村の眼中にはなかった。だが、一度それが問題となって教師にばれたことがあった。ホームルームで話し合うこととなり(もちろん教師が立ち会った上で、ほぼ仁村を標的にしたようなあからさまな態度で!)、誰が彼をいじめていたのか問い詰められたことがあった。クラスの生徒たちは、いじめっこの復讐が怖かったのか誰も何もいわなかった。もっとも何も言わなくても教師もほとんど誰かは想像がついていたので暗黙のうちに了解されていたのだろうけど。最終的にはたしかいじめの心当たりのある人間は二度とこういったことがないように、ときつく言われた(これも担任の教師はまっすぐ仁村の目をみながら! なんてこった、冤罪だよティーチャー)。
 ある時、仁村が先生に職員室に呼ばれ、いじめをしないように、と注意されたこともあった。さすがにその時は、俺は無実だよ、とばかりに反論しようとしたが、聞く耳はなかったようだ。どうやら誰が鈴村をいじめているか、委員長やその辺の害のない(?)生徒に聞いてまわったらしい。その結果、仁村もいじめに参加していた、ということに何故かなったようだ。あきれていた仁村はハイハイ、とだけ答えておいた。もっともそんな態度だからますますそう思われるのかもしれないが。
 だが実際に、鈴村は仁村を避けているような感じを受けたことがある。
 もっともそれも仁村から言わせれば、向こうが勝手にこっちを恐れていただけにすぎない、ということになるのだが。
 仁村はあごをさすりながら、さてどうしようか、と考えていた。
 仁村は山小屋での一件以来、近くの深い茂みの中でじっとしていた。それは昼間の暑さに体力を奪われないようにするためでもあったし、視界の利く時間帯にはできるだけ出歩かないつもりでいた(ただ仁村にとってちょっと耐えがたかったのが、やたらと虫に刺されてあちこちが痒くて仕方がないことだった。おかげで肌をさらしていた腕などは刺されすぎて表面がぼこぼこだったし、これはどうしてか、靴下を履いていたにもかかわらず、足首のところが刺されていたりとうんざりはしていた)。
 仁村は自分が最後まで生き残るつもりだったし、その為には誰を殺すことになっても平気であったが、そういった考えを持つ者が自分一人だけということはありえないはずだとも思っていた。危険は出来るだけ避けていくのは当然として、あまり積極的に行動には移らない作戦だった。時間がたてば一人、また一人と自然に減っていくさ、と考えていた。だから当然、持久戦になって粘り負けしないためには無駄な体力はいっさい使わないつもりだった。ただでさえ無駄な体力を山小屋で使わされたのだ。おまけに怪我までさせられた。幸い傷はそれほど深刻なものではなく、頭の痛みも今は治まっていたが。――――これからは大人しくしておかないと。
 多少計画が狂ったのは遠目に見えていた病院に偶然、白い仮面の男が侵入していったのを見て、その後、その病院から争うような声が聞こえてきたからだった。いつもの調子なら好奇心が先立って様子を見に行くところであったが、ついさきほど大人しくしておこうと心に決めたばかりなので(やはり命は惜しいものだ。持ち前の好奇心を抑えきるのに苦労した)、とりあえずその場はぐっとこらえて待機していた。
 さらに時間が経過した後、突然白い煙が病院から噴いて、再度白い仮面の男が病院から出て行くと、仁村が隠れている茂みよりやや東側の丘の方へ消えた。続けて様子を見ていると数分後に三人組が出て行った。ひょろっと背の高い茶色がかった髪の生徒はすぐに三島仁であろう、とわかったが、他の二人は遠目からでは判別がつかなかった。ただ、男女のペアだったというのはわかっている。
 仮面の男が乱入してから元々隠れていたであろう三人と病院内で争いがあったに違いないはずなのに、うまく逃げおおせたようだ。
 本来ならそれを遠目に監視していただけだったので、また深い茂みへと戻ればよかったのだが、どうにも仁村の心臓がどくどくしてきて興奮を抑えきれなくなってきた。
 面白い。こりゃあ、面白すぎる。なにもんなんだよ、ありゃあ。
 虫に刺されまくる茂みに戻るのが厭だったも多少影響があるのかもしれない。だが、仁村を実際に動かしたのは、あの、白い仮面をした生徒がいったい誰なのか? ということだった。
 わけがわからねえ! どうやったらあんな物をつけて白昼堂々うろうろできるんだ!? 誰か説明してくれよ!!
