記者会見の概要

弁護団

 昭和23年5月26日大法廷の判決で無罪の場合でも控訴権が存在しない場合は免訴の判決をすべきという判例に従ったままの判決である。我々はこの大法廷判決は通常の裁判における原則であり、本件のような再審公判の場合は適用できないと判断する。

 有罪を受けた場合にはたとえ免訴であっても本来あるべき実体的な有罪無罪の判決を下すのが相当であると判断する。

 免訴判決によって本件の終結を図ろうとするのは違法であると考える。

 今判決は大法廷の判決に合わせパフォーマンスをしているにすぎない。免訴判決が違法であることを確信しているため、控訴の申し立てをする。

被告遺族

 無罪しかないと思っていました。裁判長の口から免訴という言葉が出た時は思わず「え!」と声が出た。これまでも棄却棄却の連続だったので、裁判所は棄却するための施設かと思っていたら、今回は再審が決定したので少しは信頼できるかと思ったが司法が何の為にあるのかわからなくなった。

 どうせなら免訴なんて訳のわからないことにしないで有罪にして獄にいれてくれたほうがすっきりする。卑怯だと思う。逃げようとしているとしか思えない。その意味では歴史的な判決かも知れない。

 司法が横浜事件における自らの犯罪性を明確にすれば、私たちも世間も納得し司法を見直す機会になったと思うが残念である。司法は逃げ切ったと思っているかもしれないが、今後も闘い続けたい。

 免訴判決に納得するのは裁判長検察だけであろう。この判決はかえって司法にとってマイナスになるのではないかと思う。

被告遺族

 理由は形式的だった。人権を全く無視した判断に愕然となった。

弁護団

 免訴で我慢をしろというのが今日の判決。無罪の判決以外で亡くなった方々の効果的な名誉回復は無い。他にこういう方法があるといわれても意味が無い。我々が問題を提起し裁判所が答案を出すということだと思うが、答案は落第答案である。

 免訴であろうと無罪であろうと60年前の汚れた誤った裁判に対して是正の判決を言い渡さなければならないチャンスをとうとう我々が運動の力で引き出したという意味は大きいと思う。今日の判決では免訴によって有罪判決が誤りであることが確定するのだと、誤った判決を免訴判決で消せるのだと裁判長は弁解のつもりで述べている。客観的には誤った裁判であったということを認めている。これが本判決の一面である。なんの価値もなかったと考えるべきではないと思う。

弁護団

 公判の前に打ち合わせがあり、検察官は旧刑訴法の条文の一部をとらえ、公判を開かないという主張をしました。我々は公判を開かないことは違法と主張しました。裁判官は検察主張を一部認めながらも公判を開いた。免訴だったら公判を開く意味がなかった訳で、何のために公判を開いたのか、単なるパフォーマンスだったのかと強く思う。

 結論で「再審のための公判を特に開いた」と書いてあり、裁判所の態度がわかるわけです。こういう裁判所の心構えがこういう判決にいたらしめた訳で憤慨に堪えない。私もかつて横浜地裁で検事を経験し定年まで裁判官を務めましたが、裁判所のOBとしてこんな恥ずかしいことはありません。個人としても憤慨に堪えません。

被告遺族

 免訴は思いがけなかった。免訴のためのコメントは考えていなかった。法廷で立ちあがる時に免田さんが肩を強くたたいてくれた。言葉にならない励ましを強く感じた。

 当時の中央公論社の社長秘書をされていた方が、築地本願寺の社長の三周忌の時に集めてくれたカンパを送ってくれました。

 今日は1976年2月13日谷中の全生庵で開かれた横浜事件受難者慰霊祭の芳名帖を持ってまいりました。

弁護団

 裁判所は実体的な判断に入れないという判断でありながら、有罪のある場合は無罪推定だから免訴でもいいじゃないか、あるいは再審開始のさいに無罪だと言われているから、今日は免訴だが無罪と同じだと慰めを書いている。これではとうてい納得できない。

2006年2月9日、横浜弁護士会館にて

尚、音声の聞き取りが完全ではなく、当事者のチェックも受けていませんので、発言者名は記しません。またすべての語句に対してはホームページ管理者に文責があります。


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