第三部
終盤戦
46
月岡彰子(女子十四番)はその大きな鼻の穴からの白い煙をふんぬ、と吐いて手に持ったタバコを地面でもみ消した後、姿勢を低くしてそっと音を立てないようやや興奮ぎみに立ち上がった。
消防署を出て以来、初めて出会ったクラスメイトだった。
北の山頂よりやや西に下ったところ(作者注:地図C=6)は、覆い茂った草木がすぐれない天気にも後押しされて昼間だというのにほとんど視界がきかないほど暗闇にさらされていた。
彰子は昨夜からこの草木の覆い茂った闇の中で誰とも遭遇することなく今の時間まで過ごしていたが、クラスメイトと殺しあうことに関してはそれほど抵抗を持っていなかった。出発のときに、いつもはおちゃらけているだけのちょっとお馬鹿の間壁があんなに興奮して正義ぶったことを言うのが信じられなかったぐらいだ。クラスが好きですって! オホホホ、笑わしてもらうじゃないの。――――あんなのじゃ死んで当然だわ。
ぺろりと舌を動かして乾いた唇を潤わせた。支給された水はまだ十分にあったが、できるだけ使わないようにしている。持久戦になることなど予想されたことだ。最後まで体力を残していたやつが絶対有利になると考えていた。いくら屈強な男子が残っていたとしても(現にこのクラスにかぎって何故か体力測定では学年トップクラスの人間がごろごろといた。それは川田らを筆頭に、普段は目立たない存在の岩瀬までもが百メートルではクラスで一番だったりと駒がそろっていた)、いくら体力がある人間でも徐々にそれは鈍くなっていくものだ。粘着質……もとい、粘り強さなら誰にも負けない自信はあった。実績としては、好きな子にいくら嫌われても何度もアタックし、ついには口説き落としたという経験もあるのだ。たとえそれが相手の弱みを握って、それをみんなにばらしても良いのか? という口説き文句だったとしても……。
――――あたしのような素敵な女を放っておく人なんているわけないもの。
百六十五を超えたすらりとした体格に、引き締まった肉体。それでもちゃんと出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる(ん? 胸はちょっと出すぎかしら。大きすぎるのも困ったもんだわ。肩がこってしょうがないもの。ちなみにDカップよ)理想のプロポーション。鼻がちょっと上を向いているのはご愛嬌。それがチャーミングポイントってわけよ(たまにそれを馬鹿にする男子生徒もいたけど。まったく! 女の魅力ってものをまったくわかってないわ。うちの男子ったら!)。よく他の女子生徒からも月岡さんってすっごいスタイルいいね、って誉められもした――――当然のことながら顔のことを誉められたことはない――――まあ、失礼ね!
特に貧相な身体をしている安斉菜種さんにはよく羨ましがられたもんだ。まあでも、彼女の場合はまだファッションがいけてる(っていうかね。うちのクラスの女子ってセンス悪すぎ!)から、まだ救いようがあるものの、特に美人でもなくて小柄できゃしゃな身体をしている子なんかは見ていてもかわいそうになる。
線の細い子はうちのクラスにはたしか何人もいたな、と彰子は思い出していた。小柄ではないが、さきほども言った安斉菜種。やたらと線の細い遊佐マリカ(女子二十二番)。あとは普通か大きいかの違いだが、一人だけ小学生のような小さな身体の、いわゆる幼児体型の女子がいた。実際彼女はランドセルを背負わして小学校のクラスに入れてもさほど違和感がないように思えた。顔も非常に幼い。いや、むしろ最近の小学生ってかなりませているから下手すると彼女の方が子供に見えるかもしれない。何しろいまだに身長が百三十センチ程度しかないんだから。
まるっきり小学生な高浜千紗都(女子十二番)を暗闇の中から見つけた時に彰子が思ったのはそんなことだった。彼女はいつも両耳の少し上のところで左右に髪をくくっているのがトレードマークだ。こんなときでもそれは変わりなかった。
彰子は(彼女から言わせれば)美人でも可愛くもない高浜千紗都が、こっそりと目の前の山道を歩いて山頂に向かっているのを見つけたのだ。
――――彼女なら勝てそうだわ。
