BATTLE ROYALE 外伝


第三部
終盤戦


51

 安斉菜種(女子二番)はようやく沸騰したおなべのお湯をマグカップに入れて、白い湯気と共にでた香ばしい匂いにひとまず自己満足した。
 二杯分のお湯を注ぎ終わり、そのうちのひとつを手にとって隣のテーブルの上に置いた。
 「熱いから気をつけてね」
 菜種はそう言って自分の分を取りに、おなべの元へ戻った。
 「……ありがとう。……安斉…さん……」
 その声に菜種はぱっと振り向いて、
 「お。ようやく声がでたねー、慶ちゃん。――――大丈夫? 無理しないでね」
 と、努めて明るい声でやさしく声をかけた。
 「いい匂い……ね」
 「即席だけど、なんとかなったわ。お湯を固形燃料で温めたので時間かかったけど」
 菜種は大きな目を細めてにっこり笑った。
 「そういえばつい何日か前に、大阪で食中毒があったみたいだけど大丈夫よね、これ」
 言いながら菜種は自分で自分の発言を打ち消した。そんなことを気にしていられない状況を思い出したからだ。
 そしてソファベッドの上から慶ちゃんと呼ばれた彼女、大貫慶子がそろりと身体を起こし、テーブルのマグカップに手をやった。だが、まだその目は少し虚ろで視線がとどまっていない。
 「よくここまで逃げられたと思うわ」
 菜種は何かを思い出すようにそう言った。
 祠のあった丘から西へ、ちょうど南側の山へ向かうようにして菜種たちは逃げてきた。慶子の持っていた地図を頼りに山のふもとへふらふらの慶子を肩で担ぐようにして移動した。決して力のある方ではない菜種にとって、彼女に肩を貸しながら荷物を持ってここまでくるのは並大抵の辛さではなかった。だが、それ以上に寂しがり屋の菜種にとって、この戦況の中で気を許せる彼女の存在は非常に貴重だった。
 意識朦朧としていた彼女をここまで運び、ベッドに寝かせてからは自分も倒れるように畳の上で横になった。
 少ししてから体力の回復と共に小屋の捜索を行い、固形燃料とスープを見つけて、簡単に食事を取ることにしたのだった。
 「あんな思いは……二度とごめんだわ」
 祠での出来事を思い出しながら菜種は慶子に話しかけた。しかし慶子はまだ少し虚ろな表情をしていた。
 「どうなったのかしら……? よく――――覚えていないの」
 疲労を蓄積した顔をなんとか上げて慶子が言葉を返した。
 「ここは……? どうなっているのかしら?」
 「覚えていないの?」
 「――――ええ、そうみたい」
 まるで慶子は人事のように言った。
 少し沈黙が続いたが、慶子の様子を見るとどうやら本当に何も覚えていないようだった。一時的な記憶の混乱かもしれないが、菜種は祠での出来事を思い出しながら説明してやることにした。
 「鈴村君が様子を見に行ったのよね、たしか」
 慶子は黙って肯いた。
 「後から思えばあれは仁村君を見たのかしら、それとも――――」
 びくっと慶子の肩が跳ねた。そして手に持ったマグカップをゆっくりと机に置く。放心したような暗い顔の慶子を見ながら記憶がはっきりとしてくる。しかし菜種は周りをよく見ていなかったので、それ以上のことは何もしらない。
 「銃声がしたよね。……やっぱり鈴村君が仁村君を襲ったのかしら? 彼、クラスじゃいじめられていたじゃない? この機会に仕返しでもしようとしていたのかしら」
 言いながらあまりにも適当なこじつけだと思い直していた。
 「――――うーん、よくわからないけど仁村君に追われるような何かをしたんでしょうね。それがいつのまにか形勢逆転して……ってとこかしら。とにかく鈴村君はなぜか仁村君に追われて戻ってきたのよね。仁村君が怒っていたようにも見えたけど……?」
 慶子が無言で頷いたようにも見えた。
 「鈴村君の持っていた銃。――――仁村君が奪ったのかしら」
 「――――わたしも思い出してきた。たしかに帰ってきたとき鈴村君は手ぶらで彼に追われていたわ」
 「鈴村君、あの時から少し様子がおかしかったよね。――――クラスにいるときの雰囲気じゃなかったもの。――――こんな時だから普段と一緒のわけないけど、それでもちょっとおっかなかったよ。だってほら、祠の上に集まったとき、あたしが席を立ったでしょ。あの時とか――――」
 「トイレに行こうとした時のこと?」
