BATTLE ROYALE 外伝


エピローグ

 一九九七年四月。香川県城岩町立城岩中学校三年B組に一人の転校生がやってきた。
 沼井充は最初に彼の姿を見たときに、ほう、と感心したような声を上げた。
 その風貌、眉の上に傷だ。……と落ち着いた態度で、不良を自負する沼井自身の感覚が彼はある種の大物、沼井自身が崇拝している人物に見られるようなその雰囲気に圧倒されそうになった。以前の沼井であれば不良の代表、つまりは学校で一番のツワモノとしてまず彼になにかしらの威厳を見せしめるところなのだが、現在の彼の位置は、あくまで二番手であるのでどうするかは一番手である、そして沼井のもっとも尊敬する王、桐山和雄の考えに従うことにした。
 沼井ら不良グループのボスである桐山和雄の意見はそっけないもので、どうもしない、ようは無視することになったのだ。沼井にとってはいかにも不良の、悪ぶっているやつは最初が肝心だからまず俺たちの力を見せつけといてやりましょうと提案したが、桐山がまったく関心なさそうだったので一応従った。もっとも、やつが何か目立つことをしたら(例えばケンカ、かつあげ)、ようしゃなくやってもいい、とは許可を取った。おかしな言いかただが、沼井らにとっては桐山の意見は絶対であり、何一つ逆らってはいけない。(もっとも桐山はなにか変な要求をしたことなど一度もなかったが。またその点はむしろ沼井にとって物足りないところだった)
 しかし、短気でお調子者の不良仲間である笹川竜平はその誓いをやぶり、転校翌日の帰り、川田を人気の少ない川原に呼び出して、いんねんをつけてはケンカを売った。だが、川田は笹川が一人で勝てるような相手ではなかった。(笹川もそれなりの実力は持っていたのだが。もちろん、沼井や桐山にかなうほどではないにしろ)
 沼井がいつもの溜まり場でたばこをふかしていると、青い顔をして笹川がやってきて泣きを入れた。傷などはなく、ケンカに負けた、と言った感じではなかったものの、その表情からは負け犬の、それ、が伺えた。
 「ばかやろう。てめー、ボスが相手にすんなっていってたじゃねーか!」
 ひいいと情けない声を上げて、頭を手で抱えたので(また頭を小突かれると思ったのだろう)、みぞおちを蹴ってやった。ぼくん、といい音がして笹川はその場に崩れ落ちた。
 「ちっ、だから言ったんだ。ボスもきっと川田の実力とか見ぬいて相手にするなと言ったに違いないんだ。お前が勝てるぐらいならボスだって好きにしろと言ってるさ」
 「違うんだ、聞いてくれよ、あいつさあ……」
 情けないいい訳をしながら、ぐちぐち言い出した笹川をもう一回蹴った。
 「ボスもこのバカに何かいってやって下さいよ」
 そう言って沼井は桐山に話しかけた。しかし桐山はただいつものように冷たい目をしたまま一瞥しただけで何も言わず立ちあがった。
 「あ、もしかして今から……川田をシメに行くんですかい、ボス?」
 「今日は帰りに用事があったんだ。忘れていた。帰るよ」
 と言い残して桐山は去ってしまった。まさか、何も言わずに川田をシメに行くんじゃないかと思ったがそれは思い過ごしだった。しかたがないので、「このバカが」と沼井も言い残してその日は帰ることにした。もっとも帰ると言っても沼井に本当に帰る場所などなかったが。沼井の家はつまならいことになっているし(絶えない沈黙が続く世にも奇妙な空間がそこに存在する。たまに声が響くとしたら、あきもしない夫婦ゲンカの声だけだ)、夜のもっぱら彼の出入りする場所は不良仲間、月岡彰の親が経営するゲイバー(月岡彰の勤め先でもある。中学生にして!)か、もしくは深夜まで開いてるゲームセンター(主に金銭を稼ぐ場所。もち、かつあげ)か、皆でどこかでたむろっているしかない。今日はバーは定休日で、たまり場は桐山が帰って解散してしまったから、ゲーセンにでも行くかと足を向けた。
 その日の売上はしけていた。たった、三千円だ。かつあげの場所が一定になってきたので、恐れてあまりオキャクサンがこなくなったのかもしれなかった。
 行きつけ、というほどではないにしろ、うまい酒を食らうにはもってこいのいい屋台があって、沼井はそこの常連だった。(なかなか中学生に堂々飲ませてくれる店は少ない。見た目も悪ぶっている沼井なんかだと特に)