さすがに腕力では男子生徒に勝てそうにはなかった。そこらの中学生と比べたら体力には自信のある方だったけど、やはり圧倒的体力差があった方が殺し合いは有利に決まっている。――――あたしはいたって合理的なんだ。
彰子に支給された武器は、丈夫な麻で出来た縄だった。運動会などでよく見かける綱引きに使われるロープといった方がわかりやすいだろう。長さは手ごろに(?)一メートルほどで切れている。人の首を締めるもよし、自分の首を吊るもよし……。
彰子は当然前者の使い方を選んだわけなのだが、いかんせん接近戦に持ち込まないと武器としては使えないので後方から忍び寄り、一気に首を締めて殺す作戦だった。そのためにはまず、相手にばれないように近づかなくてはならない。
幸い千紗都は運動神経もそれほどよくなかったはずだし(徒競走があると彼女はいつもビリの方だった。テケテケと走る姿は可愛らしいものがあったのだが。身体が小さい分かなり不利なせいもあるのだろう)、それにさほど力もあるようには思えない。
――――最初の人殺しの相手としてはいい練習台ね。
もちろん自分が生き残るためにはここでは必要な行為なのだけど、あたりまえだが人を殺す経験などなかったし、さすがにそれにはかなりの度胸が必要だった。たいがいのことはもうこの歳ながら経験はしたのだけど……・。
男、タバコ、薬、果ては非公式な博打。この国は政府に対して反抗的な行動さえとらなければ、公では禁止されていることも、割と自由にすることができた。
タバコ一つにしても海外の物はいっさい禁止されていたし、洋物を手に入れるのは少々苦労した。彰子が好んで吸ったのはヴァージニア・スリム・メンソール。国産ではなかったので、怪しい所で手に入れたりしていたが(そういう洋物をたくさんあつかっている専門の裏業者がいるとこにはいる)、最近は面倒で国産のタバコで我慢していた。ただし、今回にかぎって彼女のスカートのポケットに常駐されているタバコはメンソールだった。これはちょっとラッキーだった。さっき消したばかりの紫煙の匂いがまだ残っている。この独特の香りが好きだった。
山道を行く千紗都は草陰の中に姿を隠している彰子には気がついていない。彰子は少し肩の力を抜いて目の前を通り過ぎるのを待った。が、何を思ったか突然、彼女は脇へそれて、道の反対の闇の中へ突入した。――――気づかれた!?
どうしようか一瞬悩んだ彰子だったが、もう少し様子を見ることにした。注意深く音を聞き分ければこの草木の多い中ではどこにいるかわかるだろう。
彼女が再び移動を開始するのを待った。――――はたして気づかれたのだろうか? それとも――――。
彼女の隠れた場所から音ががさがさと聞こえる。
それからすぐ、千紗都は闇から抜けて山道に戻った。そして来た道を戻っていく。――――彼女はいったい何をしているのだろう?
テケテケと早足に山道を下っていく。さっきまでと違って何か急いでいるようだ。
そして彰子はそこでピンとひらめいたことがあった。
――――ははあん。そういうことね、彼女。
まったく、と彰子は心の中でぼやいた。
最近の若い子はお嬢様育ちすぎて困るわ。道端で用を足すこともできないなんてね。
きっと彼女はどこかで身を隠していたのだろうが、小便だか大便だかをしたくなって(彰子の予想ではこれは大の方だと睨んだ)、トイレを探していたのだろう。で、ちょうどよさそうな暗い茂みを見つけて現場まで来てみたはいいが、そこが意外と無造作に生えた野草が邪魔で動きが取り難いことと、害虫が多くてすぐに逃げたのだろう。あたしはそこに一晩以上いて、毛虫も見たし見たこともない羽虫が目の前を飛んでいたが、そんなことでへこたれるほどやわな精神力の持ち主じゃない。あたしのような美の象徴がはかなくも汚されていくなんて、これ以上の哀しいことがあるだろうか! だけど、美はいつか壊れるもの。あたしは滅びの美でありたい。――――ああ、美しいことはなんて罪なのかしら。
しばらく自分一人で悦に浸りながら、うっすら涙すら浮かべてゆるゆると首を振った。
――――やはり最後に生き残るのは選ばれし美しき者。あたしにはその資格が十分にあるじゃないか。――――優勝にはどうしても欠かせない作業なのよ、千紗都さん。ごめんなさいね。あたしの為に死ぬなんて、あなた、きっと天国へ行けるわ。
