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CHARISMA第U話




ピンポーン
 俺の家の中にチャイムの音が響く。
 父さんは立ち上がりる。
「いいよ父さん、俺が出る」
「いや、お前はそこで座っていろ、俺が出る」
 そう言うと父さんはインターホンを取る。
「はい」
「あ、あの、光川です」
 光川の遠慮がちな声がインターホンから聞こえてくる。
「おおー、輝ちゃんか、ちょっと待っていてくれ」
 父さんは玄関の方に向かうとドアを開ける。
 そこには輝が立っていた。
「ようこそ、大学もあるだろうに、わざわざ呼び出して済まなかったね」
「いえ、こちらこそ、無理を言ってすいませんでした」
「まま、そう堅くならずに、あがってあがって」
 輝は靴を脱ぎ、俺の家へ上がった。
 父さんは輝を俺の隣に座らせるとお茶を入れる。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 輝は出されたお茶をすする。
「おいしい?」
「はい、おいしいです」
「・・・・」
 沈黙が流れる。
「そう言えば輝ちゃん・・」
「・・・はい?」
「俺と会うのは確か三回目だったっけ?」
「え?あ、はい、そうです」
「そうだよね、まー、いつもバカ息子がお世話になっています」
 ぺこりと頭を下げる父さん。
「い、いえ・・そんな」
 今ひとつ父さんのペースがつかめないのか対応に困っている様子。
「良く輝ちゃんもこんな奴の彼女をやってやれるよね、おい当夜、お前の彼女になってくれる女なんて早々いないんだからな、輝ちゃんを大切にしろよ!」
 いきなり話題が俺に向く。
「分かっているよ!んなこといちいち言うな!」
「それと、いつまではぐらかすつもりなんだ?それが刑事のやり方?」
 嫌みを込めた俺の言葉に父さんは頷く。
「そうだな、失礼、悪い癖だとは思っているんだが職業柄・・・ついね・・・」
 そういうと父さんは俺らに向き直る。
「何を最初に話したらいいかな・・・・・」
「・・・・」
 父さんはしばらく考え込む。
「そうだな、まず枕詞で申し訳ないのだが」
「俺が今から話すことは一切他言は禁止して欲しい」
「少年法で守られている人間の情報を話すことは情報漏洩として立派な罪になるんだ、犯罪になると言うことを良く覚えておいてくれ」
「輝ちゃん」
 父さんは輝の目を見る。輝も父さんの目を真剣に見る。
「何が聴きたい?輝ちゃんが聴きたいこと、何でも答えよう」
 輝は考え込む。輝は何を考えているのだろうか?昨日の様子から見て相川 登という人間のことは輝の心の中に深い傷を残したように見えた。
 それに俺はこの事件に関しては一切輝から聴かされていないのだ。だがマックで話したときの輝の顔は何か腹をくくったような・・・そんな顔だった。だから父さんに拒否されるのを承知で頼んでみたのだ。
 それにしても・・・・・
「えっと・・・」
 父さんを見ながら言葉を切る輝。
「和宏と読んでくれ、鈴木だと当夜と混乱してしまう」
 苦笑しながら喋る父さん。こんな真剣な場面で、相変わらず何を考えているのか分からない。
「事件の全容を話して下さい」
 間髪入れず喋る輝。おそらく俺の父さんと話す当たり色々質問を考えていた筈だ。様子から見てそれを一番に聴こうと思ったのだろう。
 あれ?だが俺はその時ふと疑問がわく。
「輝・・・その事件のこと知らないの?」
「・・・・うん・・・」
「どうして?」
「・・・・えっと・・・」
 俺の質問に言葉を濁す輝、その答えにくそうな輝の反応を知ったのか父さんが変わりに答えてくれた。
「当夜、知っているか?少年法の裁判では被害者は加害者の顔すら見ることが出来ないんだよ」
「!」
 俺は驚く。
「は!?そんな馬鹿なことがあるのかよ!?」
「・・・・・・少年法の裁判というのは普通の裁判と違い書類上の裁判なんだ、つまり書類で検査して処罰を決めると言うこと、そして一度判決が下されるといかなる場合があろうとも再審を認めない、これが少年法の現状さ」
「まあつまりだ、被害になる方が悪いんだよと言うこと、少年法はそれが言いたいんだよ」
「・・・・」
 俺は言葉を失う。少年法がそんな法律だとは知らなかった。
「馬鹿な法律だと思うだろ?昔はそれで良かったのかも知れないが、今は時代が違う、刑事罰をもっと導入するべきなんだよ、ま、そんな柔軟な思考を国会議員のバカどもが持っているとも思えないし、期待もしていないがな」
 そう言うと父さんは輝に向き直る。
「・・・分かったよ輝ちゃん、俺は直接相川を取り調べたことがある人間だ。俺の知っている限り全てを話そう」



