私の大好きなスケーターたちのプロフィールなどを紹介しています![]()
エレナ・ベレズナヤ&アントン・シハルリゼ(ロシア)
Elena・Berezhnaya &Anton・ Sikharulidze
二人がペアを組んだのは、1996年に、エレナがスピンの練習中に当時のパートナーのオレグ・スリャホフ(ラトビア)のブレードが彼女の頭に刺さるという事故により、再起不能に陥った事がきっかけ。一時は言葉さえ自由にしゃべれなくなった彼女を、恋人で同じくペアスケーターだったアントンと、今でもコーチのタマラ・モスクビナが支えました。当時のアントンのパートナーは、今ティホノフ選手と組んでいるマリア・ペトロワ。スリャホフはエレナに対する扱いが荒っぽかったので、彼とのパートナーを事故を機会に解消し、シハルリゼと新たにペアを組みました。持ち味はやわらかい玄人好みの美しいスケーティングと、綺麗な夢を見ているような心地の良い表現力。力強さを表現するペアはいろいろいても、このようなエレガントな演技が、心底似合うペアは貴重な存在です。
1998年・ロシア選手権2位(1位はカザコワ&ドミトリエフ)・ヨーロッパ選手権優勝・長野オリンピック2位(1位はカザコワ&ドミトリエフ)
世界選手権優勝
1999年・ロシア選手権1位・世界選手権優勝
2000年・ロシア選手権1位・ヨーロッパ選手権で彼女が服用していた気管支炎の薬のせいで、興奮剤が検出されてしまい、
世界選手権不出場。このときの優勝は、ペトロワ・ティホノフ組。
2001年・ロシア選手権1位・ヨーロッパ選手権1位・ISUグランプリファイナル2位(東京・このときの1位はサーレ・ペルティエ組)
世界選手権2位(カナダ・1位はサーレ・ペルティエ組)・
〜2002シーズンISUグランプリファイナル2位(カナダ・1位はサーレ・ペルティエ組)
2002年・ロシア選手権1位・ソルトレークオリンピック1位(審判の採点に不正があったとの判断で、サーレ・ペルティエ組と1位を分ける)
エレナ・ベレズナヤ Elena・Berezhnaya(ロシア)![]()
1977年10月11日生まれ・154センチ
ネビノミルスクNevinnomirsk出身
現在はロシアのサンクトペテルブルグSt. Petersburgと、
アメリカのハッケンサックHackensack(1999年にモスクビナコーチが移った為)に居住
前パートナーはラトビアのオレグ・スリャホフ、このカップルのときは最初はEUN(ソ連邦が解体した後できた独立国家共同体)代表として、
その後はラトビア代表として出ていました。
ジュニア時代から注目されていた彼女は
スケーティングの質の良さと、技術の確かさ、可憐な容姿などから、エカテリーナ・ゴルデーワの再来といわれていました。
趣味は音楽鑑賞・バレエ鑑賞・車(紺色のBMW)・編物
アントン・シハルリゼ Anton・ Sikharulidze(ロシア)![]()
1976年10月25日生まれ・182センチ
レニングラードLeningrad(当時・現在はサンクトペテルブルグと呼ばれています)
居住地はエレナと同じで、サンクトペテルブルグと、アメリカのハッケンサック。
前パートナーはマリア・ペトロワ。このカップルでジュニアチャンピオンに輝いています。
趣味はカーレース・料理・音楽鑑賞
大会のたびに日本語表記が変わっているようなシハルリゼの名前。
シハリーゼ、シハルリドゼだの、いろいろありますが、
最後にdzeの音が付くのは、グルジア人の名前の特徴なので、
(恐らく彼のお父さんがグルジア系なのではないでしょうか。)
よって、グルジア風に、というかロシア風にというか発音すると、dzeはわざわざdを離して発音しないので、
シハルリゼ、あるいは、シハルリーゼが一番いい呼び方ではないかと思います。
ちなみに、タマラ・モスクビナコーチもペアの選手でしたが、その当時のパートナーは、プルシェンコのコーチのミーシンさんです。
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