 「うん。あれで怒ったみたいだし。なんであんなに怒ったのかさっぱりわからないもの。――――あれってあたしが悪かったってこと?」
 「まさか――――。そんなの……安斉さんが悪いわけないよ。――――あの子。鈴村君ってちょっと変わってると思う」
 「じゃあ、やっぱり彼が仁村君を襲ったんだろうね。日頃いじめられていた恨みにかどうかは知らないけど。なんだか、銃も絶対離さなかったし。その機会を窺ってたんじゃないか、って言われても不思議じゃないよね」
 それに対して慶子は少し首をかしげて、
 「でも……。わたし――――仁村君が誰かをいじめているところ見たことないわ」
 「えっ、どういうこと?」
 「仁村君はたしかに悪そうな感じだけど、実際わたしは仁村君が喧嘩しているのとか見たことないし、誰かにちょっかいかけていじめているようなことをしている場面を見たことない」
 はて、そうだっただろうか、と菜種は過去の記憶を思い出そうとしてみたが、そんなことを注意深く観察しているタイプでもなかったのでよく覚えていなかった。鈴村がいじめられているというのもクラスの噂話で聞いただけだったような……。
 「――――みんながそういう風な目で見ているけどほんとうは不良っぽいだけなんじゃないかって。……いい人とまでは言わないけど、決して悪い人じゃないような気がするの。――――どっちかっていうとわたしは鈴村君のようなタイプの方が怖い。思いつめたら何をするかわからない感じがする」
 「ううん、そう言われると……」
 ――――同感のような気がする。
 元々、人の意見に影響されやすい自分としては簡単に意見がぐらついてしまう。――――見た目ほど悪くない? そういえば思い当たるふしがないでもない。菜種は彼がクラスで暴れたり怒鳴ったりしているところを見たことがなかった。まわりの人間が彼を不良と決めつけ、敬遠しているだけ。――――そうだろうか。わからない。ただ、彼が学校以外でも何も悪さをしていないとは到底思えなかった。
 「屋敷さんが誘導して逃げようとしなかったら、あたしはあの場に取り残されてどうかなっていたかもしれない」
 「そうね。……彼女はとても気持ちが強かったわ」
 慶子が同意した。
 「でもあんなに気が強いなんて知らなかったけど」
 「……うん……そうね」
 少し間をおいて、慶子は「でも……」と続けた。
 「でも――――彼女も怖かっただけじゃないのかしら。だから気を張ってあんなことを言ったりして……」
 「そうなのかな。屋敷さんって、強がっていただけなのかな」
 「わたしも怖かったから、彼女の気持ちがなんとなくわかるの。――――強がった気持ちが」
 慶子の声のトーンが一気に弱くなり、そのまま俯いて言った。
 「怖かったんだと思う。……屋敷さんも……わたしも怖かったから」
 慶子は屋敷さよに怒鳴られ、そして怒鳴り返した。
 怖かったのだ。だれもが同じように。
 慶子はそのことを言っているに違いなった。
 ――――でも、もう彼女はこの世にいない。これで彼女はもう怖がらなくてすむのでよかったのだろうか。
 菜種はたまらなくなって首を振った。
 こんな時こそ、明るくなければならない。暗いとき、つらいときこそ明るくして自分を励ますのだ。暗い雰囲気は嫌だ。
 「でもトイレに行った後でよかったわ。仁村君が来るの。もし最中に来てたらパンツ上げるのと逃げるのとどっちを先にしていいかわからないもんね」
 菜種は精一杯の冗談を言った。
 慶子はしばらく反応がなかったが、一呼吸おいてからくすくすと声を漏らした。
 だが、それもすぐに意気消沈した。
 「安斉さんは見た? ――――あれを」
 慶子は真顔で菜種を顔を見上げた。すぐにはなんのことだかわからなかった。
 「実はわたし、アレを見たのは二回目なの」
 そういうと慶子は、自分たちと遭遇する前の出来事とトツトツと話し出した。
 慶子と川田章吾が恋人同士というのはクラスの生徒なら誰でも知っている有名なことだった。彼女は恋人を待ち、恋人を探し、そしてやっと巡り合えたときには銃口を向けられたのだ。
