BATTLE ROYALE 外伝


第三部
終盤戦


47

 大変なことになった、と高浜千紗都は頭の中がかなり混乱していた。
 あの仕掛けであんなことになるなど想像すらしなかったのだ。
 この幸せゲームが始まってから半日と少し。千紗都にとってもっとも大変な状況に追い込まれていた。
 下山して山道が舗装された道路に変化したあたり(D=04)にまで移動してきたところに、ぽつんと立てられた交番があった。もっともその交番というのは朝の日が照ってくるころに大きな爆発音とともに消失していたのだけれど、爆発の巻き添えとなったパトカーが少し煤けているだけで、外観は特に変化のない状態でそこにあった。ひとまず千紗都はそこに身を隠す事にした。こんな廃墟となった場所にいまだ人が隠れているなど考えもしないだろう、と裏をかいたつもりで、例の爆発の数時間後からこの場所でずっと隠れていたのだ。
 結局、千紗都はこの隠れ場所に戻ってきていた。
 ――――ほんとうに大変なことになってしまった。間接的とはいえ、あれは私が殺しちゃったということになるのだろうか……。
 千紗都の支給武器はピアノ線をぐるぐるに巻きつけた芯棒で、かなりの長さを取れる量があった。
 千紗都はこの隠れ場所から当初は動くつもりはなかったのだけど、パトカーの中をいろいろ探ってみると、ダッシュボードの中に地図帳が入っていた。見るとそれは地域図でこの島の詳細があった。千紗都は今いる位置を地図で確認し、そしてすぐ近くのエリアが十五時に禁止エリアとなることを知った。
 もしかするとそこから誰かが避難するためにこちらにやってくるかもしれないと考えたので、ピアノ線を使った罠を作ることにした。
 道の端から端までピンと糸を張り、その先に空き缶をつけて音をならすようにしたごく簡単な仕掛けだ。――――普通ならここでそんな見えすいた罠に引っかかるわけがない、なにしろピアノ線は道を横切るように堂々と張られているため、遠目からならともかく近くまでくれば気がつかないわけがない、と思うはずなのだが、彼女はそんなことは気にならなかったらしい。これで誰かがここを通ると音が鳴ってわかるだろう、と信じていたのだ。実際にそこに人が引っかかっていたのだから、千紗都にとってはそれはゆるぎない確信となっていた。
 ――――月岡さんが仕掛けに引っかかっていた。やはりあのタバコの匂いは彼女のものだったんだ。
 メンソールの匂いがしたとき、千紗都はどこかで匂ったことのある匂いだと思い返した。それは教室で、皆で談話しているときにふと鼻につく香り。
 月岡彰子が自分のそばを通るたびに彼女からほのかにタバコの匂いがしていた。本人に問いただしたことはないが(問いただすどころかまともに会話をした記憶すらない。彼女の雰囲気に正直ついていけないところがあったのだ)、噂によるとかなりのヘビースモーカーだったらしく、休み時間のたびにどこかへ席をはずしては、彼女の匂いを強くして教室に戻ってきていた。いったい一日にどのくらいの量を吸っているかは、タバコを吸ったことのない千紗都にしても計り知れるほどだった。
 禁止エリアの西側に仕掛けを施したのち、山道は東の山まで続いていたのでその先を見ておこうと千紗都は移動したのだった。その行動を起こしたのが十五時の十分ほど前。それぐらいの時間なら、正確な地図を持っていないクラスメイトならその付近には誰も近寄ってはこないだろうと推測をたてた行動だった。
 まさかあのメンソールの匂い(千紗都にはそれがメンソールというタバコの種類までわかったわけではないのだけど)を嗅ぐことになるとは。
 慌てて身を隠した千紗都は自分が施した仕掛けのことを思い出した。もし自分の跡を追ってきてもあの仕掛けがあるから、禁止エリアに入る前に一気に道を降りて隠れ場所に戻ったほうが得策ではないかと。わざわざもうすぐ禁止エリアになるのをわかってて、その方向に追ってくる人物――――この場合彰子を指しているのだが――――はいないだろう、もし追ってこられても罠があるから、そう思い、千紗都は道を戻ったのだ。
 途中で跡を終われているような気がして(とても怖くて振り向くことなどできなかった)、視界に入った一軒家に思わず飛び込んだが、鉄格子の正門は開いていたものの、玄関に鍵がかかっていて中には入れなかった。そしてそのまま引き返したのだった。
 すべての思惑は千紗都の予期せぬ方向へと転換されてしまったが。
 ――――どうしてあんなところに新浦君が……。
 千紗都が自分の罠を駆け抜けたとき、その先に黒いズボンの大柄な男がいるのが見えたのだ。その体格からして新浦亮であろうと検討をつけた千紗都はともかく再び道をそれて、陰に身を隠す事にしたのだ。小さい身体をより小さくして。
 ――――なぜこんな禁止エリアの近くに人がたくさんいるのだろう!?
 千紗都には理解を超えた範疇の出来事だった。
 新浦にしても彰子にしても地図を持たされていない人間にとって禁止エリアの存在というのは非常に希薄なものとしか感じられていない。その重要度はこのゲームにおいて中心を占める大事なファクターであるが、何もかかれていない地図はそれを忘れさせる伏線ともなっていた。現に彰子は直前まで禁止エリアのことは忘れていたし、新浦にとっては完全に記憶から抜け落ちていた事柄なのだが、当然、それを千紗都が知ることなどないのだった。
 罵倒が聞こえたので仕掛けの場所に戻ってみると、彰子の命は絶たれていた。それも自分が仕掛けた罠によって。しかも新浦が立っている。元々がのろまだとか、あなたは行動の一つ一つが遅いのよ、とよく注意されているだけあって、今回も新浦に姿を見られてしまった。せっかく隠れたというのに。
 動きは遅いが判断が鈍いわけではない。危険を感じて懸命に逃げた。そして今は元のパトカーの中にいる。
 ――――もう、わけわかんないよぉ。もう厭だよう……。
 半べそをかきながら車の中に小さくうずくまった。
 新浦君は私を追ってきているようだった。今も私の姿を探してこの周りをうろうろしているのだろうか?
 千紗都は怖くてとても車中の窓から外を覗くこともできなかった。
 こんなことになるなら大人しくじっとしていればよかった。色々動き回ったせいで何度も怖い思いをした。
 が、その時、
 「うわああああああああああ!!!」
 と、突然大きな悲鳴が聞こえた。それもごく近くで。
 全身に鳥肌がぞぉっと立ち、指先や膝元ががくがくと震えてきた。
 このパトカーの中は蒸し暑くて汗がだらだらと流れる。だけど今掻いている汗は決して暑くてでたものではない。その汗は冷たくなり、まるで極寒のさなかに取り残されたような陰鬱な気分になった。
 「動くなぁああ!!」
 誰かの叫び声。
 新浦のようだった。
 「よせっ!」
 もう一人の男の声。――――誰? そこにいるのは一人ではないの?
 声とほぼ同時にばん、という破裂音が聞こえた。
 もう一人の誰かのうめき声があがって、それから誰かが走っている音が聞こえる。
 どうなっているのだろう。――――見たい。だけど覗くのが怖い。
 千紗都は車の座席の下に小さくなっていた。
 そして――――ぱららららら、と雨がトタンの屋根に落ちたかのような、タイプライターを叩いるかのような、音がした。

【川田章吾優勝まで あと11人】


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