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太平洋戦争下の特高警察による,研究者や編集者に対する言論・思想弾圧事件。
1942年,総合雑誌《改造》8,9月号に細川嘉六論文〈世界史の動向と日本〉が掲載されたが,発行1ヵ月後,大本営報道部長谷萩少将が細川論文は共産主義の宣伝であると非難し,これをきっかけとして神奈川県特高警察は,9月14日に細川嘉六を出版法違反で検挙し,知識人に影響力をもつ改造社弾圧の口実をデッチ上げようとした。
しかし,細川論文は厳重な情報局の事前検閲を通過していたぐらいだから,共産主義宣伝の証拠に決め手を欠いていた。そこで特高は細川嘉六の知友をかたっぱしから検挙し始め,このときの家宅捜査で押収した証拠品の中から,細川嘉六の郷里の富山県泊町に《改造》《中央公論》編集者や研究者を招待したさい開いた宴会の1枚の写真を発見した。
特高はこの会合を共産党再建の会議と決めつけ,改造社,中央公論社,日本評論社,岩波書店,朝日新聞社などの編集者を検挙し,拷問により自白を強要した(泊共産党再建事件)。
このため44年7月,大正デモクラシー以来リベラルな伝統をもつ《改造》《中央公論》両誌は廃刊させられた。一方,特高は弾圧の輪を広げ,細川嘉六の周辺にいた,アメリカ共産党と関係があったとされた労働問題研究家川田寿夫妻,世界経済調査会,満鉄調査部の調査員や研究者を検挙し,治安維持法で起訴した。
拷問によって中央公論編集者2名が死亡,さらに出獄後2名が死亡した。その他の被告は,敗戦後の9月から10月にかけて一律に懲役2年,執行猶予3年という形で釈放され,《改造》《中央公論》も復刊された。拷問した3人の特高警察官は被告たちに人権じゅうりんの罪で告訴され有罪となったが,投獄されなかった。
松浦 総三(平凡社大百科事典より)
「横浜事件の再審を実現しよう! 全国ネットワーク」とは
横浜事件とは、1942年〜45年に戦争遂行のためにリベラルな研究者やジャーナリストなど80余名の人々を「日本共産党再建準備会」事件、「政治経済研究会」事件などの名のもとに、治安維持法で逮捕し、拷問を加えた、思想言論弾圧事件です。実に凄惨な拷問が加えられ、四人が獄死し、一人が出獄直後に亡くなり、多くの人が負傷しました。
当時、日本共産党は国家権力の弾圧によって組織として存在していませんでした。にもかかわらず、特別高等警察は、戦争遂行に非協力的な良心的知識人を日本共産党の活動を助けているとして、「治安維持法」の「目的遂行罪」違反で検挙、投獄したのです。
1986年、横浜事件の被害者と遺族九名は、権力犯罪を糾弾し、国の謝罪と人権の回復を求めて、裁判所に再審を請求しました。しかし裁判所は1991年再審請求を棄却しました。
横浜事件被害者と遺族の半世紀におよぶ「国は謝罪を! 人権をかえせ!」の叫びは、拒絶されたのです。
1998年8月、横浜事件の被害者と遺族8名は、三度目の再審請求を行いました(二度目の再審請求は現在継続中)。横浜事件の被害者は、高齢化し、多くの人が亡くなっています。昨年七月には再審請求運動の中心であった木村亨さんが亡くなりました。一二月には再審請求人のひとり畑中繁雄さんも亡くなりました。今回が再審請求の最後の機会になるかもしれません。なんとしても横浜事件の再審への道を開きたいと考えています。
「横浜事件の再審を実現しよう! 全国ネットワーク」は、横浜事件被害者の思いである再審へ道を開き、「国の謝罪と人権の回復」を実現するためにつくられました。
「横浜事件の再審を実現しよう! 全国ネットワーク!」(略称・横浜事件再審ネットワーク)は再審を実現するために次のような活動を行います。
1、再審を求める世論の喚起
全国で市民集会、講演会の実施
2、広報活動
ビデオ、ブックレット、資料集、パンフなどの発行
3、年会費は個人3000円、団体4000円です。
ぜひ、横浜事件再審ネットワークの会員になってください。
横浜事件再審実現のためにぜひ、力をお貸してください。
「横浜事件の再審を実現しよう! 全国ネットワーク」
〒188−0003 西東京市北原町1−24−3
郵便振替番号 00130-2-118634
加入者名 横浜事件全国ネット
付記:2005年3月15日再審開始が決定されました。今後の再審裁判に是非とも力をお貸しください。
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