横浜事件判決理由要旨

● 裁判所の判断

【1】治安維持法は1945年10月15日に廃止された。また、同月17日に公布・施行された大赦令で元被告らは大赦を受けた。

 裁判所が審理をして有罪無罪の裁判をすることができるのは、事件に対する具体的な公訴権が発生し、かつ、これが存続することを条件とする。

 免訴とする事由があって公訴権が消滅した場合には、裁判所は審理を進めることも、有罪無罪の裁判をすることも許されない(最高裁48年5月26日大法廷判決参照)。再審開始決定に基づいて審理が開姶される場合でも異ならない。

 元被告らには「犯罪後ノ法令ニ因(よ)リ刑ノ廃止アリタルトキ」(旧刑事訴訟法363条2号)、および「大赦アリタルトキ」(同3号)に当たる事由があるから、免訴の判決が言い渡されるべきである。

【2】弁護人らは無睾(むこ)の救済という再審の理念・目的からみると、審理すれば無罪と判断できる場合に形式的判断を優先させることは理念・目的にかなうとはいえず、免訴は元被告らから再度の名誉回復などの法的利益を奪うなどと主張する。

 確かに、本人の名誉回復の利益のほか、判決の公示、刑事補償といった法律的利益が認められることから、免訴事由があっても再審請求は許されると解すべきである。

 抗告審決定が詳細に説示する通り、元被告らに対する原判決に摘示された自白調書などについては拷問によるものとの判断がなされている。元被告らに免訴事由がない場合には、再審裁判で通常の公判手続きの上、抗告審決定の内容に沿った判決が言い渡されることになると思われる。

 しかし、免訴事由がある場合と同列に論じることはできない。

 旧刑事訴訟法は、再審請求に対する審判と、再審開始決定後の再審の審判とを明確に区別している。再審開始決定は単に法定の再審事由に該当する事実が存し、再審の審判がなされるべきである旨を判断したものであり、その限度で拘束力があるに過ぎない。また、再審開始決定後の再審の.審判について、免訴事由があるにもかかわらず無罪判決をすることを予定した規定はない。

 「無罪を言い渡すべき、新たに発見した明確な証拠」があるとして再審が開始された場合、免訴事由があっても無罪を言い渡すべきだとの説もあるが、免訴事由に関する規定が再審開始決定に基づく再審公判手続きだと排除されると解することは困難だ。最高裁判決の趣旨は再審開始決定後の再審公判にも妥当する。

【3】弁護人らは、原判決を完全に無効にするには、これと矛盾する無罪判決を言い渡すことが必要で、免訴判決では原判決の暇疵(かし)を不問に付し、名誉回復も望めないという趣旨の主張をしている。

 この主張は、治安維持法違反事件の歴史的な背景事情▽元被告らに対する神奈川県警特高による暴行など取り調べの実態▽原判決が下されるまでの審理経過▽86年以降19年以上に及ぶ一連の再審請求手続き経過-などを考えると、相当の重みを持つことは否定し難い。

 しかし、現行刑事補償法(旧刑訴法による事件にも適用)では、もし免訴事由がなかったら無罪となると認められる十分な事由があるときは、免訴となった者は国に対して補償を請求できる。

 免訴の判決を受けた者に対しても無罪判決と同様の刑事補償が認められ、補償決定は申し立てに基づいて官報や新聞紙などに掲載しなけれはならないとされるなど、法は免訴となった元被告らにも、補償や名誉回復の手立てを講じている。

 本件再審公判で元被告らに免訴を言い渡すことは、無実の罪に問われて無念の死を遂げた元被告らから、再度名誉回復や刑事補償などの具体的な法的利益を奪うことにはならない。

 また、再審の審判は原判決の当否を審査する手続きではない。再審公判裁判所としては、改めて判決の言い渡しを行うことになるのであり、原判決は、本判決の確定によって完全に失効する。

 免訴判決は被告を訴訟手続きから解放するもので、免訴の判決をすることが再審の理念・目的に反するものではない。

●結論

 終戦の際の特殊な状況下で訴訟記録が廃棄され、そのため確定判決が残されていないという異常な事態もあって、再審開始までにかなりの時間が経過し、その間、生存していた元被告らが死亡し、再審裁判を受けることができない状況に至ったことは誠に残念というほかない。

 再審請求に対する抗告審決定で元被告5人が神奈川県警特高から拷問を受けた事実が明らかにされ、原再審開始決定の結論が維持されたことによって再審が開始された。

 当裁判所は、そのような再審開始決定を受けて、元被告5人に対する再審のための公判を特に開いた上、弁護人らの本件に関する主張に謙虚に耳を傾け、その意見を十分に吟味した。

 そして、元被告らに免訴となる事由がある本件では、弁護人らの主張にもかかわらず、元被告5人に対して免訴の判決をもってのぞむのが相当との結論に達した。


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