 その話に菜種は驚いていた。その話し方は淡々として、流暢だっただけに、何度も彼女の中で繰り返し考えていたことなのだろう。川田章吾といえばクラスの優等生。成績ももちろんだが、そのユニークな発言や、やさしさを持ち合わせたような端正なマスクで他の女生徒にも人気のあった生徒だ。とても信じられる話ではなかった。ただ、慶子の話は本人にショックが大きすぎたせいか、どこか話がちぐはぐな点があった。聞けば、何度も意識を失っているらしい。その虚ろな瞳に菜種はある種のかげりを見ていた。
 そして彼女の親友だった鮎川真尋に裏切られる話には菜種も言葉を失ってしまった。
 それまでの彼女たちの仲の良さを知っていただけに衝撃的だった。
 慶子はお腹の傷を見せてくれた。出血は止まっていたが、処置のされていない傷跡が生々しかった。
 何故彼女のまわりには裏切りや残酷な出来事が連続するのか。
 慶子の虚ろな表情が同情を誘った。
 菜種は暗いムードを払拭するために無理に違う話題を振った。
 「そうだ、リモコンがあるのよ。――――これ、どうしたらいいのかしら」
 菜種は慶子の寝ていたソファの側の机の上に置かれていたねずみ色の金属製の板を取った。
 「これを押せば、ボーンって爆発しちゃうのかしら。なんだか物騒だわ」
 忌ましめに菜種が見つめた先にリモコンが無造作に置かれていた。家庭のテレビのリモコンと大差のない存在感でそこに人殺しの道具があった。
 祠の上に置かれたそれを菜種が回収し、ここまで運んできたのだ。
 元々は慶子がそのリモコンを持っていたが、そのまま慶子が倒れこむように伏したので律儀に彼女の持ち物として一緒に運んできたのだ。
 慶子にそれをどうすればいいか促したつもりだったが、慶子の表情は暗い。
 菜種も黙り込んだ。結局その話もそれ以上進展しなかった。
 白い湯気が目に飛び込んできたので、ふとそこに目をやった。慶子の為にいれてやったコーンスープがそこにある。この小屋にあったのものだ。そして菜種は自分の為に入れたもう一つのマグカップがあることを思い出して、おなべの近くに置いたままにしていたマグカップを手に取り、ゆっくりと口元に近づけた。ほんのりと暖かい空気と食欲をそそる香ばしい匂いが胃袋を刺激した。
 菜種が最初に隠れていた西の集落の、ある家の中で食べたパン以来の食べ物だった。この緊張感ですっかりと忘れていたが、それからすでに半日以上が経っている。
 慶子が目を向けてこちらを見ている。
 菜種は自分のマグカップを口につけながら慶子の近くに寄った。
 暖かい液体が喉を通る。風もないこの古ぼけた小屋の中で飲む熱々のスープはさすがに飲みにくかった。一気に汗がふきだす。そして首にある醜い首輪の隙間に汗が落ちた。
 「慶ちゃん、大丈夫だよ」
 何の根拠もない。
 ただ、菜種はその言葉が今必要だと思った。
 「きっと大丈夫。きっと何かの間違いなのよ。何もかも――――」
 慶子が目をそらす。
 現実逃避なのはわかっていた。
 「――――あたしは裏切ったりしないから。……安心して」
 「安斉さん……」
 「なっちゃんでいいよ」
 菜種はにっこり笑って答えた。
 「あなたは怖くないの?」
 「怖い? ……ええ、ええ。怖いわよ。こんな状況じゃ……」
 慶子は真剣な目で見つめてきた。こころなしか焦点がずれているような気がする。目が悪いのだろうか。
 「怖いと思わないの? ――――わたしのことを」
 慶子はいたって真面目な表情だった。
 「え、どういうこと? どうして、あたしが――――慶ちゃんのことを怖がらないといけないの?」
 また慶子は目をそらしてどこか遠いところを見つめていた。
 『わたしたちは殺し合いをする』
 それを最初に言ったのはたしか野ノ原遥花だった。
 金髪に染められた髪は不良の証だった。菜種も少し髪の色は茶色に染めていたが、それはあくまでファッション。短めのスカートも最近流行りだしたルーズソックスも自分を可愛く見せるための手段でしかない。野ノ原遥花も似たような格好ではあったが、少し意味合いが違った。
 その彼女も今はもうこの世の人ではない。
 慶子は殺し合いを見てきたに違いなかった。醜い争いを、目を覆いたくなるような惨劇を目にしてきたのだろう。なぐさめの言葉は見つからない。菜種はまだ誰かが死ぬのを目の当たりにしたことがない。まだ……。
 そんなことはとても非現実的で――――。だけど殺し合いはたしかにあるのだ。
 だけどたしかに人は死んでいるのだ。
 殺されているのだ。
 ――――でも?