《相川登による女子大生殺害時件》

 2001年6月15日東京都葛飾区にて東京大学医学部一年生田中めぐみ(19歳)が一人暮らしのアパートにて首を絞められて殺害されているのを大学の同僚が発見。110番通報をした。

 同6月16日警視庁捜査一課は下川管理官を筆頭とする捜査本部を葛飾署に設置。事件の捜査を開始した。

 まず田中めぐみの身辺調査をしてみると、彼女は誰かに恨まれているという痕跡もなく友人も悩んだ様子も無いという。
 そして現在交際している彼氏ともうまくいっていて特に何もなかったというのだ。

 そして通報された後の現場検証では家には争った形跡が多少残る物の何か盗まれた形跡はなく無差別殺人の線も考えられた。

 ただ唯一の手がかりとしては田中恵みの司法解剖の結果で膣部を調べてみると殺害直前までセックスをした形跡があり、そこから微量の精子が検出されと同時に争った際に犯人から引っ掻いた際に付いたと見られる爪の中から皮膚組織が検出された。
 犯人の手がかりと見た捜査一課はその精子と皮膚組織のDNA鑑定を依頼。検出されたDNA鑑定結果は同一人物と断定された。

 暴行殺人事件として本格的に捜査が開始されたその時、アリバイ捜査により死亡推定時刻に家を訪れていたと見られる田中めぐみの恋人、相川 登(当時19歳)を任意同行。
 本人の了承を得てDNAを鑑定した結果一致し、それが証拠となり相川登を殺人容疑の疑いで逮捕した。

 だが取り調べが難航する。相川登は重い精神疾患を抱えている事が分かり取り調べが難航、悪戦苦闘の末ようやく本人の自供が取れた。
 家庭裁判所はこれを刑事事件として地方裁判所、検察が提訴した。
   だが未成年の上、重い精神疾患を抱えていたこともあり第一審の地方裁判所は無罪判決を言い渡した。
 それに納得がいかない検察側は東京高等裁判所に控訴、だが結局は遺族側の訴えは棄却され、それと同時に相川登の無罪が決定。
 そして精神治療のため医療少年院に送致された。
 そして昨日、高等裁判所は遺族側の控訴を棄却し相川登の無罪が確定した。



「と、まあこれが相川登が起こした事件の概要だ」
 親父は一息つくとお茶をすする。
「・・・・」
 輝は何も言わない、いや何もいえないようだった。
 様子を見てかなりのショックだったように見える。それはそうだろう、かつての親友が人を殺し、重い精神疾患を抱えていると知ったのだから。
 輝は顔を上げる。
「・・・・・登の精神疾患って何なんですか?」
「・・・・」
 父さんは少し考え込む。
「・・・・・・その答えはすぐに分かる、今は何も言わない」
 父さんはこれだけで後は話そうとはしなかった。
「すぐにって・・・どういうこと?」
 まさか、と言いかけたその時、父さんは俺と輝に衝撃の言葉を継げた。
「・・・・今から医療少年院に行く、相川登に合わせてやるよ」