 なんだか楽しくなってきた。理由はわからない。
 思った時にはもう身体が動いていた。気が付くと仁村も丘の方へと足を運んでいた。好奇心が生んだ山小屋のトラブルにもこりず、またも仁村はすすんでトラブルのおこりそうな方を選んだ。
 それから道無き道を行ったので途中で迷ってしまい、うろうろしたところに例の鈴村と出くわした。というより一方的に撃たれた。後悔先にたたず。やはり面倒くさいトラブルに巻き込まれる格好となった。
 さすがにその奇襲には仁村も驚いて、とっさに身を伏せた。かろうじて当たりはしなかった(撃った鈴村はほとんどめちゃくちゃといっていいようなデタラメな射撃をしてそこらじゅうの木々の木片やら葉のカスやらが飛び散っていた)が、万が一当たっていたら即死だったかもしれず、冷や汗をかいた。
 しかし仁村はその程度でいつまでも驚いていることもなく(彼にとってはどんな程度でも、感情を引きずったりはしないが)、専守防衛陸軍も真っ青なすばやいほふく前進で一気に鈴村までの距離を詰めた。
 鈴村が仁村の接近に気が付いて、ようやく銃口が仁村の方角を向いたのと、仁村が左手を伸ばして銃身に手を掛けるのでは、仁村の利き腕の方がわずかに早かった。
 サブマシンガンは緑葉に覆われた天井へ向かって発射され、撃ち終わった時にはもうそれは仁村の手に納まっていた。だが、そのついでに相手を蹴り飛ばしていたのがよくなかった。鈴村の小さな身体は、転げ落ちるように斜面を下っていき、茂みに飛び込むと姿を消した。どうやらそのまま逃げ出したようで、一度相手を見失ってしまった。すばやく反応しすぎた蹴りで、とどめを刺し損ねたのだ。
 あとは音を聞き分けながら鈴村を追っていったところ、ようやく見つけたところで例の爆弾にやられたわけである。
 「まったくあきれるね」
 これはもちろん馬鹿な行動を取った鈴村に対してであったが、多少自分の多大なる好奇心に向かっても言った言葉だった。
 しかし結果から言えば、強力な武器を手にすることもできて、その結果にはまずまず満足していた。刀を腰に差して片腕には短機関銃を持っているという、いささかちぐはぐな格好にはなっていたが。
 ふん、あとは『マスク狩り』でもして楽しむか――――。ここに来た最初の目的を思い出した。ちょうどいい武器も手に入れたことだし、見つけ次第片付けてしまってもいいだろう。
 煙が薄れてちょうど視界が晴れてきた頃、どたばたと誰かが走っている音が聞こえてきた。さらにそれは仁村のいる場所へどんどんと大きくなる足音と共に近づいてくる。
 仁村は再び腰を落として草むらの中に身体を沈めた。このあたりは腰ぐらいまでの茂みがたくさん茂っている。息を殺して静かに時を待った。草陰に完全に身体を沈めているので姿は互いに見えない。耳に集中した。
 足元の乱れたような走る音。はあはあと激しい息遣い。二人か――――?
 「上に――――」
 呼吸も乱れたまま彼女の声がそう言った。
 崩れ落ちる小さな小石の音。離れていく人の気配。
 仁村は草むらからそっと顔だけを出して様子を見た。
 正面の斜面を登っていく二人。ひらひらとめくり上がるスカートを二人とも気にすることもなく四つんばいになりながら斜面を上がって行く。――――その後姿を確認した仁村は考えた。
 ――――さっき爆弾が落ちてきたところか……。さては隠れ家か何かかな?
