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平成19年1月19日宣告 裁判所書記官 長谷川 淳
平成18年(う)第1036号

            判 決

本籍 ○○○
(故)木村 亨
大正○年○月○日生

本籍 ○○○
(故)小林英三郎
明治○年○月○日生

本籍 ○○○
(故)由田 浩
大正○年○月○日生

本籍 ○○○
(故)燒リ健次郎
大正○年○月○日生

本籍 ○○○
(故)平舘利雄
明治○年○月○日生

 前記5名に対する各治安維持法違反被告事件について、平成18年2月9日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官大野重國出席の上審理し、次のとおり判決する。

           主 文

 本件各控訴を棄却する。

            理 由

 弁護人は、要するに、再審の公判においては、実体的審理、判断が優先されるべきであるから、その判断をすることなく免訴とした原判決は誤りであり、免訴とした原判決に対し、被告人の側にこれを是正し無罪を求める控訴の利益が認められるべきである、という。

 そこでまず、本件各控訴に至るまでの経緯をみることとする。被告人らは、各治安維持法違反被告事件について、横浜地方裁判所に公訴を提起され、同裁判所は、昭和20年8月29日被告人小林英三郎に対し、同月30日被告人由田浩及び被告人燒リ健次郎に対し、同年9月15日被告人木村亨及び被告人平舘利雄に対し、それぞれ有罪の判決を言い渡し、各有罪の判決はそのころ確定した。いずれについても既に死亡している被告人らの遺族から平成10年8月14日再審請求があり、平成15年4月15日横浜地方裁判所は再審を開始する決定をした(なお、東京高等裁判所は平成17年3月10日検察官の即時抗告を棄却する決定をしている。)。各治安維持法違反被告事件は、いずれも現行刑事訴訟法施行(昭和24年1月1日)前に公訴が提起されたものであるから、刑事訴訟法施行法(昭和23年法律第249号)2条により、なお従前の刑事訴訟法(大正11年法律第75号、以下「旧刑訴法」という。)及び日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律(昭和22年法律第76号、以下「応急措置法」という。)によるべきものとされている。

原審は、各治安維持法違反被告事件について、基本的には旧刑訴法及び応急措置法に基づき審理し、再審の公判を開いて前記各有罪の判決の後である昭和20年10月15日に治安維持法が廃止され、同月17日に被告人らが大赦されていたことから、旧刑訴法363条2号(犯罪後ノ法令ニ因リ刑ノ廃止アリタルトキ)及び3号(大赦アリタルトキ)の免訴事由が存在することを理由として、「被告人5名をいずれも免訴する。」との判決を言い渡した。以上のような経緯が認められる。

 本件は、このように再審の公判が開始された各治安維持法違反被告事件について被告人らを免訴する原判決に対する被告人の側からの控訴事件であるが、およそ免訴の判決は、被告人に対する公訴権が後の事情で消滅したとして被告人を刑事裁判手続から解放するものであり、これによって被告人はもはや処罰されることがなくなるのであるから、免訴の判決に対し、被告人の側から、免訴の判決自体の誤りを主張し、あるいは無罪の判決を求めて上訴の申立てをするのはその利益を欠き、不適法である(最高裁判所昭和23年5月26日大法廷判決・刑集2巻6号529頁、同昭和29年11月10日大法廷判決・刑集8巻11号1816頁、同昭和30年12月14日大法廷判決・刑集9巻13号2775頁参照)。被告人が死亡している場合でも、再審の公判では後記のとおり旧刑訴法365条1項2号の適用がないから、前記の理は変わるものではない。

 そうであるならば、本件各控訴は、控訴権がないのにされたものであるから、旧刑訴法400条によりいずれも棄却を免れない。

 弁護人は、法の形式的解釈に堕することなく、無辜の救済という再審制度の趣旨に照らして解釈すると、再審の公判の場合は、実体的審理、判断が優先されるべきであり、これをしなかった違法な免訴の判決に対し、被告人の側の控訴を認めないのは、法秩序の維持及び人権の保障を目的とする刑事司法の事理から許されない、という。