 でも、あたしは誰かを殺すことなんてできない。いや、きっとできないだろう。
 「あたしは誰も殺したりしないよ。――――そんなことできるわけないもん」
 菜種は慶子の隣に腰を落とし、手にしていたマグカップを机の上に置いた。
 「慶ちゃんもそんなことできない人だって……あたしにはわかるんだ」
 菜種も同じように遠くをみて言った。
 「信じてもらえるかどうかはわからないけど。――――あたしに人を殺すことは無理。……殺されることはあるかもしれないけど」
 「安斉さん……」
 俯き加減の慶子が苦渋に満ちた表情で菜種を見た。そして呟くように言う。
 「わたしが嫌な女だと思うでしょうけど。わたし――――それじゃ生き残れない、って考えちゃうわ」
 慶子を見ると不安でいっぱいの少女のようだった。
 なぜか一人寂しく歩く夕暮れの女の子を想像した。
 公園での遊びが終わってみんなが帰路につく。みんなは晩御飯を食べるために家族の元へ帰っていく。だけど自分は家に帰っても誰もいない。共働きの両親が帰るのはもう自分が眠たくなった頃。
 菜種は自分の幼い記憶を慶子の今の姿に重ねていた。
 ――――寂しいのはもう嫌だ。
 「あたしは――――人を殺して生きるより、誰かに殺されてしまった方が辛くないと思う。――――生き残った人はきっといくつもの恨みや後悔を背負って生きていかないといけないんじゃないかな。――――あたしにはそっちの方が殺されるより辛いと思う」
 「殺されるのが好きな人でも? 裏切られても?」
 「――――殺す人の方が苦しい想いをすることになると思うわ」
 慶子は視線をそらしてうなだれた。
 生暖かい空気が湿り気を増しているようだ。べとついた汗が滴り落ちる。
 菜種は汗を拭けるようなものを探しに席を立った。
 その背後から慶子が声を掛ける。
 「――――ありがとう、なっちゃん」
 菜種は少しだけうれしくなった。
 それから慶子は続けて言った。
 「親友ってなんだろうね。何を基準として親友って言うんだろう……」
 菜種は何も答えることができなかった。
 乾いたタオルを炊事場の所から見つけ、自分の汗を拭いた。
 カタカタと入り口の扉が風で鳴った。
 視線の先にはM18A1クレイモア(対人用地雷)がある。今はデイバックに包まれて中身までは見えないが、いびつに膨らんだそれは恐怖の証だ。
 だが、菜種はおもむろに近寄ってデイバックを開けた。
 もう一度中身を確認しておこうと思ったのだ。もしこれが地雷でなくて時限爆弾で勝手に爆発しないとも限らない。
 長方形のティッシュ箱のような形で、地上に設置できるようになっている。すると最初は気がつかなかったが、クレイモアの背面に取り扱い説明が書いてあった。
 有線のリモコンにより遠方にて操作可能。ただし、我が大東亜共和国がプログラム用に用意した特殊仕様で無線のリモコンによる操作を可能にした。有効範囲は五十メートル以内で有効。
 他にも、爆発時は主に前面に向かって鉄片が無数に飛び散ることにより、狙った相手に攻撃を仕掛けることもできるなどと物騒なことを書いてある。
 菜種はもう一度バックにしまいながら、一応前面パネルを入り口の方角へ向けて置きなおした。
 「――――どうしたの? 何してるの?」
 慶子が奥の一室から呼んだ。
 菜種は慶子のいるソファのある部屋へ戻った。――――その時。
 薄暗い小屋の中で何かがこそりと動いた。
 物音もしないこの静かな部屋では慶子の呼吸音すら大きく聞こえる。菜種の耳は何かの違和感を感じていた。
 部屋に唯一与えられた小窓。そこから射し込む淡い光。――――!?