 ピンポーンパーンポーン
「外科の渡辺医師、渡辺医師、至急外科病棟のナースセンターまで来て下さい、繰り返します」
 退廃的な雰囲気が漂う医療少年院。
 病院特有の空気がなま暖かく、決して気持ちの良くない雰囲気が醸し出されている。
 先程から何人かの看護婦さんが色々な医療器具を持って歩き回っているしている。
 想像と違い、意外に忙しそうだった。

 俺と輝、そして父さんは待合室のソファに座っていた。
 俺らはあれから電車に乗り、相川登が入院している医療少年院へと赴いた。そして父さんは受付で事情を説明し面会の許可を得た。
 そして今、俺達は相川のカウンセリングをしている女性が案内するとだけ言われ、待っている。

 ちなみに父さんの単独行動が何故許されたのかというと、事件の詳細を下川管理官に報告し正式に許可を貰ったのだそうだ。本来刑事というのは単独行動はまずとらないらしく今回の父さんのような例は希らしい。
 本来なら終わった事件などを捜査せずに新しい事件の捜査を担当するのが普通なのだそうだ。
 だがキャリアはプライドをつつけば簡単と笑顔で俺に語っていたのを覚えている。

 それにしても・・・俺は前々から思っていた疑問を考えてみる。
 父さんはこの事件の何が引っかかっているのだろうと言うことだ。思えばそれをきちんと聞いていなかった。
 だがそれと同時に聞きたくないと言う気持ちもわき上がる。こういう言い方は何だが父さんが実の息子とはいえ事件の全ての事実を俺に話すだろうか?
 今の父さんの顔は父親のそれではなく、全てを疑ってかかる刑事の顔になっている。だから「信用」出来ない。
 それに何となく父親のそういう顔を見るのが嫌だった。

 俺はちらりと輝の顔を見る。
 先程から顔がこわばっていて何も喋ろうとしない。輝もまさか本人に直接会うことなど出来るとは思わなかったのだろう。小刻みに体が震えている。
 今話しかけるのは可哀想だ。俺はそっとしておくことにした。

 一方その俺は相川登という人物に興味がわいていた。
 俺が相川登に関して知っているのは精神疾患を抱えていること、殺人を犯したこと。それと輝と高校時代の同級生というぐらいしか知らない。
   輝の口調から言うとおそらくいい人物なんだろうという事は何となく分かる。
 だが俺の中で精神疾患を抱えている人間というのはどこか頭のねじが一本はずれているというイメージがどうしてもつきまとってしまう。
 幼い頃から虐待を受けているとか、普通の人とは完全に思考回路が違うとか、かの有名なアドルフ・ヒトラーもアダルトチルドレンだという報告もある。
 アダルトチルドレンとは幼い頃の虐待などで精神に障害を負い、そのまま大人になる人間の事を指す。
 アダルトチルドレンはどこか歪曲した面を持ち、それを生涯持ち続けるという話もどこかで聞いたことがある。
 だが相川 登は精神障害を負っていながら普通に過ごしていた。それが何を意味するのか?どういう人間なのか?会ってみたい。
 その時一人の女性がふっと俺らの前に立つ。
 俺はその女性を見る。
 そこにはポニーテールの身長は輝より少し高いぐらいの二十代中盤ぐらいの女性が笑顔で立っていた。
「捜査一課の・・鈴木さんですか?」
「あ、はい、そうです」
 父さんは急いで立ち上がりぺこりと頭を下げる。
 その女性もぺこりと頭を下げ、自己紹介をした。
「初めまして、私が相川登のカウンセラー荒木直子といいます」