 そこの屋台のオッサンは豪快で酒のみで(店をやっている間ずっと飲んでいる。いやもしかすると店をやってない時も。それに客に酒を出す前に自分が飲むことを優先させるというとんでもない店だ)、いつも酒臭い息を吐きながらゲップゲップとやっている。だが、まあなんでもよく喋るし、陽気で、まるで父親のようないいオッサンだ。実際、家族には言えないことをこのオッサンには色々と話すこともできた。そんな中でいつも眉をだらしなく(服装も)しているオッサンが、俺が悩みを打ち明けたりすると急に真剣な表情になって親身に話を聞いてくれたりもした。まあ、話の途中で寝てしまって、再び起きた時には何の話だっけ、と言いのけるオッサンではあるが。
 とにかく今日はそこで飲むことにした。オッサンのわがままでそこには一級酒しか置いていない。だから高い。汚い屋台なのに。(もちろん、その分? 酒はうまい)
 「ヘイいらっしゃ……おう、にいちゃん。久しぶりだねぇえ」
 屋台の小汚いのれんを上げて入ると、真っ赤な顔したオッサンが出迎えた。まだ、八時だぜ。いつから飲んでんだオッサン。
 「本日二人目の中学生だ。がははは」
 「あいかわらずだな、オッサン。俺以外にも中学生は来るのかい?」
 ちょっと意外だった。
 「……ゲップ。おう、すまねぇ。いやあ、初めてきたやつだったなあ。見た目は高校生ぐらいだったが、聞くと中学生だってんだ。いやあ、最近の中学生は進んでるね」
 そこまで言うと、オッサンは首をふりふり、「いまどきはぁ、あれかい? こう、顔んとこに……ええとなんだっけなぁ、ああそうそう、『たとー』ってやつかい? あんなん入れちゃって。流行なのかい?」と聞いてきた。たぶんオッサンが聞きたいのはタトゥのことだろう。……だが、顔に傷の中学生? そんなやつめったにいないぜ。
 沼井の頭にちらっと浮かんでくる人物がいたがそれがはっきりする前にオッサンが喋りかけた。
 「ああ、あのよぉ。その中学生が言ってたんだが、最近越してきたばかりでな。その傷のせいでさっそくケンカ売られたんだとさ」
 沼井は黙って聞いていた。
 「そんでもってよぉ。相手はナイフだかなんだか持ってたらしいんだが、『俺がそんなものでびびるとでも思っているのか』っつたんらしいんだよ。……いやあかっこいいねぇ。お兄ちゃん。って言ったらさ。肩の傷も見せてくれてさ。それが驚いたことに弾痕なんだよな。しかも手荒に治療されて、ありゃあ自分でやったとか。いいや、こう見えてもワシ、銃痕は見たことあるんだ。昔、ムショに入ってた時なんだけどな。わははは。……そんでよぉ、たしかに間違いなくそれは銃で撃たれた痕なんだよな。なあ、信じられるかい? 中学生が全身に傷を負って、おまけに弾痕だときたら、あ〜んた、ほれ。中学生の例の……」
 そこまででオッサンは話を切った。別に話をじらしてるわけでも、忘れたわけでもなく、屋台を離れてゲロゲロやり始めた。とんでもないオッサンだ。だが、オッサンのいわんとすることはもうわかった。ただ、信じられなかっただけだ。川田が……。例の……生き残り!?
 ゾクッと背中を寒いものが走った。川田が銃を片手に死体の山の上に立っているシーンを想像したからだ。ほんとに。ほんとにそんなことがあるのだろうか。川田は……いったい何者なのだ。
 沼井は屋台の台の上に無造作に置いてあった一升瓶を手にとって、封を切った。すでに開いている一升瓶はあったが、オッサンがさっきまで口をつけてぐびぐびやっていたので、それは敬遠した。ぐつぐつと煮たおでんを一つとると皿に取って、それをアテにして酒を飲んだ。――――めちゃくちゃうまい。酒はとびっきりの一級酒だからわかるが、おでんの具の味の浸透具合といい、歯ごたえといい、どれを取っても最高の味だ。なんであんな変なオッサンにこんな味が出せるのか不思議だったが、まあとにかく満足した。……川田も、この味を知ったのか。ふふん、そのうち意外とあいつとここで一緒に飲むことになったりしてな。
 ――――そんなわけないか。
 沼井はコップのお酒を一気に飲み干すとだん、と台に置いた。こころなしか、おでんの湯気がゆらりと揺れたように思えた。


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