彰子の迷走はそのぐらいにして、千紗都は早足に道を進んでいた。元の隠れ場所に戻るつもりのようだった。
もし、今の場所より隠れ場所として環境がよいのならそちらに移った方がいいと彰子は考えた。とにかく自分の身は可愛くてしょうがないのである。相手の物を横取り、執着する気質は元来のものであった。
しかし、いくら平気とはいえ、見たこともない害虫に皮膚を噛まれて腫れあがるのは肉体的に辛かった。せっかくの綺麗な肌を無駄に傷つけるのも、耐えがたいことではあった。
千紗都は周囲に気を配りながら進んでいるようだったが、後ろにはまったくと言っていいほど気をつかってなかった。だから後を追うのは非常に簡単なことだった。
――――おほほ。お馬鹿ね。どこか抜けてるんだから、彼女。
そう言えばこのクラスで唯一仲の良かった田口はるなはもう死んでしまった。彼女もどこか抜けていた子だった。
朝の六時の放送で死んだことが告げられた彼女にだけは、少し想うものがあった。だけどそれだけだった。それ以上でもそれ以下でもなかった。
まあ、仲が良かったとは言っても二人であたしは何人寝た、とかあたしはいくつでバージンを捨てた、とか主にHな話ばかりしていたような気がするけど。
見た目はダサい子だったけど男に色目を使うのは上手な子だった。援助してくれるオジサマを紹介してあげたこともあった。もっともこれに関してはどうやら向こうの方がプロだったようだけど(裏で野ノ原遥花がからんでいるのは噂で知っていた)。
プッと突然可笑しくなってふきだした。
今あたしが追いかけているあの子には全然縁のない話だろう。それこそ彼女にすればおとぎの国の話のように聞こえるのではないだろうか。
うふふ、お姉さんがあなたをいい所へ案内してあげるわ。
縄を持つ手にぐっと力が入った。例の首輪からも汗が滴り落ちる。
千紗都は二手に分かれる道を左に行き、今度は全力で走り出した。
――――やはり気づかれたのだろうか。
しかしここでためらっても仕方がないと思い、慎重に距離を置いて続けて後を追うことにした。
すこし行くと一軒家がぽつりとあって、まだ道は先に続いていた。千紗都はどうやらその空家に潜んでいたようだ。ちょうどそのあたりで彼女の姿を見失ったからだ。
――――はん、はん。危険とは言わないけどあんまり安全そうな場所じゃないわねぇ。ここに誰か隠れてますよ、って言ってるようなもんだもの。
念のためそっと玄関に近寄った。多少古い造りの二階建てで、背のたけぐらいのプロック壁に覆われた外壁がある。玄関の扉は閉まっているようだが、入り口の鉄格子でできた出入り口の扉には鍵がかかっていなかった。おまけに足元には彼女のものらしき足跡が白いコンクリートに点々と玄関の扉まで続いている。土の山道をさっきまで上がっていったのだ。靴の裏の汚れを落とさない限り当然付いてしまうだろう。
まだまだ甘いわね、なんて思っているとふと気がついたことがあった。
しかし、もしこの家にずっと隠れていたならトイレぐらいあったはずだ。なぜ彼女は危険を犯してまで――――。
はっと思って彰子は腕時計を見た。
二時五十八分。そしてここは……。
彰子は懸命に舞知の正午の放送を思い出した。そう、それは死者の名前よりももっと大事な……。
『じゃあ、禁止エリアの報告よぉー。――――えー、十三時からF=01。十五時からC=05。十七時から……』
十五時まであと二分。そしてこの場所は……。
しまった! 千紗都はもうとっくにこの道を降りて先まで行っているに違いない。ここが絶対にCの05であるとはかぎらないが、そのあたりにいることは間違いない。だって、あたしが隠れていた場所でも禁止エリアに引っかかっているかもしれないので移動しようかと考えていたのだから!
千紗都はこの家に隠れていた。が、禁止エリアの範囲に自分が引っかかっているかもしれないと思って山の方角、つまり東側へ移動したのだ。
やはり、やはり千紗都は気がついていたんだ、あたしの存在に!
そういえば千紗都が目の前の道を通る直前までタバコを吸っていた。それはあたしにとってはなじみの深いものだったし、他の生徒からすればメンソールの独特の匂いからあたしの存在を想像するのはたやすいことではないか。
きっと匂いがしたのだ。メンソールの! あたしの匂いを!