 俺らは荒木さんに連れられて病院の廊下を歩いている。
「そう、相川君の友達なの・・・」
 そう言うと荒木さんは軽くため息を付く。
「本当だったら光川さんのような友達に来て欲しいのよ」
 荒木さんは寂しそうにぽつりと呟く。
「カウンセリングで一番重要なことはその人をリラックスさせる事よ、だけどここではそれが出来ないの、タダでさえ未成年者の犯罪は機密性が高いから・・・」
「・・・・」
 俺達は荒木さんの言うことを黙って聞いている。
「ただね、私は殺人や障害を犯した全ての少年、少女を一方的に悪者にするのは良くないと思っているのよ」
「障害や殺人を犯した少年、少女の中には本当に罪悪感に苦しんでいる人もたくさんいるの。それを分かって欲しい・・」
「相川君もその一人よ」
「!」
 荒木さんの言葉を飲み込みそのまま押し黙る俺達。俺は荒木さんの言った言葉の意味を考えてみる。
 犯罪を犯した方も苦しんでいるか・・・どう捕らえたらいいのか迷う。
 だが一つだけ言えることは誰しも正論を言うのは簡単だ、だが正論というのは時として、いや、往々にして人を傷つける、余りにもその人の事を考えていない無責任な言葉のようにも思えるからだ。
 そして荒木さんは最後にこう付け加えた。
「まあ、私が被害にあっていないからこんな事いえるんだろうけどね、でも私みたいな考えを持っている人もいていいと思うから」

「っと、ここよ」
 荒木さんは個室の前で止まる。そこには302号室と言う札が付けてあった。
「ここが相川君の個室よ」
 相川の病室の前に立つ俺ら、心なしか胸が高鳴る。ここの中に相川がいるのか・・。
「おそらく今は安定していると思うの。だから大丈夫だと思う」
「じゃ、入るわよ」
 荒木さんはコンコンとノックをするとキィと小さな音を立ててドアが開いた。

 そこから見える光景は意外ほど穏やかな雰囲気に包まれていた。窓からは木漏れ日が降り注ぎ辺りを包み込んでいる。非常にぽかぽかしていて暖かい、思わずその雰囲気に飲まれてしまう。
 また辺りから聞こえる車の音や病院内の喧騒がそこはまるで別世界から聞こえてくる幻想的な音楽のようにな感覚に包まれる。
 そしてその病室の中央にポツンとあるベット。

 そしてそこに彼はいたのだ。ベットに上に座り来訪者の俺達を見つめている。

 俺はまずその姿に驚いた、ベットの上に座り、俺らを見つめている彼の瞳には一点の曇りがなかったのだ。
 驚くというあたり、俺は相川に対して凶悪なイメージを持っていたのだろう。
 彼の目は非常に神秘的だった。目に碧色がかかっているのだ。まるでこの世の中の汚いところを何も知らない純真無垢な子供の顔に。
「のぼる・・・」
 輝は相川を見る。余りにも久しぶりの対面に感激して目に涙を浮かべていた。
「登・・・久しぶり・・」
 登に話しかける輝。
 一方の相川はきょとんとした顔をしている。