 確かに、再審制度は、同一の事案について再度の司法判断を求めることを認める非常、特別の救済制度(なお、旧刑訴法の不利益再審は応急措置法20条により廃止されるに至っている。)であり、再審の公判については、通常の公判と制度的、技術的な差異があり得る。しかし、旧刑訴法における再審の公判についての制度設計をみると、旧刑訴法511条は、「裁判所ハ再審開始ノ決定確定シタル事件ニ付テハ第五百条、第五百七条及第五百八条ノ場合ヲ除クノ外其ノ審級ニ従ヒ更ニ審判ヲ為スヘシ」と規定し、再審開始決定の確定した後の再審の公判については、旧刑訴法511条が定める除外事由が存在する場合を除き、通常の公判と同様の手続に従い、それぞれの審級における一般原則により更に審判を行うこととしている。そして、旧刑訴法は、再審の公判について、旧刑訴法512条1項及び2項で被告人が死亡している場合でも、「判決ヲ為スヘシ」と規定し、旧刑訴法365条1項2号の適用がないことは示しているが、免訴を言い渡す場合を定めた旧刑訴法363条2号(犯罪後ノ法令ニ因リ刑ノ廃止アリタルトキ)及び3号(大赦アリタルトキ)の適用がないことを示す規定を置いていない。要するに、旧刑訴法は、再審の公判について、免訴事由がある場合に、通常の公判に関する規定を除外し、無罪等の実体判決をすることを予定した規定を置いていない。このような旧刑訴法の規定状況から認められる再審の公判の制度設計や、そもそも免訴事由というものはそれが存在すると、公訴事実の存否について審理、判断することが許されなくなる性質のもの、すなわち公訴事実に内在する訴訟追行の可能性ないし利益がなくなるという性質のものであることなどに照らすと、再審制度の趣旨、法秩序の維持及び人権の保障を目的とする刑事司法の事理等を含めて多角的に検討してみても、再審の公判においては、通常の公判と異なり、旧刑訴法363条2号及び3号の適用がないとすることはできない(なお、弁護人は、東京高等裁判所昭和40年12月1日決定(高刑集18巻7号836頁)は、「ひつきよう旧刑事訴訟法第三六三条二号(現行刑事訴訟法第三三七条二号も同様)は通常手続における規定であり、非常救済手続たる再審には適用のないもの」と説示し、通常の公判について定められた旧刑訴法363条2号は再審の公判にそのまま適用されることにはならない旨明言しているというべきである、という。しかし、前記の決定は、再審請求事件で実体審理をする前提として再審請求権があるか否かという点について、「「刑の廃止」によつては再審請求権は消滅せず」と説示し、次いで弁護人指摘の説示をしているのである。そうであるならば、前記の決定は、再審請求事件の審理に関する限りの判断であり、再審の公判における旧刑訴法363条2号の適用の可否についてまで判断を示したものではない。)。そして、既に説示した免訴の制度、免訴の判決の趣旨をも併せ考えると、ひいては、免訴の判決に対する被告人の側の控訴の利益についても、通常の公判の場合と別個に解することはできない。それ故、免訴の判決に対し、被告人の側に上訴の利益を認めない前記の判例は、再審の公判に関するものではないが、再審の公判の場合にも同様に当てはまるというべきである。要するに、再審の公判であろうとも、免訴の判決に対し、被告人の側に控訴の利益は認められない。

 弁護人は、一度有罪の判決が確定し刑罰権の具体的成立を見た後においては、刑の廃止あるいは大赦があっても、その判決の存在や効果そのものに直接何らの影響を及ぼすものではないから、その適法性又は合法性が疑われて開始されることとなった再審の公判においては、いまだ判決がなく刑罰権の成否未定の状態にある通常の公判の場合とは異なり、刑の廃止あるいは大赦を事由にして免訴によって審理を打ち切ることなく、有罪の判決による既成の効果を根本的に除去するため、無罪の判決を言い渡す途を認めるべきであり、したがって、また、そのような判断をしなかった違法な免訴の判決に対し、被告人の側に控訴の利益を認めるべきである、という。

 しかし、再審の公判が開始され、再審の判決が確定すると、当初の確定した有罪の判決は当然に効力を失うことになる。有罪の判決が確定した後に刑の廃止あるいは大赦があった場合でも、結局は、いまだ判決がなく刑罰権の成否未定の間において刑の廃止あるいは大赦があった場合と同様の状態となるのである。刑の廃止あるいは大赦の時期と刑罰権の成立の先後に応じ、免訴の判決に対して被告人の側に控訴の利益があるか否かの結論に差を認めるべき理由は見出し難い(なお、再審の公判は、確定した有罪の判決の当否を審査し、これを是正することを目的とするものではない。)。

 弁護人は、各再審請求事件に対する抗告審決定が、各種書証等について、被告人らに対し無罪を言い渡すべき新たに発見した明確な証拠である旨説示し、原判決が、その抗告審決定の内容は覆す余地のないものである旨説示しており、それ故、各治安維持法違反被告事件については、いつでも無罪の判決を言い渡すことが可能なところまで機が熟しているというべきであるから、形式論に終始することなく、免訴の判決をした原判決に対しても、被告人の側に無罪を求める控訴の利益を認めるべきである、という。

 しかし、被告人の側の心情はともかくとして、そもそも免訴の判決をした原判決がそのような説示をすること自体に問題があるばかりか、控訴の利益が認められて初めて実体的審理、判断をすることができるものであるから、既に説示したとおり、免訴の判決に対し、被告人の側に控訴の利益が認められない以上、弁護人の所論は採用し難い。

 その他弁護人が種々述べるところを検討してみても、免訴の判決に対し、被告人の側にこれを是正し無罪を求める控訴の利益があるとは認められない。

 よって、主文のとおり判決する。

平成19年1月19日

東京高等裁判所第8刑事部
裁判長裁判官 阿部 文洋
裁判官    高梨 雅夫
裁判官    森  浩史


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