考えるのは後だ。とにかくこの場から少しでも遠くに逃げなくては。
禁止エリアに入った生徒は首輪が爆発すると舞知が言っていた。それが冗談であることなど万が一にもない。
「ちくしょう、ちくしょう!」
彰子は道なりに駆け足で下りながら、口に出していた。
やられた。はめられた。
あたしの存在に気づいた千紗都は一旦草陰に逃げた。が、あたしの動きがないので引き返したんだ。もし後を追ってこられても禁止エリアに引っかかるように!
だから後ろには無警戒だったのか、といまさらながら納得した。――――クソ。今になって色々辻褄があってくる。
彰子は走った。安全圏に出るにはどれくらい進めばいいのか詳細な地図があるわけでもないのでわからない。
踊らされた自分に腹が立った。もちろん、騙した千紗都にはもっと怒りが込み上げていた。
糞。糞。糞。糞。糞。糞。糞。糞。糞。
ゆるさねえ、あの女!
歯をむき出して激しく怒りを表した。
ポーッ、と機関車のように頭から煙を噴出したような状態で全力で走っていたものだから、もはや回りのものに目がいかなかったのだろう。いくつかの大きな幹の大木を通り過ぎ、ちょうど山道にまで枝葉が飛び出してきていた幹の太い大木のそばを通ったときだった。
何かが足に触れ、絡まった。それのせいで無様にずささっと転倒してしまった。そしてガラガラン、と大きな音をたてる空き缶の束が大木の方からした。
「キーッ! なんなのこれはっ!」
顔を上げるなり叫んだ。視線を足元に落とすとピアノ線のような細い糸が足首に絡み付いていた。
よく見ると普通に歩いていればまず、引っかからないぐらい露骨に糸が張り巡らされている。
「なんのつもりなのよ、これっ!!」
そういうそばからまたも手にピアノ線が引っかかる。このあたりには何重にも糸が張り巡らされていた。
下手に動かすとさらに食い込んで外れなくなった。足首にぎりぎりとピアノ線が締め付ける。
――――た、助けて、誰か。
まずいことになった。もう時間まであと一分もないだろう。しかし身動きが取れない。
ここがエリア外であることを祈るしか――――。
そう思ってふと顔を上げるとそこに人影があった。ほんの数メートル先。
大柄で坊主頭の海坊主のような新浦亮(男子十五番)の姿があった。野球部の彼はクラスメイトの中でも一、二を争うほど大きい。
彰子は最後の望みに賭けた。
「新浦クン! ちょっと、ねえ! 助けて。動けないの!」
クラスメイトを殺すつもりでいたことなどさておいて、いきなり助けを求めた。
突然のことに戸惑っている彼は少し距離を置いたところで止まった。
「な、何してんだ!? お前」
「動けないのよ」
新浦が首をかしげて眺めている。いっこうに助けようという気配はない。
「足に糸がからまっているの。ねえ――――助けてよ!」
「なんだこりゃあ!? これ自分でやったのか?」
「あたしがそんなことするわけないでしょ! ねぇ、早く助けてよ!」
「――――お前……ブサイクだしな……」
「はぁ!?」
「――――じゃあな」
「ええ!?」
それだけ言うと新浦はきびすを返して過ぎ去ろうとした。
「ええ!! な、何よ、あんた! 助ける気はないわけ!?」
「誰が助けるか! ボケッ」
振り返りもせず新浦は立ち去る。彼の姿がどんどん小さくなっていった。
まずい、このまま帰らせるわけにはいかない。何か気を引く方法を――――。
「ねえ、お願い! ――――助けてくれたらやらせてあげるから!」
ピクリと新浦の動きが止まった。そしてゆっくりと振り返る。
仕方がなかった。とにかくこの場から逃れるにはこれしかないと思った。新浦など決して好みのタイプではないけど(同じ坊主でも土岐クンのような男前なら話は別)、これに乗らないはずはない。こんないい女を抱けるチャンス、彼には一生に一度あるかないかのことなんだから。
新浦が向きを変えたとたんすさまじい勢いでこちらにやってくる。そりゃあそうよ。彼にとっては夢のような話でしょ。――――さあ、早く助けるのよ!
目の前にまでやってきても新浦の勢いは止まらない。あ――――ちょ、ちょっとぶつかるでしょ。
思う間もなく顔面に蹴りが入った。ばこん、といい音がした。
「だああぁれがてめえみたいなブスとやるかよ! 一生そこで寝てろ! 死ね!」
鼻血がぶぶっと噴き出した。
ギィィィィィィィィッ!!!!! 許せないっ!!!