「お姉ちゃん・・・・だれ?」


「!!!!!!!!!」
 輝はこのまま凍り付く。
 その様子をそばで見ていた父さんが呟いた。


「これが相川登の精神疾患「解離性同一性多重人格障害」・・・相川の中に主人格の他、三つの人格が確認された」





「・・・・」
 輝は先ほどの相川のショックでずっと待合室のソファに座り込んでいた。
 輝は父さんから買って貰ったジュースの紙コップを両手で握りしめそれを見つめて離そうとしない。
「知らない方が良かった?」
 その時、荒木さんは輝の隣に座る。
「・・・・・いいえ、それを知りに来たんです、後悔はしていません」
 その姿勢のまま首を振り答える輝。
 そこすぐ横で父さんが呟く。
「取り調べがうまくいかんかったのはあのせいだ、あいつは逮捕されてから人格の入れ替わりが激しく、主人格の相川登と話すことが一切出来なかったんだ、あの様子では落ち着いているようだがな・・・」
「私、もう一度登に会ってくる!」
「え!?」
 いきなりの輝の提案に俺らは驚く。
「会ってもう一度話をするの!」
「このために私はここに来たんだから!今更下がっていられないわ」
 そう言うと輝はソファから立ち上がる。
「ねえ荒木さん、もう一度登に会わせて!」
 荒木さんとじっと見つめる輝、固い決意を含んだ輝の瞳に反対する物は誰もいなかった。
「・・・・そうね、輝さんだったら何か話してくれるかも知れない」
 荒木さんもそれに同意してくれた。
「分かったわ、いってらっしゃ
「ちょっと待ってくれ」
 手を挙げて俺は立ち上がる。そして輝を見る。
「輝、俺も一緒に行くよ」
「・・・・」
 輝も俺の顔を見る。
「頼む、わがままだって事は分かっている、だけどさっきのお前の様子見ていると放って置けないんだよ」
 輝はちょっと考えるそぶりを見せすぐに答えた。
「・・・ん、わかった、ありがと、一緒にいこ」
「その前に一つだけ気を付けて」
 俺らは相川の部屋に向かおうとするそれを荒木さんが制した。
 俺らは荒木さんに向き直る。
「一つだけ忠告しておくわ、彼の中には岩男宗一郎という凶暴人格があるわ、実際田中めぐみを殺したのは彼なの、気を付けてね」
「今は人格は五歳児の菊池浩之みたいだから大丈夫だと思うけど、人格が変わるのは突然来るから」
「分かった、ありがとうございます」
 俺らは荒木さんの忠告を受けると再び相川の部屋へと向かった。






 キィ
 と小さな音を立てると扉は開いた。
 そこには先程と同じく相川登がそこにちょこんと座っていた。
「あ、またお姉ちゃんだ!」
 輝を見てはしゃぐ相川。不思議なことに俺の存在など余り気にしていないらしい。今現在の相川の視界には輝しか写っていないようだ。
 それにしても相川登は年は輝と同じ二十歳になるはずだ。体格もそれなりに大きい。だがそれに反して子供っぽい言葉や仕草に違和感を覚えないのが逆に違和感を感じる。
 一方当の輝は慎重に登に話しかける。
「登・・・覚えている?」
「むー、僕は登じゃないよ浩之だよ!間違えないでよね」
 輝は登の反応に辛そうな表情を見せる。

 この時、なんだか俺は何故か疎外感を感じていた。
 今までの話の展開でどうも俺の蚊帳の外で起きている様な感じがしてならないのだ。父さんも輝も相川の事情は知っている。
 だが俺だけがどうも絡めていない。そんな自分に腹立たしさも感じる。
 一方の輝は諦めずまた相川の話しかける。
「私よ、光川輝・・・高校の時・・・良く一緒になって遊んでいたよね?」
 輝に話しかけられてきょとんとしている登。
 いや・・・何か様子が変だぞ!!

「あ・・・・き・・・・ら・・・・・・」
 そう呟くと急に頭を抱えて目を見開く!その様子を見た輝が駆け寄ろうとしたその時!!
「シャアアアアアアアアアアハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」
「!!!!!!!」
 突然相川は叫び笑うと備え付けのガラスを思いっきり殴る!!
 ガシャアアアン!!
 すさまじい勢いでガラスが砕け散り辺り一面に残骸が散乱する!!
「久しぶりだなぁぁぁ!!あきらぁぁぁ!!」
 そういうと相川はベットから飛び起きる。
 先ほどたたきつけた左腕からは鮮血がしたたり落ちている。
 突然の出来事に何もできないでいる俺ら。
「お、おい、血が
 俺が話しかけようとしたその時。
 相川はいきなり輝の後ろに廻ると胸を鷲頭掴みにする。
「!!痛い!!」
 苦痛に顔を歪ませる輝。
「何しやがる!!!!」
 驚いた俺は相川を制止しようと突き飛ばす!!
 相川は突き飛ばされた拍子に壁にぶつかる。
 そして俺を睨み付けた。
「誰だてめぇはああ!!!ぶっっっっっ殺すぞ!!!!」
 俺を睨む相川の顔を見たとき時背筋がぞっとした。
 相川の目が完全にいっているのだ。
 今まで中途半端な不良にガンを付けられてビビったこと等無かったのだが・・・本気の殺意が宿っているその目に俺は後ずさりをする。ハッキリ言って怖い!
 まずい、こいつマジだ。
 この時、荒木さんから言われたことを思い出す。
 そうか・・・これが田中めぐみの殺人犯、相川登の中の凶暴人格「岩男・宗一郎」だ!
「ブタがぁぁぁ!!!」
 今相川が俺に飛びかかろうとしたその時急にピタリと動きが止まる。
「・・・・」
 何やら考えている素振りを見せる岩男宗一郎。
「チッ・・・・」
 小さく舌打ちすると俺を睨む。
「命拾いしたな?あいつがうるせぇんでな。今回は勘弁してやる」
 と言うと、宗一郎は小さくうなだれる。