 それから辺りを見回すと鈴村の姿はどこにもなかった。意外とすばしっこいらしい。仁村が適当に撃った弾は、彼の足元で跳ねたはずだ。怪我ぐらいはしているだろうが、あまり致命傷でもなかったのかもしれない。
 懸命に逃げた二人の女生徒は、斜面の上に消えた。ここからでは姿がまったくみえない。案外そこに鈴村もいるのかもしれないが、二人が逃げてきたということは仁村以外の追っ手がいるということであり、それはつまり例の仮面ではなかろうかと予想された。
 しばらくそこで待つことにした。
 逃げる女生徒より追う仮面の方が気になる。ジェイソンの正体をとくと拝見しようではないか。
 しかしいくら気配を殺してそこで待っていても誰も、何もこなかった。
 五分待ち、十分待ち、十五分待っていいかげんうんざりして、待つのをやめた。――――チッ、馬鹿らしい。
 なんだか拍子抜けしてしまい、飽きてきた。
 仁村は特に警戒することもなく茂みから山道へと戻った。もう回りにすっかり人の気配がないのがわかっていた。
 なんとなく上を見上げて先ほど二人が消えた先を見た。もう、そこにすら誰もいないような気はしていたが、一応上がってみることにした。
 念の為、周囲の音に注意を払いながら慎重に斜面をつる草を伝い登っていって頭を出したが、それもやはり無駄な努力だった。
 どこをどう見ても誰も周囲にはいなかった。ただ、少し広くなって拓けている場所に、意味ありげにデイバックがぽつんと置いてあったので厭な予感はした。――――罠か?
 その場所に立てば、前面に視界が開けていて島の地形が一部見渡せるような感じだったが、どうにも悪い予感がしてこれ以上近寄るのは危険に思われた。はたして警戒しすぎであろうか? いつから自分はこんな臆病になったのだろうか。――――しかし、今日ばかりは何故か気になった。
 結局、仁村は来た道を戻った。
 斜面を下って山道に戻ると、一度上を見上げてからフーとため息をついて道を下っていった。
 もうさっきまでの興奮ぎみの感情は薄れて、すっかり気力を無くしていた。あっという間に冷めた感情は目標を失って、ただ平静によどんでいた。
 そして短機関銃を構えた侍となった仁村は静かに道を下っていった。
 その仁村の落ち着きぶりとは正反対に、いまだ興奮状態が続いている人物がちょうど仁村がいる正反対の斜面にいた。
 大貫慶子は急激な斜面の途中で石や木のでっぱりに足を引っ掛けながら息を潜めていた。
 気を緩めると下に落ちてしまうこともあるのだが、彼女の全神経は頭上の拓けた場所にあった。
 その横で安斉菜種が同じように息を潜めていたが、彼女は下の道をひたすら監視していた。下には例の祠があった。その先の松林のカーブからもし、誰かが出てきたらすぐに報告して上に逃げる予定だ。
 上には地雷がある。だが、そのリモコンは今、慶子の手の中にあった。もちろん慶子はこのリモコンがこの斜面の途中で引っかかっていることを知っていたからここに逃げたのだ。
 もし二人の跡を追って誰かが来たら地雷で吹き飛ばすつもりだった。慶子は斜面に姿を隠し、耳をすませて誰かが地雷のデイバックのところまでこないか監視していた。問題は反対側、つまり祠側から誰か来るとまずかったのでそれは菜種に見張りを任せた。もちろんコンタクトを失った慶子よりも眼が利くという理由もあった。
 前門の虎、後門の狼とはよく言ったものだ。来るのは仮面か、それともマシンガンを持った生徒か。
 どちらにも逃げることができないでいる二人はただひたすら、その場所でじっと周囲に意識を配っていた。

【川田章吾優勝まで あと12人】


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