この屈辱。この怒り。とてもじゃないが許せる範囲じゃない。こいつだけは絶対に許さん! ぶっ殺してやる!
彰子は死に物狂いで新浦に飛び掛った。足はピアノ線にからまったままなので頭には飛びつけなかったが、両手でしっかりと足を掴んだ。
ついでにその足に思いっきり噛み付いてやった。骨にまで食い込むほど、歯が折れるかと思ったぐらい噛み付いた。
「ぐああああああああ、は、離せっ、このやろう!!!」
空いている手で力任せに殴りつけてくるが、決して離さなかった。むしろさらに力を込めて噛み付いた。
「うおおおおおおお」
新浦が叫ぶとどこからだしたのか、大きな拳銃を手に持っていた。これはコルト・シングルアクション・アーミー、よく西部劇などで見かけるような古めかしい銃だった。
「離せェ! 離さねえと撃つぞぉ!」
銃口を目の前に突きつけられて噛む力が少し弱まった。さすがに本物の銃を見たのも初めてだが、額に突きつけられたのも初めてだった。そのことに少し驚いて力が弱まってしまった。
ばごっと鈍い音を立てて殴られた。その瞬間に足から手も離れてしまった。
よろよろと新浦が後ずさりながら尻餅をついた。その瞬間だった。
ばあん、と大きな爆発音がして、それと同時に右腕に重い衝撃が伝わった。反動で腕が後ろにのけぞる。
新浦の手元から白い煙を上げながらリボルバーの銃が転がった。――――なんてことだ! 銃が暴発して自分に当たってしまった。
勢いよく、にの腕から赤い染料が噴き出している。肉片がみるも無残な状態で飛び散っている。
鈍痛は一歩遅れてやってきた。
「ひいいいぃ」
――――厭! 厭よ、こんなとこで死ぬのは。世の中にはもっとたくさん楽しいことがあるはずよ。もっといい男だっているはずよ。
あたしは、あたしは金持ちのいい男見つけて贅沢な暮らしをしながら、ときには若い使用人に手をだしたりして、そんな貴婦人のような生活をおくる予定なのよ。こんなとこで、こんなくだらない男に殺されるなんて……厭すぎる!
あたしはもっと――――。
時刻が十五時を回った。
そして小規模な爆発音と共に彰子の首にあった銀の首輪が爆発した。
ぼん、と少しこもったような重い音がして彰子の首からど派手に血の噴水が、多少の肉片とまざりながら血しぶきをあげた。
わずか数メートル先でその様子を目の当たりにした新浦は、思わずその光景に、「う、うわぁああ」と情けない声を出しながら尻餅をついたまま後ろへ移動した。
彰子は首の皮一枚、これぞ正真正銘、ほんとうの意味での首の皮一枚だけで頭と胴体がくっついており、うつぶせに倒れている胴体の上に、つまりは背中側に後頭部を乗せて顔は上を見上げるかのようになっていた。破断面は新浦に向かってまっすぐ向いており、もっともグロテスクな部分を覗かせていた。
「ううう」
とたんに吐き気がこみ上げてきて、無理にこらえると涙目になった新浦は、無理やりそこから視線をはずして背中を向けた。これ以上の正視は絶えかねた。こればっかりは普段鍛えられた体力とは違うところで体力を消耗する。
新浦は足元の落ちた拳銃を拾った。
その時、がさがさっと音がしたのでハッと顔を上げた。
そこにはいくつにも並んだ大木の陰から姿を現した、高浜千紗都の姿があった。おびえた表情でこちらを凝視している。彼女の視線の先は新浦の後ろの死体にあった。
振り返るとそこには当然、さっきまで生きていた元クラスメイトの残骸がある。
はっ、として新浦は顔を前に戻して千紗都を見た。
凄まじい嫌悪感をあらわにした千紗都が今度は新浦自身を見ていた。
「お、俺じゃない! 俺がやったんじゃないぞ!」
思わず新浦は叫んでいた。
しかしその思いは彼女には伝わらなかったようだ。千紗都は背を向けて走り出した。
「お、俺じゃないっ!!」
新浦も走り出した。手には銃を持ったままだったけど、何故かそれをしまう気にはならなかった。
そして千紗都にならすぐに追いつける、と次の瞬間には千紗都を捕まえることを考えていた。
【川田章吾優勝まで あと11人】