 そしてまた俺に向き直った。
 その顔はきょとんとしていて今まで何があったか覚えていないようだった。
 俺の顔を見た後辺りをきょろきょろする。  そして輝の顔を見たとき、「ん?」と顔をするとじっと見る。
 するとぱっと顔を輝かせた。
「あきら・・・輝じゃないか!!」
 突然の反応に輝は戸惑っていたようだがすぐに反応する。
「のぼる・・・登なの!?」






「彼は?」
 相川は俺の顔を見ながら輝に話しかける。
「ん、私と同じ大学に通っている鈴木・当夜君」
「ひょっとしてコレ?」
 相川は小指を立てる。
「ん・・そう」
「そうかー、そりゃそうだよな、輝は美人だから、男が放って置くはず無いもんな」
 ハハハと笑う相川。
「よろしく鈴木君、自己紹介の必要はないと思うけど、輝と高校時代の同級生、相川登よろしくね」
 スッと手を出す相川。俺も慌てて相川と握手をする。
「あ、はい、よ、よろしくお願いします」
 俺の様子を見てまた笑う相川。
「敬語なんて使わなくていいよ、確かに年は僕の方が一個上だけど、輝の彼氏ならば話は別だから」
 相川は終始笑顔を絶やさない。
 一方俺は驚いていた。あれがつい先程まで俺を殺そうとした人間なのか?何かわざとやっているのかと言いたいぐらいの変貌ぶりである。
 多重人格症状の人間は本当に別人だと思えるぐらい豹変するという話ぐらいは聞いたことがあるが、実際目の当たりにすると混乱する。
 本当に「別人」なのだろうか?一人の中に複数の人格、俺は未だに信じられないでいた。
 それに今の彼は驚くとほど普通だ。普通に俺に話しかけている。それもまた信じられない。
「そんなに不思議?俺が余りに普通に接しているから」
 う!考えていることが顔に出てしまったのか?相川は俺にそんなことを聴いてくる。
「い、いや、そんなことは・・」
「隠さなくていいよ、誰だって驚くさ、俺だって驚いているんだから」
「え?」
「・・・・」
 黙る相川。そしてふっと思い出したように輝を見る。
「そういえば何で輝達がここにいるの?」
「ん?」
 答えにくそうな輝に変わって俺が答える。
「俺の父さんが警視庁捜査一課の刑事なんだ、その権限でね、特別に通して貰ったんだ・・」
「・・・そっか、やっぱりもう一度取り調べに来たのかな?」
「それは違うわ!」
 輝が強い口調で否定する。
「私は少なくとも違う。会いたかったのよ登に・・だっていきなり登るが殺人罪で逮捕されたって聴いて、何がなんだか分からない内に裁判に掛けられて・・全然情報が入ってこなくて・・由希子や由美とか徹とか哲とか凄く心配してたんだからね!」
由希子、由美、徹、哲、おそらく高校時代に遊んでいたという六人組の奴らのことだろう。
 俺はこの時、何故だか知らないが嫉妬をしていた。別に相川とどうとかじゃなくて・・今の輝は高校生時代の輝、つまり俺の知らない輝がここにいると言うことだ。
 そう思うと嫉妬してしまったのだ、カッコわりぃ。
「・・・・由希子、由美、徹と哲か・・あれから会ってないけどみんな元気にしている?」
「うん、今も時々会っているんだけどみんな元気にしてたよ」
「そっかーーーー、良かったー」
 心底ほっとしたような顔をする。その顔は本当に友人を案じてほっとしているという顔だった。
 だが一転して目を伏せる。
「なあ輝・・・・何で俺は無罪になったのかな?」
 突然の相川の言葉に俺らは驚く。
「俺さ・・・人格豹変による記憶が途切れ途切れになる中、罪悪感でいっぱいだったんだ・・・・遺族に対して本当に申し訳ないことをしたと思った」
「だから俺は死刑になっても全然構わないと思った・・・だけど・・・結局無罪だなんて・・俺は・・・・・」
「・・・・」
 そのままうなだれて何も言わなくなる。
「ねえ、当夜君」
「え?」
 突然俺の名前を呼ばれたので驚く俺。
「君のお父さんに伝えて置いてくれ、おそらくまともに取り調べできなかったはずだから・・・君に僕の知っていることを全て話すよ」