 今度は先ほどよりもはっきりと見えた。
 「――――あ。――――だ、だ、だ」
 ――――誰かがそこにいる。
 人間のシルエットがその小窓を横切った。
 そのことを慶子に伝えようとしたが、声が出ない。
 小窓のガラスは長年の埃かなにかで透明度がなくはっきりと外をみることができない。
 そんな菜種の挙動を不審に思ったのか、慶子が青い顔を上げて、
 「――――何!?」
 と、戸惑いながらも少し小声で聞いてきた。
 あ、あの。と口は動くが声が相変わらず出ない。
 菜種の見つめる先を慶子も見る。しかしもうそこには何も写っていない。
 「何があったの!?」
 慶子は何か感づいたのか、すばやく菜種の横に寄り添い、同じ方向をみて確認する。
 「誰かいた。――――誰かがそこを横切った……」
 と、ようやく菜種は慶子に答えた。
 ぎゅっと菜種の腕を掴む慶子の指に力がこもる。菜種はその刺激でようやく我に返った。
 「大変。逃げなきゃ……。ああ、どこに逃げたらいいのかしら!」
 「だめよ。逃げるとこなんてないわ」
 慶子の慌てた様子の発言に落ち着いて答えられた。菜種は急激に高まる緊張感を鼓動の激しさで感じていた。
 「とにかく、隠れましょ」
 そういいながらもこの古ぼけた小屋には簡単に隠れられるような場所はない。このまったく目立たない場所にあるこの小屋そのものが隠れ場所のようなものだが、それが見つかってはどうすることもできない。
 とりあえず二人は奥の部屋にこもり、ソファの後ろに回って身を隠した。人が唯一侵入できそうな玄関だが、もしこの玄関が開けられたらソファを隔てているとはいえ、二人の位置は丸見えだった。
 「そうだ。リモコン」
 思い出したように慶子が言う。
 隣の机の上に無造作においてある。それをすばやく菜種が取った。
 「もし、誰かが入ってきたらこれで……」
 リモコンにはスイッチが一つしかない。それを押せばきっと爆発するのだろう。
 菜種は力をこめてスイッチに親指を押し当てた。いつでもボタンを押せるように。
 しかしそれ以降人の気配がなくなった。外からは物音一つしない。
 五分程度そのままの状態で二人は固まっていたが、まったく変化はみられなかった。
 「気のせいだったのかな?」
 不安げに菜種は言った。口にすることで余計に自信を失う。
 「そういえば、ちょっと前にもこんな状況になったわね」
 と、慶子が思い出したように言った。
 そういえば丘の上でも追いかけられて逃げ場がみつからずに地雷を仕掛けて待機したのだ。
 そしてその時は慶子がリモコンを握ったまま伏して動かなくなったのだ。その時も結局誰もこなかった。
 「覚えている? 地雷のリモコンを持ったままあなた、倒れこんだのよ」
 「そう、だったかしら」
 「そのまま動かなくなっちゃったから死んだのかと思ってびっくりしちゃったんだから」
 菜種は先ほどのタオルを強く握り締めていたままだったのに気がついて、今度は首のまわりの汗を拭った。そこには醜い銀色の首輪がある。丁寧に汗を拭くと、
 「まだ気分はすぐれないの? 頭痛とか大丈夫?」
 とおもむろに声を掛けた。
 「……うん。大丈夫。だいぶよくなってきたみたい。ただ――――」
 「ただ?」
 「――――コンタクトをなくしちゃったようで視界が悪いの」
 「目が悪かったんだ」
 「うん。裸眼だと0.1ぐらいしかないの」
 「両方の目? だとしたらちょっと辛いよね。もう夕方になってきたし、ますます見えにくくなってるんじゃない?」
 「特にこの部屋の中薄暗いから近くにいても顔がわからないわ」
 「あら、それならよかった。――――あたしの変な顔が見られずにすんだわ」
 少し余裕がでてきた。
 何事もないまま時間だけが過ぎていくように感じた。
 「気のせいだったのかな」
 ぽつりと菜種が言うと慶子も同意したようだった。目線だけ合わせて軽く頷いた。
 「そうかもしれないわね……」
 しばらく沈黙した。さらに五分ほどたって二人とも緊張感はなくなってきていた。
 その時、ちょっと様子をみてくる、と言って慶子はソファの陰から出た。
 それでも歩調は慎重で、物音を立てないように玄関先に着いた。慶子は鍵を外し、引き戸を少し開けて外の様子を伺った。菜種はその様子をソファの後ろから覗いていたが、特に不審な点はなさそうだった。
 さらに慶子は頭を突き出して外の様子を見ているようだ。菜種も慶子の方へ歩み寄り、様子を聞いてみた。
 「どう? 何か見える?」
 しかし、慶子は不自然な姿勢のまま頭だけ突き出して外の様子を伺い続けている。
 慶子のすぐ後ろに立ち、もう一度聞いた。
 「どうしたの? 何か変なものでもみつかった?」
 それでも慶子は同じ姿勢のまま動こうとせずにいる。しびれを切らして菜種は引き戸を少し開けて一緒に外を覗き込んだ。
 「いったいどうしたの、慶――――」
 外に身を乗り出したと同時に慶子が見ていたものが菜種にも見えた。
 「こんにちは、安斉さん」
 にこり、と笑った美少女がいた。しかしその美少女はずいぶんとひどい怪我を顔に受けて痛々しい。
 そしてその美少女が手にしている銃が慶子のこめかみにぴたりと当てられていた。
 「動かない方がいいと思うわよ、安斉さん。下手に動いたらあなたが先に死ぬことになるわ」
 今度はにこりともせず、冷たい表情で遊佐マリカが言った。

【川田章吾優勝まで あと11人】


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