「田中めぐみさんを殺したのは俺の中にある岩男宗一郎、凶暴人格らしい」
「これを見てよ」
 そういうと相川は腕をまくる。
「!!」
 何とそこには無数の切り傷やかすり傷の痕があった。
「これ、その人格が付けた傷らしいんだ、今までは何の傷だろうとずっと思っていたんだけど・・」
「おそらくこの拳に付いている血の後もそいつがやったんだと思う」
 そしてちらりとガラスを見る。
「このガラス・・・おそらくそれを殴って・・」
 相川は続ける。
「それに後で知ったことだけど、凶暴人格というのは、他人や自分を傷つけることをも厭わないらしいんだ」
「僕はその殺人の事実を知らないまま警察に任意同行をかけられた、その時は身の潔白を証明するためにDNA鑑定を受けたつもりだったんだけど」
「そして結果が一致して僕は逮捕された、訳の分からないことを聴かれて、そして精神鑑定で自分の中に多数の人格があることを知って・・・」
「気が狂いそうだった・・・」
 今も苦しんでいるのだろう。相川悲痛な面もちで話している。
 輝は涙を浮かべて話を聞いている。
「俺が知っているのは本当にそれだけなんだ・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
 沈黙が辺りを支配する。
「分かった、分かったよ・・」
 その沈黙を破ったのは輝だった。輝は相川に近づく。
「しょうがない・・っていうのはちょっと違うかも知れないけど・・登がやったんじゃないから、岩男宗一郎がしたのよ、だからそんなに気を落とさないで」
 輝は優しく相川の頭をなでる。
 その時相川は輝を抱きしめる。
「!!・・登・・・」
「悪い・・・ちょっとこのままにしてくれ・・・」
「・・・・」
 輝は相川に身を任せた。






「じゃあ、私達これで帰るから」
「ん、分かった・・」
 あれから少し談笑した後俺らは帰ることになった。時間も遅くなってきたし面会時間も迫っていたからだ。
「当夜君」
 相川は俺に話しかける。
「さっきは済まなかった、別に輝をどうとかじゃないんだ、ちょっと・・色々なことが立て続けに起きて・・心細かったんだ」
 ぺこりと頭を下げる相川に俺は慌てる。
「ちょ、そんな事でわざわざ謝る必要ないって!別にそれぐらいでヤキモチ焼くほど子供じゃないからさ」
 俺の様子にクスリと笑う相川。
 それを見て俺は本当に気さくな人だと思った。輝の話からいい人だろうと思っていたけど、本当にこの人の中に他の人格が存在するのか?
 ほんの数時間前の出来事が信じられなくなってくる俺。
「輝・・ゴメンな、自分に複数の人格があるなんて知らなかったんだ、時々ふっと記憶がとぎれるときがあったんだけど・・・まさか解離性同一性多重人格障害なんて思っていなくて・・」
 謝る相川に輝はピンとデコピンをする。
「何馬鹿なこと気にしてんの、そんなこと、何とも思っていないから」
 輝の言葉に相川はにっこりと笑う。
「今日は本当にありがとう、凄く嬉しかったよ、凄く気が楽になった、当夜君、父さんにお礼を言っておいて」
「べ、別にいいよ、どうせ仕事なんだから」
「フフ、そうだね」
「じゃあね、バイバイ」
 そう言う通れと輝は相川の部屋を後にする。相川は最後まで笑顔で俺らを見送ってくれた。


「なんだか嬉しそうね?」
 荒木さんの言葉に輝は笑顔で応える。
「うん!思ったより元気そうで・・・やっぱりもう一度会いに行って良かった!!」
 はしゃぐ輝を見て荒木さんも嬉しそうな顔をする。
「そう、やっぱり嬉しかったのね、さすが惚れた女の子の力は偉大なのかしら?」
「うえ!?」
 悪戯っぽく微笑む荒木さん。
 いろいろ話して分かったのだが荒木さんは意外とよく話す人だったのだ。雰囲気的に結構暖かい感じのする人だと言うことも分かった。
 やっぱりカウンセラーと言うぐらいだから人柄がよくないといけないのかな?
「もう、からかわないで下さいよ!」
「はいはい」
 クスクスと笑う荒木さん。一方輝は頬を膨らませてむくれている。
 惚れた女の力か・・・・あながち外れてはいないな。
「荒木さん、お世話になりました、また伺うかも知れませんが」
 父さんが荒木さんに挨拶する。
「はい、もちろん大歓迎ですよ、いつでもいらして下さい」
「では失礼しまーす」
 こうして俺らは外に出る。
 荒木さんも出口まで俺らを見送ってくれた。
「じゃあ荒木さんまた!」
 俺は荒木さんに向かってもう一度挨拶する。
 荒木さんも笑顔でそれに答えてくれた。

 医療少年院を出たとき辺りはもう真っ暗で時計を見ると9時を廻っていた。
「もう九時か、おい当夜」
「なに?」
「輝ちゃんをちゃんと送っていけよ、俺は仕事があるから、このまま職場へ行く」
「ん、分かった」
「和宏さん、今日はどうもありがとうございました」
「いやいや、そんなお礼を言われることなんてしないよ」
「じゃ、また何かあったら連絡する、それと!お前らも何かあったら連絡しろよ!」
「分かっているよ」
「じゃあな」
 そう言い残すと父さんはその場から立ち去り、俺ら二人だけになった。
「・・じゃ、いこっか?」
「うん」
 俺らはもう一度見送ってくれている荒木さんに手を振ると病院を後にした。



「・・・・」
 一方、手を振り見送った荒木の後ろにとある男が立つ。
 荒木さんが振り向くとそこには中肉中背の中年の男が立っていた。頭の毛はふさふさで禿げてはいない、白衣を纏っている事から見るとどうやらここの関係者らしい。
「あ、榎木教授、こんばんわ」
 ぺこりと頭を下げる荒木。
「・・・・」
 しかし荒木の存在を無視するかのように榎木教授と呼ばれた男は当夜達の後ろ姿を見ている。
 そしてぽつりと呟いた。
「彼らは一体何者なのかね?」
「え?ええ、何やら相川登君の友達みたいで、お見舞いに来て下さったんですよ」
「何?友人だと?」
 榎木は何やら考える素振りを見せるとそのままその場を立ち去った。
(教授・・・どうしたんだろう?・・・)
 入り口で一人残された荒木さんはそんなことを考えていた。




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